>   >  日本にフルCGアニメは根付くのか?:第 1 回:氷川竜介(アニメ・特撮 評論家)
第 1 回:氷川竜介(アニメ・特撮 評論家)

第 1 回:氷川竜介(アニメ・特撮 評論家)

3DCG に適した表現とは

野口:日本のアニメ表現の根底には漫画がある、転じてフラットな絵柄が好まれる傾向にあるというお話ですが、分かる気がします。アメリカには、カートゥーンとアメコミがあるわけですが、アメコミを映画化する際は実写化が基本になっているのは国民性の違いの典型かもしれません。

氷川"ガラパゴス化" という用語がすっかり定着しましたが、ゲームの場合でも、欧米では FPS(プレイヤー主観)が主流になっていますが、日本ではレーシングゲームなど一部を除いて、アドベンチャーゲームのように、プレイヤーの 見た目がパッシブ(受動的)な形式が多い ですよね。ギャルゲーが "女の子回転寿司" とも揶揄される「受け身」なのも、その典型だなと。国民性を掘りさげると、欧米は自分が出ていく狩猟民族がルーツ、一方の我が国は待っていれば作物が生える農耕民族だから......みたいに、怪しい仮説はいくらでも言えてしまいますが(笑)。

野口:ビジネス的には、海外マーケットへも売っていこうという考えがどうしても出てきます。映画産業の場合、たとえば韓国は最初から海外マーケットを視野に製作しているわけですが。

氷川:そうした議論もよく聞かれます。ですが、映像に限らずコンテンツ産業において、自国のマーケットだけでリクープ可能なことが大事で、それができたのはアメリカと日本だけだと言います。そもそも、自国マーケットで受けないものが海外マーケットで採算がとれるわけもないので、海外を強く意識しすぎると、かえって優位性が崩れると思います。たとえば、『千と千尋の神隠し』(2001)第75回アカデミー長編アニメ映画賞 を獲得したのも、日本固有のものが諸外国からはエキゾチックでユニークな表現に見えたという理由が大きく、そこにグローバルスタンダード的な関与はないわけですから。

野口:確かに、自国に一定のマーケットがあるのは独自の表現を育む上でも有利ですね。では、そうした特性を踏まえた上で、日本の CG アニメーション制作はどのように取り組んでいけばよいとお考えでしょうか?

氷川:やはり、CG はデジタル技術ですから、そのメリットの原点を見直すことでしょうか。たとえば、今の CG の方向性は生産性や効率にベクトルが向かず、際限ないクオリティアップへ傾注し過ぎていないかと。非常にハイクオリティな作品が増えてきてすごいなと感心する一方、アニメってここまで心血を注がないと成立しないのか、磨きあげることで驚きが目減りしているのではないかなど、心配になることもあります。CG サイドからも、より大胆な表現に挑むという意識をもっと前面に出すことで、硬直化を壊すブレイクスルーをもたらすことができるのではないかと。

野口:技術が前に出過ぎていると?

氷川:先の仕様ありきのオペレーターの話もそうですが、日本では 「技」の追求 に意識が向かいがちで、何かを磨きあげる職人気質を好むメンタリティがあると感じます。クオリティアップは必ずしもエンターテインメントには直結しませんから、なおさら危うさを感じてしまいます。質は量によって支えられるもの なので、まずは CG アニメの制作を量的に確保することで、表現幅としても今以上に多くのものが得られるのではないでしょうか。

氷川竜介ポートレイト2 氷川竜介ポートレイト3

 

野口:3DCG 技術も確実に進化しているのですが、制作コストの面では依然として、フル CG の方がセルアニメよりも高くついてしまうこともあるかもしれません。そのため、どうしても作画の延長で CG を考えてしまうという......。CG の特性を活かしたアニメーション制作とはどのようなものが考えられると思われますか?

氷川:繰り返しになりますが、手描きにはないメリットをとことん追求すること でしょう。たとえば、CG ではモデルもアニメーションもアセットとして蓄積されていくので、カメラアングルを変えた使い回しも容易だと思います。

野口:そうですね。当社でもシリーズ作品では、過去プロジェクトのアセットを有効活用しています。

氷川:2 つめは、企画やシナリオの段階から CG ならではのメリットを織り込むこと『ドラゴンクエスト』 シリーズ(1986〜) を考えてみてください。最初、主人公はスタート周辺しか移動できないのに、レベルアップすることで瞬間移動できる地点がひとつずつ増えていく、そして次第に仲間を増やし、最終的にはすべての活動エリアを横断した、大きな物語が新たに生まれるわけですよね。このような変化と発展をふくんだ物語展開も、CG の場合はアセットを流用することで作りやすいはずです。この考え方は、特に積みかさねで大きなドラマをつむげるテレビシリーズ向きでしょう。

野口:なるほど。そうした CG の特性を踏まえた企画を生み出すためには、CG 現場出身者が初期段階から企画に参加できるように働きかけることも大切ですね。

氷川:3 つめは、言ってみれば "着せ替え人形" でしょうか。生身のアクターがアニメキャラクターをスーツのように着こなして 「なりきる」 ことのメリットは、もっと追求されていいと思います。アクションとドラマパートのモーションキャプチャを、それぞれの表現が得意なアクターに演じ分けてもらい、一体化するといった試行も過去ありましたが、この種の応用はもっと幅広いと思います。3 つの強みはいずれもアセット流用が根幹にありますが、この "着せ替え人形" の場合は、朝の情報番組にメインキャラクターがゲスト出演してタレントと絡むというような、リアルタイム性のあるパブリシティ面での新展開ができます。これは手描きアニメでは完全に無理な、CG のメリットですよね。

野口:アセットを有効活用することでリードタイムを短縮できる。アニメ作品でも、より旬なテーマを企画に反映できるようになりますね。

氷川:ここで述べたのは、2004 年ぐらいに 『これから CG の強みを全面に押し出すこんな作品が次々と出てくる』 と予想したことが多いのですが、現実はなかなかそうなってませんね(苦笑)。デジタルアニメ制作の試行錯誤も一段落し、機は熟したはずなので今後に期待しています。

その他の連載