>   >  日本にフルCGアニメは根付くのか?:第 7 回:石井朋彦(プロデューサー)
第 7 回:石井朋彦(プロデューサー)

第 7 回:石井朋彦(プロデューサー)

マンガとアニメこそが、僕らの探す "青い鳥"

野口:実はセルルックの 3DCG を追求しすぎると、携帯電話のようなガラパゴス化を引き起こすのではないかと心配していたりもします。一般的な VFX やフル CG アニメーションとは異なり、海外ではセルルックの 3DCG はほとんど作られていません。海外に仕事を委託できないから、国内だけでやらなくちゃいけない。そうした実状を踏まえて、今後ピクサーのようなルックに挑戦するビジョンはあるのでしょうか?

石井:日本人は漠然とアメリカはすごい、アメリカは先行していると思いがちですが、僕はセルルックの CG アニメに未来がある、そしてそれをリードしているのは日本勢だと思っています。今の世の中には、大きく分けて3つの 3DCG アニメーション表現があります。ひとつは ピクサー型 。キャラクターがデフォルメされていて、舞台を限定している。「これはオモチャの世界なんだ」「宇宙なんだ」といった暗黙の了解の中で面白い話を紡いでいくタイプ。2つ目は リアルな 3DCG 、例えば 『ファイナルファンタジー』(2001)『ポーラー・エクスプレス』(2004)、最近では 『タンタンの冒険 / ユニコーン号の秘密』(2011) などもこの分類に当てはまると思います。そして3つ目が セルルック、いわゆるトゥーンシェーダによる表現ですね。

野口:その分け方だと、白組『friends もののけ島のナキ』(2011) はピクサー型になるのでしょうか?

石井:そうですね。白組が目指している方向性は非常に正しいと感じます。CG であるか否かに関わらず、面白ければ観てもらえることは証明されました。おそらくこれからも、成功例は増えていくと思います。重要なのは、"面白いかどうか" なんですよね。僕の娘は 『やさいのようせい』 を夢中で観ているのですが、当然 CG で作られていることは知りません。最近の 『プリキュア』 シリーズ では本編が 2D の作画である一方、エンディングはフル CG アニメーションで制作されている......といったことは大した問題ではなく、キャラクターが魅力的でシナリオが面白ければお客さんは喜んでくれるはずなのです。そうした意味において、2つ目のグループ「リアル系」は、実写でやればいいんじゃないかという大きなハードルがあります。加えて、これも神山監督とよく議論するんですけど、いわゆる洋画的なエンターテインメント作品の中で日本人のキャラクターが活躍しても、日本人は嬉しくないと思うのです。

野口:確かに、『バトルシップ』(2012) に浅野忠信さんが準主役級の大きな役所で出演していましたが、それほど話題にならかった気がします。日本人は西洋人の方が格好良いと思いがちなのでしょうか?

石井:日本人が戦後植え付けられたコンプレックスではないかと。僕は日本人だって格好良いと思うのですけどね。極端な例えですが、日本人が洋画を鑑賞する場合、自分をブラッド・ピットだと思いながら、つまり主役に自己を投影して映画を観ている気がしてなりません(笑)。同様にマンガやアニメのキャラクターも、髪が赤かろうが青かろうが、目が大きかろうが、日本人だと思って観ているわけです。『ドラゴンボール』の孫悟空も日本人だと思って作品を観ますよね? これは日本のマンガやアニメ表現の優れたところだと思います。マンガやアニメであれば、文芸作品だろうが、ラブストーリーだろうが、戦争ドラマだろうが、日本人はエンターテインメント大作をつくることができる。それを 3DCG でどう表現するのかをもっと掘り下げて考えないといけません。

石井朋彦ポートレイト4

 

野口:日本の場合、必然的に選択肢として残るのは、ピクサー型かセルルックの二択になるのかもしれませんね。

石井:舞台が現実世界で主人公を人間にするなら、セルルックがベストだと思います。一方で、子供を含めた、いわゆるファミリー向けの作品であれば、非常に限定された世界の中で真っ直ぐな主題を描くピクサー型が良いだろうと、僕は思います。そして『009 RE:CYBORG』では、神山監督の作家性や趣向としても、スタッフの適性にしても子供向けではないので、セルルックに勝算があると判断しました。

野口:本当は、日本の現場でもピクサーみたいな作品をつくりたい方々が沢山いるんじゃないかと思うのですが、企画段階から入って作り込んでいかないと難しいですよね。マンガやアニメのキャラクターをセルルックの CG で表現する方が早い。

石井:例えばハリウッドでは、せっかくデフォルメして豊かな表現の可能性がある世界をつくったのに、水を表現する上では流体シミュレーションを用いているんですよ。何十億円もかけて流体の物理シミュレーションを繰り返している。手付けのセルルックアニメーションであれば、もちろんアニメーターの才能と技術の賜物ですが、1人のスタッフが、1~2週で仕上げることができます。まずはインフラを構築し、そこに莫大なお金を流し込んで産業全体が生き残っていくという、アメリカ特有の事情も影響していることでしょう。そして 3DCGの場合も例外ではなくそうしたインフラをフル活用することで、巨額のマネーが動いているわけです。でも、日本はそうではない。

野口::『メリダとおそろしの森』(2012) でも、コケの表現において非常に高度な 3DCG 技術を投入していました。あくまでも仮説ですがアメリカ人の場合、背景美術に関してはセルの時代からリアルに表現したかったのではないかという気がします。でもキャラクターにはそうした写実性を求めないので、あのような表現になっているのではないかと。

石井:一方、日本人の場合は省略化されていればいるほど、その合間に何かを観ていますよね。1秒24コマではなく、12コマ(2コマ打ち)や8コマ(3コマ打ち)で、3DCG モデルとテクスチャの変形によって手描きのような表現を生み出してしまう。そして忘れてはいけないのが、日本のアニメ界が誇る背景美術です。ピクサーが30人のスタッフを投入して半年がかりで作成するような巨大な街並みの俯瞰を、日本の背景美術スタッフは1日で描いてしまう。

野口:しかも非常に安い(笑)。

石井:以前、日本の相場をピクサーの人たちに話したら目を丸くしていました(苦笑)。3DCGの世界を集中して研究してみて、神山監督と至った結論があります。「3DCG をやっている多くの人が、ここにはない何かをつくろうとしている」って。でも "ここにはない何か" なんてお客さんは観たいのでしょうか。

野口:ここにすごいものがあるのに、果てなき夢をみたがる人たちが多いと?

石井:マンガとアニメこそが、僕らの探す "青い鳥" なのです。「それを真似した方が絶対上手くいくぜ」ってね。手前味噌ですが、日本にはマンガやアニメというすごい文化がある。それを 3DCG で表現したのが『009 RE:CYBORG』であり、これこそが日本の誇る CG の姿だと思っています。さらには、若い人がアニメ業界に入ってくるにあたって、3DCG は最適なツールでもあるんですよ。

野口:作画のアニメーターを目指すよりも敷居が低いということでしょうか?

石井:語弊があるかもしれませんけど、その通りです。作画のアニメーターになるには4段階のハードルがあります。第1に、当たり前ですけど絵が上手くなければいけない。第2に、オリジナルのキャラクターではなく、他の人が描いた原画の真似をしなくはいけない。第3に、それを動かさなくてはいけない。そして第4に、動画経験も必要なので、綺麗な線を描けなければいけません。いわば4重の才能が必要であり、しかもこれらを習得してようやく売れっ子になれるのは30代中盤なんですよ。それを10年も続けると、今度は老眼に悩まされることになってしまう(苦笑)。つまり下積み10年、現役10年という世界です。ところが 3DCG なら、動かすことさえ上手ければ作画のアニメーターと同じ仕事ができてしまう。若い方が業界に入ってくる間口を一気に広げる可能性があるのではないでしょうか。

野口:動かすことに特化すれば良いわけですから、より多くの才能が眠っているはずです。

石井:そして 3DCG に移行してからも、ベテランの作画のアニメーターは大活躍しているんですよ。キャラクター設定、小物設定、美術設定、レイアウト加筆など。若い方の中で無から有を創り出せる人はそれほどいませんが、ベテランの中には多くいるわけです。そういう方々は、40〜50代になって枚数が描けなくなっても、変わらずに画が上手いんですよ。CG というツールに出会うことで、60〜70代になっても変わらず現役としてアニメーション制作に携われる道が開けるような気がしてなりません。

野口:なるほど。一連のお話を通して石井さんは 3DCG の技術や表現だけでなく、ビジネス面での成功や後進の育成も考えながら戦略を練っておられることがわかり、とても共感しました。

石井:映画はやはり、キャラクターとシナリオですからね。表現手法ありきではないと思います。キャラクターとシナリオを、3DCG を使ってどう表現するのか というところから考え始めないと。その意味では、僕自身も勉強中なのでピクサーやドリームワークスのプロデューサーや監督が、企画を起ち上げる際にどういったことを議論しているのか知りたいですね。CGWORLD にそんな連載があれば、せっかく技術は持っているのに、それをどう表現すれば良いのかわからない日本の 3DCG 制作者がブレイクするきっかけになるかもしれませんよ。

Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER_野口光一(東映アニメーション
EDIT_尾形美幸(EduCat)、沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充
LOCATION_yomo -羊毛-

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