2022年5月、slantedが独立し会社を設立するという知らせがCG業界を駆け巡ったとき、大きく二つのタイプの反応があったという。一つは「おお、ついにslantedが独立するのか!」と期待を寄せるもの。もう一つは「えっ。slantedって、独立した会社じゃなかったの!?」というリアクション。後者のような"誤解"は無理もない。「自動車CGと言えばslanted」、「高度な実写合成と言えばslanted」といった具合に、slantedは社内の1チームブランドとして、自動車CG制作で業界内に圧倒的な存在感を放ってきたのだった。そんなslantedのこれまでの歩みと手掛けた作品のディレクターの紹介、そして彼らの大いなる野望とそれを支えてくれる、来るべき新人へのメッセージを聞いた。

記事の目次

    名門自動車CGチームslantedができるまでの歩みと、独立の理由

    slantedの歴史は2009年に遡る。当時ドイツ本社で、世界の自動車会社向けビジュアライゼーション・サービスを行う会社の日本支社で山内 太氏と山藤真士氏をはじめとしたslantedの前身とも言えるチームが出来上がる。それぞれのディレクター、プロデューサーとしての経験から国内外で数多くの大手自動車メーカーのCプロモーション映像を手がけ、2011年には「WORLD MEDIA FESTIVALS」のアニメーション部門最優秀賞受賞するなど、実績を積み重ねていった。

    山内氏は当時を振り返り、「我々は自動車会社のモーターショー向けのコンセプトカーの映像をいくつも制作していました。実際の撮影ではコンセプトカーを走らせることはできないため、ダミーの実車を走らせて、後から我々が制作したCGと差し替えます。こうした経験を積み重ねたことにより、合成技術がさらに向上していきました」と、語る。

    山内 太/代表

    山藤真士/代表

    2013年には彼らは活躍の場を広げるためドイツの会社を離れ、日本のCMプロダクションのCG部へ全員で移籍した。このとき、チーム名をslantedと名づける。活動の場をCMプロダクションに置いたことで、映像制作は広告全般に及ぶようになった。

    自動車で培ったVFX技術は広告CMでも大いに活かされただけでなく、外資系時代にクライアントから直に映像制作を請け負っていた経験から、山内氏は制作現場全体を仕切る術を身に着けていた。そのため、CMの現場でも監督が求めることを察しやすく、ディレクションとコミュニケーションが非常に円滑に進んだという。2018、19年には連続して、さらに今年2023年にも「VFX-JAPAN Award」CM/プロモーション部門」で最優秀賞を受賞、2019年は「アジア太平洋広告祭」でフィルムクラフト部門で金賞を獲得と、快進撃は続く。

    数々の賞を受賞しているslanted

    やがて山内・山藤両氏はある夢を抱く。それはハリウッドへの進出で、エンドクレジットに「VFX by slanted」と載せる。それが目標だった。その目標に向け、研究開発と人材への投資を拡大していくためにslantedは独立したのだった。

    山内・山藤両氏を共同代表として独立したことを聞きつけたクライアントからは、それまで以上にオファーが殺到した。看板である自動車CM映像はもちろん、ミュージックビデオ制作や映画、インゲームシネマティック、ライブ映像も手掛け、さらにslantedの活躍の幅は広がっていった。ここではそのうちの2例を紹介しよう。

    「水星」×「今夜はブギー・バック nice vocal」meets「Yuri on ICE」!ほろよい新CM第3弾が登場「ちょうどよい、ここちよい、ほろよい」篇

    © SUNTORY HOLDINGS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.

    走る車窓から外を眺める女性。手に持つ「ほろよい」シリーズの缶の色に合わせて、さまざまな幻想的な風景が展開していくようすをアニメと実写をシンクロさせることで描き出した。この実写パート全般とアニメパートの社内CGをリーダーとして手掛けたのがslantedのリードCGアーティスト・大塚和樹氏だ。

    大塚和樹/CGアーティスト

    「イラストを見たときのインスピレーションから実写を起こしていきました。イラストは1枚絵として成立するのですが、それを実写にした場合、横にスライドさせるだけだと平面的に見えてしまいます。陸橋を画角に入れるよう、自然な形で曲げてみせる嘘を入れたりと、さまざまな調整を施していきました」と、大塚氏。本作での使用ツールは基本はNUKEとMaya、一部にSubstance 3D Painterを使用した。大塚氏は32歳でキャリア7年目。CGがやりたくてアルバイトから始めた努力家だ。

    「僕が描いた設計図に対して、最近は一発で正解を引き当てられるようになりました」と、山内氏は目を細める。「彼は接客業を経験した後、CGスクールのalchemyで学び、slantedに入りました。僕が人に教えるときはその相手の特性に合わせます。大塚くんの場合はタフなタイプだったので、『見て学べ』と根気よく成長を待ちました」と振り返る。大塚氏は「基本は山内さんが言うことを正解だと思って進めてきたので……」と穏やかに話す。

    「最初は何が正解なのかも分からなかったんです。でも、山内さんの言うように作ると自分でも『良いものができた』と思えたので、それを続けていくなか段々と理解できるようになりました」と手応えをにじませた。

    改めて本作でのこだわったポイントを聞くと、最後の海のシーンを教えてくれた。「窓の外を実写で見せようとすると、車窓からは本当は手前の建物しか映らないんです。それを遠くの海まで見せるためにアール状に湾曲している街に電車を走らせるかたちで対応しました」(大塚氏)。

    【カローラシリーズ】TVCM「メタバース」篇30秒

    ©TOYOTA MOTOR CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.

    5台のカラフルなカローラがメタバース空間の中を疾走する、まさにCGでしか描けない映像を手掛けたのは、リードCGアーティストの西村 崇氏。監督の絵コンテから1人でプリビズを制作した。5台の車が登場して異なるメタバース空間を走り、それぞれが実際のサービスさながらの看板やモブキャラクターが用意されているため、通常の5倍もかかるほどの労作だ。ビルはキットバッシュを購入し、カスタマイズしている。

    西村 崇/CGアーティスト

    西村氏は34歳でslanted歴は5年。以前は大阪の印刷・広告会社で、自動車のCGも手掛けていたという。転職を期に、自動車を基本として幅を広げるためにslantedに加入した。その実力は山藤氏をして「何でもできる」と言わしめるほどの腕前で、即戦力になった。Pythonのプログラミングもでき、本作でも活用した。看板はあれだけの時間のなかで200個もあり、アセットのマテリアル変換を自動で行えるようなプログラミングも行なった。

    仕事上で意識していることを尋ねると、「納品日までに何をしなければいけないかをある程度決めています。それを細かく分けて、さらに締め切りをブレイクダウンしながら進めていきます」と話す。slantedの独立のタイミングでリーダーになった西村氏は「お願いされたときに何でも出せるようになりたいです。エフェクト系がまだ弱いので、いろいろなことがどんどんできれば良いなと思っています」と目標を語る。

    また、slantedの未来を担うCGアーティストもすでに続々と入社してきており、30歳以下が全従業員の半数ほどだという。そんな中でも専門学校卒2年目にして、すでに先の「カローラ・メタバース」でカットを任されているのが坂本凌雅氏だ。

    日本電子専門学校時代から自動車CG映像づくりに没頭し、専門学校の先生からslantedを薦められたという。山藤氏も先生からの「一番優秀な学生」という紹介に納得のようで、まさに相思相愛の関係だ。同校の後輩からは「坂本さんが入社したということは、slantedはスゴい会社らしいぞ」という形で伝わっていると山藤氏は笑う。

    坂本凌雅/CGアーティスト

    坂本氏はすでに、未発表作品でディレクターのもとアーティストとして1人立ちをしているという。今後の抱負について聞くと、坂本氏は「車のCMも楽しいですが、映像全般が好きなので、今後は映画やドラマシリーズのようなCGにも挑戦してみたいです」と、まさにslantedの未来と歩調を合わせた答えが返ってきた。この発言を側で聞いていた山内氏は「じゃあ、一緒に現場に行こうか」と即座に声をかけ、フットワークの軽い社内の様子を垣間見せた。

    「自ら探し出した」プロダクションマネージャーの仕事とは?

    これらアーティストを支えているのがProduction Manager(PM)のスタッフだ。slanted歴6年の上田篤志氏が仕事の内容を説明してくれた。「データの受け渡し、先方とのやり取り、カット表を作るといったデータの整理です。状況によっては撮影の立会いでVFXでは環境撮りやトラッキングのチェックまで行ないます」。山藤氏は「今まではアーティストが現場に行っていたのですが、上田さんが率先して立会ってくれたことで、労力は半減されました」と貢献を口にする。

    上田篤志/プロダクションマネージャー

    上田氏に「どんな人がPMに向いているのか」と尋ねると、「CGの知識の有無やワークフローをざっくりと把握していることが確かに重要ですね。あとはコミュニケーションをどれだけ築けるのかになってきます。『Slantedにとって必要なものは何だろう』と考えた結果、今ができあがっている感じがします」と教えてくれた。

    実は上田氏はもともとCGアーティストを目指して専門学校に通っていたそうだ。「2年目くらいでアーティストに向いてないなと思って、舵を切りました」(上田氏)。そこで入ったslantedで、同社初のPM職を務める。上田氏が入るまでは各自がディレクターで直接の遣り取りで完結していたが、この頃から自動車以外の案件が増えたため、彼のPMはslantedを回していく上で頼りになったという。

    上記の仕事はslantedの状況に合わせ、自ら探し出していった方法だった。それに付け足す形で山藤氏は、「PMはどんなツールがあるのかを知っていたり、ツールが使えることも必要なのですが『この絵はどうやってできているのか』が、わかっている人でいてほしい。この6年は上田さんに大いに助けられました」と話す。

    上田氏のアシスタントをする町田祥穂氏は2022年の新入社員。昼間はボルダリングのインストラクターをし、夜にCG専門学校に通っていた。slantedには、HONDA NSX(Type S)のCMを見て入社試験を受けたという。それまでPMという仕事への実感はなかったそうだが、面接を受けた際にPMになることを決意したという。現場に近い情報に振れることで仕事への実感が湧くということもありそうだ。

    【NSX Type S】 Special Movie (フロントVer.)
    © Honda Motor Co., Ltd. and its subsidiaries and affiliates. All Rights Reserved.

    町田祥穂/プロダクションマネージャー

    彼女から見たslantedのアーティストについて尋ねると、「想像していたよりもコミュニケーションが取りやすいなと思いました。学校に通っていたときは、CGはPCと1対1の作業になるので、友人同士でコミュニケーションを取る機会もそんなに多くはなかったんです。『それなりにグイグイいかなければ』と覚悟はしていたのですが、入社してみたら皆さんの側から話しかけてきてくれるので、新卒の私にはすごくやりやすい環境です」と話す。

    クリエイターを支える環境面において、slantedでは機材への配慮も行き届いている。山内氏は「使っていてストレスを感じさせることがないように整えています。コスパの良い範囲で最高性能のものを使っています」と胸を張る。

    具体的には、プロセッサがXeon 2CPU(28コア)、グラフィックボードがQuadro RTX 5000で、「ワークステーションはボード入りで1人300万ぐらい」(山藤氏)とのことで、夜間はレンダリング用に動かしている。サーバーも専用線を引いており、コンポジット素材のリードにストレスを感じることもないという。また、チェアはすべてアーロンチェアが支給されている。また、ハード面だけでなく、映画や映像サブスク費用も支給され、それらの刺激を作品作りに活かせる体制が整えられているという。

    山内・山藤両代表のもと、slantedを支えるのが、新役員の長瀬和志氏と川口尚裕氏だ。両者とも両代表との仕事は長く、slanted結成以前からの中核スタッフだった。山内氏は「日々の仕事もやりながら、もう少しビジョンを一緒に考えてくれる人間を増やしたかった。二人はその判断が充分にできる経験値を持っている人たちだから」と、起用の理由を話す。

    長瀬和志/役員・ディレクター

    長瀬氏は原田大三郎氏に師事し、フリーランスのジェネラリストとしてCM業界で活躍。10年ほど前にディレクターに転身した。slantedに入る前から山藤氏とともに150人体制の現場を仕切り、『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム』のエピソードディレクターを務め、エミー賞を獲得している。

    川口尚裕/役員・ディレクター

    川口氏はslantedの役員の中で唯一のアーティスト職だ。山藤氏から「川口さんはいつも正しいことしか言わない」と評されるほどの信頼を得ている。アーティストからリーダーになるなかで、「皆の気持ちを考え、ワークフローを考慮しながら仕事をすることを身に着けていった」ことから、アーティストにとってより近い立場で頼られる存在でもある。その流れで、slantedの社風と合いそうな人物像について聞いてみた。「知的好奇心があって、自分で調べたり探したり、試してみようとする人が合っていると思います。そこで必要な物資があれば、会社としては協力を惜しみません」(山内氏)。

    「実際、入社してくる若者たちは、僕から見ても『なんでこんなことを知ってるの!?』と驚くほど、調べて理解して使いこなしているんです。そのあたりの裁量は個人に委ねていて、決まりきった型にハメようとはしません」(山藤氏)。また一方で、新人の坂本氏は「僕は調べて分かることは聞いたりしませんが、あまり情報が多くないNukeのことは先輩に聞いたりしています」と、このあたりはオフィス移転によるレイアウトの変化が上手く機能していると言えそうだ。

    ここからslantedは世界クオリティの作品制作に向けて歩みを進めていく。日本からプロダクション単位でなかなか海外進出できない理由として、言語やコミュニケーションの課題を解決しづらいからだと指摘されることが大きいが、すでに海外案件のバックグラウンドを持つslantedは大きなアドバンテージを持っている。

    加えて日本からの発信力が高いアニメやゲーム、VTuberといった分野への力も入れている。山藤氏はslantedで手掛けたVTuberライブの幕張公演を観覧し、その熱量と規模に驚いたという。先に登場した西村氏や坂本氏は社内でもVTuber好きとして知られており、若い力を発揮する場所としてウェルカムな姿勢だ。自動車CGという確固たるブランドがありつつも、その技術を他の分野に展開させていく現在はslantedにおいてまさに“創業”の時期なのかもしれない。

    株式会社slantedでは現在新たなスタッフを募集している

    【募集職種】  
    ①3DCGアーティスト [ジェネラリスト]
    ②CGディレクター
    ③プロダクションマネージャー

    【応募資格】
    ① 3DCGデザイナー [ジェネラリスト]
    Maya Arnold/V-Ray Nuke Houdini Photoshopなど

    ② CGディレクター
    CGディレクター経験者

    ③ プロダクションマネージャー
    CGの基礎知識を有する方、またはCG制作経験者
    ※新卒、第二新卒歓迎します

    求人詳細はこちら!

    問い合わせ
    株式会社slanted
    住所:〒141-0021 東京都品川区上大崎3丁目14-12 井雅ビル3F
    Mail:recruit@slanted.tm
    URL:www.slanted.tm/