>   >  日本にフルCGアニメは根付くのか?:第11回:樋口真嗣(映画監督・特技監督)
第11回:樋口真嗣(映画監督・特技監督)

第11回:樋口真嗣(映画監督・特技監督)

準備段階でテストを行い最良のつくり方を共有する

野口:モーションキャプチャは積極的に使用されていますか?

樋口『プリキュア』 シリーズの ED ダンスのように、モーションキャプチャしたデータを手付けで修正するやり方が理想的だと思います。あの動きは素晴らしいですよね。

野口:有難うございます。手付けでタメツメを加えて修正することは必須なのですが、キャプチャしたデータを使った方が短時間でつくれますね。

樋口:ただ、モーションキャプチャは収録後にデータのノイズを消しますよね。ノイズと一緒に、収録現場で良いなと感じた動きまで消している気がするのですよ。実は平均化してはいけない動きまで平均化している。せっかくのキレのあるダイナミックな動きが、ヌルッとした動きにされてしまうのは怖いです。でも「ノイズを消さないと、もっと酷いことになります」って言われてしまうのですけどね(苦笑)。

野口:確かに、尖った動きが丸くなってしまう場合はありますね。ちなみに、カメラの動きは誰が付けるのですか?

樋口:『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの場合は、3DCG のアニメーターにお願いすることが多いですね。紙にレイアウトを描く作画のアニメーターだと、ああいった立体的に動くカメラワークは難しいのですよ。ただ、『ヱヴァQ』では ヴァーチャルカメラ(※4) を使って監督が撮影する場合もありましたよ。

※4:ヴァーチャルカメラ
カメラ付属の液晶モニタにリアルタイム表示される 3DCG 映像を確認しながら、カメラワークを決定するシステム。通常の実写撮影に近い感覚で、カメラの動きやレンズの設定、フレーミング、演出のリズムなどを検証できる。3DCG のオペレーションに不慣れな監督や実写のカメラマンでも直感的に使用できるため、特にハリウッド映画のVFX制作で多用されている

野口:庵野さん自らがカメラワークを付けたのですか?

樋口:『のぼうの城』の撮影時に、ACW Previsualization Deep の山口 聡さんが開発した プリビジュアライゼーションシステム(※5) を利用したんですよ。そのとき、これは庵野さんが絶対にほしがるだろうなって思いまして、『ヱヴァQ』の制作で試しに導入しました。予想通り気に入られて、あちこちのカットで使いました。例えば何気ない廊下を歩くカットでも、3DCG 特有の無機質な動きに、もう一味加えたいんだと言われてね。

※5:プリビジュアライゼーション /Pre-Visualization システム
映像制作において実写撮影や 3DCG の実制作に入る前段階で、仮素材を使って制作される映像のこと。スタッフやスポンサー間の最終イメージの共有、制作コストの明確化、撮影前のシミュレーション、複雑なCG合成の設計などに有効で制作を効率化できる。略して「プリビズ」や「プレビズ」と呼ばれることが多い

野口:庵野さんのような実写に興味のある監督ほど、ヴァーチャルカメラとの相性は良いでしょうね。ヴァーチャルカメラのように監督自身も操作できるツールであれば、比較的先読みは楽だと思うのですが、3DCG 制作の大半は予測が難しいですよね。どこまで追求できるのか、やって良いのか、監督がさじ加減をまちがえると大変なことになってしまう。

樋口:ギリギリまでねばった挙げ句、公開に間に合わなかったら「どうするんだよっ!」てなりますよね(苦笑)。

野口:大きなリスクだと思うのですが、樋口さんは巧くコントロールされているように感じます。実際、どうなさっているのですか?

樋口:結局のところ、いつも同じ会社にお願いしているので、僕のやり方や性格を熟知されている方が多いのですよ。既に信頼関係ができている人たちと一緒につくっているから、お互いコントロールがしやすいのだろうと思います。ただね、制作途中の CG を見せられて「どうですか?」って聞かれることが今でも時々あるんですよ。あれは不安になりますね。むしろ僕が試されているんじゃないかと思ってしまう(苦笑)。ある程度完成したものに対してなら意見を言えますが、途中段階で見せられても「ひき続き、がんばってください」としか言えない。何かに迷っていて「どっちが良いですかね?」っていう質問なら答えられますけどね。

野口:曖昧な動機で何となく聞かれても困ってしまうと。

樋口:そういう場合が結構あるのですよ。ただ、それは相手も不安なんだろうと思うので、最後まで一緒に仕事をして、信頼関係を築くことが大切だと思います。初めて一緒に仕事をする場合は、テストショットみたいなものを最初から最後まで通しでつくってみて、どういう進め方がお互いにとって最良なのかを確認した方が良いですね。

樋口真嗣ポートレイト4A 樋口真嗣ポートレイト4B

 

野口:それは CG に限らず言えることですね。

樋口:そう。例えば役者に対しても言えます。スクリーンテストなどで扮装してもらい、撮影して、お互いのやり方を見るのです。CG の話に戻すと、準備段階で何となくモデリングだけをしてみるのではなく、もう少し踏み込んで「このカットだけ最後までつくってみましょう」といったアプローチを早い段階でやっておけるといいんじゃないかと。

野口:たとえ予算が少ない場合でも、あえてテストをした方が良いと。

樋口:昔は CG の可能性が未知数で伸びしろが沢山あったから、無茶ができたのです。 「ここまでしかできない」っていうゴールを制作途中で設定し直すことができた。「そんな結果じゃお客さんに見せられないから、ここまでやってくれ」ってね。でも今は昔ほどの無茶はできない。スケジュールを立てた段階で、どんな画をつくるのか、皆でゴールを共有する必要があるのです。

野口:徐々にノウハウが溜まり技術も進歩して、どんな表現ができるのか、ある程度予測できるようになりましたからね。

樋口:僕が映画業界に入った頃と比べると、自分たちで映像をつくる人たちが格段に増えましたよね。例えば東京芸術大学 映像研究科の大学院生が海外の映画祭で受賞してキャリアを積むとかね。僕たちの時代は映画会社のスタッフになることからスタートしていましたが、それとはまったくちがうルートで独自に映像をつくっている。「自由にやってるな、若者め!」って思いますよ(苦笑)。今は映像を撮ってつないで音を入れるまでだったら、インハウスやデスクトップである程度のことまでできるようになって、昔ほどの手間やコストはかかりません。明らかに敷居が下がっていると思います。

野口:映画というフォーマットにこだわらない人が増えてきているように感じますね。相変わらず、映画として公開することのハードルは高いままですし。

樋口:映画の場合は、いっぱいお金を集めてつくり、いっぱいお金を回収しなきゃいけませんからね。だから映画で新しい表現に挑戦することは相変わらず難しいです。せっかく 3DCG アニメをつくるなら、セルルックではなく、絵の具で着彩したマンガの単行本の表紙みたいな画で動かしたいなって、いつも思うのですよ。でも、なぜだか嫌がる人が多い(苦笑)。「やったことない表現だし、大変だから」ってね。3DCG の人たちにとっては無理難題らしく、立ち消えになってばかりです。

野口:コストがかかる一方で、集客できるかどうか未知数ですからね。

樋口:残念ながら映画において一番注目される要素は「誰が出演しているか」なのですよね。一般の方に映画監督ですって自己紹介してもね「誰が出てるんですか?」としか聞かれない(苦笑)。ルックはもちろん、ストーリーの話も聞いてもらえない。アニメの場合も同じ理由で、有名な役者さんが声優を担当する場合がありますよね。ハリウッドでもドリームワークスは名のある役者をよく使っている。

樋口真嗣ポートレイト5

 

野口:あるいは人気マンガをアニメ化するとかね。集客を確実にしようとすると、そうなりがちではありますね。

樋口:僕としては、そういう表層的でない部分、もっと野心的な表現が経済的に評価される作品が増えれば良いなと思っています。

野口:今後、樋口さんがそんな作品で成功されることを期待しています。本日はありがとうございました。

Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER_野口光一(東映アニメーション
EDIT_尾形美幸(EduCat)、沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充
LOCATION_salo cafe

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