造形スタジオ「エルドラモデル」
TEXT & 加工_潤
TEXT & 原型製作_増宮宏一
これまで本誌の「デジタル造形」関連の記事では、立体出力向けの3DCGモデリングを中心に、バーツ分割についての事例やTIPSに重点を置いてきた。しかし、最終的なフィギュアのクオリティを決めるのは、出力後の磨きやディテール調整であることは言うまでもない。今回は、豊富なアナログ造型(手原型)の経験を下に、デジタル原型師たちへのサポート業務も精力的に手がけるエルドラモデルに出力物の加工テクニックを解説してもらおう。
※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 200(2015年4月号)からの転載記事になります。
<はじめに>手作業なくして原型は完成しえない
ここ数年の出力機の進歩により、デジタルで原型が造れてしまうということを知るにいたり、われわれのような手作業系の原型師はCADや3DCGソフトによるデジタル造形に目を向けはじめました。一方、もともとCGをやってこられた方は、映像だけではなく現物としての立体も造れるということに新たな可能性を見出すことができたのではないでしょうか。
そうした中、デジタル原型に取り組んでいる人たちが直面するのが、立体出力されてきたままの状態(クオリティ)で飾ったり、商品の原型とするのは、まだ厳しいという現実です。出力費を抑えるほどに粗くなる表面や、画面上でどんなに気をつけて分割しても、組み上げるには何かしらの手加工が必要になってしまうこと、出力されてきた立体物を見たときに露見する、画面上では気づかなかった面の歪みなど......最終目標を現物の立体として100%満足できる形で成立させるためには、3Dプリンタなどの出力機から出してそのままゴール、というわけではなく想像以上にアナログ作業の手間が必要なのだということを思い知った経験者も多いのではないかと思います。
そこで今回は、自分たちがこれまで携わってきたデジタル原型の仕事(データ制作や磨き修正作業)の経験から学んできた、3Dプリンタ(主にはProJet HD3500)からの出力品の表面加工におけるエルドラモデル流TIPSを紹介したいと思います。みなさんの原型制作にとって、何かの参考になれば嬉しいです。
■今回の作例『1/8 セーラームーン』ガレージキット
今回は、エルドラモデルでも利用機会の多い、値段と表面クオリティのバランスが良い3DSystems「ProJet HD3500」による出力物の表面処理について解説していきます。
※一部の解説写真では、別のフィギュアのパーツを用例にしています。
『1/8 セーラームーン』ガレージキット(原型師:増宮宏一)
表面処理を施したパーツ
・主な3Dプリンタと出力物の特性
フィギュア原型師が触れる機会の多い代表的な3Dプリンタ方式と、その出力物の特性を右表にまとめてみました。自分の感覚値としてHD3500の出力コストは、1/8スケールの美少女フィギュア向けのパーツで8〜10万円くらい。メカにも使えますが、それなりに磨きのテクニックが求められます。
ProJet HD3500で出力したまま(未処理)の状態
■STEP 01:脱脂作業
・01:除去サービスだけでは落としきれない
HD3500(3000)のサポート材は、図のように分割パーツを配置したときの下面に付着するのが特徴です。通常は出力業者があらかた除去してくれますが、その場合も業者の方で除去に使った油分の残りやサポート材の落としきれなかったこびりつきが残っているので、それらを除去していく必要があります。
・02:レジンウォッシュ
エルドラモデルでは、「レジンウォッシュ」と「ブラシクリリン」という2種類の溶剤を使い分けています。「レジンウォッシュ」は、その名の通りレジンキャスト製品の離型剤を落とすときに使われる溶剤です。油は強力に取り除けるのですが、サポート材が白く粉っぽく残ってしまうのが難点です。
<A>レジンウォッシュ/<B>効率を上げるために、超音波洗浄機に溶剤を入れて使用する/<C>脱脂後、ブラシ作業でサポート材を除去したパーツ。サポート材が 白く粉っぽく残っているのがわかる
03:ブラシクリリン
レジンウォッシュはパーツが白く粉っぽくなってしまうので、それを避けたい場合はブラシクリリンを利用します。これは筆塗りの際に洗わずに放置してしまい固まった筆先を洗浄する際、筆を傷めずに塗料を落とす用途に使われる溶剤です。ブラシクリリンを利用することで、出力材本来の樹脂の透明さを活かした、見映えの良い状態で飾ることもできるようになります。
