日本の誇る世界文化遺産・姫路城を舞台に、大規模なデジタルアーカイブプロジェクトが進行中だ。姫路市とタッグを組むのは、文化財のデジタルツイン制作に実績をもつTOPPAN。制作協力としてスマートエンジニアも参加している。

巨大で複雑な構造をもち、唯一無二の貴重な文化財でもある姫路城を、いかにしてデジタル上に再構築したのか。「姫路城VR」として進められている本プロジェクトの設計思想と、その実現に向けた技術的な取り組みに迫る。

記事の目次

    ‟きれいな姿”をどう残すか——姫路城デジタルアーカイブ化の背景

    姫路城は築城から400年以上が経過し、現在も保存活用計画に基づいて計画的な修理・修繕が続けられている。しかし、その修繕を進める上で大きな課題となっていたのが、建物や石垣の状態を正確に把握できる記録や設計図が十分に残っていないことだった。

    「昭和期に行われた大規模な保存修理工事の際の図面は残っていますが、それ以外については、建物が非常に多いこともあり、詳細なデータを全て揃えるのは難しい状況でした。石垣についても‟石垣カルテ”と呼ばれる記録はあるものの、現状を立体的に把握できる資料はほとんどありませんでした」(姫路市 教育委員会事務局 生涯学習部 文化財課・田路拓也氏)。

    ▲世界文化遺産・姫路城。今回のデジタルアーカイブは、この「現在の姿」を実寸データとして記録することから始まった(提供:姫路市)
    ▲Unreal Engine 5上に実寸サイズで再構築された「姫路城VR」

    こうした状況では、修理の判断や将来的な検証にも限界がある。特に、熊本地震で熊本城が被災した事例を受け、災害による毀損を想定した備えの重要性は、より現実的な課題として意識されるようになったという。

    「もし災害などで損傷が生じた場合、元の姿に戻すためには、当時の状態を正確に示す資料が必要になります。今の‟きれいな姿”をどう残すかを考えたとき、写真や図面だけでは不十分で、立体的に把握できるデータが必要だと感じました」(姫路市 教育委員会事務局 生涯学習部 文化財課 建造物担当・福田剛史氏)。

    そこで姫路市がたどり着いたひとつの答えが、3DCGによるデジタルアーカイブだった。本プロジェクトは姫路城天守の建造物としての現状を正確に記録し、将来の修繕や検証に活用できるデータを残すと同時に、安全面などの理由から立ち入ることが難しい非公開エリアを含め、敷地全体を俯瞰的に把握するための手段としても位置づけられている。

    ▲左から:【姫路市】
    姫路市立城郭研究室 松井俊樹氏
    教育委員会事務局 生涯学習部 文化財課 田路拓也氏
    教育委員会事務局 生涯学習部 文化財課 福田剛史氏
    観光経済局 姫路城総合管理室 姫路城管理事務所 田中雅也氏
    観光経済局 姫路城総合管理室 姫路城管理事務所 三木一臣氏
    姫路市立城郭研究室 工藤茂博氏

    あらゆる用途を見据えた、正確性の高いデータ設計

    本プロジェクトは、「見た目として再現するCG」をつくることを目的としたものではなく、姫路城の現状をあらゆる角度から記録し、将来に残すための‟データ”を構築する手法としてスタートした。そのため、Unreal Engine 5(以下、UE5)上で全て実寸サイズを前提に制作されている。

    制作は、プロポーザルを経てTOPPANが担うことになった。TOPPANは、デジタル技術を用いた安土城の復元プロジェクト『デジタル安土城』や、「松本市市制施行110周年記念事業」の一環である『国宝松本城VR』に参画してきた実績をもつ。これらの経験を踏まえ、今回は協力会社としてスマートエンジニアも加わり、体制が構築された。

    「‟見せるためのCG”として考えてしまうと、建物の研究や修繕に使う場合に限界が出てきます。今回は、まずはデータとして正しく残すことを重視しました。そのうえで、将来的に幅広い用途で活用できるよう、後の選択肢が広がるデータ構成を意識しています」(TOPPAN 情報ソリューションBU マーケティングDX事業部・郭 泳咏氏)。

