神楽坂の路地裏にかつて存在した「みちくさ横丁」。ラーメン屋やスナックが軒を連ね、地元の人々に親しまれたその場所は、2025年の再開発工事によって姿を消した。それを受けて神楽坂を拠点とするCGプロダクション「コロビト」の若手スタッフたちが、この横丁をフォトリアルな3DCG映像として再現することにチャレンジ。
背景アーティストとしてのスキルアップを兼ねて、あえて3Dスキャンには頼らず写真リファレンスを基にイチから手作業で制作したという力作は、昨秋に完成ムービーをSNS投稿すると海外のCG系メディアからも注目をあつめた。本稿では、プロジェクトの中心を担った背景アーティスト 榎本貴志氏と、コロビト代表 大島夏雄氏に制作の全貌を聞いた。
すでに取り壊された神楽坂の「みちくさ横丁」を、CGで当時の雰囲気を再現しました。#Maya #SubstancePainter #UnrealEngine5 #UE5 #Photoshop #AfterEffects #CGI #3DCG #Tokyo #Japan #Kagurazaka #Backstreet #Alley #OldTokyo #CGArt #神楽坂 #みちくさ横丁 #飯田橋 #裏路地 #昭和レトロ #東京 pic.twitter.com/RVi8jzAe3q
— CG制作会社 コロビト (@colobito_cg) October 14, 2025
3DCGになじみのない人にもコロビトの活動を知ってもらえると思った
——榎本さんは今回の自主制作プロジェクト『みちくさ横丁』では、リーダー的な役回りを担当されたそうですね。
背景アーティスト 榎本貴志氏(以下、榎本):
『みちくさ横丁』プロジェクトは、私と昨年入社した1年目の背景アーティスト2名の計3名で取り組みました。私が2024年に中途で入社したということもあって、全体の取りまとめを担当しました。
——中途入社されたとのことですが、ご経歴を簡単にお聞かせください。
榎本:
前職はまったくの異業種で、営業や企画、新規事業の立案などを担当していました。ですが、VR関連の案件に携わる機会があって3DCGに興味を持ち、CG系の専門スクールで学んだ後、コロビトに入社しました。2024年12月末のことです。
コロビトを志望した理由は、代表の大島との距離の近さ、そして映像やゲームだけでなく造形など様々な3DCG制作に挑戦している社風に魅力を感じたからです。
——コロビトさんには、榎本さんのような異業種から入社されたスタッフさんも多いのですか?
代表取締役 大島夏雄氏(以下、大島):
現在、私を含めて19名体制ですが、彼のように異業種からの入社組は4名ですね。榎本以外の3名は建築パース系、工場勤務だった者、自動車のマフラー部品の研究開発に携わった者になります。
榎本については、他業界で多くの経験を積んできたこともあって、最初に会ったときから考え方がしっかりしていると思いました。そこで『みちくさ横丁』の制作も彼にリードしてもらいました。
——『みちくさ横丁』プロジェクトは、いつ頃、どのように始まりましたか?
大島:
みちくさ横丁は当社の近くにある横丁で、2023年に再開発が決定した場所です。
私自身、行きつけのお店があるなど親しみを持っていた場所でもありますが、制作を決めた一番の理由は、自分たちのスキルを活かして3DCG映像化することで、CGに詳しくない方にも当社の仕事を伝えやすくなると考えたからです。
加えて、私は奈良県出身で、歴史ある寺社などの文化財保護に関わる機会を経て、現存しない場所を3DCG化するというデジタルアーカイブの意義を実感してきました。
今回の『みちくさ横丁』はUnreal EngineによるリアルタイムCGシーンを映像化したものですが、ARやVRへの展開も視野に入れると、デジタルアーカイブの観点からも活用の幅が広がるのではないかと考えています。
——どのように制作を進めていきましたか?
榎本氏:
2023年11月頃から、そのとき新人だった先輩たちが空き時間にアセット制作を進めていたそうです。そのデータを引き継ぎながら、2025年の6月頃から私たち3人で作業を分担しながら4ヶ月間かけて完成させました。
通常の業務を行いながら、空き時間で作業を進めたので実質としては3週間ぐらいだと思います。
私たちが入社したときは解体工事が始まっていたので、先輩たちが撮影された現地の写真やGoogle マップのストリートビューで当時の様子を確認しながらまずはMayaでモデリングを行なっていきました。写真素材の中にはRICOH THETA Z1による360度写真素材もあったので、通常では見えにくい屋根の裏側なども確認することができました。
豊富なリファレンスを活かす
▲ 2020年頃から撮り溜めていたという現地のリファレンス写真の一部
現実世界には、単純な直線で構成された物体は存在しない
——モデル制作はどのように進めましたか?