<A>ブラシクリリン/<B>除去前の状態では、サポートの付着していた部分は白く残っている/<C>ここでも超音波洗浄機を利用/<D>洗浄後のブラシ作業により、表面を白っぽくすることなく、サポート材が除去できる
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STEP 02:電動ツールによるサポート材の除去
■STEP 02:電動ツールによるサポート材の除去
・研磨ブラシ
サポート材を除去する際は、研磨ブラシなどと呼ばれている電動ツールも利用しています。メカ形状のディテールが入り組んだところを傷つけずにサポート材を除去できるほか、ブラシクリリンと併用するとさらに効果的です。「精密研磨用ブラシ」などでキーワード検索すると様々な製品が見つかりますよ。表面のザラザラを除去するために研磨ブラシを利用するわけですが、金属製のブラシということで抵抗を感じるかもしれません。ですが、出力物の樹脂自体が硬いので、樹脂そのものは削れずに表面のザラザラした部分だけを削り飛ばすことができます。とは言え、パーツに当てすぎると形状自体が変わってしまうため、やりすぎには注意しましょう。
<A>溶剤とブラシ作業によってサポート材が除去できても、表面の樹脂そのものが平滑になるわけではなく、ザラザラが残っているので、それを処理する必要がある/<B>スチール製(写真)は、真鍮(金色)より硬めなので、樹脂表面のザラザラをならすといった、フィギュアなどの表面に使用。磨くパーツの形状に応じて ブラシを使い分けるのがコツ
02:洗浄
出力物表面のザラザラ感が気にならなくなったら研磨は終了。研磨ブラシで削ったカスや作業中の手の脂を、クレンザーと中性洗剤を混ぜたものを歯ブラシに付けて洗浄します。洗浄後は、十分乾燥させてください。
洗浄後は十分に乾燥させること
STEP 03:さらに磨き込む 〜サーフェイサーを吹く前に〜
・01:境界を磨いて馴染ませる
「サフがけ」ことサーフェイサーをパーツに吹きかけていくのですが、そのまま吹いてみると、出力品の側面にサポート材の付いていた面と綺麗に出力されている面との境界線がくっきりと現れてしまいます。そこで、まずはそうした境界を磨かなければなりません。
<A>表面を確認するために、薄くサーフェイサーを吹く/<B>境界線をわかりやすくするためにマジックペンで線を引く/<C>境界線が残らないように紙ヤスリで磨く/<D>大まかな面はスポンジヤスリで「元の形状を崩さず、エッジを丸めないように気をつけつつ」、スポンジの張りを活かして全体を磨いていく
・02:磨き用ツール
ひとくちに「磨く」といってもパーツの形状によって、磨き方も変わってきます。エルドラモデルでは形状に応じて各種紙やすりを使い分けています。主なものを紹介しましょう。
<A>「バッファロー印耐水ペーパー(今回は、A955RとC947Hを使用)」(右)。一般的な紙やすり(左)は折ったときに折り目が割れるのに対し、バッファロー印のものは折り目が綺麗につくのが特徴のひとつ/<B>紙質に張りがあり、小さく折り曲げてもパキッと折れ曲がらないので、髪の毛などの逆Rな面を磨くのに重宝する/<C>「3Mスポンジヤスリ(240~1000番)」。大まかな表面の磨きに使用/<D>「神ヤス(120番/ 240番)」。厚さ2ミリのものスポンジヤスリでは行き届かない面を磨く際に使用
・03:磨きテクニック
ここで、上述の紙やすりの利用法を具体的に紹介します。磨き作業が苦手な方は、ぜひ参考にしてみてください。
<A>髪の毛1本1本の側面にあるサポート材の境界線は、神ヤスを調色スティックに貼り付けた自作ツールを使うと磨きやすい。さらに髪の毛先は、紙やすりでシャープにする/<B>磨きにくい奥まったところは、紙やすりを折ってピンセットで挟んで磨く/<C>メカなどにありがちな平面の多いパーツは、プラ版に紙ヤスリを貼り付けた自作ツールで、エッジを丸めないよう注意しながら磨く
・04:自作ツール「回転スポンジやすり」
細かな道具の加工は日常的に行なっていますが、この「回転スポンジやすり」はひときわ手間暇をかけて自作したものになります。スカートやマントといった衣装パーツの裏面など、手が入らない奥まった部分や小さなパーツを磨く際に活躍します。前述した市販の研磨ブラシでは仕上げきれない、サーフェイサーを吹いた後の表 面の磨きが数秒で終わったりと、なにかと重宝しています。
