モーションキャプチャを活用した映像コンテンツの制作、およびOptiTrackの日本正規代理店として知られる株式会社スパイス。今回、これまでのノウハウを活かして漫画のネーム制作にモーションキャプチャを利用するシステムを開発したとのこと。業界でも珍しい「漫画×モーションキャプチャ」の事例を紹介したい。
モーションキャプチャシステム「OptiTrack」を漫画のネーム制作に活用
2021年1月、モーションキャプチャシステム「OptiTrack」の日本総代理店を務める株式会社スパイスのもとに漫画原作者の秋(シュウ)氏から一通のメールが届いた。モーションキャプチャは多くのゲームやアニメの案件で活用されている技術だが、同社ではそれまで漫画に対して直接的に携わったことはなかった。山田 翔氏は「静止画の漫画、しかも原作者がモーションキャプチャとは……、と最初はかなり驚きました」と当時をふり返る。
秋(しゅう)
小説家、および漫画原作者。2021年4月「アフタヌーン」と「週刊少年マガジン」が共同で開催する「第5回漫画脚本大賞」にて、『魔法史に載らない偉人』で大賞を受賞。2022年4月より、週刊少年マガジン公式アプリ「マガジンポケット(マガポケ)」にて、『魔法史に載らない偉人 ~無益な研究だと魔法省を解雇されたため、新魔法の権利は独占だった~』(作画:外ノ)の漫画連載がスタート。
秋氏はWeb小説投稿サイト「小説家になろう」に掲載していた『魔法史に載らない偉人 ~無益な研究だと魔法省を解雇されたため、新魔法の権利は独占だった~』が、講談社「第5回漫画脚本大賞」の大賞を受賞。2022年4月より講談社週刊少年マガジン公式アプリ「マガジンポケット(マガポケ)」で漫画を連載している(作画:外ノ)。現在の漫画制作において、原作者は脚本づくりだけでなく、ネームまで手掛けることが一般的だという。だが、秋氏は根っからのテキスト畑のクリエイターであるため、絵を描くのを苦手としていた。それまでもフィギュアやデッサン人形を使ってネーム制作を試みたことはあったが、作画サイドに伝えられる情報量について物足りなさを覚えていた。そんなある日、モーションキャプチャ撮影の様子を動画で見たときに、「モーションキャプチャでネーム制作をすれば上手く行くのではないか?」 と気づき、その動画のシステムがOptiTrackであることからスパイスに相談を持ちかけたという。
「ネーム制作中には自分で何度も手直しを加えるので、手元だけで回したり動かしたりと、3DCGキャラクターは非常に便利な存在でした」と語る秋氏。オファーを受け、スパイスの執行役員で第4制作室の室長の喜藤健介氏はリアルタイムのコンテンツでノウハウが固まっているVTuberのシステムを応用し、Unityを使用することを提案。スパイスでは自社でモーションキャプチャスタジオも所有しているが、地方在住の秋氏は自身の仕事場にシステムを構築することにした。CGモデル制作・システム担当・機材担当の4人チームで担当し、コンサルティングからCGモデルの制作まで一気通貫で開発を行なったことは秋氏にとっても心強く、「CG初心者の私に対してシステム構築から運用方法まで、とても丁寧な説明をして下さいました。1社で構築していただいたおかげで安心感があり、当初求めていた100%の満足度を得られました」と、太鼓判を押す。山田氏も「漫画制作全体を10とすれば、原作者として0から1をつくり出す秋さんをサポートすることによって、漫画制作の2から3にかけてのポジションを担った経験は、弊社としても新たなソリューションの提供になりました。まだ小さなアップデートが続いてるので、秋さんからのフィードバックを受け取りさらに使いやすいものにしていきたいです」と話す。今回はその漫画ネーム制作向けのモーションキャプチャシステムについて紹介したい。
実際のネーム制作のながれ
モーションキャプチャで漫画のネームを制作するという類例のない試み。「まずはCG初心者の秋さんにとって使いやすいよう、なるべく簡略化したシステムを目指して仕様を固めました」と山田氏。秋氏の仕事場の一角にある6平方メートルの場所に機材を設置し、秋氏がネーム内容に合わせてポーズを取ったものを自身でキャプチャする。1話あたりの撮影時間は3〜4時間ほどだという。「私1人で撮影することをお伝えしたところ、1ボタンでキャプチャ開始できるような使いやすいシステムを組んでいただけました」(秋氏)。漫画のコマにはキャラクターが複数人登場することもあり、その際には先に撮影したモデルをオフライン再生し、画面上で並ぶように次のキャラクターを撮影していく。「たとえば握手のシーンなどは片方ずつ撮影するとどうしてもズレてしまいますので、同時に映せると非常に便利です」(秋氏)。
オーダーをしたキャラクターモデルは男性・女性・子ども・モブキャラの4体。あくまでネームなのでモデルとしては記号的であるほうが望ましかった。画像のイメージを遣り取りし、男性キャラを固めてからその他のキャラクターを制作。なお、モブはゴーレム、スケルトン、鎧騎士といった人型モンスターにも使われるという。撮影後はCLIP STUDIO PAINTにデータを移し、コマ割りをした後にセリフを入れるとネームは完成する。秋氏は「作画の外ノさんに見ていただいたところ『自分よりネームが上手いです』と褒めていただき、この方法でネーム制作をしても漫画家さんに伝わるのだなと安心しました。近年は漫画の作画でも構図を取るときに3DCGを使用するケースがありますので、ネーム以外にも応用が効くかもしれません」と語る。絵が得意ではない原作者でも「OptiTrack」によってネーム制作ができる体制が整うことで、漫画制作者の裾野は広がる。結果的に今後はさらなるバラエティ豊かな漫画が登場するかもしれない。
モーションキャプチャ画面
小物の切り替えや表情付け
高い技術力が支える今までにない分野での3DCGの有効性
取材の最後、喜藤氏は「弊社ではOptiTrackの機材販売からスタジオ運営までを行なっており、最新のものから選択肢を幅広く選んでいただけます。3DCGについてもゲーム制作事業ではUnityだけでなくUnreal Engineも使用しており、オールマイティに扱える体制を整えております。バーチャルヒューマンも研究しておりますので、リアルタイム系がますます広がる中、それだけでは表現しきれないハイエンドなクオリティの部分をハイブリッドに組み上げていくことが可能です。研究レベルのものを実用レベルに開拓し、ユーザーのニーズに応えられるよう今後も展開してまいります」と、展望を語ってくれた。漫画のネーム制作にモーションキャプチャを活用するという非常に斬新な事例である本件。コンテンツ制作における3DCGの新たな可能性が感じられる事例と言えるだろう。
株式会社スパイス
Mayaをメインとした制作環境、モーションキャプチャを使用したキャラクターアニメーションからコンポジット、リアルタイム描画までを得意とした制作体制を整える。モーションキャプチャOptiTrack製品の日本総代理店を務めており、キャプチャスタジオも保有している
TEL:03-5549-6157
HP:spice-group.jp
OptiTrack製品:www.mocap.jp
TEXT_日詰明嘉
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)