今年の1月からコニカミノルタプラネタリウム運営のプラネタリウムで公開中のプログラム『星地巡礼 -Premium Nights-』。「三重・伊勢志摩」「長野・野辺山」「沖縄・多良間島」という3つの“星地”を巡る、ファンタジックなプラネタリウム作品だ。ここではVRペイントで描かれたWACCHI氏によるOPムービーに注目。その独特の作風を紐解いた。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 303(2023年11月号)からの転載となります。

    VRペイントが描き出す新しいプラネタリウム映像

    コニカミノルタプラネタリウムが運営する有楽町のプラネタリアTOKYOと押上のプラネタリウム天空で上映中の『星地巡礼 -Premium Nights-』は、プラネタリウム映像作家の井内雅倫監督による映像作品。三重県伊勢志摩、長野県野辺山、沖縄県多良間島の美しい星空を天球スクリーンで堪能できる。

    『星地巡礼 -Premium Nights-』
    コニカミノルタプラネタリア TOKYO(有楽町)、コニカミノルタプラネタリウム天空 in 東京スカイツリータウン(押上)にて上映中
    音楽:河野丈洋/OPアニメーション:WACCHI/ディレクター:井内雅倫
    planetarium.konicaminolta.jp/program/seichijunrei
    @2023 Konica Minolta Planetarium Co., Ltd.

    今回紹介するのは、このプラネタリウム作品のオープニング映像。アニメーションディレクターのWACCHI(わっち)氏が全編VRペイントで制作した、独特の没入感が得られる2分半ほどのムービーである。「新しいプラネタリウムの映像をつくりたい」と考えていた井内監督は、WACCHI氏がSNSで積極的に発信するVRペイント作品を見て、本作OPムービーの制作をオファーしたという。

    WACCHI(わっち)氏

    アニメー ショ ンディレクター。アニメ制作スタジオ、広告映像スタジオを経て、2022年に独立。CM・MVのほか、VRペイントを利用した“手描きの3D”を活かしてホログラム広告やプラネタリウム作品なども手がける。使用PCはメイン作業PCにサイコム、サブレンダーマシンにSEVEN
    www.wachinoka.com

    WACCHI氏は手描き水彩風のルックを得意とするアニメーター。イラストレーターからキャリアをスタートした同氏はやがて映像制作に興味をもち、敬愛する森田修平氏が起ち上げたYAMATO WORKSに参加して、3DCGの勉強を始めた。その後、出向先だったタツノコプロへ2Dアニメーターとして移籍し、映像作品のディレクションをするように。タツノコプロの『55周年フィナーレ動画』(2018)のディレクション・ムービー制作などを手がけた。

    その後は、「アニメ風のルック以外の作品にも携わりたい」と考え、CMなど幅広いジャンルの映像制作を手がけるイアリンジャパンにディレクターとして移籍。そして2022年1月に独立した。

    VRペイントに行き着いたのは、直感的にモデリングできる点が自身の制作スタイルに合っていたためだという。「もともとスカルプトなどの造形作業が好きで、VRペイントなら3DCGでも手描き感覚で描けます」(WACCHI氏)。では、商業ベースではまだ珍しいVRペイントによる映像制作の詳細に迫っていこう。

    <1>VRペイントツール「Quill」で描き出す緩やかで透明感のある情景

    天球スクリーンに広がるファンタジックな映像世界

    本OPムービーは2022年夏に制作オファーを受け、そこから約半年間で完成させた。「監督からのリクエストは、これまでの僕の作風のような淡い水彩風の感じを出してほしいというものです。演出面では、ドーム状のスクリーンでは思ったよりも映像が速くながれてしまうので、スロースピードでじっくり映像を見せるようにしたい、というお話がありました」とWACCHI氏。

    WACCHI氏のVRペイント制作では、VRペイントツールに「Quill(クイール)」、HMDにOculus Rift S、コントローラとしてRift S付属のOculus Touchを使う。ただしWACCHI氏はこれまで、QuillではMVでワンカット程度の制作経験しかなく、本作のように長尺では使ったことがなかった。そのため、制作はトライ&エラーのくり返しだったという。「かなり試行錯誤を重ねました。

    今思えば、もっと良い方法があったなという部分もあります。Quillもまだ不完全な部分のあるソフトです。カメラの機能が使いにくいですし、アニメーションもグラフで動きを操作できません。だから、かなり力技でつくった部分もあります」(WACCHI氏)。

    ワークフローとしては、ある程度をQuillで制作して、Blenderで仕上げることも考えた。しかし、今回のルックのポイントである「透け感のあるオブジェクト」をBlenderで再現できなかったため、Quill内で制作を完結させることに決める。少々苦労してもQuillを使った理由は、透け感の表現に加え、アニメーションを作成しやすいVRペイントツールだった点も大きい。「タイムラインの操作が2Dアニメーションツールに近くて、とても使いやすいのはメリットです」とWACCHI氏はQuillを評価する。

    制作のながれとしては、WACCHI氏がQuillで直接空間内に描いたデザインを動画として書き出し、監督のチェックを受けながら進めていった。Quillで完成した映像は動画として書き出され、After Effects(以下、AE)でのカラーグレーディングを経てプラネタリウムでの試写を実施。映り方を確認してデータを修正する。これをくり返した。

    「プラネタリウム映像は制作方法のセオリーみたいなものがないようで、実際に投映してどう見えるかの確認は欠かせませんでした。営業終了後の施設で再生しながら、カメラの動きや演出を確認しました」とWACCHI氏。監督からは映像手法的なアドバイスはあったものの、映像のデザイン面については大きな修正はなく、スムーズに制作を進めることができたという。

    幻想的で心地良いWACCHI氏独特のルック

    OPムービーは本編の3つの「星地」に合わせて星空、山、森の3シーンで構成。WACCHI氏独特のルックで表現された空間が、緩やかなカメラの移動と共に3D空間内で様々に表情を変えていく。

    テイストを監督にチェ ックしてもらうために用意した、描き込み前の画像。「イメージボードを直接VRペイントで作成している感じ」とのこと
    完成ショ ット。草がそよぎ、サンゴが変形して森の木々に変化するなど、アニメーションも心地良い

    <2>ロマンチックな幻想空間を 独特なブラシストロークで描いたアセットで彩る

    半透明のブラシストロークで水彩風のルックに仕上げる

    今回の取材ではWACCHI氏にQuillでの制作を実演してもらい、その映像制作の工程を確認していった。まず、QuillでのVRペイントは、いわゆる2Dペイントソフトと同様にレイヤーを作成して、空間にブラシを使って描いていく。このブラシは色や形状を変更することができ、スポイトで色を拾ったりできるという点も2Dペイントツールと変わらない。

    ただし、Quillは3D空間に描画できるツールのため、ブラシの形状は板ポリから筒状の立体的描画まで幅広く選ぶことができる。また、ブラシは入り抜きの設定も可能で、葉のような先細りの形状もワンストロークで描画できる。色はオーバーレイなどの描画モードを設定して重ねることで、微妙な色合いを表現することも可能だ。

    形状という意味では、VRペイントの場合、ストロークを重ねながら形状をつくっていくため、あまり綺麗なポリゴンにはならない。また、正円や球などといった、数学的に綺麗な形状はつくりにくい。WACCHI氏はそうした点について、「半円を組み合わせてつくるとか、綺麗な形状を作成するには工夫が必要になります」と話す。

    空間に描いたオブジェクトは、アニメーションさせることができる。ブラシを使ってオブジェクトを変形させ、その様子を録画しておけば、アニメーションとして再生できるのだ。「オブジェクトにゆらゆらとしたノイズのような動きを付けたり、感覚的な変形アニメーションを作成したりできます。3DCGでのモーフィングに近いかもしれません。

    作成したアニメーションにはイージーイーズを設定して、入り抜きのスピードに強弱を付けることも可能です。アニメーションしながらペイントすることもできます。普通の3DCGツールとはちがうので、キャラクターアニメーションの制作は難しいですが、変形アニメーションはつくりやすいと思います。時間もそれほどかかりません」(WACCHI氏)。

    なお、本作でも使われたWACCHI氏独特の作風、透明感のある水彩画風のルックは、Quillの半透明のブラシを活用してつくられている。「半透明のブラシで重ねて描くと、水彩画のようなルックを表現できます。こういう表現はQuillならではで、一般的な3DCGツールではなかなか難しいのではないでしょうか」とWACCHI氏はQuillの特徴を話した。

    QuillのタイムラインパネルとUI

    VRペイントツールQuillのUI。VR空間内にタイムラインパネルが表示され、ここで描画からアニメーションまでを制御できる。レイヤーを使ったオブジェクトの管理と再生タイミング調整は、AEのそれに近い。空間への描画は基本的にブラシで行うが、ブラシはオブジェクトの変形にも使う。また、ペイントしている様子を録画機能で記録し、アニメーションとして再生することもできる。

    ブラシの形状とカラーの設定

    Quillで使用できるブラシと各種オプション。

    ペイントの設定。[Brushes]には7種類の形状のブラシが用意されており、平面的なものから立体的なものまで選択可能だ。[Options]の切り替えにより、描画時に生成されるオブジェクトの入り抜き形状を設定することもできる
    • ブラシカラーの設定。描画色の強さとブレンドモードを選択できる。図は水彩画風のルックを作成する際の設定。ブレンドモードを[Overlay]にしている。その他、描画内容を消す消しゴムツールや変形ツールなども用意されている
    • 左画像、赤枠部分の拡大

    美しい陰影と透明感を生み出すブラシストローク

    WACCHI氏独特の手描き水彩画風ルックは、Quillのブラシ設定の工夫により生み出された。

    • 様々な角度に切り立った岩肌。ブラシストロークに入り抜きを設定して、オブジェクトに微妙な陰影を付けている
    • 同様に、ブラシストロークで樹木の枝が見事に表現されている
    独特の透け感を感じる水彩画風の描画。ブラシの[Color Blend Mode]を[Overlay]に設定して、丹念に塗り重ねた

    VRペイントで描き出した山と森のステージ

    Quillで描き、完成したVR空間。3つのステージを描画し、時間軸に沿って各ステージが移行するように設定している。

    OPムービーの冒頭で登場する山のシーンの全体像。手前から奥に向かって、配置したオブジェクトのスケールを徐々に変化させており、天球スクリーンで見ると奥行きやスケールをダイレクトに感じる
    森のシーン。各シーンはカメラがゆっくりと移動するフライングビューによる演出で、天球スクリーンならではの臨場感を味わえるものとなっている

    サンゴから樹木への幻想的なメタモルフォーゼ

    作中に登場するサンゴが樹木へと変形する、印象的なメタモルフォーゼアニメーション。一般的な3DCGツールでは作成が難しい表現だが、Quillならばペイントの様子を録画するだけでアニメーション化できる。途中で描き足しや消し込みを行いながら、このようなサンゴが樹木に変化していく様子をアニメーション化した。これはQuillならではの作成方法だが、それと同時に手描きアニメーションが得意なWACCHI氏ならではの作成方法とも言える。

    天球スクリーンの特性に合わせたAfter Effectsによる色調整

    Quillでの制作が完了したらPNG連番ファイルとして書き出し、AEへ。プラネタリウムの再生環境に合わせて、カラーグレーディングを含む細かい色調整を行なっている。例として、プラネタリウムの天球スクリーンでの投映では、客席に近い天球の下部分の映像領域は暗く落とす必要がある。また、天球スクリーンでは、HMDでの再生時よりも彩度が低くなりがち。そのため、AEで全体的に彩度を上げる加工も施している。本作ではMaxonのカラーグレーディングプラグインMagic Bullet Looksを使い、時間軸に沿った変化に応じて彩度を調整した。

    • 海のシーンの処理前
    • 処理後
    • 同じく、森のシーンの処理前
    • 処理後

    “手描き3D”という独自の作風が光るWACCHI氏の作品

    VRペイントツールQuillでストローク感や透け感を活かした映像を生み出しているWACCHI氏。最後にWACCHI氏の多彩なタッチが生み出した作品の一部を紹介しよう。

    WACCHI氏はその手描きアニメーションのスキルとVRなどのテックを活用した独自の作風が評価されている新世代クリエイターのひとり。『映像作家100人 + NEWCOMER 100 JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS』(2023/ビー・エヌ・エヌ)にも選出されている。

    WACCHI氏は取材の終わりに「これからも平面的な映像作品だけではなく、三次元的な没入感のあるコンテンツもつくっていきたい。特にXRを活用した体験型のコンテンツ制作にチャレンジしたいです」と今後の抱負を語ってくれた。

    3Dホログラムサイネージ「3D Phantom」向けVRペイント作品
    VRペイントによる自主制作作品

    CGWORLD 2023年11月号 vol.303

    特集:『漫画×3DCGの現在地』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年10月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_大河原浩一
    EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada