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第 9 回:さとうけいいち(映画監督)

第 9 回:さとうけいいち(映画監督)

もっと大胆に顔を崩して、感情を表現するべき

野口:さとうさんはアニメの演出をする場合でも実写の経験を下敷きにしていらっしゃるのだと、ここまでのお話で理解できました。そこでお聞きしたいのですが、実写、作画アニメ、フル 3DCG アニメで、あえて演出方法を変えることはありますか?

さとう:演出方法はまったくちがいますね。例えばフル CG アニメのコンテ割りは、作画アニメの絵コンテを描く感覚とは随分ちがいます。3DCG の場合、3D 空間にキャラクターを配置してカメラで撮影しながらレイアウトを考えていきます。このプロセスはむしろ実写のカメラ割りに近いですよね。

野口:なるほど。

さとう:一方で、3DCG キャラクターの芝居のテンポは実写の役者よりも速い方が良い。もしも舞台役者の演技をモーションキャプチャで収録して 3DCG キャラクターに当てはめるなら、いつもの感覚よりも速いテンポで演じてもらった方が良いでしょうね。舞台役者の演技は溜めが長くなりがちで、ここ最近のハリウッド映画のテンポに慣れた視聴者にはじれったく感じるんですよ。特に 3DCG の場合、視聴者は役者ではなくキャラクターが演じていると思って観るので、実写以上にテンポの良さを期待します。実写よりもワンカットの尺を短めにして、飽きさせずに見せることを意識した方が良いと思います。

野口:視聴者が心地良いと感じる映像のテンポは確実に速くなっていますからね。同じハリウッドのアクション映画でも、昔の作品のテンポはもっとゆっくりだった。

さとう:時代が変われば、人の好みも変わっていきますからね。それから今回『星矢』をつくっていく中で、3DCG のキャラクターであってもカメラテストはやるべきだと改めて感じています。キャラクターのモデリングが完了したら、クロースアップでの撮影にどの程度耐えられる顔なのか、じっくりと見極める期間を設けた方が良い。実写の場合でも、この女優を、この角度から、このレンズで撮影すると愛せないルックに映ってしまうってことがあるんですよ。3DCG のキャラクターであっても、本格的な制作を始める前に実態を把握しておくべきだと思います。

さとうけいいちポートレイト5

 

野口:T ポーズで立たせて回転させるだけではダメだと?

さとう:そうそう。T ポーズ自体にも問題があって、手を下ろしてみないと腕が短すぎることに気付かないといったことがありますよね(笑)。それから顔のモデリングに関して、もうひとつ気になっていることが。アニメの主人公たちって、どれもこれもイケメンだったり可愛かったりするじゃないですか。僕なんかはね、ちょっと三枚目の脇にいるキャラクターの方が愛せたりするんですよ。オッサンの泣きの表情で魅せようとしたときに、そのモデルの顔が残念な出来映えで「何でだ!?」と、思うことがある。センターに来る主人公たちのモデリングは力を入れてもらえるけど、脇役は後回しにされてしまうことが多い。脇だから適当でいいやって、逃げるんですよ。でもそういう脇役キャラの方が、子供から大人まで幅広い層に愛されて、観る人たちの気持ちをつないでくれると思うんです。

野口:つくる側はメインのキャラクターにばかり注目してしまうけど、実は脇のキャラクターの方が物語のキーマンだったりするのですけどね。

さとう:特に独身の子たちはメインのキャラクターにばかり注目しがち。家庭をもっている連中や人生の悲哀を知っている連中は、僕と同じように脇のキャラクターを愛してくれる(笑)。だから極力、そういう人にチェックしてもらうようにしています。

野口:つまりスタッフを編成する際には、年齢層を偏らせないといったバランス調整も必要なのでしょうか?

さとう:アニメをつくる上で、バランス感覚は大切だと思いますよ。オッサンが見て萌えるエッセンスと、子供が見て可愛いと思えるエッセンスはちがいますから。オッサン向けのサービスはちょっとで良い(笑)。どうすれば子供たちがときめくかを探ることに力を入れるべきでしょうし。

野口:3DCG だろうと作画だろうと、視聴者を意識したバランス感覚の重要性は変わりませんよね。

さとう:そう。変わらずに重要なことも沢山あります。3DCG でも作画でもね、キャラクターを表現する際に一番前面に押し出して見せるべきなのは眼だと思っています。例えば実写でアイドルを撮影する場合、眼にハイライトを入れると急激にアイドルっぽくなるじゃないですか? 眼力が増して、心をもっていかれる感じがする。時代劇でも決めのカットではカン! と眼を見開いて強調しますよね。この魅せ方はアニメでも同じで、昔の『聖闘士星矢』(1986〜1989)で 荒木伸吾さん(※6) の絵に人気が集まったのも、眼をガッツリ描き込んであったからだと思います。

※6:荒木伸吾さん
『聖闘士星矢』のキャラクターデザインや作画監督を務めたアニメーター。端正かつ繊細な絵柄や、美しいアクションシーンの作画で人気を集めた。
荒木伸吾公式サイト

さとうけいいちポートレイト4

 

野口:3DCG のキャラクターは時にフィギュアっぽく見えますが、眼に光を入れると命が宿ったように感じますよね。一方でピクサーの場合は、眼に加えて眉も効果的に使って表情を付けているようにみえます。この点についてはどう思われますか?

さとう:確かに眉も動かした方が良いですね。日本では眉間を使った演技をつけないアニメーターが多いけど、もっと思いきって動かしてよって思うことがあります。ピクサーのキャラクターは、眼にハイライトを入れない場合が多いですよね。あっても凄く小さい。このちがいは面白いなと思って、『Mr.インクレディブル』(2004)『レミーのおいしいレストラン』(2007) はじっくり観ました。ピクサーのキャラクターは、眉と眼の動きで表情をつけている場合が多いんですよ。さらにね、口の使い方や立ち方も大事だなと思います。

野口:確かに。

さとう:『TIGER & BUNNY』の演出では、2人の主人公のうち、特にタイガーの演技は 『トイ・ストーリー』(1995) のウッディとバズみたいにやって良いよって、指導していました。相方のバニーが喋っているのを聞いているカットでは、口を半開きにして、だらしない立ち方にしてもらったんです。普通に口を閉じて姿勢良く立たせると彫刻のように見えるし、つまらないなって思いました。ちょっとだらしないくらいの方が、視聴者は安心するはずなのです。

野口:でも、せっかく格好良くつくったキャラクターの顔や姿勢を大胆に崩すのは勇気が必要ですよね。

さとう:怖がって崩せない人は多いですね。キャラクターがリアルになってイケメンになるほど、顔を崩したくないと思ってしまう。でもキャラクターが大胆に感情を吐露するシーンであれば、グシャグシャに顔を崩しても良いんじゃないでしょうか。例えば 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 シリーズ のジョニー・デップは凄く表情豊かですよね。あのくらい眉間にシワを寄せても構わないんですよ。

野口:作画アニメの場合、女の子の眼が点になったりバッテンになったりしますよね。同様のことを CG のキャラクターでもやってみれば良いのでしょうか?

さとう:そのくらいの思いきりが必要でしょうね。崩すことやデフォルメを怖がっていたら、3DCG アニメは何年経っても今の段階から先に進めないと思います。ただ、例えばキャラクターの眼を点にするなら、全身の動きもピタッと止めた方が良いでしょう。眼が静止しているのに身体だけ揺れ続けていると、お面を付けているみたいで気持ち悪い。ここぞという時にはカッと止める。そんなスタイルを CG でも実践すれば良いのではないでしょうか。

野口:『星矢』の制作が終わったら、もう1度お話を伺いたいですね。今以上に実践的な意見が出てきそうで楽しみです。

さとう:『星矢』でも常に 3DCG と作画のちがいを意識しながら奮闘しています。皆さんの予想を超える映像をつくれるよう、まだまだ頑張りますので期待していてください。

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INTERVIEWER_野口光一(東映アニメーション
EDIT_尾形美幸(EduCat)、沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充
LOCATION_CHEZ VOUS

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