三菱ふそうトラック・バス株式会社(以下、三菱ふそう)が昨年9月にコンセプトムービーを公開した、次世代のオーバーランドトラックを構想するデザインプロジェクト「PROJECT PRIMAL」。本プロジェクトは、インド国立デザイン大学で交通モビリティおよびカーデザインを専攻していたVarruna Setty BM/バルナ・サティ氏が三菱ふそうでのインターン活動の一環として起ち上げたもので、2035年の未来にあるべき姿のオーバランドトラックのコンセプトを描き出した。

今回は川崎市の三菱ふそうデザインセンターにてVarruna氏およびプロジェクトメンバーにインタビューを実施し、インターンの枠を超えたその取り組みについて話を聞いた。

記事の目次

    「PROJECT PRIMAL」に込めた自然に対する思い

    最初に、Varruna氏から「PROJECT PRIMAL」のコンセプトについて説明があった。

    Varruna Setty BM/バルナ・サティ氏(以下、Varruna):このプロジェクトにはストーリーがあります。そのストーリーのテーマは「Elevate to Nature」です。このテーマを説明するためには、「人間とは何か」を考える必要があります。「人間とは何か」と質問されて、上手く答えられる人は少ないかもしれませんが、NASAはひとつの答えをもっていました。

    NASAは1977年に打ち上げたボイジャー探査機に「ゴールデンレコード」というレコード盤を搭載しました。ゴールデンレコードには地球の人間の画像や音声が収録されており、エイリアンがそれを見たときに「人間とは何か」がわかるようにしたものでした。

    ▲ Varruna Setty BM/バルナ・サティ氏(三菱ふそうトラック・バス デザイン部アドバンスドデザインチーム クリエイティブデザイナー)

    Varruna:ゴールデンレコードには、人間の情報以外にも地球の美しい自然の画像も含まれています。しかし、現代のわれわれはこの画像のような光景を見ているでしょうか。自然から離れた生き方をしていると見ることが少ないかもしれません。そして、デジタル社会と開発によって、その自然も失われようとしています。この問題に対する解決方法が、「PROJECT PRIMAL」です。

    Varruna:このトラックのビジョンは都市から自然への移行、「Concrete to Canopy」です。自然から離れてしまった人々が再び自然と繋がることで、問題が解決できると私は考えています。このトラックは移動先でも快適な居住空間としてリモートワークが可能で、災害時に現地に赴くレスキューの機能も持ち合わせており、砂漠でもどこへでも行くことができます。

    三菱ふそうは、これまでもリモートワークや災害管理、救助活動に関するビジョンを示してきました。現在は、「PROJECT PRIMAL」を通じて、持続可能なオーバーランディングの未来像を打ち出しています。

    Varruna:現在でも三菱ふそうのトラックは多くの人に愛用されています。今回のプロジェクトにあたって、三菱ふそうのトラックユーザーの方々にインタビューをしました。要望していることは何か? 改善点があるならば、それは何か? その答えは、「ありのままの自然を体験したいが、その目的に適したオーバーランディングトラックが存在しない」というものでした。現在市場にあるトラックは全て豪華な装備を詰め込んだ箱のようなもので、自然の中で使うには理に適っていませんでした。

    それを実現しようとするのが「PROJECT PRIMAL」のオーバーランドトラックです。このトラックによって自然と融合できます。最初に、デザインを考える上でムードボードを作成しました。このムードボードのようにアウトドアライフを楽しむ人たちのトラックを目指したのです。

    ▲インスピレーションをまとめたムードボード。中央のカラビナがデザインのモチーフになっている

    Varruna:このムードボードをさらに練り、自然の中でトラックがどのように使われているかがわかるような最終コンセプトを定めました。エクステリアはもちろんのこと、インテリアも自然と融合するデザインを心がけました。日本ではペットを飼っている人が多いので、家族の一員として一緒に移動できることや、水素燃料を採用することによって環境への配慮も考えています。

    ▲最終コンセプト

    Varruna:このコンセプトにしたがって3つのペルソナを作成しました。それは

    ・EXTROVERT(外向的で自己主張が強い人)
    ・INTROVERT(内向的で控えめ、自然と一体となり自然を邪魔することなく楽しみたい人)
    ・INFLUENCER(インフルエンサーとしてSNSを使って周りの人をオーバーランディングに引き込むような人)

    です。

    ▲3つのペルソナ

    CGW:ペルソナを作成する上で、どのような情報を集め、組み立てたのでしょうか?

    Varruna:国内外で三菱ふそうのトラックを実際に使っている人にインタビューしました。オンラインで聞いたり、ビデオを見たりして、どういう人がどのような好みをもっているか把握しました。ものづくりにおける制限は会社が決めることもありますが、周りの環境によって決まることも多くあります。そのために、使っている人の声が必要だったのです。その上で、2035年に3つのペルソナがどのような嗜好になっているか、どのようなものに影響されるかを想像し、ペルソナを仕上げていきました。

    そして、CMF(Color、Material、Finish)を用いて、3つのペルソナに対してどのような色や素材、仕上げが適しているか、プロジェクトメンバーのSneha Yelluru/スネハ・イエル氏と一緒に考えました。デザインセンターのプレゼンテーションルームに実際の素材を持ち込み、2人でCMFボードをレイアウトしました。プロジェクトメンバーのみなさんに生地や素材を実際に触ってもらって、商用車のデザインに適しているかを確認してもらったのです。

    また、三菱ふそうはすでに多くのサステナブルな取り組みを行なっています。できる限り持続可能な素材を用意し、それらがサステナブルの考え方に合っているかということも、デザインを考える上で非常に重要な要素でした。

    ▲CMFボードに実際の素材をレイアウトしたVarruna氏とSneha Yelluru/スネハ・イエル氏(カラーマテリアルフィニッシュデザイナー)

    Varruna:これらのペルソナとCMFに基づき、3つのテーマを設定しました。

    IGNITEは、アドレナリンに満ち、アウトドアのエクストリームスポーツを好み、自由な発想を持つ人々のためのモデル。
    TERRAは、大地と深く結びつき、本能的な思考を持ち、優れた直感を備えた人々に向けたもの。
    BREEZEは、影響力を持ち、探検的なライフスタイルを送り、創造性にあふれた人々のためのモデルです。

    車両のグラフィックデザインは、それぞれのペルソナに合った地形からインスピレーションを得ています。IGNITEは砂漠の風が描く流線、TERRAは木の年輪、BREEZEは氷山のラインをモチーフにしました。これにより、異なる風景への敬意を表しつつ、このトラックがどこへでも行き、様々な用途に対応できる無限の可能性を象徴しています。

    ▲IGNITE、TERRA、BREEZEというテーマで制作したグラフィック

    Varruna氏を支えたプロジェクトメンバーたち

    続いて、プロジェクトメンバーも加わり、それぞれの役割や、三菱ふそう側からみた本プロジェクトの意義について話を聞いた。

    ▲写真左から Patel Tanay/パテル・タナイ氏、Benjamin Nawka/ベンジャミン・ナウカ氏、Varruna氏、Hisashi Takahashi/高橋 恒氏、Diego Santos/ディエゴ・サントス氏、Sneha氏(インタビューには不参加)。この他、インドのDaimler India Commercial Vehicles(DICV)からアビシェク・ギャナラジ/Abishek Gnanaraj氏がリモート参加

    Benjamin Nawka/ベンジャミン・ナウカ氏(以下、Benjamin):ドイツ出身で、現在は3つのデザインチーム(リアライゼーションチーム、アドバンスドデザインチーム、プロダクトチーム)を統括しています。ヨーロッパ、北米、アジアの各拠点で働いていました。デザインこそがブランドを強くすると強く信じています。

    Benjamin Nawka/ベンジャミン・ナウカ氏(三菱ふそうトラック・バス デザイン部長)

    Diego Santos/ディエゴ・サントス氏(以下、Diego):出身はブラジルです。三菱ふそうに来て7年になります。入社して6年間はアドバンスドデザインチームに所属していましたが、現在はリアライゼーションチームのトップとしてクレイモデルやプロトタイプなど物理的なデザインを担当しています。

    Diego Santos/ディエゴ・サントス氏(三菱ふそうトラック・バス リアライゼーションデザインマネージャー)

