8月4日から公開となるピクサー最新作『マイ・エレメント』。この作品にアニメーターとして参加しているのが、星 まり子氏だ。日本での社会人経験を経てアメリカに留学し、一貫してCGアニメーションの分野で活躍し続けている星 まり子氏に、話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    星 まり子 / Mariko Hoshi(Pixar Animation Studios / Senior Animator)
    東京都出身。桑沢デザイン研究所卒業後、東京の建築事務所でデザイナーとして勤務。CGアニメーションの勉強をするために退社し、渡米する。サンフランシスコ州立大学卒業後、アカデミー・オブ・アート大学の大学院へ。その後、ベイエリアにあったPDI/DreamWorksでアニメーターとしてキャリアをスタート。同スタジオが閉鎖になるまでの15年半、『シュレック2、3』、『マダガスカル1~3』などの作品に参加。その後、サンフランシスコのVRアニメーションのスタートアップ、Penrose Studiosで国際的な映画祭などで多数の賞を受賞したVR作品『Arden's Wake』の制作に参加。Penrose閉鎖後、短期でイギリスのJellyfish Picturesの『スピリット 未知への冒険』に初完全リモートでのアニメーション制作を経験。2021年にピクサー・アニメーション・スタジオに移籍した。『私ときどきレッサーパンダ』、『バズ・ライトイヤー』などに参加、現在は新作『エリオ(原題)』の制作に参加中。最新作は8月4日より日本公開の『マイ・エレメント』。
    www.pixar.com

    <1>「本当にやりたいこと」に気づき、建築事務所を退社し渡米

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    子供の頃からアニメや漫画が大好きでした。両親が共働きだったので、1人のときはテレビは見放題、漫画も読み放題。あまり良い環境で育ったとは言えませんが、この子供時代がなかったら、アニメーターになってはいなかったと思います。

    その頃、観たものの中では、ディズニーや手塚治虫作品など、ストーリーやキャラクターデザインがしっかりしていて、メッセージ色の強かったものが心に残っています。TVの洋画劇場もよく観ていた影響か、子供の頃から映画も好きで、海外文化への強い憧れと興味もありました。

    小中高と図工や美術は大好きでしたが、「クラスでちょっと絵が上手い子」レベルでした。とりあえず美術・デザイン系の学校に進めば何がしたいかが見つかるのではと、桑沢デザイン研究所に入学しました。桑沢では毎日課題に追われて、成人式に行くのも諦めたほどでしたが、「始めたことは終わらせる」習慣と「職人魂」を叩き込まれた気がします。

    桑沢を卒業後、建築事務所でレストラン、バー、カフェなどの飲食系の店舗を中心にデザインしていましたが、作品が自分のものにならないことと、何年かするとつくり替えられてしまう物をつくることに、それが本当にやりたいことだったのかがわからなくなっていました。

    その頃、ミーティングに行く途中で立ち寄った「CGグラフィックス展」で、ピクサーの最新短編アニメーション『ティン・トイ』に出会い、今までになかったときめきを覚えたのです。CGアニメーションには、私の好きな動画、ストーリー、キャラクター、空間、色の全てが入っているし、アニメーションをやりたいけれど画力と手描きの速さがない私にはもってこいだと思いました。その展示にあった作品のほとんどがカリフォルニアからの物だったので、場所をカリフォルニアに定め、約1年後には建築事務所を退社し、渡米しました。

    渡米後、まず始めの1年は、サンホゼ州立大学のSAL(Studies in American Language)という外国人向けの英語のコースで主にTOEFLのための勉強をし、⼤学に⼊れるスコアをクリアしました。その後「社会に出たときに、少しでもアメリカで育った人たちの目線が理解できるようになっていたい」と思い、一般教育も受けられるサンフランシスコ州⽴⼤学に⼊学。デザイン、マルチメディア、CGアニメーションを専攻し、ここで初めてパソコンに触りました。

    とは言っても、当時まだCGに使う高価な機材は州立大学が大量に買える物ではなく、Macも2人で1台、CGアニメーションのクラスにいたっては、たった1台しかないSGIのワークステーションを7人で24時間体制でシェアすると言う、今では考えられないような状態でした。

    大学卒業後、プラクティカル・トレーニングの制度を使って、いくつか実務を体験しました。しかし、CGアニメーションをかじったぐらいの経験では、目指していた仕事を得ることができず、さらなるスキルアップの必要性に駆られて、アカデミーの大学院へ入学することにしました。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い。

    大学院をアカデミーに決めた理由は、州立大学とちがって資金がある私立のアカデミーには、最新の機材やソフトが揃っていて、ラボテクも十分にいたためです。私のように、基本的なことはすでに学び終えて、やりたいことがはっきりとしている生徒には良い場所だったと言えます。

    あの時代は、3DCGを制作できるスペックをもつパソコンやソフトは非常に高価で、学生には手の届かないものだったので、作品制作はコンピューターラボでのみ行いました。朝から晩までSGIラボにいる常連のメンツで、作品を批評しあったり、問題があったら助けあったり、お互いを励ましあったりと、同じ目標をもつ同士で、とても良い関係が築けました。その人達とは、何十年経った今でも交流があり、今のピクサーの同僚にもその時代からの友達が何⼈かいます。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    アカデミーでの卒業制作の短編アニメーション『Hello, Dolly!』の完成後、すぐにPDI/DreamWorks(以下、DW)にデモリール(当時はまだVHSテープでした!)を送ってはいたのですが、「受け取りました」と言うこと以外、何も返事はなし。友達に聞いても「それが普通」、「あまり質問するとうるさがられて逆効果」と言われたので、そのまま3ヶ月ほど待っていました。

    そんなとき、『Hello, Dolly!』が2000年のSIGGRAPHのElectronic Theaterに入選しました。このタイミングを利用して、日本では絶対書かないような、自慢の羅列とも取れるメールをDWに送りました。内容は、「お元気ですか? 私の作品がSIGGRAPHのElectronic Theaterで上映されることになりしましたし、学校でも賞をいただいて、全てがうまく行っています」と言った感じのもの。

    念のため、送信する前にアメリカ人の友達に内容を確認してもらい、「これぐらいアメリカでは普通、全く問題はない」と言われたので恐る恐る送ると、なんとその日のうちに返事が! そこからはトントン拍子で、SIGGRAPH会場で第1面接、本社に戻って来て第2面接で、即採用が決定しました。

    採用決定後すぐに仕事が始められるかと思っていたら、アカデミーの手ちがいでOPTが出ず、労働ビザが出るまで学生ビザのステータスで滞在を続けるため、もう1学期余分にクラスを取る羽目になってしまいました。しかしその後の学生ビザから労働許可書への切り替えはスムーズに事が運び、2年後にはDWにスポンサーになってもらい永住許可書も申請できました。しかし、ちょうどそれがアメリカ同時多発テロ事件の後だったのでプロセスが遅れ、結局6年半もかかってしまいました。

    オフィスのパソコンの前で

    <2>夢の舞台ピクサーで、アニメーターとして『マイ・エレメント』に参加

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    ピクサー・アニメーション・スタジオは、37年もの歴史があるCGアニメーションの会社で、オリジナルのストーリーと質の高さに定評があり、安定した品質の作品をつくり続けています。

    お互いをサポートし、みんなで会社を盛り上げて、良い作品をつくりたいという、ポジティブなエネルギーに満ち溢れていて、各部署のひとりひとりが、自分の仕事の分野以上にもっと何ができるかを常に考えているような会社です。

    私のように他の会社を経てからピクサーに辿り着いた人も多く、外部からの知識やアイデアがどんどんもち込まれることで、会社と作品がさらに向上しているのではないかと思います。そういった提案をできる環境があり、それを会社側もオープンな姿勢で受け入れるという点が、ピクサーらしいです。

    最近はどの会社もそうなって来ているのかもしれませんが、今までいた会社とは大きくちがうと感じたのは、ピクサーには女性のアニメーターが多く、監督やスーパーバイザーのレベルにいたっても女性が多いということです。会社全体で、性、人種、年齢など様々な差別をなくそうとしている努力も見られます。

    多様な国の方たちが働いていますが、会社全体の人数1,400人に対して、日系は多いものの、日本人は6人と少なめです。

    コロナ禍で確立したリモートのシステムは、今でもハイブリッドという形で残されています。最低でも週3〜4日の会社出勤であとは在宅と、家族がいる人たちでも仕事と生活のバランスが取りやすいよう、配慮してくれています。

    ――最近、参加された作品について印象に残るエピソードを教えてください。

    8月4日から公開の『マイ・エレメント』が最新の参加作品です。主人公の体全体が火や水でできているキャラクターはピクサー初で、各部署が試行錯誤し、技術的にもさらに進歩させた作品だと言えるでしょう。

    映画 『マイ・エレメント』 8月4日(金)公開
    監督 ピーター・ソーン(『アーロと少年』)
    プロデューサー デニス・リーム(『カーズ2』、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』)
    配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン
    www.disney.co.jp/movie/my-element
    ©2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

    アニメーターとして初めての経験になった点は、人間のようなキャラクターを動かすときとは考え方を全く変え、火、水、風のもつ流動的な動きをキャラクターの動きに組み込むことでした。

    例えば、火、水、風は、体全体、眼や口まで動きをずらし、ながれて見えるようにしたり、ゴムのように体を自由自在に伸ばしたり、肘や膝の関節は角を取り去り、火や風のキャラクターには重力をあまり感じさせないようにするなど、人間を動かすときに使うルールがほとんど適用しなかった点が楽しめました。そのため、キャラクターのリグがとても良くできていて、平均的なピクサーの⼈間のキャラクターにある約4,000のコントロールが、今回の主役の2⼈には1万以上もあり、独特な動きやポーズも付けやすいようになっていました。

    『マイ・エレメント』はピーター・ソーン監督が、ご自身のアメリカでの韓国系移民の子供として育った実体験からアイデアを得て描いたものです。彼にとって、とても思い入れのある作品で、心温まるストーリーに仕上がっています。新しいシーケンスを始める際、いつもその原案になった実話のエピソードをお話ししてくれたのが印象に残っています。結果、アニメーターにとっても、彼の意向が分かりやすくなったし、個人的な経験談を心を開いて話してくれた彼のためにも、良い作品にしたいとやる気が出ました。

    ちなみに、技術側のこぼれ話ですが、この作品のどのフレームにもエフェクトが入っているので、レンダーに今までにないぐらいの時間がかかったそうです。『トイ・ストーリー』のときには、294台だったレンダーファームのコンピューターが、『モンスターズ・インク』では672台、『ファインディング・ニモ』では923台、そして『マイ・エレメント』では一気に151,000台! ゼロをいくつか読み間違えたと思ったほど多くて驚きました。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    何と⾔っても「命を吹き込む」仕事ができるところです。表情もポーズもない⼈形のようなモデルが、どんどん⽣きたキャラクターになって⾏く過程には、何年アニメーションをやっていてもワクワクさせられます。

    私のショットに、FXや照明、音声が付いて、完成した映画を大画面で観るときも、アニメーターをやっていて本当に良かったと思える瞬間です。1本の映画は、何百⼈もの⼈達の、知恵と努⼒の集⼤成(ちなみに、この映画には、434人が制作に関わりました)。たとえほんの短いショットであっても、映画の⼀部に貢献ができたというだけで夢のようです。そんな短い私のショットですら、自分にはまるで私の名前が付いているかのように見えて、「自分が手がけたショット」という気持ちをいつまでももっていられるのも、このメディアならではのものです。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか? 

    英語や会話のスキルの大半は、アメリカに来てから学校に行ったり、生活をして行く中で、徐々に身に付いたものです。日本の中学高校で英語は得意なほうでしたが、いざ使おうとすると思ったことがなかなか話せず、渡米当時は日常会話すらもたどたどしいレベルでした。渡米1年目に語学学校に行ったことは、大学で授業を受ける準備になり、こちらでの生活に慣れる時間ももつことができ良かったと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    当たり前のアドバイスになってしまうかもしれませんが、英語を話すことができれば⼤半の国で通用するので、早くから勉強しておくと後で必ず役に⽴つと思います。

    アニメーターやクリエイティブな職種の人は、作品に物を言わせれば、そこまで話せなくても何とかなるかもしれません。しかし、実際の現場では、監督からの指示やコメントが聞き取れないといけませんし、発⾔しなければいけないこともよくあります。それに、アメリカのような国だと、自分の意見を言わないと、何も考えていないと思われがちなので、話せないと誤解されてしてしまう可能性もあります。

    英語をスキルアップする近道は、やはり現地に⾏って⽣活することですが、⽇本からでもオンラインの英語のクラスを活⽤すれば、時間と学費の節約にもなります。

    すでに英語が話せるという⽅は、自分が働きたい会社の人が教えているオンラインのアニメーションクラスや、⾃分が働きたい会社がある地域の学校のクラスを取るのも良い方法かと思います。その会社のスタイルが学べるし、そこでデモリールに⼊れる作品を準備することもできます。おまけにその会社の情報が聞けたり、インストラクターを通してネットワークが広げられるかもしれません。

    ⾃分が⼊りたい会社に就職したアニメーターのデモリールをインターネットで探して、その人たちがどんな作品をデモリールに入れているかを⾒るのも参考になります。

    アニメーションのクラスを取って、課題の作品をつくる際に、課題のひとつひとつをデモリールに入れて見せられるような物にすることを念頭に置いて制作すると、だんだん作品の完成度も上がっていきますし、学期が終わるごとに新しくデモリールに入れられる作品が増えていきます。その都度、⾏きたい会社にデモリールを送り、⾃分の成⻑具合を⾒てもらうのも良いでしょう。

    そのときは、日本人的な控え目さを捨てて、もっと自分をアピールすることを忘れないでください。それぐらいしないと、雇う側の目にとまりません。

    最後に、月並みですが、夢をもって諦めず、ゴールに向かってやり続けることが重要だと思います。私の場合、やりたいことが今までやっていたこととちがうと気が付いたとき、軌道修正して1からやり直せる状況にあったのは、ラッキーでした。少し回り道になってしまったけれども、その前にやっていたことから得た知識は、現在でも全て何かの役に⽴っています。本当にやりたいことが⾒つかったら、頑張ってみる価値はあると思います。

    余談ですが、最近、小学校の文集にあった「夢、将来なりたいもの、やりたいこと」のコーナーに書いた内容を思い出して、夢が叶ってしまったのではと思いました。4年生の頃の文集には「ディズニーランドに行きたい」、6年生のときは、ハチマキをして汗を飛ばしながらデスクにかぶりついて「締め切り、締め切り……」とつぶやきながら漫画を描いている自分のイラスト入りで「漫画家になりたい」と書いていたのです。

    「ディズニーランドに行きたい」と今聞くと、なんて小さい夢なんだと思われるかもしれませんが、当時の日本にはまだ東京ディズニーランドもなく、1ドル約300円ほどのレートで、アメリカになんてなかなか行けない時代でした。

    それが今では、ディズニー傘下のピクサーで働き、漫画家ではないけれどアニメーターになれたなんて信じられません。応援、協力してくれた友達や、金銭的、精神的にサポートしてくれた家族には本当に感謝しています。

    映画『マイ・エレメント』完成試写会パーティーでピーター・ソーン監督と

    【ビザ取得のキーワード】

    ①サンフランシスコ州立大学卒、美術学士号/BFA(= Bachelor of Fine Arts)取得
    ②アカデミー・オブ・アート大学の大学院卒、美術修士号/MFA(=Master of Fine Arts)取得
    ③PDI/DreamWorks就職時に、F-1ビザ(学生ビザ)からH1-Bビザ(就労ビザ)に変更
    ④PDI/DreamWorks在籍中、グリーンカード(アメリカ永住権)取得

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada