本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。第15回では、コンピュータアニメーションやモーションデータの生成と解析、AIに基づく画像メディアの生成を専門とし、豊橋技術科学大学の教授とサイバーエージェント AI Lab(以下、AI Lab)の研究者という2つの立場で活動する栗山 繁先生と、AI Labで研究者の採用や組織づくり、産学連携を担う大沢朋子氏を取材。
大学と企業の双方に籍を置くクロスアポイントメント制度を活用した働き方から、AI Labの研究開発体制、研究成果を制作現場や事業につなぐリサーチエンジニアの役割まで、産学連携の実践を通して研究とエンジニアリングの接点を探る。さらに、生成AIの急速な普及によって変わる研究・教育のあり方と、これからの研究者や学生に求められる力について、前後編にわたって掘り下げる。
CG研究と組織づくり、それぞれの立場から
栗山 繁先生(以下、栗山):豊橋技術科学大学の栗山です。大阪大学で電子工学を学び、大学院を修了した後、1988年に日本IBMの東京基礎研究所に入りました。その後、広島市立大学を経て、1998年から豊橋技術科学大学に在籍しています。専門はコンピュータアニメーションです。モーションキャプチャのデータを機械学習で解析したり、そのデータを基に動きを生成したりする研究を続けてきました。2021年からはクロスアポイントメント制度を利用してサイバーエージェントのAI Labにも籍を置き、デジタルヒューマンの動作生成などに取り組んでいます。今年の4月からは、沖縄工業高等専門学校のメディア情報工学科でも教えています。
※クロスアポイントメント制度
大学・研究機関・企業など、複数の組織に籍を置き、それぞれで定めた従事割合に応じて業務を行う制度。所属元に籍を残したまま別の組織でも職務にあたり、給与などの人件費は各組織が従事割合に応じて負担する。
大沢朋子氏(以下、大沢):サイバーエージェントのAI事業本部 R&D連携ユニットで、AI LabのHRを務めている大沢です。以前は金融や医療分野で営業や企画などを担当しており、ITとは異なる業界で働いていました。その後サイバーエージェントへ入社し、AI Lab グラフィックス領域の立ち上げ期に研究者採用を担当することになったのですが、当初は専門知識がなく、研究者に話を聞いたり、論文を読んだりしながら経験を積んできました。AI Labの人事に携わって7〜8年ほどになります。現在はコンピュータビジョンの領域も含め、採用やAI Lab全体の組織づくり、栗山先生との取り組みをはじめとする産学連携などを担当しています。
大学では西洋史を専攻しており、理系とは縁のない学生時代だったんです。当時の経験が役立っているとすれば、英語の文献を多少読めることくらいでしょうか。論文も英語としては読めるのですが、専門的な内容まで理解できるわけではありませんでした。CGについても、最初はCG-ARTSの入門書籍を読んだり、社内の研究者に質問したりするところから始めました。学会や研究会にも参加したりしながら、少しずつ学んできました。
研究組織を企業の財産に。AI Labの成り立ち
大沢:AI Labは、デジタルマーケティング領域の研究開発を主な目的として、2016年に設立されました。当時は広告業界で専門の研究組織をもつ企業は少なく、研究者を中心とした組織をつくることが企業の財産になるのではないかという考えから、担当役員が中心となって立ち上げました。
当初は、当社の祖業であるインターネット広告事業に関わる研究が中心でした。ユーザーにとって適切な広告を届けながら、広告主にとっても配信の効果や効率を高めるにはどうすればよいか、という課題に取り組んでいました。
設立時の研究者の人数は一桁でしたが、その後、研究領域は徐々に広がっていきました。小売業界でロボットを使って接客する研究や、経済学の知見を活用してクーポンを効果的に配信する研究などにも取り組むようになり、現在は100名を超える組織になっています。
栗山先生が所属しているのは、コンテンツ制作に関わる「クリエイティブ領域」の中で、CGを活用した研究開発を行うチームです。現在はコンピュータビジョンにも研究の幅を広げ、チーム全体で20名ほどが所属しています。
栗山:現在の正式なチーム名は「3D Vision & Graphics」です。大まかには、3次元コンテンツを扱うチームという位置づけですね。私が加わった頃は、確か3名でした。当時と比べると、組織の規模は大きく変わりました。
社員として研究に関わる、クロスアポイントメントを選んだ理由
大沢:私がCG領域を担当し始めた2019年頃は、広告でデジタルヒューマンを活用しようという動きが進んでいた時期でした。AI Labは設立当初から、社内外の研究者が互いの知見をもち寄ることで研究の幅が大きく広がると考えて、大学や研究機関との産学連携を積極的に進めていました。ただ、当時の共同研究では、あらかじめ決めたテーマに沿って取り組み、毎月の定例会議などでやり取りすることが多かったんです。そこで日常的に相談できる関係を築き、スピード感をもって研究を進めるために、クロスアポイントメント制度を利用して、社外の研究者にも社員として加わっていただこうと考えました。
ちょうどデジタルヒューマンのモーション生成に力を入れていたことから、この分野の専門家である栗山先生にお声がけたところ、とても気さくに「話を聞きたい」と言ってくださって、ひと安心しました。そこからは、とんとん拍子に話が進みましたね。豊橋技術科学大学の事務の方々が制度に慣れていて、前向きに手続きを進めてくださったことも大きかったです。制度の活用には様々な手続きや調整が伴いますが、今回はお話ししてから数ヶ月で始めることができました。
栗山:取り組みの最初の1〜2年は、サイバーエージェントの組織の文化や雰囲気などを直に知る目的もあって、イベントなどに合わせて足を運んでいました。豊橋技術科学大学は愛知県にありますし、今はオンラインで対応できることも多いので、必要に応じて訪問するかたちにしています。ただ、メンバーも増えてきたので、対面で話す機会も定期的にもちたいと思っています。
大学の後押しと、週1日・20%という働き方
栗山:豊橋技術科学大学はその創設時から、産学連携を強く推進している大学なので、企業とのクロスアポイントメント実績も既にあり、制度を活用するための土台は整っていました。私自身も、それ以前に別のクロスアポイントメントの話をもちかけられたことがあり、そのときに利点や課題、リスクなどに関して大学から助言を受けていました。手続きの進め方をある程度把握していたことも、円滑に話が進んだ理由だと思います。
大沢:現在は、若手研究者を育成する「BOOST」という制度もあり、サイバーエージェントは企業側の受け入れ機関になっています。当社では産学連携や業界への貢献を大切にしているので、AI LabでもBOOSTに限らず、様々な連携のかたちを模索しています。クロスアポイントメント制度で参加してくださっている方は、現在6名です。
栗山:クロスアポイントメントには、大学にも貢献できるという利点があります。企業で働く割合に応じて、企業側が給与を負担するため、その分、大学の負担を減らせるんです。大学の予算が厳しい中、教員が学外で活躍しながら大学の負担軽減にもつながる点は、前向きに受け取られるようになっています。豊橋技術科学大学でも、トップが積極的に制度の活用を後押ししています。
私の場合、サイバーエージェントでの従事割合は20%です。厳密な根拠があったわけではありませんが、大学での仕事を考えると、50%以上を企業の業務に充てるのは現実的ではないと思っていました。ただ、引き受ける以上はその割合に見合う時間と労力をきちんと確保しなければなりません。そうしたことを考え、現在は週1日相当の20%として、その時間はAI Labでの研究に充てています。
研究テーマを越えて関わる。自律性を尊重する文化と制度の活かし方
大沢:栗山先生には、従事割合の枠に留まらず、幅広く貢献していただいていると感じます。チームのメンバーからも、先生が加わったことの意義は大きいと聞いています。長年研究を続けてこられた先生から、自分たちとは異なる視点で助言をいただくことで、研究の幅が広がり、新たな気づきも生まれています。
栗山:自分ではあまり実感がないのですが、そう言っていただけるのは嬉しいですね。共同研究では、どうしても決められたテーマに話が限られがちです。一方、クロスアポイントメントで組織に加わると、もっと幅広い話を聞き、それに対して助言できます。様々なことを気兼ねなく話し合える関係を築けるのが、大きな利点かもしれません。最初にお話をいただいたときは、デジタルヒューマンに関するコンサルタントのような役割や、成果物を評価する仕事を想像していました。実際、当初はそうした仕事から始まりましたが、変化の速い企業なので、役割も固定されているわけではありません。
そこで感じたのが、サイバーエージェントは自律性を大切にする企業だということです。自分から動く姿勢が尊重されていて、私も影響を受けました。興味のある取り組みに「参加してみたい」と手を挙げたり、他の事業部が助言を求めていると聞けば、「話を聞かせてください」と自分から声をかけたりするようになりました。実は以前に、カーネギーメロン大学の金出武雄教授にお誘いいただき、産業技術総合研究所のデジタルヒューマン研究センターで兼務していた時期もありました。自由闊達な雰囲気には共通するものがありましたが、公的な研究機関と企業では果たす役割が異なることもあり、動き方にもそれぞれ特徴があります。AI Labでは、特にこうした身軽で自発的な動き方がしやすいと感じています。
最初の数ヶ月を過ぎてからは、皆さんと相談しながら、自分にとっても企業にとってもよい関わり方を探してきたという感じですね。組織も柔軟に変わりますし、「今のタイミングなら、こうした方がいい」という判断が本当に速いんです。通常なら2〜3年かけて検討するようなことでも、すぐに動き出す。その変化にメンバーが対応していることにも感心します。
大沢:栗山先生のバイタリティーが、当社の文化にとても合っているのだと思います。企業と大学ではスピード感が異なり、戸惑う場面もあるはずですが、先生はそのちがいを受け止めて柔軟に動いてくださります。
栗山:この分野では、企業に入ると動きの速さを実感しますし、情報もいち早く入ってきます。大学の中だけにいては得られない情報に触れられるので、研究者として大いに刺激を受けます。社会や技術の変化を捉えるという点でも、私にとっては有意義な制度ですね。ただし、クロスアポイントメントであれば必ず上手くいく、というわけではありません。結局は、制度をどう運用するかが重要です。
どの企業とクロスアポイントメントを行うか、従事割合を何%にするかといった条件は大学が判断しますが、具体的な働き方はかなり企業側に任されています。柔軟に働ける一方で、教員と企業が、互いに期待する役割や具体的な連携の進め方について認識を共有していなければ、よい結果にはつながらないと思います。
企業側には受け入れの準備が必要ですし、教員側にも、共同研究とは異なるかたちで大学の外の組織に関わる姿勢が求められます。私の場合は今のところ上手くいっていると思いますが、誰にでも同じことが当てはまるとは限りません。制度を活かすには、双方が関わり方をすり合わせていくことが大切だと思います。
▲サイバーエージェント AI Labで研究開発に従事するメンバーの様子
論文と事業への貢献。研究者が選ぶ成果のかたち
栗山:現在のAI Labは、自由度の高い研究組織だと感じています。例えば、論文を重視する人は論文で、エンジニアリングを重視する人はその分野で成果を出せば評価されます。どちらに力を入れるかは、基本的に自分で選べるんですね。研究者本人の意思で選ぶことが、組織の中でも大切にされている点が印象的です。組織や研究活動における立場によって、役割分担が自然に決まることもありますが、その役割が本人の意向に沿っていなければ、研究者がもつ力を十分に発揮するのは難しいですよね。
もちろん、自由には責任も伴います。自分で選んだ以上、その方向性で成果を出すことが求められます。ただ、評価がどの程度厳しいのかは、私は実際に査定を受ける立場ではないので、社員の方に聞かなければわかりません。個人的には、自分の伸ばしたい専門性を追求できるのはよいことだと思います。
参加する前は、私自身が制作チームと密に話し合いながら仕事を進めるのだろうと考えていました。ところが実際には、研究と制作現場を橋渡しする優秀な方々がいるんです。従事割合が20%の私が必要以上に口を出しても、かえって現場の妨げになりかねません。そのため、現場だけでは解決できない課題や、最先端の技術を評価してほしいという相談がAI Labに届いたときに協力しています。現在は、その役割分担で上手く進められていると思います。
大沢:事業部にも多くのエンジニアがいますし、技術への理解が深いビジネス担当者が間に入ることもあります。AI Labのメンバーが研究に取り組みやすいよう、事業部と連携する体制を整えています。研究実績が蓄積されるにつれ、その成果を事業部のサービスに応用しようという、職種を越えた連携も増えてきました。社会実装につながった事例は、現在150件以上あります。
栗山:AI Labには、リサーチサイエンティストとリサーチエンジニアがいます。私の所属するグループを見る限り、両者の研究者としての能力に差があるわけではありません。以前は、リサーチエンジニアというと、主に大学の技官のように実装や技術面で研究を支える役割をイメージしていました。しかし実際には、トップレベルの国際会議に論文を発表できる人たちが揃っています。論文を書くことよりも、事業に貢献する研究に力を入れたいという、志向のちがいなんですね。私自身、リサーチエンジニアに対する見方が変わりました。
リサーチエンジニアは、事業部から技術開発の相談を積極的に受けています。その課題を解決すること自体が、トップレベルの国際会議で発表できる研究につながる場合もあります。つまり、事業への貢献と研究成果の両方を目指せるわけです。裏を返せば、AI Labに届くのは、それほど難しい課題だともいえます。それ以外は事業部で解決できてしまうので、事業部の技術力も高いんですね。
大沢:AI Labには、リサーチサイエンティストとリサーチエンジニアに加え、データサイエンティストという職種もあります。リサーチエンジニアは、研究論文を理解する力とエンジニアリングの力を兼ね備えています。その両方を活かし、事業部のエンジニアと連携しながら研究と事業をつないだり、プロトタイプをつくったりしています。博士号をもつ人は、現時点で全体の約7割です。採用時には本人の希望を聞き、どの職種であればより成長できるか、どのようなキャリアを築いていきたいかを一緒に考えながら、職種を決めています。
▲チーム合宿で意見を交わす栗山氏とメンバー
生成AIを使いこなす技術と、成果を見極める力
CGWORLD(以下、CGW):AIや大規模言語モデル(LLM)をめぐる環境が急速に変化しています。AI Labの研究や組織のあり方も、今後変わっていくのでしょうか。
栗山:私は組織の戦略を立てる立場ではなく、そうした会議にも参加していないので、AI Labとしての方針についてはお答えできません。あくまで個人的な意見ですが、アメリカや中国には、トップレベルの国際会議で数多くの論文を発表し、オープンソースで技術を公開している巨大企業があります。そうした企業とどう差別化し、独自の成果を生み出すかという戦略は、非常に重要だと思います。皆さん様々に検討されていると思いますが、私からお話しできるのはここまでですね。
大沢:私たちは、研究を研究だけで終わらせず、事業成果につなげると共に、社会にも還元したいと考えています。そのためにも、研究成果の社会実装に力を入れています。
CGW: 企業の研究では機密情報も扱いますが、外部のAIサービスはどのように活用しているのでしょうか。
栗山:必要に応じて契約を結び、機密情報が守られることを前提に利用しています。他の企業も同様だと思いますが、利用に消極的というわけではなく、積極的に活用していく方針です。ただし、全てをAIに任せてよいかというと、そこは慎重に考える必要があります。社会的な理解が十分に広がっているとは言えず、受け止め方も様々です。サイバーエージェントに限らず、AIをどのように位置づけるかについては、今はまだ過渡期だと思います。
少し話は広がりますが、人がコンテンツに感動するのは、見た目の美しさだけではありません。つくり手がどれだけ手間や工夫を重ねたかという点にも、心を動かされるのではないでしょうか。そうした過程を飛ばして簡単に出力されたように見えるものには、関心や感動が生まれにくいのだと思います。
CGも以前は、アニメーターが手で描いていたものを、コンピュータなら簡単につくれると見られていた時期がありました。しかし実際には、CGによる制作にも膨大な時間と熟練した技術が必要です。そのことが知られるにつれ、CG映像に対する違和感や抵抗感も薄れ、徐々に受け入れられるようになったのではないかと思います。
生成AIでも、同じようなことが起こるかもしれません。高度に使いこなすために多くの工夫や労力が必要で、その技術がすごいのだと伝われば、受け入れられるようになるのではないかと思います。単に言葉を入力して動画を出しただけだと見られているうちは、難しいでしょう。使い手の意識や技術が変わることで、生成AIから新しい文化や美意識、価値観が生まれるのではないかと期待しています。
大沢:サイバーエージェントには、AIを積極的に活用していこうという文化があります。全社で実施している「AI番付」という取り組みでは、社内での活用事例を蓄積し、競い合いながら、AIを使いこなす力を可視化して底上げしています。AI Labも参加していて、どう使えばよりよい成果につながるかを、楽しみながら探っています。AI Labでも、AIエージェントはかなり活用されています。ただ、出力されたものの良し悪しを判断するのは人間だと考えています。その判断力をどれだけ磨けるかによって、成果の質にも差が出ると思います。AIエージェントをチームメンバーのように動かしている人もいて、使い方は実に様々ですね。
痴山紘史
日本CGサービス(JCGS) 代表
大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。
TEXT & PHOTO_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)