今回はシアトルからお届けしよう。筆者が日本を訪れた際に、講演などで学生から必ず「英語力はどうすれば……」という質問が出てくる。英語力は、日本に住む多くの人がもつ悩みなのだろう。本稿で登場いただく篠原愛子氏の話は、そんな悩みをもつ人を勇気づけてくれるのではないだろうか。では、さっそく話を伺ってみよう。

記事の目次

    Artist's Profile

    篠原愛子 / Aiko Shinohara(Firewalk Studios / Senior Environment Palette Artist)
    茨城県出身。2005年にデジタルハリウッド東京校を卒業。派遣会社を通じてゲームの開発に携わる。その後、サイバーコネクトツープラチナゲームズなど複数社を経て2014年からフリーランスに。2019年にアメリカのReady At Dawnに入社。2021年にFirewalk Studiosへ移籍し、現職。現在、新規IPゲームの開発に従事している。著書に『Unreal Engine 4マテリアルデザイン入門』がある。
    www.firewalkstudios.com

    <1>英語がほとんど聞き取れなかった面接で、見事採用

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    子供の頃から絵を描くことは好きな方でしたが、高校は商業学校、大学では経済学部を選び、絵から離れていました。大学のときのアルバイト先で3DCGの話を聞いて「絵の基礎的な技術がない自分でも、3DCGなら絵に関わる仕事ができるのではないか」と思い、CGを学ぶためデジタルハリウッドに通う決意をしました。

    映像制作コースを1年受講したのですが、レンダリングを待つというのが自分には向いていませんでした。加えて、元々ゲームが好きだったことと、少ないポリゴンとテクスチャ容量で様々なテクニックを駆使して、そう見えないようにつくるという工夫を凝らしたゲームグラフィックスに興味があったので、ゲーム業界へ進むことにしました。

    デジハリ卒業後は制作会社に就職し、様々なゲーム開発に外注スタッフとして参加しました。その後、サイバーコネクトツーに入り、とあるゲームの開発チームに入りました。

    初めは普通の背景アーティストとして開発に参加していましたが、日々の業務成果を認めていただき、リード背景アーティストを任されることになりました。それまでは、アセット制作のガイドラインに沿ってつくるだけだったのが、リードとしてパイプラインの構築からパフォーマンスの管理まで行い、チームを引っ張っていく必要がありました。自分で環境を築いていく立場になって、これまでの経験と知識では不十分なことに気付かされました。

    GDCやCEDECなど公開されているゲームグラフィックスの文献を読んで、他のゲーム開発ではどのようにアセット制作を行なっているのかを調べたり、どのようにパフォーマンスを維持しつつクオリティを出すかということにひたすら向き合いました。また、優秀なスタッフも多く在籍していたので、その方たちにたくさんのことを教えていただき、支えてもらってどうにか業務をこなすことができました。

    入社当時はネット上にこんなにも多くの情報が公開されていることを知らなかったので、調べるうちに海外のゲーム開発手法に強い興味を抱くようになりました。英語の勉強を始めたのもこの時期からになります。その後、プラチナゲームズへと転職し、そこでもシニアとして同じような業務に携わっていました。

    この2つの会社で働いていた時期は、開発を通じて知識と技術力が一気に上がり、自分の土台になったと感じています。もちろん大変なこともありましたが、それも含めて今の自分をつくり上げたと思っています。

    ――海外のゲーム業界での就職活動は、いかがでしたか。

    漠然とした海外への憧れはもっていたのですが、実際に行動するキッカケとなったのは、主人の仕事の都合で日本を離れることになったためです。日本を離れるのであれば、海外での就職を真剣に考えなければなりません。そこで取り組んだのはポートフォリオの作成です。日本のゲーム会社は成果物の公開が難しいため、自主制作の作品が必要になりました。

    その一環として制作したのが『Library』という作品です。オックスフォード大学の図書館からインスパイアを受け、Unreal Engine 4を使い、Substance DesignerPainterなど、その当時では比較的新しいソフトウェアを使用しながら制作しました。

    『Library』

    「海外でも評価されるレベルのものをつくらなければいけない」と考えていたので、目標とするクオリティラインを設定し、自分の使える時間をひたすら制作に充てました。公開後、作品はTwitterやArtStationで評価され、さらに80Lv.のインタビューも受けることができ、国内外で知名度を高めることに成功し、当初の目標が達成されたと安堵した記憶があります。

    その後、主人の仕事の都合で1年ほどでイギリスからアメリカへ移住することが決まりました。アメリカ移住後の初めの1年間はAESLの英語のクラスに通いながら、複数の会社へ応募を続けました。ポートフォリオとしてはそれなりのものをもっている自信はあったのですが、なかなか良い返事をいただくことはできませんでした。アメリカに住んでいても就労ビザはもっていなかったので、「ビザ取得は大きな壁なんだ」と痛感しました。