榎本:
みちくさ横丁は40メートル弱の路地ですが、Mayaシーンは1/10スケールで作成しました。まずは壁面や地面など大きな面積を占める部分からモデリングを始め、室外機や自転車、看板といった特徴的な細か要素へと段階的に進めていきました。
各メンバーがそれぞれのMayaシーン上で担当パートを作成して、ある程度出来上がったらマスターのMayaシーンで統合するという要領で行いました。
担当パートの分け方は、特定の建物やオブジェクトというよりもデータ的に分割しやすいところで、3人で話し合いながら決めていきました。
——リアルさを出す上で、形状面でこだわったことはありますか?
大島:
できるだけ直線を減らすことですね。
現実の物体には微妙な歪みや丸みがあるので、CGで再現する際もシャープなエッジをなくすよう意識しています。経年変化した素材感も、こうした細部への積み重ねがリアルさに直結します。
完成したMayaシーン
▲ 完成したMayaのシーンファイル。屋根や柱、左右の柵など、直線になりやすい箇所(※図中の赤枠など)をあえて微妙に歪ませることで、CG特有の硬さを抑えた表現を目指したという
——質感調整はどのように行いましたか?
榎本:
Substance 3D Painterを使いました。PBR(物理ベースレンダリング)の考え方に基づいてメタリック値・ラフネス値を素材ごとに詰めていきました。
Substance Source(現Substance 3D Assets)の既存マテリアルのパラメータを参照しつつ、実際の写真リファレンスと照らし合わせながらチームで調整を重ねています。
適切なリファレンスが見つからない素材については、類似するドアやドアノブの実物を調べ、素材の種類を推定してパラメータに落とし込むといった工夫もしています。
——質感は忠実な再現を優先しているのですか?
榎本:
形状としては実在していたものに近づけますが、質感については「見映えありき」で調整しました。
例えば「塗装が剥げてしまったドア」など元の素材が判別できないケースでは、想像で補完することもありました。こうした判断の積み重ねが、背景アーティストとしてのセンスを鍛える場にもなったと思います。
全体のクオリティを均一に保つことも重要で、ある1ヶ所だけ突出して作り込まれていたり、逆にディテールが足りなかったりするとリアリティが崩れてしまうので、常にシーン全体を俯瞰しながら確認を繰り返しました。
Substance 3D Painterによる質感調整
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▲ 右側後方の上部にある提灯(ベースマテリアル) -
▲ 完成形。提灯の火袋の紙の質感を表現するために、「Cardboard Paper」をベースに使用。その上から経年劣化による汚れやキズなどが追加された
汚し/経年劣化の表現
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▲ スナックの入口。まずは新品の状態のモデルを作成した上で汚し処理を加えていく -
▲ 汚し処理が施された完成形。タイルの目地や表面の凹凸など汚れが溜まりやすい箇所を意識し、ジェネレーターと手描きを組み合わせて作成。「リファレンスを参考にしながらも、どのような経緯を経て汚れていったのかを想像しながら、必要に応じてリファレンスよりも強調した汚しを加えることでリアリティを高めていきました」(榎本氏)
——質感表現で難しかったものを教えてください。
榎本:
凹凸のある磨りガラスです。実は透過マテリアルを使用していません。建物の内部をモデリングしていないので透過させると不自然になってしまうからです。
そこで反射パラメーターを丁寧に調整することで、ガラス素材らしく見せました。演出上の嘘を交えながら作業負荷を抑えるという作り方は、普段の業務でも大切なので勉強になりました。
ガラスの質感調整
Unreal Engineによる画づくり
——MayaからUnreal Engineへのデータ受け渡しはどのように行いましたか?
榎本:
MayaからFBX形式で書き出し、Unreal Engineにインポートしました。今回はUE側で軽量化することを考慮して、マスターとなるベースマテリアルを用意してマテリアルインスタンスで管理するという構成にしました。
モデルについてはハイポリゴン版とローポリゴン版の2種類を用意し、ベイク処理で形状の細部情報をローポリ版に転写することで、シーン全体のポリゴン数を抑えつつ、できるだけディテールを保持するように工夫しました。
——UE上でのライティングで工夫された点を教えてください。
榎本:
今回は、曇天のライティングにしました。柔らかい光の下ではレイトレーシング特有の影の輪郭が目立ちにくく、フォトリアルな雰囲気を出しやすいからです。
Directional LightやSky Lightで試行錯誤しましたが、影の落ち方が上手く調整できなかったため、最終的に市販のHDRIを採用しました。
さらにポストプロセスでカラーバランスやエクスポージャー、ビネットなどの効果を加えて実写映像の印象を高めるようにもしています。
UEのライティング
——完成したムービーでは、手持ちカメラの印象も良かったです。あのカメラワークはどのように付けましたか?
榎本:
ありがとうございます。手持ちカメラで街中を歩き撮りした雰囲気を出したかったので、歩行モーションをマネキンに適用して、その頭部にカメラをアタッチすることで実際に歩きながら撮影している動きを再現しました。
YouTubeの街ブラ動画やVlogを参考にしながら、横丁に初めて来た人が自然と目を向けるであろうアングルを探りました。
カメラワークの設定
ポストプロセス〜実写カメラの印象を高める〜
シーン全体の明るさと雰囲気を整えるためにPostProcessVolumeを「Infinite Extent(Unbound)」で配置。曇天のHDRIに合わせて露出をマニュアルで固定し、Bloomで光のにじみを加えることで屋外らしい柔らかい光を表現している
——SNS投稿には、After Effectsのハッシュタグもありましたね。
榎本:
隠し味的なエフェクトを最後にAfter Effectsで加えました。
基本方針として、Unreal Engine上での作業でほぼ完結させることを前提に置いていました。だからAEでの作業は、UEから書き出した素材に対して明るさや色調を微調整する程度のシンプルなものに止めました。
色収差の追加だけ、自分たちでは勘所がつかめなかったので先輩に手伝っていただきました。
——完成したムービーのラストでフルCGであることを明かす演出はどのように決めましたか?
榎本:
フルCGだと気づかれないかもしれないと思って、30秒過ぎと最後に種明かしとしてUEのライティングパスの状態を見せる構成にしました。途中にもその演出を挟むことで最後まで観てもらえやすくできればと考えました。そのエディットもAEで行いました。
ちなみにコロビト公式サイトに、種明かししないバージョンを公開しているのでよかったらご覧ください。
After Effectsによる隠し味
確かな成長を実感。今後も自主制作にチャレンジしていく
——SNS投稿後の反響はいかがでしたか?
大島:
ILMでコンセプトアーティストとして活躍されていらっしゃる田島光二さんが引用ポストしてくださったことで、ビュー数が一気に伸びてありがたかったです。
それもあってか海外CG系メディア「80Level」にも掲載されました。通常の案件では、実績を公表できないものも多いのでこうした自主制作映像をつくることでコロビトのことを知っていただけるだけでなく、スタッフ自身のモチベーションにもつながることを実感しました。
すごい...! https://t.co/co4eZyr0tq
— Kouji Tajima 田島光二 (@Kouji_Tajima) October 15, 2025
——制作に参加された1年目の出張さんと酒井さんも感想をお聞かせください。
背景アーティスト 出張功己氏:
主には店舗の外壁や壁面部分を担当しました。大きな面積を占める壁には目立った傷などの目印が少ないため、テクスチャにループ感を感じないように細かい変化を付けるのに苦労しました。
ひたすらリファレンスを観察することの大切さを、このプロジェクトを通じて改めて実感しました。専門学校時代の友人に見せたら「1年目で、こんな面白い作品に参加できて羨ましい」と言われて嬉しかったです。
背景アーティスト 酒井克徳氏:
正面奧の建物や小道具類を担当しました。実は、正面奧の建物はリファレンスでは外壁が綺麗な状態だったのですが、そのまま再現すると周囲から浮いて見えてしまうため、周辺の建物の汚れを参考に、自然な経年感を加えました。
上空に密集した電線の物量は、数が多くて大変でした(苦笑)。SNS投稿後の反響が意外と大きくて、有名な方からも反応いただけたのが嬉しかったです。
——最後に、今後の目標をお聞かせください。
榎本:
イチからワークフローを構築しながら制作するという意味でも初めて経験だったので、完成したときの達成感は格別でした。
フォトリアルを目指した背景が「実写みたい」と言ってもらえたときは、目標を達成できたと感じました。
大島:
新人スタッフが3DCG制作のワークフロー全体を経験できる機会は、普段の業務ではなかなか得られません。そうした意味でも有意義でした。今回は、現実に存在した場所を題材にすることで「正解」があり、分担もしやすいという点でも新人教育のコンテンツとして良かったです。
このシーンに、オリジナルのCGキャラクターを加えたショートムービーを作ったら面白いのではないかと考えていたりもします。背景アーティストだけでなく、アニメーターやディレクターたちにもオリジナル作品を制作する機会を与えることで、さらに広げていければと思います。
INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito