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    去る2016年11月9日(水)から12日(金)まで、大阪にて「ACE 2016」(Advancements in Computer Entertainment 2016)が開催された。ACEは、アカデミア、産業、エンターテインメントが交差する最新の技術とコンピューティングの発展をカバーする国際的かつ学術的なカンファレンスのひとつだ。2004年にシンガポールでスタートし、これまで世界各地で開催されてきたACEは、今年で13回目を数える。今回の大阪開催は日本に在住、在勤、在学している参加者にとって、最先端の研究成果に簡単にアクセスできる意味で利するところが大きい。一方でほとんどが初めて日本を訪れる海外からの参加者にとって、大阪は観光面において、関西とは何たるかを端的に示すと同時に、アートとテクノロジーの最新の発展と発見を体験させてくれる開催地でもある。それでは、今回から2回にわたり「ACE 2016」レポートをお届けしよう。

    <1>Alice and Her Friend

    さて、このACEはコンピュータおよびエンターテインメントの進歩を網羅していると言ってよい。各カンファレンスの焦点は、商業的/文化的/技術的な時代精神から影響を受けている。ACE 2016で展示されていたすべての素晴らしい発見と研究成果を紹介するのは、ここでは紙面の都合上不可能であるため、本稿ではとりわけ筆者自身にとって極めて興味深かった5点の革新的な作品ついて、詳しく見ていきたい。

    各カンファレンスの名称からも明らかなように、ACEで提示されデモされている作品は、エンターテインメントと関連している。エンターテインメントには、様々な人々へ向けた多くのマニフェステーションと解釈がある。ここで取り上げる「Alice and Her Friend」は、弱視の子どものために制作された絵のない絵本だ。子どもたちはマルチセンサーによるインターラクションを通して、感覚と体験を「読む(reading)」ことで、絵本を楽しむ。この絵本は様々な黒の陰影からできている。絵本を閉じている時にはまるでアコーディオンのようだが、開くと長く伸びて物語が展開する。様々なセンサーとマイクロコントローラーの機器によって、読者はフィードバックを得ながら、手探りで物語を進んでいく。ある意味、単に本を読むことに比べてより没入感のある体験をもたらすのが、この「Alice and Her Friend」なのだ。

    連載"Virtual Experiences in Reality" 第5回:「ACE 2016」(Advancements in Computer Entertainment 2016)前編

    展開された「Alice and Her Friend」
    Imagineering Institute
    https://drive.google.com/file/d/0B5g4i8YoER-yajNnWmtodFdxSmM/view


    <2>Reporting Solo

    この1年、セルフ・ブロードキャスティングの利用と需要が急増している。Periscope、Facebook Live、YouTube Liveが作成したプラットフォームが、グローバルな視聴者をユーザーやプレゼンターに仕立てている。通常、ラップトップ、タブレット、スマートフォンのいずれかさえあれば、誰でも簡単にセルフ・ブロードキャスティングを始められる。ある特定の瞬間を捉えて示すことが、ブロードキャスティングにとって最も重要な要素であるため、下手なカメラワークや低音質、ビジュアル・エフェクツの欠如は、致し方ない問題としてこれまで省みられてこなかった。

    しかし、より多くのプラットフォームが形成されていく中で、ブロードキャスターと視聴者は、回線容量に合わせて、コンテンツをより成熟かつ洗練された方法で提示したいと求めるようになった。「Reporting Solo: A Design of Supporting System for Solo Live Reporting」の研究チーム(Kohei Matsumura and Yoshinari Takegawa)は、ブロードキャスター/レポーターのためのよりスムーズかつプロフェッショナルな体験の実現を目指している。研究者は適切なライティング、グラフィック、スクリーン上の効果がもたらす高品質ブロードキャスティングの提供により、発信者/プレゼンターが発信行為そのものに集中できるシステムデザインの実現と、未経験者がブロードキャスターに挑戦するようになることを望んでいる。

    「Reporting Solo」は、技術革新のいたちごっこの間に生じる重大なギャップを埋めてくれる。つまり、最新のテクノロジーを駆使することを可能にするサポートシステムであるミドルウェアをユーザーに提供するのだ。

    「Reporting Solo: A Design of Supporting System for Solo Live Reporting」
    Kohei Matsumura and Yoshinari Takegawa / 松村耕平(立命館大学)、竹川佳成(公立はこだて未来大学 システム情報学部 平田竹川研究室


    <3>Taifurin

    気候変動が現実的ではないと未だに信じているごく一部の人々が存在する一方で、ここ数年の間、世界中で生じている自然災害はそれとは別のことを実証している。周知のように、日本は災害と甚大な被害をもたらす気候現象にさらされているが、とりわけ台風は頻繁に日本を襲いシーズンごとに強さと数が増大している。

    ここで取り上げる「Taifurin: Wind-Chime Installation As A Novel Typhoon Early Warning System」(Paul Haimes, Tetsuaki Baba and Kumiko Kushiyama)は、日本的な考えである「わびさび」に基づいた美学と結びついた、ローコストだが効果的な台風の警報システムである。
    台風と風鈴を組み合わせたキャッチ―なその名称は、わかりやすさと同時にその機能を端的に表す。この「Taifurin」は技術的な細部においてさえ、わびさびの精神を忠実に守っており、そのシステムはマルチカラーLEDとサーボモータを取り付けた小型ボードのラズベリーパイから成り立っている。実践的な意味に加えて、「Taifurin」はIOTもとい、"internet of NICE things"のための場が存在することの斬新な事例を提供している。

    連載"Virtual Experiences in Reality" 第5回:「ACE 2016」(Advancements in Computer Entertainment 2016)前編

    美しい佇まいの「Taifurin: Wind-Chime Installation As A Novel Typhoon Early Warning System」
    Paul Haimes, Tetsuaki Baba and Kumiko Kushiyama / ポール・ヘイメズ、馬場哲晃、串山久美子
    IDEEA Lab(首都大学東京システムデザインン研究科)


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    <4>Passive Midair Display

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    <4>Passive Midair Display

    当然ながら、ACEの研究の背景にある最も重要なモチベーションは、エンターテイメントだ。近年、ウェアラブル(装着可能)、ペリフェラル(周辺装置/末梢的)、特殊用途的なツール/ハードウェアに大きな重点が置かれていて、毎日使用可能で、優れたエンターテイメントのための手頃なアイテムが歓迎されている。

    ここで取り上げる「Passive Midair Display」の研究者(Naoya Koizumi and Takeshi Naemura)は、フラッシュライトのみで、暗闇とインターラクティブに連動する斬新な方法を提示する。これは、ひとりの少年が時計の力を借りてゴーストを見つけ出す、日本でとても人気のあるメディア・フランチャイズ「妖怪ウォッチ」に触発されている。

    「Passive Midair Display」 NaoyaKoizumi and Takeshi Naemura / 小泉直也、苗村 健(苗村研究室(東京大学)

    「Passive Midair Display」は、フラッシュライトで暗闇に光を発することで、そこにないものを見えるようにする。フラッシュライトを持つユーザーの自然な動きが、インターラクション・デザインにおける重要な要素だ。光源から発出する光の角度と位置が、様々な場所に現れる様々な対象やキャラクターを生み出すのに応じて、ユーザーの動きはダイナミックになる。ユーザーにとって、この使いやすさとエントリーのしやすさが、周辺環境とその中でのインターラクションを容易に可能にする。この「Passive Midair Display」はARのメソッドの将来を明るく照らしている。

    連載"Virtual Experiences in Reality" 第5回:「ACE 2016」(Advancements in Computer Entertainment 2016)前編

    空中(mid-air)に現れる可愛らしいゴーストのキャラクター
    ACE 2016 Passive Midair Display, Naoya KOIZUMI
    vimeo.com/188838498


    <5>BathDrum2

    ユーザーがインターラクションを得て体験するためのヘッド・マウンテッド・ディスプレイ(HMD)、ウェアラブル、スマートディバイスは、ユーザーからの求めに応じて、近年増大しているが、ここで取り上げる「BathDrum2 : Percussion Instruments on a Bathtub Edge with Low Latency Tap Tone Identification」(Tomoyuki Sumida and Shigeyuki Hirai)は、バスタイムをより楽しい時間にする方法を提案する。

    センサー、プロジェクター、機械学習を使用する「BatheDrum2」は、入浴中にプロジェクションされたイメージを軽くポンとたたくと、バスタブの角にあるパーカッションを選択できる。「BatheDrum2」のシステムは、音を生み出すためにプロジェクションされたパーカッションの位置情報を利用するだけでなく、指のジェスチャーに基づく様々なタップトーンを区別することもできる。入浴は国境を超えた楽しみであり、入浴中に歌うことは、全世界共通の娯楽だ。このシステムのおかげで、バスタイム・シンガーは、もはやアカペラで歌う必要はなくなるのだ。



    以上見てきたように、ACE 2016では様々な研究成果の興味深い実践事例が展示されていた。次回(第6回)は、後編として「ACE 2016」会期中に行われたヴァーチャル・リアリティ(VR)のストーリーテリングに関するワークショップを起点として、VRにおけるナラティブについて考察していく。

    TEXT_ジャナック・ビマーニ博士(メディアデザイン学/株式会社ロゴスコープ リサーチャー)
    翻訳・編集:橋本まゆ

    Written by Janak Bhimani, Ph.D., Researcher/Producer, Logoscope Ltd.
    Translated by Mayu Hashimoto



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    • ロゴスコープ/Logoscope
      株式会社ロゴスコープは、Digital Cinema映像制作における撮影・編集・VFX・上映に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行なっている。とりわけACES規格に準拠したシーンリニアワークフロー、高リアリティを可能にする BT.2020 規格を土台とした認知に基づくワークフロー構築を進めている。最近は、360 度映像とVFXによる"Virtual Reality Cinema"のワークフローに力を入れている。また設立以来、博物館における収蔵品のデジタル化・デジタル情報の可視化にも取り組んでいる。

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