    修繕や保存といった実務での活用を主軸に据えつつ、将来的な利活用の広がりにも耐えうることを前提に、用途を限定しすぎないデータ設計が本プロジェクトの基本方針として貫かれている。

    ▲左から
    【スマートエンジニア】
    デザイン&エンジニアリング部 プロジェクトマネージャー 平田慎吾氏
    【TOPPAN】
    情報ソリューションBU マーケティングDX事業部 プロデューサー 郭 泳咏氏
    情報ソリューションBU マーケティングDX事業部 アートディレクター 長川祐二氏
    西日本事業本部 関西クロステックビジネスイノベーション事業部 上村仁志氏

    この実寸データを基盤として、2点間の距離を計測できる機能や、任意の箇所で断面図を表示する機能などが開発された。こうした機能設計はいずれも、現実空間では容易に確認できない情報を、文化財保護の実務視点から把握するためのものだ。

    「完璧な精度というわけではありませんが、建物だけでなく道の幅や、現実では測定が難しい屋根などの寸法も把握できます。目安となる数値が得られるだけでも、十分に意義があります」(姫路市 観光経済局 姫路城総合管理室 姫路城管理事務所・田中雅也氏)。

    ▲任意の2点間を選択して距離を計測できる機能。オブジェクト形状に沿って計測点が貼りつくため、直線距離よりも実測に近い値を確認でき、修繕や検証を想定した実用的な設計となっている
    ▲任意の位置で断面を表示できる機能。平面図では把握しきれない構造を立体的に確認できる

    「平面の図面というものは、一定レベルでの断面にしかなりません。それに姫路城のように複雑な形状の建物は左右対称ではないため、平面の図面ではその構造が把握しきれません。その点、3Dであれば立体的に構造として捉えることができます」(TOPPAN・郭氏)。

    100億ポリゴンのデータを、いかにUE5で扱うか

    こうした設計思想の下で進められた姫路城のデジタルツイン制作だが、実制作の現場では、文化財ならではの技術的な課題が次々と立ちはだかった。

    姫路城は日本最大級の現存城郭であり、敷地内には大小様々な建物が密集している。単純なスキャンやモデリングでは到底対応できない物量と複雑さの中で、いかに正確なデータを取得し、実用に耐えるかたちでまとめ上げるかが、大きな挑戦となった。

    今回、デジタルツイン制作のためのデータの多くは、3Dスキャンと膨大な写真データから生成されたフォトグラメトリーによって得られたものだが、その大量のデータの扱いには苦労したという。

    「石垣をフォトグラメトリー化するにあたって、RealityScanを用いて全てを計算すると100億ポリゴンにもなったんです。さすがにそのままUE5では読み込めなかったので、データをどう扱うか考えるのが一番大変でしたね。

    多くの場合、CGで石垣をつくるとなったらテクスチャなどをベイクすると思いますが、今回は姫路市さんから‟石垣は再現度高めで”というオーダーがあり、形状の正確さを優先する判断をしました。そのため、フォトグラメトリーで生成した形状をそのまま使っています」(スマートエンジニア デザイン&エンジニアリング部 プロジェクトマネージャー・平田慎吾氏)。

    ▲姫路城VR上で再現された石垣部分

    従来の大型案件ではスキャンポイント数が400ポイント程度だったところ、今回、RealityScanで取得したポイントは実に1,683ポイントに及んだという。一般の来場者がいない早朝や夜間を含め、約1週間にわたってスキャン作業が続けられたそうだ。

    この規模のフォトグラメトリーを成立させる上で、欠かせなかったのがドローン撮影だ。フォトグラメトリーを行うにあたって、姫路城のように巨大な建造物では、通常のカメラでは上部の撮影が不可能である。原則として姫路城の敷地内では使用が禁止されているが、今回のデジタルツイン制作にあたっては特別に許可を得た上で実施された。使用されたドローンはDJI Mavic 3 Proで、延べ3万ショット以上が撮影された。

