Netflixで世界独占配信中の映画『This is I』。約30〜50年前というノスタルジックな「戎橋」周辺の景観から、華やかなミュージカル演出まで。IMAGICAエンタテインメントメディアサービスが実践する、作品の魅力に寄与するVFXワークに迫る。

記事の目次
    Netflix映画『This is I』
    Netflixにて世界独占配信中
    監督:松本優作/脚本:山浦雅大/撮影:榊原直記/美術:我妻弘之/照明:柴田雄大/編集:宮島竜治/VFXプロデューサー:長井由実
    制作プロダクション:TOHOスタジオ/製作:Netflix
    www.netflix.com/thisisi

    「画的にどうあるべきか」、VFXチームからも積極的に提案する

    Netflix映画『This is I』は、タレント・はるな愛と、彼女の性別適合手術を担当した医師 和田耕治との交流に着想を得たヒューマン・ミュージカル・ドラマだ。映画『Winny』で知られる松本優作監督が、80年代からY2Kを彩ったヒット曲とはるな愛の真骨頂「口パクものまね」をシネマティックに昇華したエアミュージカルが作品の魅力につながっている。

    そんな本作のVFXメインベンダーを務めたのが、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)だ。Netflix『イクサガミ』にも参加した長井由実VFXプロデューサーを中心とするチームが、約340のVFXショットを担当した。

    ▲ 左から、リードコンポジター 末永大志氏、コンポジティングスーパーバイザー菅原ふみ氏、CGスーパーバイザー 野田伸太郎氏(フリーランス)、VFXプロデューサー 長井由実氏、プロダクションマネージャー 松田萌友氏、マネージャー 佐々木 理氏。以上、Imagica EMS
    www.imagica-ems.co.jp

    制作は2025年1月に始動し、3月から5月の撮影を経て8月から11月にかけてポストプロダクションが行われた。

    「松本監督のABEMA『透明なわたしたち』(2024)にて、渋谷の景観VFXを担当させていただいたご縁で本作も担当しました。メイン舞台となる大阪・戎橋周辺の約15年にわたる景観の変遷を再現する一方、華やかなミュージカルシーンも登場するなど、シーンごとに異なる画づくりが求められました。『画的にどうあるべきか』を念頭に、VFXチームからも積極的に提案させていただきました」(長井氏)。

    長井氏はVFXプロデューサーとして全体を統括しながら、撮影現場への立ち会いなどVFXスーパーバイザー的な役回りも兼務した。VFXチームの提案が光る好例が、主人公アイ(望月春希)が師匠的存在のアキ(中村 中)と出会うシーンだ。

    「アキに魅了されるアイの心情を演出しようと、Nukeのパーティクル機能で作成したキラキラした表現を画面に込めることを提案したところ喜んでいただけました」(菅原ふみコンポジティングスーパーバイザー)。

    序盤の商店街ダンスシーンでは演者とCG素材が複雑に絡むため高度なコンポジットワークが求められるなど高難度のVFXが多く、最終納品は当初予定より1ヶ月延びたという。そうした手間暇をかけたVFXが本作の魅力に寄与していることはまちがいない。

    <1>戎橋の景観を、それぞれの時代に合わせて再現

    3DCGとマットペイントを精緻に組み合わせる

    本作は、1980年代から2000年代初頭にかけての約30年間にわたって物語が展開する。主な舞台は大阪で、なかでも道頓堀川に架かる戎橋は、1988年と1994年という物語の重要な転換点を象徴する場所として登場する。

    「役者さんの撮影は、東宝スタジオに戎橋の中央部セットを組んでグリーンバックで行いました。スタジオセットの戎橋は、全体の約3分の1にあたる中央部のみだったので、両端は3DCGによるセットエクステンションで補う必要がありました」(長井氏)。

    本作の3DCGワークをリードしたのは、野田伸太郎CGスーパーバイザー。灯篭、地面、道頓堀川の水面といった橋の足元まわりは3Dで丁寧につくり込まれた。一方、周辺の景観はシンプルな3Dジオメトリを骨格として組み、そこにマットペイントを貼り込む2.5Dのアプローチを採用。これは『透明なわたしたち』と同様の手法で、コスト効率を保ちながら高いクオリティを維持できるのが利点だという。

    「3Dとマットペイントをどこでどのように分担するかはショット単位で精緻に設計しました。マットペイントの利点を引き出しつつ、カット間で質感にばらつきが出ないよう細心の注意を払いました」(野田氏)。

    景観制作の最大の難所は年代考証の徹底だった。戎橋は過去に幾度も改築されており、例えば現在の構造にある川へ下りる半地下状のスペースは、劇中の1988年、1994年時点には存在しない。写真資料では必要な形状が十分に写り込んでいなかったり、周辺の建物も時代ごとに様相が異なるため、どうしても推定や想像で補わざるを得ない箇所があったという。

    「資料として最も参考になったのが、リドリー・スコット監督作品『ブラック・レイン』(1989)に登場する戎橋周辺の街並みでした。公開年代が近いので、当時の戎橋の様子が自然なかたちでフレームに収まっていたんです。看板の形状や橋のディテールなど、ほかの資料では確認できなかった部分の裏付けが取れました」(野田氏)。

    マットペイントの元素材となる現地写真は、Imagica EMS大阪チームの毛利 誠PMが、マットペイント作業をリードしたCHICAの渡川豊也氏から構図やアングルの要望を聞いた上で複数の時間帯にわたって撮影。細かな袖看板や突き出し看板のテクスチャ素材については美術部に協力を仰いだという。

    「1988年の戎橋にはダンスシーンもあるので、ミュージカル的な華やかさを演出しようと、PhoenixFDによる流体シミュレーションで川から噴水が派手に噴き出すエフェクトをわれわれの発案でつくったりもしました。自分たちも楽しみながら作業することができました(笑)」(野田氏)。

    マットペインティング用リファレンス写真の撮影

    ▲ マットペインティング用リファレンス写真の一部。事前に撮影する方向を決め、人通りの少なくなる深夜~早朝にかけて素材撮影を実施。これらのスチールを基に年代別のマット画が作成された
    ▲ 時間帯ごとに撮影した方向のメモ。各時間帯で300枚以上が撮影された

    背景セット&ブレイクダウン

    ▲ 戎橋周辺の背景セットの例。図・中央が戎橋
    ▲ 3ds Maxで作成したプリビズ

    ▲ プリビズに基づいて撮影された実写プレートに背景を仮合成したレイアウト  

    ▲ カメラマップ用のUV展開作業を図解したもの。テスト撮影した写真を、CGカメラからビルのボックスジオメトリに投影して検証。「レンズのミリ数、チルト角度、高さの順でデータがほしい」という撮影者へのコメントが確認できる
    ▲ 本番用の写真をカメラマップした完成形

    <2>ミュージカルの華やかさに寄与するVFX

    400人のエキストラとデジタルモブが彩るダンスシーン

    最初の見せ場となるのが、冗談酒場のショーで着るワンピースを初めて身にまとったアイが商店街から戎橋へとくり出すミュージカル調のダンスシーンだ。山下久美子のヒット曲『赤道小町ドキッ』に合わせて大勢が踊る本シーンは前半の商店街パートと後半の戎橋パートで構成されており、それぞれ異なるVFXアプローチが採られた。

    商店街パートは実際の商店街でのロケ撮影で、群舞の人々はエキストラを400名動員して撮影された。

    「商店街パートでは、お店の看板などのCG素材を合成しつつ、途中に登場する垂れ幕と紙吹雪のエフェクト表現が主な作業になりました。特にエフェクトは激しく踊る演者たちと複雑に被り合うため、膨大なロトスコープやバレ消し作業が求められました」(長井氏)。

    コンポジットではシーンのつながりの整合性を保つための作業も発生した。

    「ワイヤー処理を最小限に抑えるため、前後でカットを分けてダンサーをシャッターにしてつなぐ構成でしたが、ダンサーを別撮りしたこともあり、前半に映っていないダンサーが突然出現する違和感が生まれてしまいました(苦笑)。そこでそのダンサーを切り出し、コンポジットで徐々にフレームインするよう位置を調整することで、1カットとして自然に見えるよう仕上げました」(末永大志リードコンポジター)。

    戎橋パートの実写撮影ではムービングライトによる照明演出も含まれていたため、CGの橋とスタジオセットの橋の継ぎ目における色味の馴染ませには細かい調整が求められた。

    「戎橋パートでは、画面奥で踊る人たちをデジタルで制作しました。ニエイチさんに作成していただいたダンスモーション(※モーションキャプチャ収録は、IMAGICA GEEQがニンテンドーピクチャーズで実施)を、Unreal EngineのMetaHumanで制作したデジタルモブに流し込むかたちで仕上げました」(野田氏)。なおデジタルモブの衣装は、スタイリストが用意した1990年代の衣装をトルソーに着せて撮影した写真をベースに制作されている。

    また本作では、Imagica EMSのVFXチームとして初めてマッチムーブ作業に3DEqualizerを導入したという。

    「以前から精度が良いと聞いていたので、今回使ってみました。3D要素が介在しないショットでも、カメラの動きをデータ化した方が何かと便利なことが多いので、積極的に活用しました。ラストシーンで大量の花を合成する際のマッチムーブにも3DEqualizer を利用しています」(菅原氏)。

    前半パート〜商店街〜

    ▲ 商店街パートのプリビズ。ロケハン時に撮った映像と資料を基に作成  

    ▲ 後半の最も演者が多く映る箇所は3Dレイアウトを作成して必要なエキストラの人数(400名)が算出された
    ▲【STEP 1】商店街パートのブレイクダウン。図は、実写プレート
    ▲【STEP 2】垂れ幕などのCG素材を合成
    ▲【STEP 3】コンポジットワークとしての完成形(グレーディング前)

    後半パート〜戎橋〜

    ▲ 戎橋スタジオセットの3Dスキャンデータ。スキャニングは、是松直樹氏(CGSLAB)が担当した
    ▲ 戎橋パートのマッチムーブ作業例
    ▲ レイアウト作業の例。実写プレートを基に、グリコビルの見え方を確認
    ▲ ニエイチが担当した、デジタルモブのアニメーション作業の例。IMAGICA GEEQで収録したモーションキャプチャデータをベースに作成
    ▲ Clothシミュレーションの検証動画
    ▲ 背景セットのライティング作業例
    ▲ 川から吹き上がる噴水エフェクトは、PhoenixFDで作成された
    ▲【STEP 1】戎橋パートのブレイクダウン。図は、実写プレート
    ▲【STEP 2】3Dで作成した背景素材(手前)
    ▲【STEP 3】3Dで作成した戎橋と奧の背景を合成
    ▲【STEP 4】デジタルモブと噴水エフェクトを合成
    ▲【STEP 5】実写プレートを合成
    ▲【STEP 6】アイが手に持つCGバルーンを合成したコンポジットとしての完成形(グレーディング前)

    <3>早着替えシーン&クライマックスの手術シーン

    フレーム単位の精度で挑んだ、早着替えとトラベリングショット

    中盤の見せ場となるのが、プリンセスプリンセスの『Diamonds』が流れる中、アイが冗談酒場のバックヤードから衣裳部屋を抜けて舞台へと飛び出すシーンだ。このシーンでは4段階の早着替えが披露される。

    「私がこの作品で一番好きなシーンです。松本監督が「人魚姫」をモチーフに美術や照明などの演出をされていたので、『人魚姫が海から陸に上がるようなイメージ』を提案し、紙吹雪やテープのエフェクトに水中のような印象を込めました。音響との相乗効果で幻想的なシーンに仕上がったと思います」(長井氏)。

    技法としては、各段階の衣装とメイクで撮影した実写素材をつなぎ合わせ、一連のながれに見えるようCG・VFXワークを施すというもの。

    「その際、『切り替わりのタイミングを黒でシャッターしない』というルールを設けました。衣装や美術に合わせてCGで制作した薄い布や紙吹雪が、アイの動きの中で自然なかたちで生まれるよう細かく調整しました」(長井氏)。

    切り替えのタイミングはフレーム単位での調整が必要なため、長井氏は撮影時からアイを演じた望月氏に腕の位置や回転のタイミングを細かくリクエストしたという。さらに撮影データをiPadでImagica EMSの菅原氏にリアルタイム転送して仮合成確認を行うという万全の体制も組まれた。

    「ちょうど昼休みに重なりましたが、いつデータが届くかわからなかったので、Nukeマシンの前に張り付いていました(笑)。その甲斐あって、安心して本制作に臨むことができました」(菅原氏)。

    後半の見せ場となったのが、アイが性転換手術を受けるシーンだ。オペ室からシームレスに主人公の深い心象世界へとつながるトラベリングショットで、尺は3,700フレーム(2分34秒)にも及ぶ。黒バックの空間に過去の劇中シーンを再現した映像が次々と浮かんでは消えていくという演出を成立させるために、モーションコントロールカメラロボット「BOLT」が導入された。

    「松本監督は当初からこの表現にこだわっていました。撮影監督の榊原直記さんがBOLTの操演スタッフと一緒にプリビズをつくってくださったので、VFXチームはそちらに合わせて画づくりを進めていきました」(長井氏)。

    撮影時に長井氏が現場で仮コンポジットを行い、意図した演出がなされているかなどを含め、細かいタイミング確認を現場で行なったそうだ。

    「当初のプランでは心象風景で終わる構成でしたが、ポスプロ工程で心象風景からオペ室に戻ってくる構成に改められました。そこで実写プレートを加工してモーションコントロールカメラの動きに合わせ、オペ室をNukeで制作しました」(菅原氏)。

    冗談酒場の早着替えシーン

    ▲ 美術部が作成した早着替えシーンのスタジオ図面

    ▲ 早着替えシーン、第1段階から第2段階への変身途中のBefore/After。一連の3DCGワークはニエイチが、コンポジットワークは菅原氏が担当した  

    ▲ 同第2段階から第3段階への変身途中のBefore/After  

    性転換手術シーンの心象風景〜トラベリングショット〜

    ▲ BOLTによるモーション制御で撮影した映像とCGカメラワークの同期をテストしたムービー
    ▲ BOLTを用いた撮影模様
    ▲【STEP 1】心象風景のブレイクダウン(その1)アイの実写プレート
    ▲【STEP 2】Houdiniで作成したスモークFX
    ▲【STEP 3】画面奥の別テイク。劇中シーンを再現
    ▲【STEP 4】【STEP 3】の実写プレートにコンポジットワークを施した状態
    ▲【STEP 5】【STEP 4】に対してCGで作成したスポットライトを合成した状態
    ▲【STEP 6】中景用の別テイク
    ▲【STEP 7】【STEP 6】の実写プレートをコンポジットワーク用に処理した状態
    ▲【STEP 8】一連のコンポジットワークが施された完成形(グレーディング前)
    ▲【STEP 1】心象風景のブレイクダウン(その2)アイの実写プレート
    ▲【STEP 2】Houdiniで作成したスモークFX
    ▲【STEP 3】画面奥の別テイク。劇中シーンを再現
    ▲【STEP 4】【STEP 3】の実写プレートにコンポジットワークを施した状態
    ▲【STEP 5】【STEP 4】に対してCGで作成したスポットライトを合成した状態
    ▲【STEP 6】一連のコンポジットワークが施された完成形(グレーディング前)

    INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito