2015年11月2日(月)から5日(木)までの全4日間にわたり、神戸コンベンションセンターで開催された、「SIGGRAPH Asia 2015」。世界49の国と地域から7,050人が参加する(※神戸市の発表より)など、確かな成果を挙げたと思う。そんな本カンファレンスのラストを飾ったのが、VFX業界の重鎮スコット・ロス氏の講演であった。その講演前には、CGWORLDの単独インタビューを受けてもらえたので、ここにお届けする。

<1>イントロダクション

SIGGRAPH Asia 2015の最終日である11月5日(木)の夕方、Digital Domainの創業者のひとりとして名高い、スコット・ロス氏による講演「VFX...The History and Business of the Industry」が行われた。

その講演タイトルのとおり、ILM(Industrial Light & Magic)におけるゼネラル・マネージャーの時代(1988〜1993)とDigital DomainでCEOやチェアマンを務めた時代(1993〜2006)の経験を中心に、代表作のフッテージやメイキング映像を下にVFXの技術変遷を紹介した後、現在ロス氏が力を注いでいるVRの展望を語るという内容であった。

本講演はComputer Animation Festival(CAF)の一環として行われたものだが、その司会をCAFのチェアである塩田周三氏(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役)自身が担当。講演の合間合間で交わされるロス氏との会話からは親密な関係がうかがえた。また、CAFの後援企業のうちの1社がレノボであったが、現在ロス氏が同社の企業コンサルタントを務めていることから今回の講演が実現したという。そして、CGWORLDの単独インタビューもレノボの協力により実現した。

  • スコット・ロス氏インタビュー
  • スコット・ロス/Scott Ross
    1951年11月20日生まれ。1988年からの5年間、ILM(Industrial Light & Magic)でゼネラル・マネージャーを務めた後、1993年にスタン・ウィンストンが自身の特撮工房内に設立したデジタル部門を買収するかたちで、ウィンストン、そしてジェームズ・キャメロンと3人で米ロサンゼルスのヴェニスにDigital Domainを設立。キャメロンが会長、ウィンストンが副会長、ロスが社長を務める同社は、IBMなどの投資を受け、急成長をとげていく。同社は、『タイタニック』(1997)、『奇跡の輝き』(1998)でアカデミー賞の視覚効果(VFX)賞を受賞、『トゥルーライズ』(1994)、『アポロ13』(1995)、『アイ, ロボット』(2004)でアカデミー賞の視覚効果賞ノミネートをはたした。しかし、急拡大の反動から経営難に陥り、2006年にマイケル・ベイらに買収された際に退任。現在は豊富なVFXキャリアを活かし、デジタル・コンテンツ関連の企業コンサルタントや取締役を務めているほか、世界中で講演や講義を精力的に行なっている。

    個人サイト


<2>レノボとの関係

ーー今回の講演はレノボの協力により実現したとのことですが?

スコット・ロス氏(以下、ロス氏):そのとおりですが、そもそも日本の風土や文化が好きで初めて来日したのはもう25年以上前になります。また、日本の友人も数多くいることから、講演オファーを喜んで受けました。

ーーレノボとの協力関係はいつ頃から始まったのでしょうか?

ロス氏:さかのぼれば、Digital Domainを創立した際に、IBMから出資を受けたことですね(※2004年12月にレノボはIBMのPC部門を買収した)。言うまでもなく、ILM時代から数多くのPCベンダーと関係をもってきましたが、レノボはVFXなどデジタル・コンテンツ制作(Digital Contents Creation)に最も理解のあるベンダーだと思っています。

ーーどのようなところに、そう感じたのでしょうか?

ロス氏:私は、3年前から開催されている「Trojan Horse was a Unicorn」(THU)というデジタル・アーティスト向けのカンファレンスの運営に携わっているのですが、レノボにはTHUもスポンサードしてもらっています。多くのベンダーがCPUのクロック数がどれくらい高速化したのか、RAM容量がどれくらい増えたのかといったスペック面でのPRに終始しているなか、レノボはハードウェアのサプライヤー(=技術面のサポート)としてだけでなく、クリエイターが資金面や精神面でも支援を求めていることを理解していたのです。データクランチングなど、別のビジネス視点で考えれば他のベンダーの方が好相性かもしれないが、ことアーティストにとっては、レノボはとても良いパートナーだと感じています。

THU2015 Message from Scott Ross
「Torojan Horse was a Unicorn」は2013年から、毎年9月にポルトガルで開催されている。このビデオメッセージ内でロス氏は、「THUは、バーニングマンとTEDが出会った感じのイベントだ。(THU is sort of like Burning Man meets TED.)」と説明している


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<3>お金儲けではなく、自分がエキサイトできるのかが重要

ーーあなたが、Digital Domainを離れてから間もなく10年が経ちますが、現在の活動についてお聞かせください。

ロス氏:これまで多くの年月を、大スタジオのCEOやチェアマン、取締役としてVFX制作に携わってきました。ですが今は、お金儲けではなく、自分がエキサイトできるかどうかを最優先に考え、活動しています。例えば、今回のような講演や講義を世界中の様々な場所で行なっています。そのほかには、プロデューサーとして映画製作に関わっていますし、VFXのキャリアを活かしてレノボのような企業のコンサルタントも務めていますよ。一連の活動を通じて、デジタルアーティストの代表として、彼らがどのような人々であるかを説明し、理解を深めてもらうことを心がけています。最近では、VR/ARの新会社を起ち上げました。そな感じで、とても楽しい日々を過ごせています。

ーー昨年の深圳で開催された「SIGGRAPH Asia 2014」でも講演されていました。近年は、中国をはじめとするアジアを活動拠点にされているようですが、欧米とのちがいはどのようなところに感じますか?

ロス氏:様々なちがいを感じますよ。ただし、芸術性(artistry)の面ではちがいはありませんね。これまで50以上の国籍のアーティストを雇い、一緒に仕事をしてきましたが、国籍を問わず優秀なアーティストは世界中どこでも通用します。もちろん、感性(センス)については文化的な背景によって大きく異なります。特にストーリーテリングにおけるちがいが顕著です。その意味では、アジア圏のデジタル・コンテンツ制作者は現在、大きなチャレンジをしている最中でしょう。特に中国は、世界最大の映画マーケットへと成長しつつありますが、従来型のアジア的なストーリーテリングを継続するのか、それとも欧米的な(ハリウッド的な)ストーリーテリングを取り入れていくのかという岐路に立たされていると思うので。

ーー日本のデジタルアーティストたちは、海外展開をより意識していくべきだと思いますか?

ロス氏:それについては、映画製作会社やそのスポンサーなど、デジタル・コンテンツ制作にお金を出すビジネスマンたちが、どのマーケットを志向しているかに依るでしょう。ただ、これまで5~6ヶ国ほどの映画産業が、世界を視野にいれたマーケット展開していく様を間近で見てきました。ですが、その全てがハリウッドを目指していく中で過ちを犯してきました。これは私見ですが、ハリウッドというブランドに依存、過信しすぎてしまったのだと思います。

ーーおっしゃりたいことはわかる気がします。ところで、日本はアジアの中でもひときわ英語コミュニケーションが苦手な国民性だと、自分自身が英語が苦手なこともあってそう感じているのですが、どう思われますか?

ロス氏:日本がアジアの中でも異質だとは思いませんよ。英語が苦手なのは日本に限りません。私が出会ってきたアジアの人たちの大半は英語が苦手(pretty bad)でしたから(笑)。強いてちがいを挙げるとしたら、日本と韓国のエンターテインメントビジネスに対するスタンスは典型ではないでしょうか。日本は経済が成長していく過程で、サイエンスやエンジニアリングの教育を優先させてきたのだと思います。海外留学でもサイエンスやエンジニアリングの分野が中心だったはず。かたや、韓国はそうした経済成長期にアート面の教育に力を注ぎ、海外のアート系教育機関への留学にも積極的でした。その結果、欧米でアートやエンターテインメントを学んだ韓国の映画製作者や俳優たちの活躍が日本の韓流ブームを引き起こしましたよね。

スコット・ロス氏インタビュー

講演を行うロス氏

<4>VRはVFX産業を救うのか

ーー2012年9月、Digital Domainが破産しました(※その後、新たなオーナーの下で再建し、現在は香港のSun InnovationとインドのReliance MediaWorksが7:3の割合で株式を有している)。その頃から、あなたはデジタルアーティストの代表として、映画VFX制作のビジネススキームの構造的な問題を指摘され続けていますよね。

ロス氏:そのとおりです。VFX産業の問題は、制作費が最初の契約段階で固定されてしまうことです。制作期間や作業内容に応じて改めることができる契約形態にさえなれば、VFX制作者は現状の業務内容やワークフローでも十分にやっていけるはずですから。また、それ以上に問題なのがカナダをはじめとする各国が実施している税優遇措置を柱にした助成制度です。その恩恵を得られるのは、VFXスタジオではなく、映画製作会社ですから。これら2つの問題が解決されれば、VFX産業は健全化されるはずです。

ロス氏のツイートより。現在のVFX制作における契約体系について様々な場で問題提起をしている

ーー先ほど、新たにVR/ARの会社を起ち上げたとおっしゃられましたが、VRやARなどの技術がVFX産業を救う手助けになるとお考えでしょうか?

ロス氏:これからVRやARの市場が急成長していくことは確実視されています。ですが、「(VRがVFX産業を)救えるのか?」と聞かれたら、「もしかしたら(maybe)」としかお答えすることができません(苦笑)。

  • スコット・ロス氏インタビュー
  • スコット・ロス氏インタビュー

講演で披露されたVR市場の成長予測示したグラフ(左)と、VRがラジオ、テレビに次ぐ変革をもたらすコンテンツ形態であることを示した概念図(右)。講演の後半では、ロス氏がVRに対して大きな期待をよせていると語っていた

ーー最後に、少し妙な質問をしても良いですか(笑)? ご自身としては、VRや映画プロデュースといった、より新しいことに取り組んでいくことと、VFX産業の改善に取り組んでいくことの、どちらに重きを置かれているのでしょうか?

ロス氏:たしかに面白い質問ですね。私はまもなく64歳になります(※11月20日(金)がロス氏の誕生日である)。その点では、ILMでキャリアをスタートさせた30代、そしてDigital Domainを創業した40代の頃に比べると正直、体力的には衰えています。ですので、あの頃と同等のパフォーマンスを現場で発揮することは難しいでしよう。ですが、私にはVFX制作現場における豊富な経験があります。そして、それを多くの人たちに伝えていくことができるのです。だから、これからも新しいことに挑戦していきながらも、VFX業界のスポークスマン、ステーツマン(指導者)の役割を果たしていくつもりです。映画製作会社からお金をもらう立場ではないので、忌憚のない発言をしても不利な立場に置かれることはありませんからね。

ロス氏のツイートより。一連のインタビューを通して、VRなどの新たなフィールドへ活動領域を広げつつも、VFX業界に対する愛情のようなものが伝わってきた

TEXT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
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