    Patel Tanay/パテル・タナイ氏(以下、Patel):アドバンスドデザインチームのトップを務めています。われわれの仕事は20年後の未来を考えながら、そのデザインコンセプトを今のトラックのデザインに落とし込むことです。

    Patel Tanay/パテル・タナイ氏(三菱ふそうトラック・バス アドバンスデザインマネージャー)

    Hisashi Takahashi/高橋 恒氏(以下、高橋):アドバンスドデザインチームで、プロジェクト管理やVR/MR、AIなど新しい技術やアプリケーションの検証と導入を担当しています。デザインはお客様に評価していただいて、初めて完成となります。そのためにデザインを「見える化」して、お客様とイメージを共有することが非常に大事だと考えています。

    Hisashi Takahashi/高橋 恒氏(三菱ふそうトラック・バス シニアビジュアルクリエイター)

    CGW:「PROJECT PRIMAL」はVarrunaさんのインターンシップの一環として立ち上がったプロジェクトだと思いますが、始まった経緯を改めて教えてください。

    Benjamin:Varrunaさんがインターンシップに参加し、彼のアイデアを見たときに「素晴らしい」と思いました。そして、そのアイデアを見た他のメンバーたちが、「ボランティアの形でいいから協力したい」と申し出てきました。それぞれ会社の中で重要な仕事を担当しているのですが、サイドワーク的に空き時間をつくってプロジェクトを手伝うようになりました。各メンバーは、様々な形で彼をサポートしました。

    Diego:私はVarrunaさんのメンターだったので、彼のアイデアがお客様により伝わるようにストーリーを考えたり、メリットやベネフィットの部分についてアドバイスをしたりしました。彼を導くことが私の役割でした。

    Varruna:プロジェクトを進める上で様々なフェーズがありましたが、困ったことがあったらDiegoさんやPatelさんが助けてくれました。この会社には素晴らしい環境が用意されており、問題が発生したときも解決してくれました。

    Patel:私はVarrunaさんの上司としてプロジェクトの全体的な統括を担当しました。プロジェクトが円滑に進んでいるかを見つつ彼に課題を与え、ガイドする役割でした。

    高橋:Varrunaさんのアイデアが絵に描いた餅にならないよう、VRや模型で検証するプロセスを取り入れて、実現性を高めることをサポートしました。

    Abishek Gnanaraj/アビシェク・ギャナラジ氏(以下、Abishek):私はモデラーとしてポリゴンデータを作成し、Alias、Blender、Grasshopperなどを使ってデータモデリング全般を技術的にサポートしました。

    Abishek Gnanaraj/アビシェク・ギャナラジ氏(Daimler India Commercial Vehicles デジタルアドバンスデザイナー)

    Benjamin:アイデアの素晴らしさはもちろんですが、それ以上にVarrunaさんの情熱があったからこそ、多くのメンバーの心を動かし、プロジェクトへ参加する動機となったのだと思います。そして、彼のアイデアはまさにワールドクラスでした。オーバーランディングトラックとしての優れた設計はもちろんのこと、乗用車として他の企業と競争していく上でも、世界水準のクオリティが求められます。彼は、そのレベルを備えていました。

    高橋:当社の製品は、主にトラックやバスといった商業的な移動手段として使われるクルマですが、将来的には商用車の枠を超えたモビリティとしての提案も視野に入れています。そうした中で、Varrunaさんのアイデアのような取り組みは、非常に重要だと考えています。

    Benjamin:商用車はツールとして使われるものですが、だからといってデザイン性を軽視してはなりません。われわれは、商用車のドライバーに対して深い敬意を抱いています。彼らは過酷な環境でハードな仕事に従事しており、そのため、快適な空間を提供することは非常に重要です。エクステリア、インテリアの両面で心地よさを感じてもらうことこそが、われわれが目指す商用車のあり方であり、デザインの果たすべき役割です。バスやトラックは、社会の根幹を支える存在です。その点が、一般的な乗用車とは大きく異なります。

    UEを活用したムービー制作

    CGW:コンセプトムービーの制作において、使用したソフトウェアや、特に難しかった点を教えてください。

    Varruna:主に使用したのはUnreal EngineとAliasですが、BlenderやGrasshopperも活用しました。3Dモデリングに関しては、インドDICVのAbishekさんとVibakaran/ヒバカランさんにも協力してもらいました。

    Abishek:メインのモデリングはVibakaranとともにAliasで行い、外装のデザインにはBlenderとGrasshopperを使用しました。特に、最初のプロポーション調整には苦労しましたね。Varrunaさんと密にコミュニケーションを取りながら、全体の造形を細かく調整していきました。

    ▲ミニチュアのプロトタイプ。CMFで考えられた実際の素材によって作成されている

    高橋:完成した3Dモデルをもとに、VarrunaさんがUnreal Engine(以下、UE)を使用して動画を制作しました。彼の世界観が存分に表現された映像に仕上がっていると思います。

    Varruna:UEを扱うのは今回が初めてだったため、セットアップは詳しいデザイナーの方にお願いしました。初めて触るにあたり、チュートリアル動画を視聴したり、高橋さんに直接教えていただいたりしながら学習を進めました。

    ▲UEでシーンを編集するVarruna氏

    高橋:詳細なアートや絵コンテが用意されていたため、Varrunaさんも初めてUEを使用しながらも迷うことなく動画を制作できたのだと思います。彼が描いたストーリーに沿って、UEのアセットを最大限活用し、モデリングした3Dデータを効果的に組み込んでいきました。

    Varruna:絵コンテは私が一人で作成しました。UEには無料のアセットが豊富に用意されており、様々な試行ができたため、動画制作に大いに役立ちました。ベースとなる部分はほとんど無料アセットで補完できましたが、足りない部分、例えば動画に登場する飛行機やキャノピーなどは、Abishekさんに新規に制作してもらいました。

    CGW:UEは社内でよく使われているのでしょうか?

    高橋:はい。社内にUEの専門のセットアップ担当者は置いていませんが、利用頻度は非常に高いです。特にフェイバリットショットの作成、社内コンペ、プレゼンテーションの場面で頻繁に活用しています。現在、使用しているバージョンはUE5です。

    ▲ボードに貼り出された様々な資料やデザイン画
    ▲デザイン画を基にしたモデリングの様子

    CGW:Varrunaさんの取り組みは、三菱ふそうのインターンの中でもユニークなものだったのでしょうか?

    Patel:ここまでの実績をインターンに期待したことはありませんでした。このような動画が生み出されたことを考えると、彼は特別な存在だったと言わざるを得ません。ある意味、スペシャルなインターンでした。

    Benjamin:通常、インターン同士を比較することはしません。われわれは、それぞれのインターンの実力を最大限に引き出すことに注力しているからです。しかし、今回の「PROJECT PRIMAL」では、極めて高いクオリティの成果物が生まれ、さらに多くのメンバーが関わるプロジェクトへと発展しました。このことからも、「PROJECT PRIMAL」には強い魅力があったことがわかります。マインドセットやストーリーに、人を惹きつける力が確かにありました。そういう意味で、このプロジェクトは成功だったと言えるでしょう。

    CGW:みなさんにとって、「PROJECT PRIMAL」に関わって得られたものはありましたか?

    Patel:Varrunaさんの考え方には深く感銘を受けました。デザイン的に優れたプロジェクトはこれまでも数多くありましたが、彼はストーリーの文脈や、色の選び方ひとつに至るまで、全てに明確な意図を持っていました。例えば、「なぜこのオブジェクトをここに配置したのか?」といった細かい質問に対しても、明確な理由がありました。「見た目が良くなるから」といった曖昧な答えではなく、全てに意味があったのです。

    クルマのデザインは、造形の美しさだけでなく、高い機能性を両立させることが求められます。「PROJECT PRIMAL」のムービーは、デザインを魅力的に見せながら、全ての要素に機能的な意味があることを示していました。このプロジェクトに関わったことで、多くのメンバーがVarrunaさんの思考プロセスに影響を受け、日々の仕事にも良い循環が生まれています。

    CGW:ありがとうございました。

    TEXT_園田省吾 / Shogo Sonoda(AIRE Design
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
    PHOTO_大沼洋平 / Yohei Onuma