海外のVFX業界で活躍されている日本人には、日本で現場経験を積んでから渡航する「叩き上げ派」と、海外留学を経て現地で就職する「留学派」とに大別される。どちらにもメリットと成功例があるわけだが、Image Engineで働く齋藤隼人氏の場合はどうだったのだろうか。さっそく、話を伺っていこう。
Artist's Profile
齋藤隼人 / Hayato Saito(Lead Modeler / Image Engine)
神奈川県出身。2015年に日本工学院専門学校CG科を卒業後、ModelingCafe(現CafeGroup株式会社)でモデラーとしてキャリアをスタート。2018年にバンクーバーのImage Engineに入社。その後、Zoic Studios、Scanline VFXを経て、2020年にImage Engineと再契約し、現職。
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<1>サッカー少年で遊び回っていた学生時代、高校3年生ではじめて3DCGに触れる
――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。
サッカー少年だったので、小さい頃の思い出というと、サッカーしていた記憶ばかりが思い出されます。大学に入るまでは3DCG業界に就職することなど全く考えておらず、学校が終わると、友達とゲームセンターに行ったりバンド活動をしたりと、将来のことなどまるで考えていない学生でした(笑)。
高校3年生の進路を決める時期に、学校で3DCGの授業が一日だけありました。確かShadeを使った授業だったと思いますが、そこで初めて3DCGに触れ、「映画やアニメが好きだし、仕事にできたら面白そうだ」と思い、日本工学院の体験入学に行きそのまま入学しました。
日本工学院では友人にも恵まれ、切磋琢磨しながら技術を高め合うことができました。あるとき学校に、この記事を担当されている鍋 潤太郎さんが特別講義にいらしたことがあり、そこで聞いた海外就業の話に刺激を受けました。今思えば、あの講義も海外行きへの一因になった気がします。
――日本でお仕事されていた頃の話をお聞かせください。
モデラーでの就職を目指していたところ、ModelingCafeという名の、いかにもモデリングができそうなVFXスタジオが目に留まりました。作品を見ていただける会社見学に参加し、そこで良いご縁に恵まれ、採用いただけることになりました。
最初は渋谷の本社で働いていました。ところがその年、海外経験をおもちの著名なモデラー北田栄二さんが福岡の支社長になられました。僕の新卒同期はみな福岡で働いていて、その同期たちからカッコイイ進捗画像が毎日上がってくるのを見るうちに、「僕も福岡に行かないと、とんでもない差がつく」と思い、社長に頼み込んで入社3ヵ月後には福岡に行きました。
会社の環境は、新卒の僕にとっては最高でした。仕事終わりや休日にオフィスのPCを貸してくれて、そこで夜遅くまで皆で自主制作作品をつくったりしました。ModelingCafeで過ごした3年間は、現在、カナダで働く僕の1番の礎を築いた日々だったと感じています。
――海外の映像業界への就職活動は、いかがでしたか?
就職活動は、ワーキングホリデーでカナダへ渡航した後に始めました。最初の1・2ヵ月は、現地の生活に慣れるため、ゆるくカナダを楽しんでいました。その間に、バンクーバーにいる日本のアーティストたちにLinkedInでメッセージを送り、様々な話を聞いたりデモリールを観てもらうなどしていました。3ヵ月目に最初の面接が決まったのが現在、所属しているImage Engineです。
最初の面接では、ほぼ何も話せなくて、勉強してこなかった自分に腹が立ちました。デモリールには、仕事で担当した作品は守秘義務の関係で入れることができないものが多かったため、日本で制作した個人作品を使用しました。海外経験のあるモデラーの方々に、どのようなものがスーパーバイザーやリードアーティストに刺さるのかを聞いて、幅広い作品をつくりためていました。そうして無事にImage Engineに採用いただき、最初はワーキングホリデーとして働き始めました。
その後、Image Engineからは、プロジェクトや仕事量に応じて、就労ビザが発行されました。契約期間は3ヵ月から2年まで様々です。契約が更新されるかどうか分からない辛い時期でしたが、スキルアップに集中し、常に高品質な仕事を提供することを目指したことで、自分のスキルが上がった気もします。

<2>背景からメカまで、幅広い分野のモデリングを手掛ける
――現在の勤務先はどのような会社でしょうか。
Image Engineは、仕事をする環境としては最高の会社です。僕はニール・ブロムカンプ監督の大ファンで、『チャッピー』(2015)や『第9地区』(2010)を観てImage Engineの存在を知り、それがバンクーバーを目指すキッカケの1つだったんです。なので、会社に撮影で使用されたチャッピーの実物があり、それを見たときは大興奮しました(笑)。
とても風通しが良く、チームもフレンドリーで、スーパーバイザーやマネージャーはアーティストたちの仕事が効率良くスムーズに進むよう、様々なアイデアを提供してくれます。仕事をするための最良の環境を与えてくれているので、アーティストたちはそれに応えようと、作品の質が高まっていると感じます。
また個人的にとても気に入っているのが、プロジェクトが終わる度に、各プロダクション・チームがブレイクダウン(作業工程を視覚的にプレゼンテーションした映像)をつくって社内で共有してくれることです。完成映像だけでは観ることのできない、各部門のアーティストたちの仕事ぶりを発信してくれるので、アーティストたちへのリスペクトをとても感じます。
――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?
映画『DUNE/デューン 砂の惑星』のスピンオフドラマシリーズ、『Dune: Prophecy』でしょうか。
巨大ロボットが出てくるのですが、それをモデリングするのが楽しくもあり、挑戦でもありました。メカは得意分野なのですが、最近は背景仕事が多い中、ガッツリとハードサーフェスのモデリングだったので、最初は感覚を取り戻すのに苦労しましたが、無事にカッコイイ物をつくれたかなと思います。
その他には、広大な砂漠をつくるシーンがあったのですが、これは殺風景な中にも「デューンならでは」の印象をつくろうと、試行錯誤しました。

――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
あまり縛りがなく、様々なジャンルのモデリングをさせてもらえるのでとても気に入っています。最近は背景仕事が多いですが、ハードサーフェスやキャラクターなども担当でき、幅広いジャンルでレベルアップできている気がします。
また、何か新しいことを取り入れたいと思ったときに、進言すると快く挑戦させてくれます。そうしたチームのパイプラインに組み込む前段階のR&Dができる環境も、面白いと感じています。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
カナダに来た頃の英語力は、ほぼゼロでした! 日本にいた頃は、最低限の単語や文法の勉強のみ。会社にいたオーストラリア人の同僚がとても協力的で、スピーキングの訓練もしてましたが、酷いものでした。
カナダに来て間もない頃、ある日本人モデラーの方に連絡を取ったところ、「近所のカフェでデモリールを観てあげる。そのとき、会社のアーティストも連れて行くから、仕事で必要となる英語力もチェックしてみよう」ということになったのですが、そのときは本当に何も話せなくて。「これじゃあ、受からないよ」と言われて焦り、その日から、英語の猛勉強をはじめました。
語学学校へ行く手もあったのですが、座学よりも「とにかく面接対策のために、スピーキング能力を伸ばさなきゃヤバイ!」と考えました。そこで、日本好きのカナダ人がボランティアで行なっていた、マンツーマンで話せる教室に毎日通いました。
そこで運よく、気の合う友人たちと出会い、頻繁に遊びました。その後、仕事やこちらで出会った奥さんとの会話を通し、自然と、英語力が伸びていったと感じます。また、こちらでビジネス向けのオンライン英語教育事業をされている方に出会い、そのベータテスターとして生徒役をさせていただいたりと、面白い経験もしました。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
日本人が海外で就業を目指すにあたって、大きく分けると2つの道があると思います。
①日本で数年の経験を積んだ後、渡航する
②現地の専門学校などで学び、Juniorレベルとしてアプライする
僕が個人的に強くお勧めするのは①で、現在のVFX情勢を考慮すると、日本で数年の経験を積んだ後にMidレベル以上で就職を目指す方が、確率は高いと思います。
日本の3DCG業界の会社内教育のレベルはとても高いです。そこで土台を鍛え、その間に目に留まるデモリールをつくり、言語の下積みをして資金を準備し、好きな分野に熱中して打ち込み、最後の1歩でその国に飛び込めば、仕事は掴めると思います。

【ビザ取得のキーワード】
①4年制の専門学校で大卒認定と同じ資格「高度専門士」を取得
②日本で3年間、実務経験を積む
③ワーキングホリデー制度を利用してカナダへ
④カナダ生活4年目にCELPIP※を受けPR(永住権)を取得
※カナダの永住権申請は、一定の基準を満たす必要がある。齋藤氏の場合は英語力を証明するCELPIPテストを受ける必要があったという
あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada