武蔵野美術大学出身のクリエイター 3 名 で結成された、ヴィジュアル・アート・スタジオ Triple Additional(トリプルアディショナル)。2011 年に誕生したばかりの新興スタジオであるが、映像から 3DCG、さらには 2D デザインまで手掛ける、少数精鋭の実力派だ。本稿では昨年に発表され、国内外で話題を呼んだ VOYAGE GROUP の VI 『creating a fantastic world』のメイキングを中心に、その独自の感性に支えられたワークフローについて紹介していく。

少数精鋭ながら枠に囚われない活動を目指す

JR 千駄ヶ谷駅のほど近く、出版社や建築会社などが入るデザイナーズマンションに居を構えるビジュアル・アート・スタジオ Triple Additional(以下、+++武蔵野美術大学 の同級生 3 人が集まり結成された同社は、TVCM や ミュージックビデオの CG 制作から CD ジャケットのデザインに至るまで、幅広く手掛けるクリエイティブ・チームである。
そのメンバーは、学生時代に彫刻を専攻していたという代表取締役の高久 健太郎氏と、内藤 岳氏、そして油彩専攻だったという小張 秦洋氏の 3 名。卒業後は、それぞれ別々のプロダクションで映像制作の仕事をしていたが昨年満を持して結集、+++ が誕生した。

「まだ起ち上げたばかりの会社ですが、少人数で活動していることこそが自分たち最大の強みだと思っています。と言うのも以前、あるプロダクションさんの作業場にお邪魔した際、数10名のデジタル・アーティストさんがいるにも関わらず、まともに働いている(主体的に制作を行なっている)スタッフはそのうちのごくわずかでは......と感じてしまったことがありました。ワークフローなど複合的な要因があったのかもしれませんが、そうした思いもあり、+++では管理しやすい少人数に絞り、プロジェクトに携わる全スタッフが高い常に高いモチベーションを維持することでハイクオリティを保つ。なおかつ参加スタッフ皆がプロジェクトの全体像を把握できることでフットワークが軽いというのが、ウリになるのでは考えています」と、代表取締役の高久氏は語る。
さらに 3 氏とも映像制作者としてひと通りの業務を行うのだが、高久氏がディレクションやカット編集、内藤氏が 3DCG、小張氏がアートディレクション並びにコンポジットという具合に三者三様に得意分野が異なるため、少数精鋭ながらもバランスが良いチームになっているという。

プロフィール



左から順に、高久健太郎氏(代表取締役)、小張秦洋氏、内藤 岳氏、以上 Triple Additional(+++)

「内藤は 3DCG デザイナーとして、小張も 2D から 3D まで手掛けるデジタル・アーティストとしてキャリアを築いてきたこともあり、+++が携わらせて頂くのは CG・VFX 周りの制作が多いのですが、チャンスさえ頂ければ映像だけでなくパッケージのアートワークも手掛けたりと業務対象を限定していません。3 人それぞれの経験値を活かして、従来のワークフローに囚われず、広い分野で作品を制作していくようにしています」(高久氏)。

美大でアナログから美術の基礎を学んでいること、そして目指す表現のためには 3DCG など新たな技術も貪欲に採り入れていく高いモチベーションを持った 3 人だからこそできる、間口の広い制作環境が魅力と言える(余談だが、高久氏と小張しは音楽や SE の制作も手掛けることがあるそうだ)。
「制作の際は、単純に CG を作るのではなく、光を感じさせるといった具合に、クライアントのニーズを踏まえた上で、自分たちの感性を信じて絵を描く感覚で "+++独自の表現" を織り込めるよう心掛けています」と小張氏が語るように、3 人それぞれのクリエイティビティを何らかの形で作品に落とし込むことで、+++の個性が形作られているようだ。

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© VOYAGE GROUP, Inc.
VOYAGE GROUP の VI『creating a fantastic world』(※メイキング解説は 3 ページ目から

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絵筆とデジタル・ツールは同じ"道具"

さて、Triple Additional(+++) のメンバーの経歴を見てみると、クリエイターとしての出発点が映像ではなく、彫刻や油絵という他分野であるというのが興味深い。実際、『creating〜』のディレクションを務めた小張氏は、油彩を専攻していたが映像制作に興味を持ったのも大学生活後半の授業で動画制作をしたことがきっかけだったそうだ。
「影響を受けたのは、画家の レオナルド・クレモニーニロバート・ラウシェンバーグ の 2 人です。映像に関しては、映画は好きでよく見ていたんですけど、まさか自分で映像を作るとは思ってなかったので(苦笑)、正直インスパイアされた作品というのは今のところ思い当たりませんね」。

映像制作に興味を持ったのを機に、After Effects などのデジタル映像制作ツールを使い始めたというが、それまでは油彩をはじめとするアナログ創作しかしていなかった身として抵抗はなかったのだろうか。
「僕個人としては、アナログもデジタルもどっちも好きなんです。絵筆も AE も、あくまで道具のひとつですから。頭の中で描いているビジュアルイメージを具現化する上で、もっとも効果的な道具を使うことが何よりも大切だと考えています」。


小張氏が自主制作したフルCG短編 『phase』SIGGRAPH 2009artfutura 2009 など国内外の映像コンペで入選を果たした

3DCG に関しても、働き始めてから数年は触ったことがなかったそうだが、とある案件で 3DCG を使いたいと思ったのがきっかけとのこと。
「始めに 『表現したい!』 という意欲があれば少しずつかも知れないけど、着実に新たな技術は身に付きます。挫折してしまう人は多分、何を表現したいかではなく、とにかく 3DCG の技術を全て覚えようとしてしまうのが良くないのではないでしょうか。僕だって、未だにスクリプトは苦手ですからね(笑)」。上に載せた 『phase』 という作品が誕生できたのもひとえに小張氏の "これを描きたい" という意欲があってのことだろう。

そして、高久氏も次のように続ける。「デジタルかアナログかを問わず、出来ないという言い訳をしてはいけないと思っています。目指すビジュアルを実現させる上で、新たな技術が必要になるとしたら限られた条件下でどうやって身に付けるか、あるいは自分だけでは無理でも+++のメンバーや外部のパートナーさんに協力してもらえないかといった具合にとにかく『現時点では出来ないから無理』とは言わずに、常に挑戦心を忘れずにいたいと思っています」。少々きつい言葉にも聞こえるが、アナログにせよデジタルにせよ、理想の画を生み出す上では相応のテクニックが不可欠である.....というのは、もっともな話だ。

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『creating a fantastic world』に見る、"+++"クオリティ

ここからは、昨年+++が制作、小張氏がディレクションを務めた VOYAGE GROUP の VI 『creating a fantastic world』(以下、『creating〜』)を通じて、彼らの画づくりについて具体的にみていこう。

この作品は、VOYAGE GROUPVI(ビジュアル・アイデンティティ) として制作されたものだ。VOYAGE GROUP が、以前の EC ナビから社名変更するにあたり、社員向けのプレゼン用に新しい同社を象徴する映像を、というニーズに端を発する。そして VOYAGE GROUP 取締役 Chief Culture Officer(CCO)を務める青柳智士氏が以前からその作風に注目していたことから、小張氏に白羽の矢が立ったというわけだ。青柳氏からは「突き抜けていくイメージで、とにかく格好良いものを」というオーダーを受けプロジェクトがスタートした。

「まずは青柳さんと、僕と高久とで 1 ヶ月半ほどかけ、何度もブレストを重ねるのと同時にイメージボードやプリビズを作っていきました。最初は、水墨画的な表現や、インクのシミが広がっていく......という案もありましたが、最終的には、粒子の集合体が大きなエネルギーを持って突き抜けていくイメージに仕上がっています」(小張氏)。
完成した映像は、水中で産まれた粒子が集り、水(波)の抵抗を受けながらも、グイグイと力強く前へと突き進み、やがて見えない壁を突破する......というようなもの。色味が抑えられたシックで抽象的な表現ながら、確かに力強さを感じさせる作品となっている。

プリビズ

Premiere Pro で作成されたプリビズより。流体シミュレーションを多用するため、各カットのラフなアニメーションムービー(3ds Maxのプレビュー)を Premiere に書き出し先にカット割りや尺調整を詰めていく形で制作された

「もともと、VOYAGE GROUP が海賊や航海をテーマにしているグループなので、このグループに集まっている会社や人をパーティクル粒子の集合体に見立てて、流体アニメーションが意志を持って突き抜けていくような格好良いビジュアルを目指しました」(高久氏)。
ブレストの段階では、海や船といった具体的なオブジェクトを使うというアイデアもあったというが、最終的にはシンプルにメッセージが伝わるようにと "海" 的なモチーフに絞ったビジュアルに仕上げられた。

本作は、小張氏の Vimeo を通じて配信され、国内外で大きな反響を呼んだ。『creating〜』を観た海外のクライアントから制作依頼が舞い込んだり、同じくイベント・コーディネータの眼に止まり、小張氏が 3 年前に制作したオリジナル作品『phase』が NY タイムズスクエアのスタンドで上映されたりした他、国内からも流体シミュレーションの問い合わせも増えたという。「実はあんまり得意じゃないんですけどね......(苦笑)」(小張氏)。


『creating a fantasitic world』ディレクターズ・カット版。ちなみに、こちらは納品されたオリジナル版とはラストカットの企業ロゴの出方が異なっている(オリジナル版は こちら)。これは演出意図がより伝わりやすいように......という小張氏のこだわりから制作されたものだ

「良い作品をひとつ作ると、3年間は食っていけるんです(笑)」と小張氏は冗談めかして語るが、現在、Triple Additional では口コミで仕事を受けることが多いという。これこそ、『creating a fantastic world』のような質の高い同社の作品が、次のステップへの橋渡しになっているなのではないだろうか。

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『creating a fantastic world』メイキング

オリエン → プリプロ → プリビズ → 本制作 → 微調整 → 納品 と作業を進め、約 2 ヶ月で完成したという『creating a fantastic world』。3DCG は 3ds Max で、パーティクルは FumeFX を使いシミュレーション、レンダラには Krakatoa が用いられている。中でも、粒子のシミュレーション制御はとくに苦労したのだとか。「演技させすぎても気持ち悪いので、自然なんだけど突き抜けていくという動きを探るのに、苦労しました。特にシミュレーションは時間がかかるので、理想の動きを作るため、トライアンドエラーの繰り返しで大変でした」(小張氏)。
また、海の表現には実写の空スチールを加工したものと、3ds Max 用の空や景観を生成するプラグイン DreamScape で作成したものを組み合わせ、細密な調整を施しより深みのある映像へと仕上げられた。

3ds Max の作業画面

イメージテスト 色づけ

(左)初期段階でのイメージテスト、(右)実際にシミュレーションしたものへ、色味を付け始めた段階

ビューポート オブジェクトを置いたシーン

(左)シミュレーション後のビューポート、(右)実際に衝突オブジェクトを置いたシーンの状態(青い線はライト。緑の線はデプス用に距離を測っている)

ビューポート セットアップ

(左)シミュレーション後のビューポート、(右)ジオメトリを Krakatoa でパーティクルとしてセットアップ

セットアップ DreamScape設定画面

(左)透明の壁のオブジェクトのセットアップ、(右)DreamScape の設定画面

一方、コンポジットは After Effects で行われており、プラグインには LenscareReelSmart Motion BlurOptical Flares などを使用。元の映像は解像度 1,440×1,080 で作られたが、Krakatoa の粒子のアンチエイリアスがエッヂが立ちすぎていたのが気になり、敢えてフル HD までブローアップして使うなど、微調整が施されている(ちなみに納品は残念ながら SD だったとのこと)。

After Effects による画づくり

背景のみ パーティクルをのせた

(左)背景のみ、(右)パーティクルをのせた状態

フォグとフレアをのせる カラコレ

(左)フォグやレンズフレア等をのせた状態、(右)カラコレ

フォグとフレアをのせる カラコレ

(左)デフォーカスなど全て終わり完成、(右)AE の画面キャプチャ

アートと仕事を両立するために

最後に、+++の一員として、自分の持っている世界観と仕事を両立させるためには、どうすれば良いか......という点について小張氏に訊ねたところ、非常に興味深い答えが返ってきた。
「僕は単純に、もっとクオリティの高いものを作れる腕を磨くことが重要だと思ってます。技術を確実に高めていくことが、自分の持っている世界観を守ることにもなる。たとえクライアントからの依頼で作った作品だとしても、クオリティが高ければ高いほど、そこに "自分の表現" を入れられる余地が生まれると思うからです。なので、日々、勉強ですね」。
そのため、新しい技術やクオリティの高い映像に関しては、常にアンテナを張っているのだと言う。「自分は "こういうアーティストです" というイメージにしがみついてしまっては良くないので、新しいものを柔軟に採り入れていきたいと思っています。......とは言っても、スクリプトだけはどうしても苦手だったりするわけですが(笑)」。

さて、少し話はずれるが、本インタビューの中で最も印象的だったのが、小張氏の画づくりワークフローについての話。小張氏は基本的に、フル CG の映像を作る場合でも、いったん多くの色を置いてフォトリアルに近づけてから、段階を踏んで色数を落としていく......というアプローチをとっているのだとか。
「一番最初に色を多く作っておいて、後から色を落としていった方が、仮にモノクロに切り替えた場合でも綺麗かなと。フル 3DCG の場合は特に気をつけて作っています。色だけで空間を作っていくというのが油彩の考え方にあるんですが、それに近いかもしれません」(小張氏)。
アナログで培った技術を、デジタルに落とし込む技術。その技術にさらに磨きをかけ、小張氏は+++と共に、これからも進化を続けていくにちがいない。

TEXT_山田桃子
PHOTO_弘田 充