<A>「回転スポンジやすり」はドリルに付けるビットであり、大・中・小の3サイズを用意している/<B>概念図と使用例。やすり面がスカートの内側などの曲面にフィットする構造になるように工夫している/<C>タイプちがいで、筒状パーツやフリルの 内側を磨く用途の細いタイプ(写真)のものなども自作している
■STEP 04:ディテール修正
・01:筋彫りの調整
デジタル造形による筋彫りも便利ですが、仕様として深さと太さを決められてない限りは、(主にフィギュアなど)画面上でどんなに気をつけて筋彫りをしても、出力後に細かったり浅かったりすることが多々あります。再出力するにはコストと時間を浪費してしまうので、エルドラモデルでは手作業で修正しています。慣れていない方は、ガイドテープなどを貼り、それに沿って先の細いタガネやケガキ針などのツールを使ったり、手で彫り直さなくても済むように デジタル造形の段階であらかじめ太く深めに彫りを入れておくといいと思います。
<A>彫りたいラインに沿って切り込みを入れる/<B>最初に引いたラインの横に彫りたい太さ分(0.05~0.1mm)距離を空けて刃を置く/<C>断面がV字になるように刃を傾け、最初に引いたラインと平行を保ちながら、刃を滑らせていく/<D>この応用 で、複雑なディテールを彫ることも可能
・02:複雑な筋彫り
単純な筋彫りモールドだけではなく、服などの凸モールドやパーツとパーツの重なった部分をはっきりさせたい場合などにも、上述の方法で彫り直しています。私の場合は、デザインナイフを使いフリーハンドでV字に刃を入れて筋彫りを施しています(人によって フリーハンドの筋彫りの方法は異なります)。
(左)仕上げ後の状態/(右)赤ラインが筋彫りを施した 箇所。この技能を身につけるには、プラモデルや塗装済み完成品に色々と彫ってみるのが有効だろう
・03:嵌合の調整
筋彫りとは逆に、パーツとパーツの嵌合部分には微妙な隙間が生じることがあります。そんなときはパテを盛って、やすりで磨くというオーソドックスな手法が実は最も有効かつ確実だったりします。
片方のパーツにグリスを塗り、もう片方のパーツにパテを盛ってパーツ同士を合わせる。パテが硬化したら、はみ出たパテをやすりなどで調整
・仕上げの作業は、さらに続く。
いかがでしたか?今回は、基本的な表面処理のながれを解説しました。ですが、誌面スペースの都合もあり、サーフェイスがけについては割愛していますし、実は応用テクニックとして、デジタル造形でやりきれなかった造形を手作業で補正する作業、仕上げ段階の表面処理、嵌合調整の応用などなど、ほかにも様々なテクニックがあるのです。次回は、そうした部分を中心に解説していきたいと思います。
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造形スタジオ「エルドラモデル」
【Profile】
潤(エルドラモデル)
2014年から造形スタジオ「エルドラモデル」として活動を開始、エルドラモデルの全体的なとりまとめを担当。ガンダムや戦隊の合体ロボが好きで、2004年頃からロボ原型師として、可動や固定物をつくっていたのですが、時代のながれで女性フィギュアをつくるようになり、キャストオフフィギュア(服が脱げる)や可動物、スケール物を経験してきました。約3年前からデジタル原型を導入してはいるのですが、未だに手作業なしで原型を完成させるのは難しいと感じています。本業のかたわら、他社さんのデジタル原型師補佐(出力品磨き等、原型のブラシュアップ)なども行なっています。ニコ生で趣味造形などを公開しているときもあるのでよかったらチェックしてみてください。
増宮宏一
東京在住のなんでも原型師。94年頃からポリパテやスカルピー等各種素材での手作業でカプセル、食玩、プラモデルの試作、塗装済み完成品等の原型を製作。3年前に3D-GAN主 催の3Dモデリング講座で Metasequoiaを学んだのを機に、デジタル原型の道に。今年4月から潤と共に「基礎から学ぶフィギュア原型のための手作業講座」を開始予定。デジタルデータは作れるけど、手作業経験がなくて、仕上げに困っている生徒さん募集中です!
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