日本国内でも急速に活用の広がる、LEDウォールを背景としたバーチャルプロダクション。バーチャルプロダクションでなければ撮影できなかった具体例として、LUXの新ブランド「BRAVE VISION 2030」のTVCM『「私をすすめるのは、私。」篇』の事例を紹介する。実制作をリードしたのは、最新のVFX技術をベースに多くの映像ディレクションやスーパーバイジングを手がけるビジュアルマントウキョーだ。
TEXT_神山大輝(NINE GATES STUDIO)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
COPYRIGHT © Unilever. ALL RIGHTS RESERVED.
ラックス スーパーリッチシャイン 『「私をすすめるのは、私。」篇』
動画公開日:2021年9月27日(月)/出演者 :水原希子/広告会社:株式会社 博報堂/制作 :ギークピクチュアズ/CD :石下佳奈子/CW :大平尚明/CW :内田未来/PL :矢野笑子/PR :上江洲和麻/演出 :渡邊 哲
www.lux.co.jp/lux_brave_vision
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左:髙田海羽琉/Miharu Takada
ビジュアルマントウキョー
Unreal Engineディレクター/アーティスト
右:松永亮人/Ryoto Matsunaga
ビジュアルマントウキョー
Unreal Engineアーティスト
バーチャルプロダクションがもたらすメリット
LUXはユニリーバが展開する英国発のトータルビューティーケアブランドで、日本国内ではシャンプーやコンディショナーなどのヘアケア製品の販売を中心とした事業展開を行なっている。従来の一般的なCM撮影では実際のロケーションへ出向き、限られた時間・環境の中で撮影を行なっていたが、本CMでは制作を担うギークピクチュアズの提案により、LEDディスプレイを背景とした撮影手法を取り入れた。「LUXのCMということで、髪を最も美しく撮影する必要がありました。背景合成としてはグリーンバックが一般的ですが、髪の毛の先端まで1本1本マスクを切っても、髪への自然な光の映り込みやレンズのボケ足などは撮影できません。現地で撮影しているかのような自然な光の表現は、LEDウォールを使ったバーチャルプロダクションだからできたことだと感じています」(バーチャルプロダクションスーパーバイザー・桑原雅志氏)。
撮影は事前準備も含め、2021年8月16日、19日、20日の3日間で行われた。背景には高さ4m×横幅14mの湾曲したROE Visual社製3mmピッチのLEDディスプレイを設置し、送出にはハード・ソフト(Designer)が一体となったdisguise、およびパネルごとの色味調整等が可能なLEDプロセッサ・Bromptonを用いている。朝焼けのビル群や夜景などの背景素材には高解像度の静止画を使っており、LEDウォールでの映り方を監督やカメラマンが直接確認しながら、リアルタイムに背景を切り替えて撮影を進めて行なった。本来、夜明けや夕日などが美しいマジックアワーは30分程度しか持続せず、当日の天候によっては撮影自体ができないケースもあり得る。バーチャルプロダクションを使うことで、場所や時間、天候を気にせず、何度でも同じ状況で撮影を行えるメリットは大きい。現在はまだコスト面からプロダクション規模を選ぶ印象もあるが、今後は国内でもさらにメジャーな手法になっていくはずだ。
約3㎜ピッチのLEDパネル
▲左:2.84mmピッチ、右:1.5mmピッチ
撮影に用いられた2.84mmピッチのLEDディスプレイは横14m×高さ4m(角度3度)で、横方向28枚組で構成されている。2.84mmピッチの利点として、1.5mmピッチのLEDと比較すると光量が多く、1500と非常に明るい点。1.5mmピッチの方が高密度ではあるが、撮影時期との兼ね合いで手配できる機材が限られたことと、今回は背景を被写界深度である程度ぼかす想定だったために本構成が選択された。送出はdisguiseおよびLEDプロセッサBrompton SX40。Bromptonではパネルごとの色調補正や背景全体のコントラストの調整などの補正を行いつつ、より発展的な画づくりを行う場合はDaVinci Resolveによるカラコレ作業を現地で行い、その場でデータを転送して送出していた。
髪の毛の抜け感や美しいボケ足の実現
本手法の最も大きな特徴は、実際のロケーションで撮影したかのような自然の光の映り込みをバーチャルプロダクションで再現した点だ。一般的なグリーンバックによる合成は、髪の毛の先端などの細かな部分はマスクを切りづらく、透き通るような光の透過を作り出すことも難しい。今回はLEDウォールに背景を送出し、さらに現場でライティングを行うことで、あたかも太陽光が射しているかのような光源を実現。これにより細かな毛足のボケ感や、夜明けの淡い光、その反射や透過を含めたリアルな髪の表現を行なっている。まさにバーチャルプロダクションならではの表現と言えるだろう。
現場で演出意図に合った背景の選択
背景をリアルタイムに変更できるのもバーチャルプロダクションの強み。撮影当日は監督とカメラマンの要望に応じて、その場で背景素材を差し替えながらベストなロケーションを探っていたという。「演出意図に合う背景を、その場のメンバーが主体的に画づくりをしている感覚で選ぶことができたのは大きなメリットでした。すごく直感的でやりやすかったし、物理的なロケーションの移動がないのでカット数も増やすことができました」(桑原氏)。朝焼けや夕日の色合いや彩度の調整などもDaVinci Resolveで行い、その場で送出・確認ができていたそうだが、データ転送に5分程度を要したことをわずかながらボトルネックとして捉え、今後の課題として取り組んでいくという。結果として、現場で高いレベルで画づくりが行えていたことはポスプロの工数を低減させることにもつながっており、総じてメリットが大きい手法であることはまちがいない。