コロナ以降、世界的な巣ごもり需要による日本コンテンツの人気増加にともなって、近年、日本のアニメーション制作スタジオへの就職を目指す外国人も少なくない。学生がインターンとして日本までやって来ることも珍しいことではなくなってきている。

現在、フランスのアートスクールESMAでCG制作を学ぶ学生ジョナタンもその1人だ。実は過去CGWORLDのインタビューで「いつかは日本で働きたい」と語ってくれた彼が、なんとヨルシカのMVなど多くの作品を手掛ける日本のアニメーションスタジオMORIE.Incにインターンとして参加したという。

そんな彼に海外の学生から見た日本の制作現場の印象や得られた経験について尋ねるとともに、MORIE.Incに受け入れの経緯や外国人を受け入れる場合にどのような手続きが必要かをうかがった。

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    ヨルシカのMVをきっかけに、MORIE.Incを知りメールで応募

    ――それでは、自己紹介からお願いできますか。

    ジョナタンフランスのリヨンから来ました、ジョナタンです。現在21歳で、フランスのアートスクールESMAで3DCGアニメーションを勉強中です。今夏、MORIE Inc.でインターンをするために来日しました。ESMAは5年制なので、インターンが終わったら帰国し、あと2年勉強して卒業したら日本で働きたいと思っています。

    Jonathan ジョナタン
    @jojonathan_jp

    ――ESMAではどのようなことを勉強されているのでしょうか?

    ジョナタンESMAでは1年生でまず絵やコンテを学んで、その後の4年間は3DCGの分野で各々が専攻を選んで勉強していきます。今現在は、僕はMayaの使い方を学んでいますが、同級生の友人はHoudiniでのVFXを学んだりしていますね。

    ――そういった学校は1クラス何人くらいで構成されているんですか?

    ジョナタン1クラス30人の4クラスで、1学年100人を超えるくらいです。他の国からの留学生もいてアメリカ人と中国人が多いですね。

    ――ESMAを卒業すると、みな映像業界に就職していくんですか?

    ジョナタンそうですね。映画業界やゲーム業界に行きたい人ばかりです。ただ、コロナの影響でアメリカやフランスでは大規模なレイオフがあり、今は就職は大変と聞いています。

    ――ジョナタンさんは日本の映像業界を志望されてインターンに来られているわけですが、そのきっかけを教えてもらえますか?

    ジョナタン小さい頃から、日本のカルチャーが大好きでした。子供の頃から任天堂のゲームを遊んで育ってきましたし、『ONE PIECE』や『呪術廻戦』も観てるし、ヨルシカの音楽は本当に大好きで毎日聴いてきました。インターン先としてMORIE Inc.を選んだのも、ヨルシカのMVを制作している会社だったからです。日本のみなさんは当たり前に感じるかもしれませんが、フランス人からするとアニメーションでMVをつくるというのはすごく珍しくて新鮮なんですよ。

    ――インターンはどのように申し込まれたのでしょう?

    ジョナタンMORIE Inc.のホームページを見つけ出して、そこから直接メールを送りました。去年の12月くらいに送って、そこから2月に面接でした。面接では、卒業後に日本で働きたいことや日本語もアニメーションも上達したいことなどを話したと思います。あと、MORIE Inc.のホームページで制作にMayaを使っていることがわかったので、僕がESMAでMayaの使い方を学んでいることもお話しました。

    ――7月から始まるインターンが決定したあとは、それまでの期間どのような準備をされたのですか?

    ジョナタンまずは、日本語の勉強ですよね。日本語で活動しているYouTuberのゲーム実況動画に字幕を表示してひたすらそれを反復したり、日本人とオンラインで通話したりすることを1日6時間くらいやりました。あと、現場での実践に備えて、アニメーション制作を学ぶこともより重点的に行いました。

    ――住居はどうされたんですか?

    ジョナタン家も大変でしたね。インターンは2カ月なのに、家や部屋を借りようとするとほとんどが1年以上の契約なんです。だから、外国人はシェアハウスを借りることが多いみたいなんですけど、賑やかだとうるさくて落ち着けないじゃないですか。なので、かなりネットで時間をかけて部屋を探しました。最終的には、MORIE Inc.まで徒歩で20分くらいの、上池袋の部屋が借りられました。

    ――MORIE Inc.でのインターンではどのようなことをされているのでしょうか?

    ジョナタンインターン期間が2ヶ月しかなかったので、アニメーションに絞ってやらせていただきました。アニメーションをつけては森江さんに見せてフィードバックを受けたり、会社の会議に出て雰囲気を学びつつ、社員の方々とも交流させて頂いたりしています。

    ――フィードバックではどのような指摘を受けましたか? ESMAでの教授からの指導とは違いましたか?

    ジョナタンとにかくリファレンスを見ること、ディティールを作り込むことを徹底的に教わりました。こだわり方のレベルが全然違うと感じたのを覚えています。あとは、やっぱり、厳しさですよね。教授に比べると、森江さんたちは圧倒的に厳しい(笑)。でも、MORIE Inc.では直接顔を合わせてジェスチャーも交えつつ説明してくれますし、私だけでなく他のアニメーターがフィードバックを受けてるのも見られるので、ものすごく参考になっています。

    ――日本に住んでみていかがですか? 東京の生活で感じることなどあれば教えてください。

    ジョナタン一番驚いたのは、広い街にたくさんの人がいるにもかかわらず、静かできれいで安全というところでしょうか。電車や自販機、コンビニのレジなどを見ても、すべてが現代的に整備されていて、日本語が話せなくても便利さを享受できるのが素晴らしいと思います。東京に暮らされているみなさんには当たり前かもしれませんが、これはフランスにはないことなんです。

    ――このインタビューも日本語で対応していただいていますが、日本語にも慣れましたか?

    ジョナタンまだまだ間違えることが多いので緊張することも多いですが、だいぶ上手くなったと思います。特に、居酒屋での会話のようなカジュアルな日本語はインターネットでは学べないのでそういったものに触れられるのも嬉しいです。

    ――居酒屋のような場所にも行かれるんですね(笑)。

    ジョナタンはい、会社の皆さんに連れていってもらいました。他にも日本の料理は安くておいしいので、毎日外食に出かけています。フランスには1人で外食をする文化がないのですが、日本には一人メシの文化があって気軽に食べに行けるのがいいですね。ラーメンも焼き肉も天ぷらも大好きです(笑)。

    ――MORIE Inc.で働いてみて、作品の見方に変化などはありましたか?

    ジョナタン日本のクリエイターたちが制作する作品に対して全力を出してベストを追求していることをより強く感じるようになりました。フランスのスタジオでは、休憩やおしゃべりがめちゃくちゃ多いんです。しかし、日本のスタジオは黙々と作業に打ち込んでどんどんものが出来上がっていく。その光景を見てしまうと、今後日本のアニメを見る目が変わらざるを得ませんでした。卒業後、日本で働きたいという思いもますます強まりました。

    「やったことないことをやろう」の精神でまずは受け入れてみた

    ジョナタンの取材後、MORIE Inc.の代表・森江康太氏とプロダクションマネージャーの大野陽祐氏にも話を伺った。

    ――なぜ今回フランスからのインターンを受け入れられたのでしょうか?

    森江こういう言い方をするとアレなんですけど、「おもしろそうだから面接でもしてみよう」と思ったからです。身も蓋もない話ですが、普段フランス人と話す機会ってないじゃないですか。だから、最初は興味本位。でも、このおもしろそうという感覚はめちゃくちゃ重要だと思ってます。そして、オンライン面接で話してみたらポートフォリオとしての制作物もきちんとあるし、性格も素晴らしかった。日本語も文章は下手したら日本の学生より丁寧な文章が書けてました。

    それで、僕がインターンを決定しました。海外の方の受け入れなので、大変で面倒なことはいくらでもあるだろうけど、弊社のマインドとしても「やったことがないことをやってみよう」というのがあるので、とにかくやるんだ、と。

    森江康太氏
    MORIE Inc.代表/アニメーション監督

    ――実際の手続きはいかがでした?

    森江機材やソフトウェアの準備はもちろんですが、それよりも受け入れるにあたり、ビザの取得をするには何をしなければいけないかを全く知らなかったので、そこを調べることから始めました。

    大野手続きが何もわからないものですから、本当に手探りですよね。色々と問い合わせた結果、ビザを取得するには在留資格認定証明書というものが必要で、それを受け入れる会社側で取得する必要があるとわかりました。結局、社内の顧問弁護士に紹介された平出花子さんという行政書士の方にお任せしましたね。ちょうどこのような海外の学生の受け入れなどにも長けていた方だったので、スムーズに事が進みました。

    今回の弊社のケースでは、16.5万円で在留資格認定証明書の申請手続きや、ジョナタンと弊社の契約、ジョナタンの在籍校であるESMAと弊社の契約手続きまでをお願いしました。

    大野陽祐氏 
    MORIE Inc. プロダクションマネージャー

    ――学校とも契約を結ぶ必要があるんですね。

    大野学校によると思うのですが、ESMAはそういうのをちゃんとしてるみたいです。なので、毎日の労働時間や、残業が発生した場合の手当てなど、そういうことを細かく決める必要はありましたね。

    ――ビザの取得はかなり煩雑だと聞いたことがあります。

    大野手続きも大変なんですけど、それに加えて大使館との信頼関係のようなものも必要らしいんですよ。今回お願いした平出さんはそこが強く、通常2ヶ月かかるビザの発給が1ヶ月で済みましたが、そういう専門家にうまくお願いできるかで変わってくるのかなと思います。

    森江外国の方を受け入れるってこういうことが必要なんだということが一通り学べましたね。

    ――実際に受け入れてみて何か感じられたことなどはありますか?

    森江まずは、はるばる海を越えてよくやってきたな、と。Googleマップでジョナタンの出身のリヨンを見てみたんですけど、のんびりとした本当にのどかな田舎なんですよ。そこから池袋まで来たというのに驚きますよね。その一方で、ヨルシカのMVが好きとか『ONE PIECE』や任天堂のゲームで育ってきたとか、日本の子供たちと全然変わらない文化的背景を話すので、日本のカルチャーが世界で文化的な土壌になっているのを感じます。

    大野社内の雰囲気としても楽しそうというか、新しい風が吹いている感じがすごくしたので、よかったですね。間違いなく良い刺激になっています。

    ――インターンの仕事として実際に制作も任されたと思うのですが、実力はいかがでしたか?

    森江恐竜のアニメ-ションをやってみてもらったんですけど、非常にセンスが良かったです。恐竜の動きをつくるのは初めてらしいんですけどよくできてました。たぶん、ほとんどの人はジョナタンがつくったアニメとウチのアニメーターがつくったのと一見では区別がつかないんじゃないかな。正直、弊社の若手にも負けないクオリティでした。

    ――今後も海外からのインターン受け入れをしたいと思いますか?

    森江性格の良さや相性は必要ですが、全然アリじゃないかと思います。CGWORLDさんもそろそろ英語対応して、世界にアプローチして、このような優秀な若手を日本に連れてきてください(笑)。

    TEXT_稲庭 淳
    PHOTO_弘田 充