ロゴスコープでリサーチャーとして活躍するジャナック・ビマーニ氏が、ヴァーチャル(バーチャル)・リアリティ(VR)について様々な視点からアプローチする連載「Virtual Experiences in Reality」。
第2回目となる今回は、昨年11月に東京国際フォーラムで開催された「Canon EXPO 2015 Tokyo」を紹介する。
<1>「Canon EXPO 2015 Tokyo」とは
キヤノンが、5年毎に開催している展示会「Canon EXPO」。2015年は、パリ、ニューヨーク、そして東京で開催された(2016年には上海で開催予定)。キヤノンにとって、この展示会は同社のこれまでの業績を示す場であるだけでなく、同社が現在どのような課題に取り組んでいるのかを発信するとともに、それに対する消費者の関心を確認する場ともなっている。消費者(プロ、アマチュアまたはその中間にある人たち)はこの展示を、見て、触って、感じることで、キヤノンの次世代のイメージを知ることができるのだ。R&D(Research and development)のフォーラムとPRイベントとが一体となった製品見本市である「Canon EXPO 2015 Tokyo」は、自国での開催ともあって、質・量ともに非常にレベルの高いショーとなった。
では次項から、本連載のテーマであるリアリティに関する視点から興味深かった展示について、紹介していこう。
<2>高品質プリントの技術展示 -その場にいるような臨場感-
会場に入ると、暗闇の中にある大窓から飛行場が見える――これは、同社のカメラで撮影した写真をインクジェットプリンターで出力した大型印刷物の展示だ。窓に近づいて鑑賞すると、スケール感やプリントが反射する光の眩しさによって、まるでそこに本物の飛行場があるかのような錯覚に陥った。屋外晴天の飛行場の絶対輝度は、もちろんここでは再現されていない。しかし、推奨鑑賞距離から見た時のパースペクティブの一致や、高いコントラストの印刷技術、フラットな照明技術、そしてリアルな窓のインターフェイスを通すことで、部分的にリアリティを感じることができる。窓というフレームを利用して、その場にいるかのような臨場感(Sense of'Being there')を体験することができるのだ。
▲窓枠越しに設置された飛行場の大型プリント
さらにもうひとつ、ビル群を見下ろす構図の大型プリントを使った、同様の展示もあった。こちらは鑑賞者がうつむき姿勢を強いられることで、強いパースペクティブを持った画像に吸い込まれるような体験をすることができる。
▲うつむき姿勢で鑑賞するビル群のプリント
<3>超高精細画像 -まるでそこにいるかのような存在感-
「Canon EXPO 2015 Tokyo」のハイライトのひとつとして、開発中でまだ世に出ていない驚くべき技術を見ることができるという点がある。とくに1.2億画素の一眼レフカメラの展示には、同社の技術開発の成果がもっともよく現れていた。一見するとこのカメラのボディはキヤノンのEOSシリーズのようだが、その中身の高解像度センサーは、現在、販売されているキヤノンの製品とも他のメーカーのいかなる製品ともかけ離れた性能を持つ。この1.2億画素カメラには標準的なキヤノンの24-70mmレンズが採用されており、今後、市場での流通のしやすさを示唆している。
このカメラシステムの性能をデモンストレーションするために用意された印象的な展示が、少女のポートレートであった。このデモでは1.2億画素のポートレートをモニタに表示し任意の場所を拡大して見ることができ、カメラが捉えた顕微鏡レベルの明瞭さがはっきりとわかる。まつげやそばかすは簡単に認識でき、さらに毛穴までも確認することができるのだ。また、壁にはこのポートレートの超高精細プリント(これもまたキヤノンのイノベーション技術のひとつ)にスポットライトを当てて展示しており、プリントの上には「まるでそこにいるかのような存在感」というキャッチコピーが印字されていた。このシンプルかつ強力な高精細技術は、見る者に写真のリアリティの向上をはっきりと感じさせるものだった。
はたして写真家は、このような小型のボディに詰め込まれた高精細技術を用いて、どのような撮影や照明を行うのだろうか。またレタッチャーのポストプロセスは今後、どのように変化するのだろうか。仮にこの1.2億画素のカメラシステムによる動画が実現されたならば、このシステムが8Kインディペンデント・フィルムメーキングという新たな世界への大きな道筋となるに違いない。クロップしてもなお非常に詳細で明瞭な画像により、不必要なズームイン・アウトは忘れられ、Canon EOS 5D MarkIIが初期のドキュメンタリストに影響を与えたのと同じように、フィルムメーカーとストーリーテラーに新たな冒険の道を切り開くだろう。今のところキヤノンがこの技術をいつ世に出すのかは分からないが、このように高いメガピクセルを有するイメージがどのように使用され、どのような人によって興味を持たれ見られるかが普及の鍵となるだろう。
▲1.2億画素カメラで撮影された画像の一部
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<4>8K映像収録システム -8Kライドによる移動感-
<4>8K映像収録システム -8Kライドによる移動感-
周知のごとく「イメージング(画像化・視覚化)」はキヤノンの基盤・根幹を成す事業であるが、今回の展示においてとくに際立っていたのが、8K映像技術だ。すでに4Kは一般的に流通し、多くの家庭で利用されている段階にあり、キヤノンもCINEMA EOS SYSTEMなどを通して4Kのデモンストレーションに取り組んできた。本展示では技術デモンストレーションとして、8Kセンサーを搭載したCINEMA EOSカメラの試作機を登場させた。
展示会場ではガレージを模した精巧なスタジオに本物のバイクが設置されており、それを8Kカメラで撮影。観客は、同社で開発されたHDR対応8Kディスプレイに映し出された画像と現実のバイクを比較することができる。この8Kカメラは、表面上はEOS C300 MarkIIと同じだが、8K-60FPSでの伝送および収録(外付けレコーダー)が可能だ。この8K収録およびリアルタイムデモ展示は、おそらく8K放送がロードマップにある日本国内の放送局とコンテンツプロデューサーに向けたものだろう。
▲リアルなガレージを再現した8Kカメラのデモンストレーション展示
また、この8K映像技術によって実際にその場にいるかのような没入感をもたらすライド映像も展示されていた。映像を通してまるで乗り物で移動しているかのように、ヨーロッパの街並みや景色をめぐるこの小さなツアーは、キヤノンの8Kカメラで撮影された一人称視点の車窓映像を、8Kプロジェクション(4つの4Kプロジェクタを使用)することによって実現されている。ディスプレイを通してではなく、実際に車窓から景色を眺めているかのような移動感を体験することができた。
▲一人称視点の8Kプロジェクション映像によるライド映像コンテンツ
<5>VRへの取り組み
近年の大きな潮流にあわせて、キヤノンもHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を発表した(ただしその他の多くの展示技術と同様に、いつ世に出るかは今のところはっきりとは分からない)。キヤノンは、現在市場に流通しているスマートフォンとカードボードによるVRシステムよりも大きく、ユーザーが両手で操作するハンドヘルドのデバイスを開発した。このように大きなデザインになったのは、盗難へのセキュリティ対策に加えて、鮮明な高画質や広い視野角を重要視したことが理由だろう。ハンドヘルドのディスプレイは、5.5型パネル2枚、解像度は2,560×2,880(538ppi)、視野角は120度と、現在流通しているHMDの中でも最も高精細、広視野角に分類される。色彩豊かなシンガーやダンサーの踊る360度ビデオコンテンツが、ヘッドトラッキングを通したVRによる没入感をもたらす。高精細、広視野角を重視してハンドルを再考案したキヤノンのVRへのアプローチは、イメージの重要性に焦点を当てたハイエンドなVRの市場を開拓し始めている。
▲高解像度ハンドヘルドディスプレイ
「Canon EXPO 2015 Tokyo」で示されたデジタル・イメージングの未来は、ディスプレイにあった。現実を忠実に捉えてそのエッセンスを映し出すといった展示がメインに展開され、その場にいるような臨場感を感じられる演出がたくさん並ぶ中、キヤノンが伝えるはっきりとしたメッセージには「存在感」、「移動感」のキャッチコピーがあった。これらのメッセージは、印刷物やモニタ、プロジェクタなどの2次元ディスプレイで高いリアリティを持つコンテンツとそれを支える技術のためのものであったが、その"高リアリティ"の延長線がVRであるかのように、高解像度HMDが公開されていた。
また一方で、BT.2020規格での最大解像度である8K解像度のカメラおよびディスプレイの試作機にも大きな可能性が見られた。8K解像度の映像は、映像と認知に関わる心理実験や8Kスーパーハイビジョンを実現するハードウェアの開発により、NHK放送技術研究所により牽引されてきた。このキヤノンの8K試作機は、その中で唯一足りなかったUHDTV(Ultra High Definition Television)映像制作や2020年の東京オリンピックでの8K放送の可能性を示していた。
今回の「Canon EXPO」で取り上げられた高解像度を中心とした技術が、今後どのように市場やメイントトリームにおいて展開を見せていくのか。また現在、ハイダイナミックレンジ(HDR)がトレンドになりつつあるUHDTV映像制作におけるパラメータ選択(高解像度、ハイフレームレート、ハイダイナミックレンジ)にどのように影響をおよぼすのか、非常に興味深い。
TEXT_ジャナック・ビマーニ博士(メディアデザイン学/株式会社ロゴスコープ リサーチャー)
翻訳・編集:橋本まゆ
Written by Janak Bhimani, Ph.D., Researcher/Producer, Logoscope Ltd.
Translated by Mayu Hashimoto
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ロゴスコープ/Logoscope
株式会社ロゴスコープは、Digital Cinema映像制作における撮影・編集・VFX・上映に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行なっている。とりわけACES規格に準拠したシーンリニアワークフロー、高リアリティを可能にする BT.2020 規格を土台とした認知に基づくワークフロー構築を進めている。最近は、360 度映像とVFXによる"Virtual Reality Cinema"のワークフローに力を入れている。また設立以来、博物館における収蔵品のデジタル化・デジタル情報の可視化にも取り組んでいる。
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