    そんな中、Ready At Dawnから「アートテストを受けてみないか」と返事をいただきました。アートテスト提出後は面接に進んだのですが、ほとんど何を言っているのか理解ができませんでした。どうにか質問意図を確認しながら答えていき、なんとか面接を終えたという感じです。

    そんな面接だったにも関わらず、アートテストとポートフォリオを大きく評価していただき、英語力に関しては仕事しながらでも向上できるものとして、採用していただきました。いま覚えば、どうして採用がもらえたのだろうというぐらい英語力が足りていなかったのですが、同僚に聞くと「スキルが足りてなければ採用されないぐらい基準は厳しい」とのことなので、自分の技術力を評価していただいたのだと素直に受け取っています。

    仕事中。オフィスに行くこともあるが、基本は自宅でリモートワークなのだそう

    <2>ポートフォリオで得意分野をアピールすることが大切

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    今勤めているFirewalk Studiosは2018年に立ち上げられた新しいゲームスタジオです。今年の4月にソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)による買収が発表され、SIE傘下のスタジオとなりました。

    現在は来年発売予定の新作ゲーム『Concord』の制作を、チーム一丸となって進めております。

    『Concord』(原題)ティザートレイラー

    会社の規模は130人程度で、新しい会社であることもあり、パイプラインやワークフローを固めながら開発を進めている段階でもあります。そのおかげもあり、お互いのフィードバックや、ワークフローの改善に意見を出し合うことが日常的に行われており、ただの作業員としてではなく、ゲームをつくっている一員という感覚が強くあります。

    ――何か印象に残るお仕事のエピソードはありますか?

    Ready At Dawn在籍中に関わった『Lone Echo II』はVR作品だったので、プレイヤー視点で見たときのリアリティ、忠実度などを大切にしています。しかし描画性能の制限が厳しいため、ポリゴン数やドローコールを抑える努力が同時に必要になるのですが、カメラから近い距離でできる限りポリゴン数を抑えるために、手作業でLODを作成する工程をとっていました。

    過去の経験から「LOD作成はツールで自動化し、労力を割かない」という方法が主流だと思っていた中で、あえて手作業でつくるという方針に驚きました。そして、マップの終盤でひたすらLODを作成しなければならない数週間の作業は、ただただ大変でした。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    今のポジションはシニア・パレット・アーティストで、背景で使用するアセットの制作を行なっています。パレット・アーティストという名前は馴染みの薄い名前だと思いますが、ゲームで使用する背景アセット全般を仕上げるポジションの名前として弊社では使用されています。

    このアセットをつくって欲しいという依頼を受けてつくることもあるのですが、制作中のシーンを見て自主的に「このようなものはどう?」と提案してつくるなど、チームメンバーと協力しながらシーンをつくり上げていくので、チームワーク、コラボレーションといった雰囲気が強く、また主体的に制作に関わるのでとてもやりがいがあります。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか? 

    英語力で言えば、ほぼゼロからのスタートでした。元々学生時代から英語は全く得意ではなく、英語に関わらない生活をずっと送っていたため、中学英語から学び直しました。仕事をしながら少しずつ英語の勉強を続けて、退職のタイミングでフィリピンへ短期語学留学をしましたが、元の英語力が低かったこともあり数ヵ月留学した程度では、そこまで力がついた気はしませんでした。

    英語力が上がったと感じるようになったのは、実際に仕事を始めてからです。初めのうちは聞き取りすらままならず、うまく単語が出てこないことが多かったのですが、仕事に関する英語なら使う表現は似た内容の繰り返しになるので、次第に同僚やリードが言ってることもわかるようになり、自分でも伝えることができるようになりました。

    今でもコミュニケーションに苦労していますが、相手も移民であることを理解しているので、日本語訛や文法の間違いを気にせずに、使える表現や画面共有などを駆使しながら仕事しています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    日本で職務経験してから海外を目指すのであれば、ポートフォリオをしっかり準備しておくのが大切だと思います。アメリカで感じるのは、「なんでもつくれる人はいない」ということです。日本よりも分業化がしっかりされています。人それぞれに得意とする分野があるので、自分が得意とするものをしっかりとアピールできるようなポートフォリオがあると、会社が人材を探すときにその得意分野とマッチすれば、就職の機会を得やすくなると思います。

    World Art チームのみなさんと

    【ビザ取得のキーワード】
    ①デジタルハリウッドに通ってCGの基礎知識を学ぶ
    ②日本国内のゲーム会社で実務経験を積む
    ③自主制作の作品でポートフォリオの強化
    ④アメリカのReady At Dawnに就職。O-1ビザを取得

    あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada