第97回アカデミー賞・短編アニメ―ション部門ノミネートという快挙を果たした、フルCGアニメ『あめだま』。ここではアートディレクションに焦点を当て、原作絵本の再現というテーマをCGアニメとしてどのように方向づけていったのか紹介していく。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 320(2025年4月号)からの転載となります。

    Information

    『あめだま(英題・Magic Candies)』
    原作:ペク・ヒナ『あめだま』『ぼくは犬や』(韓国・Storybowl社刊、日本・ブロンズ新社刊)
    監督:西尾大介
    プロデューサー:鷲尾 天
    音楽:佐藤直紀
    アニメーションプロデューサー:西川和宏
    CGスーパーバイザー:清水剛吏
    アートディレクター:江場左知子
    製作:東映アニメーション株式会社
    アニメーション制作:ダンデライオンアニメーションスタジオ
    www.toei-anim.co.jp/movie/magic_candies

    エモーショナルチャートとカラースクリプトによる管理

    『あめだま』のCGスーパーバイザーを務めた清水剛吏氏が最初にスタッフに提示したのが「エモーショナルチャート」だった。これは物語のタイムラインを横軸に、主人公・ドンドンの感情の上下を縦軸に取り、グラフ化したもの。シークエンスごとにキーとなるカットを選び、明るさや色味をコントロールし、色によって心情変化を表現する方法だ。

    「物語の始まりと終わりが同じ公園ですので、その対比を活かす計画を考えました。最初の時点で友だちがいないドンドンは影中にいます。そして最後は勇気を出して友達を誘うシークエンスとなり、そこが物語の中で最も色鮮やかになるように設計しました」(清水氏)。このチャートは清水氏自身にとっても、ディレクションを判断するときの指針になっていたという。

    清水剛吏氏

    CGスーパーバイザー

    続いてアートディレクターの江場左知子氏が描いたのが「カラースクリプト」だ。これは作品全体の色彩のながれや雰囲気を視覚的に整理するために、カラーやライティングの変化を示す一連のビジュアルイメージ。原作絵本のカットを基盤に各シーンの色と光の変遷をつくり上げ、全編11からなる全てのシークエンスについて作成された。エモーショナルチャートと共に、色彩による感情の動きの表現やライティング設計に活用されている。

    江場左知子氏

    アートディレクター
    Fude

    心情表現をグラフと色で表示したエモーショナルチャート

    清水氏が作成したエモーショナルチャートは、ライティングコンポジットSVの中島中也氏、アートディレクターの江場氏とも共有し、様々な工程で活用されている。チャートの見方は、画像下部のカラーバーと感情ラインに注目するとイメージがわかりやすい。父親とのシーンは最もストレスフルなタイミングで、和解した際にも感情が上がりきっていないことを示すため、夜空は綺麗すぎないように雲を残したという。ドンドンの本当のゴールは色鮮やかなラストのシーンだ。

    色と光の表現に感情のながれを込めたカラースクリプト

    カラースクリプトにはそれぞれ光の位置や差す方向が示されているだけでなく、演出意図も示されている。

    ▲冒頭シークエンスのカラースクリプト。中央左に注目。原作(左)ではドンドンは日向にいるが、アニメ(右)では影の中にいる。彼が孤独であることの隠喩を示すために後のショットまで影の中に置き続けた
    ▲夜のシーンのカラースクリプト。原作の絵の色味を活かしつつ、部屋の中などは既視感のある日常的な光を丁寧に表現することで、多くの人にとって親しみのもてる場面になるよう意識された

    ロケハンで初めて気づくソウルの様々な特徴

    制作チームは原作者のペク氏の情報を基に舞台であるソウルをロケハン。西尾大介監督は事前に下調べをして絵コンテを仕上げた上で臨んだが、実際に行ってみて初めて気づいたことも多かったという。

    • ▲タイトルバックのカットの基になった坂道のひとつ
    • ▲原作に近いイメージのソウルの団地。画面右上はオンドル(床暖房)の煙突
    • ▲ソウルは東京と比べキリスト教会の多さが印象的だったという。夜になると光る十字架は、引きのカットに採り入れた
    • ▲飛行機から撮った写真。ソウルは各エリアに多くの巨大な団地群があるのが特徴。それぞれの区画で同じ色・形をしている。特徴的な黄緑やシアンの屋上の色なども再現している
    • ▲メインで取材した文具店とは別の店。ストライプのひさしを参考にした
    • ▲ロケハンで訪れた家にはドンドンと同世代の小学生がいたため、その子が描いた絵を撮影させてもらったという。作中では壁や冷蔵庫に貼ることで子供のいる家のリアルな生活感を表現
      ロケハン写真撮影:江場氏

    タイトルバックのカット制作工程

    タイトルバックのカットは、他のBG制作と比べ少し特殊だ。タイトル表示の際にカメラが垂直にティルトするため、手前の建物や道路を3DCGで作成し、奥部分(完成画面下部の手すりの先)をマットペイントで描いた。この範囲を決めるまでにレイアウトからプリビズをくり返すなどの試行錯誤をしたという。

    ▲タイトルバックの坂道カットの絵コンテ
    ▲江場氏が描いたカラースクリプト。ロケハンで見たソウルの街を参考に坂道の風景をデザインした
    ▲BGアセットの発注指示。電柱や街灯、地面の表現など様々な地点のロケハン写真を用いてそれぞれのディテールについて指示している。画面右側の写真の道路のうねり感が重要だったという
    ▲BGアセットに対する江場氏のチェックバック
    • ▲建物の看板案。全て韓国のネイティブチェックを経ている
    • ▲完成カット

    第2回:アニメーション篇、に続く。

    CGWORLD 2025年4月号 vol.320

    特集:海外進出ガイド 2025
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2025年3月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_日詰明嘉
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada