記事の目次

    去る2016年11月9日(水)から12日(金)まで、大阪にて「ACE 2016」(Advancements in Computer Entertainment 2016)が開催された。レポートの後編では、ヴァーチャル・リアリティ(VR)でのストーリーテリングに焦点を当てたワークショップ"Interactive Storytelling for 360゜"を取り上げたい。

    <1>VR Story Telling

    初日となった11月9日(水)午後、ヴァーチャル・リアリティ(VR)でのストーリーテリングに焦点を当てたワークショップが開催された。"Interactive Storytelling for 360゜"は、アムステルダム応用科学大学(Amsterdam University of Applied Sciencesのミリアム・フォスメア/Mirjam Vosmeer博士が企画した。ワークショップの中で最も興味深かった話題のひとつが、ヘッドマウンテッドディスプレイ(HMD)、PC、その他デバイスの使用を伴わない状況で生じるインタラクション、つまり、参加者間に生じるインタラクションだ。このワークショップの参加者は五大陸、十ヵ国の様々なバックグラウンドを持つ男女であるが、フォスメア博士の研究によれば、年齢や性別は人々がVRナラティブを楽しむ際の要因とはならないそうだ。参加者の多彩な属性を考慮すると、国籍もまたその要因ではないと言えるだろう。

    第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜

    フォスメア博士(中央)とワークショップの参加者たち

    ここ数年間、VRは常に話題となってきた。最近ではこの用語自体が至るところに存在するようになっている。VRの広範な普及の最も大きな理由は、気軽に楽しめるようになった点にある。例えばGoogleが展開するカードボード式のHMD「Google Cardboard」や、UnityのようなDCCツール(ゲームエンジン)を使用すれば、VRコンテンツをより簡単に作成できるようになった。今や身近な用語となったVRの領域は、テクノロジーによってもたらされる多様なチャレンジのある中で、"VRにおいてどのようにストーリーを伝えるのか"というシンプルな問題に直面しているように見える。

    ACE 2016でもVRについての議論が交わされ、多くの学術的な貢献があった。例えば「あなたはカメラ!VR環境遷移のための身体運動」("You're the Camera! Physical Movements For Transitioning Between Environments in VR")※Paper Session 2にて講演)では、コンテンツ制作者らがVR空間のシーン遷移に関して議論している。この研究はヴァーチャル空間でのシーン遷移がユーザーによるヴァーチャル・カメラの動きと同期して行われるか、あるいはヴァーチャル・カメラがより直接的にシーン遷移に影響するのかを明らかにしようとした。ある調査結果からは、ユーザーは一方的にコントロールされるのではなく、ヴァーチャル・カメラに同期してシーン遷移へと導かれることを好む点が明らかになった。

    第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜

    ディスカッションを交わす参加者たち

    <2>シームレスな没入体験〜VRゲームにおける試み〜

    コントロールに関する考えは、VRナラティブ(VRにおけるストーリーテリング)を構築していく上での中心を成す。ワークショップの参加者はどの視点からVRナラティブを語るべきか議論した。一人称視点、二人称視点、あるいは三人称視点からなのか。コンテンツを制作する側と体験する側の双方にとって、これらの様々な視点(声も含まれる)には、それぞれに利点と欠点がある。先述のVR空間におけるシーン遷移と位置関係が提起する問題と同じように、どの視点からVRストーリーを語るべきか決定することは、ストーリーテラーであるコンテンツ制作者と体験する側の両者に影響を与える。VRナラティブの体験をもっと力強くするためには、没入感のあるストーリーのフレームワークの内側へと導く、より多くのツール/デバイスが必要とされる。

    しかし多くの場合、複数のデバイスを手に持ち、使用し、インタラクションするようビューアに求めることは、ビューアにとって煩わしいだけでなく、インタラクティブ/没入的なナラティブ体験からもビューアを遠ざけてしまう。ビューアはVRストーリーを正しく、あるいは完全には経験することができず、気が散ってしまうのだ。ビューアに対して、両手を拘束するコントローラーやハプティック・デバイスとインタラクションするよう要求することは、HMDを着用している場合には困難である。ビューアができることと言えば、ボタンを押すことぐらいであろう。しかしこの場合でも、ビューアはVR環境の外で生じる動作を要求される。

    こうした問題を克服するために、『デューク――フルボディ・インタラクションによるFPSゲームに基づくVRの向上化』("DUKE: Enhancing Virtual Reality based FPS Game with Full-body Interactions")の研究者たちは、Oculus Rift、Leap Motion、Microsoft Kinectという既存の3つのテクノロジーを統合したVRシステムを開発した。このデュークのシステム環境下では、ユーザーはLeap Motionのセンサーが外付けされたOculus RiftのHMDを装着し、Microsoft Kinectの前に立つ。HMDを通して、ユーザーはヴァーチャルな一人称シューター(FPS)としてゲームを体験する。HMDの前方に取り付けられたLeap Motionがユーザーの腕と手の動き、およびジェスチャを捉える。ヴァーチャルなゲーム世界の内部をナビゲーションするために使われるMicrosoft Kinectは、ユーザーの身体の動きの中から、とりわけ足の動きを記録する。3つのテクノロジーの統合によって、ユーザーはゲームの中を動き回るだけでなく、戦闘メニューからどの武器を使用するかを選び出せる。こうした技術を通して、完全に没入感があり、インタラクティブなVRゲーム体験が実現可能となったのだ。

    • 第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜
    • 『DUKE』デモの様子。素手で武器を発射するユーザー


    第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜

    VRゲーム内でのシューティング例(『DUKE』デモ)

    ▶次ページ:
    <3>効果的なVRナラティブとは

    [[SplitPage]]

    <3>効果的なVRナラティブとは

    シームレスな没入体験はVRゲームだけでなく、VRナラティブにおいても必要とされている。この点は今回取材したワークショップの主要トピックであった。しかしゲームとは異なり、VRナラティブはユーザーに与えるインタラクティビティのレベルとナラティブの方向性とのバランスを取りつつ、ユーザーをストーリーに引き込まなければならない。 ワークショップにおいて、ビデオゲームは「lean forward medium」(前かがみのメディア)として議論された。一方、テレビと映画は「lean back medium」(後ろへ寄りかかるメディア)というカテゴリに入れられた。この「lean forward」とは、ユーザーがビデオゲームをしながらコントローラを操作する際の身体の位置やジェスチャからきている。一方の「lean back」とは、ソファや映画館の座席でのビューアの体の位置を指す。そして、VRナラティブの構築と体験には、このどちらのカテゴリにも分類されない新しいカテゴリ「Lean in」(内へ傾く)が求められる。「Lean in」とは、ビューアがストーリーとインタラクトし、引き込まれている状態を指す。この新しいカテゴリは厳密には従来のふたつのスタイルの中間に位置するわけではない。

    ワークショップの参加者のひとりである慶應義塾大学の高島瑛彦氏はこの「Lean in」状態を対象とする研究の中で、VRナラティブを開発している。『The Viewpoint of a Zombie』『Police&Mafia』では、ビューアは体の位置と視線の方向の変化に応じて、モニタに表示されるフレームの内部とその周辺を見ることができる。ビューアがストーリーによって一方的に導かれるという意味では、ここでのナラティブは従来通りかつ直線的な関係性が基軸になっている。ここではビューアはシーン遷移やそのタイミングをコントロールできない。しかし、見ているスクリーンと身体との位置関係を変化させることで、ビューアはフレームの外側を見ることができるのだ。スクリーンに映し出される映像は、広視野角の魚眼レンズでキャプチャされている。また、デプス・センサーを搭載したMicrosoft Kinectがビューアの動きを記録するために取り付けられている。そのためビューアの位置によって、様々な視点からストーリーを体験できる。その結果、ビューアはHMDを装着せずとも、ユニークかつ個別の視点を伴うコンテンツとストーリーを、自分以外のビューアと同時に楽しめるのだ。

    第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜

    『The Viewpoint of a Zombie』
    パースペクティブ変化に伴う様々なナラティブの構成要素を示すイラストレーション


    The View Point of Zombie from Akihiko Takashima on Vimeo.

    Police&Mafia from Akihiko Takashima on Vimeo.

    第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜

    『Police&Mafia』のモニタ表示
    スクリーンとスクリーン上部のKinectは、ビューアの身体位置の変化に応じて、あらゆる角度からランチャーミサイルを見ることを可能にする


    第6回:ヴァーチャル・リアリティ(VR)におけるストーリーテリング 〜「ACE 2016」レポート後編〜

    『Police&Mafia』をインタラクティブにじっと見つめるビューア
    スクリーン上部のKinectがビューアの動きに反応する


    この「Lean In」がVRナラティブを構築していくための正しいアプローチであるかどうかは、議論の余地が残る。しかしながら、ワークショップで議論され最も重要であった点は、従来通りのナラティブとエンターテインメントに関する方法論や技術は、VRストーリーの構築には完全には適合しないということだ。監督、スクリーンライター(脚本家)、カメラマンといった従来の役割は、再考され新たな目的のために修正される必要がある。さらに、ストーリーテリングを補助する特別な機能とツールが開発、実装されなければならないだろう。しかし、良質のVRストーリーは、ハードウェアやソフトフェアなど最新のテクノロジーに依存するのではない。
    本から映画に至るあらゆる既存の素晴らしいストーリーと同じように、視聴者が極上のVR体験を享受するためには、視聴者を夢中にさせ、楽しませなければならないのだ。

    TEXT_ジャナック・ビマーニ博士(メディアデザイン学/株式会社ロゴスコープ リサーチャー)
    翻訳・編集:橋本まゆ

    Written by Janak Bhimani, Ph.D., Researcher/Producer, Logoscope Ltd.
    Translated by Mayu Hashimoto



    • Logoscope
    • ロゴスコープ/Logoscope
      株式会社ロゴスコープは、Digital Cinema映像制作における撮影・編集・VFX・上映に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行なっている。とりわけACES規格に準拠したシーンリニアワークフロー、高リアリティを可能にする BT.2020 規格を土台とした認知に基づくワークフロー構築を進めている。最近は、360 度映像とVFXによる"Virtual Reality Cinema"のワークフローに力を入れている。また設立以来、博物館における収蔵品のデジタル化・デジタル情報の可視化にも取り組んでいる。

      ロゴスコープ公式サイト
      Facebookページ