<3>効果的なVRナラティブとは
シームレスな没入体験はVRゲームだけでなく、VRナラティブにおいても必要とされている。この点は今回取材したワークショップの主要トピックであった。しかしゲームとは異なり、VRナラティブはユーザーに与えるインタラクティビティのレベルとナラティブの方向性とのバランスを取りつつ、ユーザーをストーリーに引き込まなければならない。 ワークショップにおいて、ビデオゲームは「lean forward medium」(前かがみのメディア)として議論された。一方、テレビと映画は「lean back medium」(後ろへ寄りかかるメディア)というカテゴリに入れられた。この「lean forward」とは、ユーザーがビデオゲームをしながらコントローラを操作する際の身体の位置やジェスチャからきている。一方の「lean back」とは、ソファや映画館の座席でのビューアの体の位置を指す。そして、VRナラティブの構築と体験には、このどちらのカテゴリにも分類されない新しいカテゴリ「Lean in」(内へ傾く)が求められる。「Lean in」とは、ビューアがストーリーとインタラクトし、引き込まれている状態を指す。この新しいカテゴリは厳密には従来のふたつのスタイルの中間に位置するわけではない。
ワークショップの参加者のひとりである慶應義塾大学の高島瑛彦氏はこの「Lean in」状態を対象とする研究の中で、VRナラティブを開発している。『The Viewpoint of a Zombie』と『Police&Mafia』では、ビューアは体の位置と視線の方向の変化に応じて、モニタに表示されるフレームの内部とその周辺を見ることができる。ビューアがストーリーによって一方的に導かれるという意味では、ここでのナラティブは従来通りかつ直線的な関係性が基軸になっている。ここではビューアはシーン遷移やそのタイミングをコントロールできない。しかし、見ているスクリーンと身体との位置関係を変化させることで、ビューアはフレームの外側を見ることができるのだ。スクリーンに映し出される映像は、広視野角の魚眼レンズでキャプチャされている。また、デプス・センサーを搭載したMicrosoft Kinectがビューアの動きを記録するために取り付けられている。そのためビューアの位置によって、様々な視点からストーリーを体験できる。その結果、ビューアはHMDを装着せずとも、ユニークかつ個別の視点を伴うコンテンツとストーリーを、自分以外のビューアと同時に楽しめるのだ。
『The Viewpoint of a Zombie』
パースペクティブ変化に伴う様々なナラティブの構成要素を示すイラストレーション
The View Point of Zombie from Akihiko Takashima on Vimeo.
Police&Mafia from Akihiko Takashima on Vimeo.
『Police&Mafia』のモニタ表示
スクリーンとスクリーン上部のKinectは、ビューアの身体位置の変化に応じて、あらゆる角度からランチャーミサイルを見ることを可能にする
『Police&Mafia』をインタラクティブにじっと見つめるビューア
スクリーン上部のKinectがビューアの動きに反応する
この「Lean In」がVRナラティブを構築していくための正しいアプローチであるかどうかは、議論の余地が残る。しかしながら、ワークショップで議論され最も重要であった点は、従来通りのナラティブとエンターテインメントに関する方法論や技術は、VRストーリーの構築には完全には適合しないということだ。監督、スクリーンライター(脚本家)、カメラマンといった従来の役割は、再考され新たな目的のために修正される必要がある。さらに、ストーリーテリングを補助する特別な機能とツールが開発、実装されなければならないだろう。しかし、良質のVRストーリーは、ハードウェアやソフトフェアなど最新のテクノロジーに依存するのではない。
本から映画に至るあらゆる既存の素晴らしいストーリーと同じように、視聴者が極上のVR体験を享受するためには、視聴者を夢中にさせ、楽しませなければならないのだ。
TEXT_ジャナック・ビマーニ博士(メディアデザイン学/株式会社ロゴスコープ リサーチャー)
翻訳・編集:橋本まゆ
Written by Janak Bhimani, Ph.D., Researcher/Producer, Logoscope Ltd.
Translated by Mayu Hashimoto
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ロゴスコープ/Logoscope
株式会社ロゴスコープは、Digital Cinema映像制作における撮影・編集・VFX・上映に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行なっている。とりわけACES規格に準拠したシーンリニアワークフロー、高リアリティを可能にする BT.2020 規格を土台とした認知に基づくワークフロー構築を進めている。最近は、360 度映像とVFXによる"Virtual Reality Cinema"のワークフローに力を入れている。また設立以来、博物館における収蔵品のデジタル化・デジタル情報の可視化にも取り組んでいる。
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