    寸法や構造を正確に捉えるという点でも、ドローンによるフォトグラメトリーは大きな役割を果たしたと言える。

    フォトグラメトリーはその特性上、石や木などの自然物の再現に適している一方で、人工物の再現は難しい。そのため、地形はフォトグラメトリーのデータをそのまま使用し、建物などはそれをガイドとして改めてモデリングされた。

    「姫路城は各階のつくりがそれぞれで全然違っていて、その上に中2階のようなところもあったりするので、1階分作成してコピー、というのでは済まず、ひとつひとつモデリングする必要があったのが大変でしたね」(TOPPAN 情報ソリューションBU マーケティングDX事業部・長川祐二氏)。

    「懸魚(げぎょ)と呼ばれる、屋根に取り付けられた装飾があり、お城を含めた日本の伝統建築では非常に重要なポイントなんです。姫路城でも当然、そこにこだわりがあるので、忠実に再現してほしいという姫路市さんからの要望は強かったですね。彫刻的な要素が多く含まれているため、ドローンで撮影したフォトグラメトリーをアタリにしつつ、写真も参照しながら制作しました」(TOPPAN・郭氏)。

    こうして制作された各種アセットデータが、最終的にUE5へと集約されていった。

    ▲UE5上で構築された姫路城VRの制作画面

    「UE5でデータを扱う以上、負荷が大きくなることは想定していたので、Naniteは必須でした。ライティングにはLumenとUltra Dynamic Skyを併用し、距離によるLODはあえて外しています。建物についてはモデリングし直しているので、ポリゴン数は多くなりましたが、想定の範囲内には収まっていました。

    地形に関しては、100億ポリゴンのデータをいかにUE5へ取り込むかという点で、特に試行錯誤が必要でした。シーン全体で6,000万ポリゴンくらいまで落としつつ、石垣のように目立つ箇所は部分ごとに計算してポリゴン数を上げるなどの調整を行いました。

    RealityScan上で全体から一部を切り出し、切り取って配置して、パフォーマンスを見ながら調整するという作業を続けて、トライ&エラーを繰り返しながら完成させていきました」(スマートエンジニア・平田氏)。

    こうした試行錯誤を重ねることで、文化財としての精度を保ちながら、実際に操作・検証できるレベルのデジタルツインが完成した。

    検証を重ねて見えてきた現在地と、その先

    本案件では、完成したデジタルツインのUE5プロジェクトデータを、姫路市側が直接操作できる形で共有することは難しかった。そのため、制作側が大量のスクリーンショットを用意し、ペーパーベースで確認・指摘を受けるというチェックフローで進められた。

    1棟につき3回のチェックが行われ、それが80棟以上、半年間にわたって五月雨式に続いた。総数にして240回以上に及ぶ確認作業は、単なる工程管理ではなく、文化財としての正確性を担保するための重要なプロセスだった。

    UEデータを直接共有できないという制約の中で、この規模の検証を成立させることができた背景には、姫路市と制作側が密に連携し、共通認識を積み重ねてきたことがある。現状を正しく再現できているか、また実測と齟齬がないかをひとつひとつ確認する作業が、最終的な完成度を支えている。

    こうした検証を経て、現存する姫路城のデジタルツインについては、リライティングなど細部の調整を残しつつも、ほぼ制作完了の段階に到達している。一方で、今回デジタルツイン化されたのは、江戸時代の姫路城全体から見れば、ごく一部に過ぎない。

    今後は、未公開エリアを含めた姫路城全域を対象としたVR化や、メタバース上での公開といった展開も視野に入れているという。現存していない建物についても、史実や文献を基にCGで再現することが可能だ。さらに新たな資料が見つかれば、更新を重ねていくこともできる。

    検証を重ねながらつくられたこのデジタルアーカイブは、姫路城の「現在」を記録するだけでなく、「過去」と「未来」をつなぐ基盤として、今後も更新され続けていく。

    TEXT_オムライス駆
    PHOTO__中村昭一(レブフォトワークス)
    EDIT_柳田晴香
    INTERVIEW_阿部祐司(ボーンデジタル)