リアルタイムCGやAIを建築・自動車・映像などの産業分野へ活かす動きは広がりつつあるが、社内導入には依然として高い壁がある。既存ワークフローからの移行、CADデータの整備、パイプライン構築、そして社内説得のための具体的な成果提示など、技術的な課題から、社内調整まで多岐にわたる。
その最前線で課題解決に取り組んできたのが、元々Epic Gamesで日本唯一のノンゲーム専任技術者としてUnreal Engineの産業導入を牽引してきた向井秀哉氏だ。同氏はこれまで、国内大手の自動車メーカーや映像プロダクション、建築会社に向け、リアルタイムCGを活用したビジュアライゼーション、コンフィギュレーター、PoC、技術検証、導入支援などを幅広く手がけてきた。
この2026年5月にArcnel(アークネル)を設立し、企業の導入支援を本格始動。
産業分野でのリアルタイム技術活用における課題と、その突破口となるアプローチを聞いた。
INFORMATION
株式会社Arcnel
2026年発足。AI・3DCGをはじめとする先端技術の導入・開発を支援し、自動車・映像・建築の意思決定と実装のパートナーとして事業を展開する。https://arcnel.com/
デジタルアーティストとして、キャリアをスタート。非ゲーム分野向けゲームエンジンの一人者へ。
CGWORLD(以下、CGW):向井さんのキャリアのスタートはデジタルアーティストだったと伺っています。CGの世界にはどのような経緯で入られたのでしょうか。
向井秀哉氏(以下、向井):子どもの頃から映画、特にSFやディズニー・ピクサー作品が好きで、高校生くらいの時に『モンスターズ・ユニバーシティ』を見たことがCGを知るきっかけでした。大学進学時にCGに関連した仕事に就きたいと思い、3DCGのカリキュラムがあった東京電機大学に進学しました。ただ、実際のカリキュラムは映像やゲームの制作というよりは、根本的な行列計算や、3DCGの描画の仕組み、建築でのCADなどが中心だったんです。
CGW:そこから建築分野に触れることになったのですね。
向井:はい。元々建物や環境が好きだったので、3年生の時に建築のCADゼミに入りました。そこでアンビルト建築(実際には建てられなかった有名な建築設計)の3D再現などを、CADではなく特別に3ds Maxを使ってやらせてもらいました。
ただ、DCCツールを学べる環境はなかったので、研究室にあった本を見ながら独学で学ぶしかありませんでした。大学3年の時に、より実践的な制作を学ぶために、大学に通いながらデジタルハリウッドのスクールにも通い始めましたし、CGWORLDの鈴木卓矢さんの「背景モデリング講座」も2回くらい受講しましたよ(笑)
CGW:当時はどのような制作活動をされていたのですか?
向井:大学の在学中に、就職も決まらないままWebフレームワークとUE4(Unreal Engine4)を使った不動産VRの事業の立ち上げに参画しました。当時はまだVR元年と呼ばれる前の時期で、事業として収益をあげるのは厳しかったですが、一人で開発を完遂したこの経験は今でも大きな財産です。その後、ご縁があってTyffonに背景アーティストとして新卒で入社し、VRコンテンツの背景制作や映像制作を行いました。
CGW:Tyffonではどのような業務をされていたのでしょうか。
向井:Unreal EngineやUnityでのVRコンテンツの背景制作や、映像制作をやらせていただきました。単純な受託業務ではなく、かなり自由に制作できたので、Houdiniでのプロシージャルなアセット制作や、Pythonでツールを作ったり、作業を自動化したりするような、テクニカルなことにも興味を持つようになりました。私は基本的に面倒くさがりなので、「どれだけスマートに作れるか」を考えるのが好きだったんです。
CGW:アーティストとして手を動かしつつ、ツールの仕組みづくりにも関わっていたのですね。その頃に自主制作されていたカーコンフィギュレーターについても教えてください。
向井:不動産のVRで床やソファを変える仕組みを作っていたので、「車でも絶対できるはずだ」と思ったのがきっかけです。ちょうどEpic Gamesがマクラーレンのカーコンフィギュレーターを出した直後くらいで、当時はWebのコンフィギュレーターといえば2Dが主流だったので、3Dで作れたら面白いなと。完全に独学でブループリントを組みながら作成したところ、大きな反響をいただきました。CGWORLDの記事を見たという企業からも個人的にお仕事のオファーをいただくようになりました。
CGW:それがきっかけでフリーランスになられたのですね。
向井:はい。独立後は、エンタメや車の映像制作、カーコンフィギュレーター開発に加え、フォトグラメトリ、Unreal EngineやRealityCaptureのレクチャー、さらには代理店が扱う海外のプラグインやレンダラーの技術サポートなど、かなり幅広く活動していました。当時、非ゲーム分野でゲームエンジンを扱う人がまだ少なかったため、需要とマッチしたのだと思います。
産業分野における導入の突破口となるのは質の高いサンプル。
CGW:フリーランスを経てEpic Games に入社されましたが、どのような業務を担っていたのでしょうか。
向井:お誘いをいただいてEpic Gamesに2020年に入社し、そこから5年半勤務しました。シニアソリューションアーキテクトというポジションで、技術営業・プリセールスのような活動をしました。当時、日本においてノンゲーム専任の技術者は私一人だったので、営業への同行から、技術紹介、PoC、既存顧客への技術サポート、イベントの開催から登壇まで、全方位的に支援させていただきました。
CGW:営業動向からイベント登壇まで、かなり広い範囲をカバーされていてたのですね。Epic Gamesにいたからこそ見えた、産業分野の現場での課題はありましたか?
向井:課題として一番大きいのは既存ワークフローからの移行です。業務効率化が見込めるとわかっていても、すでに回っているワークフローを変えるのは技術以上に組織的な難しさが伴います。「どれくらいメリットがあるのか」「問題がないか」を社内で説明し続けるハードルは非常に高いです。
あと具体的なところだと、データ整備とパイプライン構築も苦戦をする点です。例えば自動車業界などでCADデータをリアルタイム向けに変換するコストは膨大です。会社の部署ごとに設計ルールや仕様が異なるため、汎用ツールだけでは対応しきれず、結局は独自のパイプラインを組む必要があることが多いんですよ。
CGW:新しい技術を導入するにあたって社内の説得材料を作るのは、現場の担当者だけでは難しいですよね。
向井:担当者の方が使いたいと思っても、なかなかクオリティが出ずに社内説得に繋がらないことがありました。
ある自動車メーカーさんでは、いただいた実データをベースに私が静止画や動画、コンフィギュレーターを制作し、直接お見せしました。それが上層部を含む様々な方の目に留まり、Unreal Engineの本格採用に動いたんです。
ただツールを提供するだけでなく、現場のデータを使って何ができるかを具体的に示して自分事としてとらえていただく重要性を感じました。
経営と現場の間に存在する「隙間」を埋めるには?
CGW:Epic Gamesで実績を残される中、なぜ独立してArcnelを立ち上げようと思われたのでしょうか。
向井:Epicでの経験は本当に素晴らしく、そこでしかできなかったこともたくさんあります。ただ、独立して中立的な立場で技術選定をしたいという思いがありました。Arcnelでは、Unreal Engineだけでなく、Unity、Omniverse、Blenderなど、お客様の目的に合った最適なツールを中立的に選定し、一緒に構築することができます。また、会社の方向性や資金面も含め、すべてを自分で一から作り上げていくことへの期待感も、独立の大きな動機になりました。
CGW:Arcnelは一般的なコンサルティング会社や制作会社との違いはどこにあるのでしょうか。
向井:コンサル会社は経営視点での戦略立案が強く、制作会社は高いクオリティで仕上げる力があります。ただ、その両者の間に隙間が生まれやすいと感じています。戦略は描かれても現場の技術に落とし込めなかったり、素晴らしい成果物が納品されても社内にノウハウが蓄積されなかったりします。Arcnelの立ち位置は、その隙間を埋めることです。私はコンサルタントという肩書きには少し違和感を持っていて、Arcnelはあくまで技術で価値を出すテック企業でありたいと考えています。アドバイスをする側と実装する側が分かれているのではなく、技術の中に身を置きながら、お客様と一緒に手を動かす関わり方を大切にしています。
CGW:大きな方針を示すだけではなく、現実的な解決策を導けるというのは、導入企業にとって非常に心強いですね。
向井:私自身がアーティストとして実制作を行ってきたバックグラウンドがあるので、お客様と話す際も親近感を持っていただけますし、自分で見積もって実装してきた経験から、工数や金額感の肌感を持っていることは大きな強みだと思っています。
また、現場では「このツールではクオリティが出ない」と、できない理由をツールのせいにしてしまう場面に遭遇することも少なくありません。ですが実際には回避策があることがほとんどで、要は使いこなし方の問題であることが多い。「こうすれば解決できますよ」と手を動かして代替案を提示できるのは、技術を深く理解しようと努めてきたからこそだと思っています。
さらに、エンジニアにとっての当たり前がアーティストには難しく感じることも多々あります。私は両方の言葉や感覚を持っているつもりなので、現場の「翻訳者」として職種間のギャップを埋め、技術の社内定着をスムーズに進めるサポートができると考えています。
世界の技術と日本の産業をつなぐ架け橋へ
CGW:今後、建築や自動車などの業界では、AIやリアルタイム技術によってどのような変化が起きるとお考えですか。
向井:AIの進化が非常に速いので断言は難しいですが、AIと3D技術の組み合わせによる変化は確実に進むと思います。これまでは別々の世界で扱われていた設計データ、製造データ、販売データなどが、リアルタイム3Dの上で繋がり、デジタルツインとしての活用やデータのマルチユースが加速していくでしょう。AIは、その間を繋ぐプロセスを強力にアシストしてくれる存在になるはずです。
CGW:最後に、Arcnelとして今後挑戦したいこと、目指す姿を教えてください。
向井:大きく2つあります。1つ目は、日本の3D業界の技術水準を底上げする教育コンテンツのプラットフォームを作ることです。現場で基礎的なトレーニングや日本語の教材が不足しているという声をよく聞きます。ツールが進化しても変わらない基礎の部分をしっかり押さえつつ、海外の知見を日本に取り入れ、日本の知見を海外に発信する双方向の流れを作りたいです。2つ目は、国内外のテクノロジー企業の日本市場参入を技術の側から支えることです。海外テック企業の文化と日本企業の文化、その両方の肌感を知っていることはArcnelの強みです。間に入って技術的なサポートを行うことで、日本の現場の選択肢を広げていきたいと考えています。
「Arcnel(アークネル)」という社名は、Arch(架け橋)とChannel(経路)を組み合わせた造語です。グローバルな技術と日本の産業をつなぐ架け橋となり、情報が溢れる中で信頼できる経路を開拓する。そして、日本の現場が世界の技術ともっと直接つながれるよう、伴走するパートナーであり続けたいと思っています。
PHOTO_大沼洋平/Yohei Onuma
EDIT_持田 睦子/Mutsuko Nagata
INTERVIEW_池田大樹/Hiroki Ikeda(CGWORLD)