>   >  日本にフルCGアニメは根付くのか?:第 8 回:塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役、プロデューサー)
第 8 回:塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役、プロデューサー)

第 8 回:塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役、プロデューサー)

3DCG のパイプラインに 2D アニメの良さを融合させたい

野口:では続いて、3DCG アニメに関する塩田さんの考えをお伺いします。ポリゴン・ピクチュアズは国内市場を主なターゲットとせず、早い時期から海外で営業をなさってきた。その理由を教えていただけますか?

塩田:我々が大規模制作体制を維持していくと決めた 1999 年当時、国内には 3DCG アニメの市場が存在しなかったのです。アニメ市場はありましたが、絶頂期でさえ 1 話当たりの制作予算は 2,000 〜2,500 万円程度でした。この予算で 3DCG が作画に勝つ術があるとは思えなかったのです。3DCG で勝ち目のある表現をするには、絶対に一定額のバジェットが必要だという思いがありました。それがなけれな、本来のポテンシャルを発揮できないままに負けてしまう。だとしたら、そのバジェットを得られる北米市場で勝負をかけるしかない。だから北米を中心に営業を始めたわけです。

野口:ポリゴン・ピクチュアズが北米向けに制作した 『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム』(原題:Transformers Prime、2010〜) などの TV シリーズは、日本でも放送し始めていますよね。いずれ制作コストが下がれば、日本でも 3DCG アニメが制作されるようになると思われますか?

塩田:はい。その時代は間近にきていると思います。アメリカであっても子供向けの TV シリーズはそれほど大きなマーケットを形成していませんし、かつてほどのバジェット獲得は難しくなってきています。『トランスフォーマー プライム』の続編を作るとしても、コストダウンは避けられないでしょう。世界ターゲットの作品であっても、国による制作コストの格差は減っていくと思います。これに対応するには、カナダやイギリスのような政府による優遇措置のある土地で制作するか、高付加価値の仕事だけを国内で行う体制に移行するしかありません。つまり日本のアニメ業界が実践してきたような、設計や試作くらいまでは日本でやって、それ以降の量産は制作コストの安い海外に流していくというやり方です。我々の場合は、マレーシアの 3DCG プロダクションと合弁会社を設立しました(※2)。

※2:マレーシアの合弁会社
2012年10月17日、ポリゴン・ピクチュアズはマレーシア有数のデジタルアニメーションスタジオ 「Silver Ant Sdn. Bhd.」 との合弁会社 「Silver Ant PPI Sdn. Bhd.」(資本金:3,200 千リンギット、出資比率:ポリゴン・ピクチュアズ 51%・Silver Ant 49%)を設立することを発表した。同社は2013年1月1日設立を目指しており、第一弾制作作品は『Transformers Prime 3rd season』になる予定(プレスリリース


『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム』PV
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野口:海外で制作するのであれば、やはりターゲットは世界市場でしょうか?

塩田:制作する場所に関わらず、世界市場に向けた作品をつくる必要はあると思います。むしろ日本の場合は従来よりも制作コストを上げて、世界ターゲットの作品を集中してつくっていった方が良い。世界に向けた作品を我々が主体性を持って商品化するためには、今一度日本のアニメ業界に立ち戻っていく必要があると感じています。ポリゴン・ピクチュアズは海外の TV 業界では相当知られていると思いますが、日本ではほとんど知られていません。国内の仲間を増やすために、日本の既存のアニメ制作のシステムに入っていくことも検討しています。

野口:なるほど。ですが、日本の既存システムの中で 3DCG アニメをつくるためには、大前提として 3DCG アニメの認知度をさらに高める必要がある気がしてなりません。この連載もそうした活動の一環として始めました。ゲームムービーのフル 3DCG に慣れ親しんできた若い世代は、『プリキュア』シリーズ の 3DCG でつくられたエンディング映像も違和感なく受け容れてくれている。だけど国産 3DCG アニメの成功事例はまだまだ少ないゆえに、3DCG だと流行らないんじゃないかという恐怖心を制作者側が払拭しきれないのではないかと。

塩田:だったら「3DCG でつくります」って言わなきゃ良いんですよ(笑)。CG だ、作画だ、Flash だといった制作方法でアニメーションを分類することに意味があるのだろうかって、凄く疑問に思うのです。なので、最近のポリゴン・ピクチュアズは "デジタルアニメーションスタジオ" って、名乗っているんですよ。

野口:CG プロダクションではなく、あえてアニメーション制作会社だと表明しているわけですね。

塩田:そうです。媒体や使える予算、マーケットなどに応じて、手描き風のルック、セルっぽいルック、フル3D ならではのルックなどを柔軟に選択すれば良いのです。セルっぽいルックで輪郭線を付けるにしても、3DCG でつくった方が確実に効率的で良いものができるなら、3DCG を使えば良い。一方で特定のアニメーターさんでなければ表現できない画であれば、作画すれば良いのです。3DCG だ、作画だというのは作品内に占めるパーセンテージの問題であって、作品自体を区別するものではないように思います。観る側が期待するのは、コンテンツそのものの魅力。キャラクターの可愛さ、子供にアピールする力、ストーリーの面白さなどが大切なのであって、画のクオリティは二の次なんですよ。

塩田周三ポートレイト2 塩田周三ポートレイト3

 

野口:アニメーションとして気持ち良く見える画を予算内でつくることができれば、ツールは何でも良いと。そうすると、いずれはポリゴン・ピクチュアズが作画チームを持つようになるのでしょうか?

塩田:持ちますよ。現状の 3DCG のパイプラインに、日本の作画アニメの良さを融合させるための設計を既に始めているのですが、世界標準であるデジタルベースの 2D アニメーションパイプラインを増設するつもりです。日本の 3DCG は歴史が浅いので、ストーリーや場面の構成力、キャラクターや世界観の設定力、色彩設計といった点でまだまだ作画にはおよばない。なぜなら CG 業界にはストーリー・テラーがまだ少ないのです。作画の長い歴史の中で培われたノウハウを吸収して、構成力を上げていく必要があります。

野口:今はアニメ会社がデジタル部門として 3DCG 制作部隊を構築し始めていますが、CG プロダクションが作画(2Dアニメーション)部門を設けるという逆転現象が起こってもおかしくないというわけですね。けれど作画のアニメーターが CG プロダクションに移っても、「3D は面倒くさい」という理由で結局は定着しないという現象が起こってきましたよね。システム自体を変えないと、作画の方々が 3DCG 側にくるのは難しいのではないでしょうか?

塩田:3DCG アニメーションをつくる以上は、それなりに 3DCG のインターフェイスや仕事のやり方を覚えていただく必要があるでしょう。ですが、今後は 3DCG アニメに純粋な作画を盛り込む比率がどんどん上がっていくと思いますし、上げるべきだとも思います。作画の方々が培ってきた力を発揮する場は広がっていくでしょう。

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