>   >  日本にフルCGアニメは根付くのか?:第11回:樋口真嗣(映画監督・特技監督)
第11回:樋口真嗣(映画監督・特技監督)

第11回:樋口真嗣(映画監督・特技監督)

CGアニメを監督するならワークフローの理解が必須

野口:『ミニモニ。じゃムービー お菓子な大冒険!』の時代と比較すれば 3DCG の表現力は格段に進歩していますが、それでも CG アニメを監督することは難しいのでしょうか?

樋口:今の CG の制作現場って予想できないことが多い割にシステマチックになりすぎて、やっぱり難しいと思います。確かに、今や CG はどんな物語でも表現できるようになっていて、驚かされることは多いですけどね。例えば 『トイ・ストーリー3』(2010) は、絵柄の良い悪いよりもキリスト教的な教訓を現代の物語にちゃんと置き換えて、感動的なストーリーに仕上げていました。僕は心が震えましたね。一方で 『ホビット 思いがけない冒険』(2012) のゴラムのフェイシャル・アニメーションにもびっくりさせられました。表情の芝居を凄く細かく拾い上げて表現していた。

野口:作画アニメの監督からは「CG の場合、どうやってチェックすれば良いのかわからない」という意見を聞くことが多いですね。

樋口:演出する側にも訓練が必要だと思います。ワークフローをちゃんと理解して、先々で発覚する問題を予見できるようにならないと、結局後戻りする羽目になるわけですよ。ただし戻ろうとすると、もの凄く抵抗されますからね(苦笑)。特に物理シミュレーションを加えた後では、まずまちがいなくアニメーション工程に戻ってもらえない。

野口:3DCG には、3DCGの作法がありますからね(苦笑)。ローポリゴンの状態でアニメーションを付けて、クロス(衣服)やヘア(毛髪)のシミュレーションを加えて、ハイポリゴンでレンダリングしてみると全然ちがった印象に見える。だから直したいって思っても意外と戻れないものですよね。

樋口:こんな質感が加わるんだったら、もっと動きをダイナミックにすべきなのに小さくなっちゃってるとかね。加えてフェイシャルアニメーションを付ける前に、ボディアクションだけを先行して決定するというやり方もけっこうなストレスですね。僕としては表情に合わせて、ちょっとした首の仕草や髪の動きを付けたいわけですよ。フェイシャルとボディを並行してやってもらいたいのですが、CG アニメのワークフローではそうなっていない場合が多いのです。

野口:フェイシャルは時間がかかりますから、量産するなら先にボディのアニメーションを付けておいた方が効率が良い。しかしそうなると、監督に妥協を求めることになってしまう。

樋口:だから、もの凄く極端な言い方をすると、何でも良いと割りきれる監督じゃなければ務まらないとすら思います。

野口:何でも良いとは?

樋口:そこそこ良い感じにできていれば良しという判断で、確実に収入が見込める生産ラインを稼働させられる監督です。そしてリソースの 1 割くらいの範囲で実験をする。すべての作品がピクサーのように理想を追求できるわけではないですから。

野口:『ミニモニ。じゃムービー お菓子な大冒険!』を制作したときのように、会社を問わず優秀なアニメーターを指名していくと、結構なコストがかかりますしね。

樋口:そうです。しかもテイストが不揃いになるので、先ほど話したようにアニメの作画監督に近い役割を置いて揃える必要があります。現実には限られた条件のなかでつくらなければいけない場合が大半なので、工業製品と割りきった方が良いのではないかとすら思います。良いものをつくろうとすると、地獄に一歩踏み出すしかない(苦笑)。

樋口真嗣ポートレイト2

 

野口:VFX の話になってしまいますが、『日本沈没』(2006) では誰もが当初「こんなカットがつくれるのか?」って思ったそうですよね。でも樋口さんが「やるしかない、やってくれ」って皆をひっぱって、結局はできたわけじゃないですか。

樋口:僕がやってきたような方法は、つくり方が汚いんですよ(笑)。食い散らかしながら突き進んで、美味しいところだけを残していく。もの凄く無駄が多いと思うんです。最近の CG プロダクションは効率良く綺麗につくろうとしていて、パイプラインやワークフローを整備していますよね。そこに僕のやり方を当てはめると齟齬が起こってしまう(苦笑)。ただ、そんな厳格なパイプラインのなかにあっても、やるべきことはやりつつ、時々「これやっちゃえ!」って感じで楽しそうにつくっている人たちもいます。そういうつくり手であれば、相性は良いのだろうと思いますね。

野口:北米やイギリスの VFX スタジオと対等に戦おうとすると、しっかりコスト管理ができるパイプラインを構築する必要がありますからね。

樋口:CG 制作のコストはシーンとキャラクターの数で決まっちゃうんですよね。画面に映るものは全部モデリングしなければいけないので、数が多いほど予算が必要になります。

野口:作画アニメの場合は画の枚数で計算しますから、コスト計算の方法がまったくちがいますよね。

樋口:結果として、同じ舞台やキャラクターのデータを使い倒してもらった方が安上がりなのです。だけど、それでは格闘ゲームみたいに見えちゃうわけですよ。「何でずっとそこにいるんだよ? 壁ぶちぬいて隣の部屋に転がり込んじゃおうよっ!」て言うと、周囲の全員が「ええっ!?」って困惑する(苦笑)。ただ、そういう状況は実写映画でも起こります。そこでどうするかっていうと、同じ場所なんだけど、装飾やライティングを変えてちがう部屋に見せかけるとかね。

野口:それは良いヒントだと思います。ひょっとすると CG の人たちの工夫や経験値が足りないから、実写では可能なことができないだけなのかもしれない。

樋口:極端な話、背景は写真でも良いわけですよ。全部をつくり込む必要はなく、動く部分だけモデリングすれば良いと思います。

野口:後はデータベース(アセット)を活用し、ストックしてあるモデルを使い回してちがった印象に見せるとかね。アイデア次第では、短時間で別のシーンをつくれるかもしれない。

樋口:キャラクターもね、芸能プロダクションみたいなものを設立できないかなって思うのですよ。ゲームや映像用につくった CG キャラクターをライブラリにして、お金を払えば、会社を問わず使用できるようにする。そうすることで多くのキャラクターを出せるじゃないですか。最近の CG キャラクターは作品がちがっても似たような着地点に落ち着いているものが多いから、使い回しても違和感がないと思います。特に途中で死んじゃうような脇役とか、美男美女ではない三枚目のキャラクターはほかの作品に出演させても良いんじゃないでしょうか。毎回ゼロからつくるのは大変ですよ。

野口:顔だけを少し変えて別のキャラクターにして、それで背景を埋める場合もありますが、違和感が残っていて気持ち悪かったりもしますからね。

樋口:頑張ってキャラクターを増やしても、そういうギリギリの頑張りでつくっていることが観客に伝わってしまうのですよ。だったら 手塚治虫さんのヒゲオヤジ みたいに「アイツ、またあの役で出てるよ」って言われるキャラクターがいても良いと思います。実写の俳優の場合はそれが当たり前ですしね。

その他の連載