NVIDIA Omniverseが切り拓く小売業界向けコンフィギュレータ「Product Configurator」の実力
OpenUSDとRTXレンダリング技術により多業界から注目を集める新プラットフォーム「NVIDIA Omniverse」(以下、Omniverse)が新たに、製造業を中心に用いられる製品構成作成ツールであるコンフィギュレータを搭載。小売業界にも裾野を広げることを狙い、エクステンション「Omniverse Product Configurator」(以下、Product Configurator)として広くユーザーに提供されている。
今回、このProduct Configuratorの実力に迫るのは、クリエイティブスタジオGiFTでプロデューサー/CGディレクターを務める高橋和也氏。OmniverseとUSDに熟達した高橋氏が、事例ベースでその実力を評価した。
映像表現から製造業まで広くカバーするOmniverse
高橋氏はポストプロダクションのCG部門にて、CMやMVなど映像制作の現場でCGディレクターなどを多数担当してきた人物。2010年頃から常に「レンダリングの工数があるからクリエイティブに割ける時間が少なくなってしまう」という課題をもち、“レンダーレス” の概念を意識しながらクリエイションを行なってきたという。
映像制作チームを率いるCGディレクターやプロデューサーという立場で、DELTAGENやVRED、ゲームエンジンなどを用いたリアルタイム表現に積極的に取り組んでいた高橋氏。そんな折の2021年1月、顧客からこう尋ねられた。「Omniverseって知ってる?」。それが“Omniverse” という単語を初めて聞いた日となった。
すぐに興味をもち、触り始めた高橋氏は、ほどなくしてその可能性に惚れ込み、技術的にも習熟する。その年の初夏にはもう、リアルタイムでこなせる映像制作の仕事で積極的にOmniverseを活用し始めており、一方で、顧客企業への導入提案も行なっていたという。「ここ1年ぐらいですか、製造業でエンタープライズライセンスを購入する企業さんも増えていて、導入に向けたPoC(概念実証)も増えて盛り上がってきているんです」(高橋氏)。
高橋氏はこれまで、CMやWebムービー、ミュージックビデオなど、多岐にわたる映像制作でOmniverseを活用してきた。特にプリビズ段階で監督やクライアントと共に、リアルタイムでアングルや質感、色の検討を進めたことが、Omniverse活用の大きな成果となった。
「RTXテクノロジーによる高品質なリアルタイムレイトレーシングはもちろんですが、何よりOpenUSDのフォーマットとしての素晴らしさ。レイヤー構造をもっていて、非破壊でデータをマネージメントできるうえに、それをNucleus(独自のデータベース・データサーバ)で一元管理して、変更差分のリアルタイム性を乗せられる。ソリューションとしてのOmniverseの強さは、使い込むほど見えてきます」と高橋氏は熱っぽく語る。
OpenUSDの内部はシーンごとにモデル、アニメーション、背景などがレイヤーに分かれたデータセットとして管理されている。そのため、アニメーションを修正しながらモデルのデータ更新をしても問題ない。作業担当者は自分のデータ制作だけに集中できる。
そうしたOmniverseとOpenUSDによるワークフローの導入は、制作期間の短縮に貢献する、と高橋氏は話す。「従来のワークフローと比較して30~40%の短縮もあり得ます。ただし、条件としてOmniverseとUSDに習熟しているスーパーバイザー、GiFTでは僕がそうですが、そういう人材をプロジェクトに配置する必要があります。USDの仕組みは、実のところなかなか難しいのです」。
Omniverse Product Configuratorとは?
プロダクトデザインのフローを変えるProduct Configurator
「Product Configurator」は、製造業を中心に利用されている「コンフィギュレータ」をOmniverseのエクステンションとして実装したもの。コンフィギュレータとは、製品のカラーバリエーションや使用部品などの使用を顧客ごとに調整し、製品構成を作成するツールであり、日本では自動車産業を中心に利用されている。
NVIDIAはOmniverseにProduct Configuratorを実装することで、プロダクトデザインのワークフローの刷新を狙う。一般的なプロダクトデザインでは、コンセプトデザインとサーフェスモデリング、ビジュアライズに別々のアプリケーションやソリューションを利用しているため、レビューや手戻りでのタイムロスが生じ、コミュニケーションも複雑化してしまう。しかしOmniverseとProductデータConfiguratorを用いれば、そうした問題が解消される。
世界唯一のネイティブOpenUSD開発エンジンであるOmniverseが全工程のハブになることで、ツールとデータの接続が一元化し、デザインレビューも迅速化するため、最終アウトプットまでスムーズに進むようになる。
そしてProduct Configuratorを活用すれば、例えばバッグのマテリアルオプションや物理的特徴をバリアント(Variants、ひとつのアセットでオブジェクトに異なるオプションをもたせること)として用意し、OpenUSDの中にレイヤー(Layers、USDの共同作業性を構成する要素)として格納、Omniverseから簡単に切り替えることができるようになる。
物理的に正確なマテリアルをもつプロダクトのデザインデータは、RTXテクノロジによってリアルタイムレンダリングされ、「スーパーデジタルツイン」として、オンラインでの製品コンフィギュレータとしても利用可能だ。
検証データ、バリアントセットアップに必要な下準備
検証用に用意したのは千葉県に実在する展示場データ
今回高橋氏がProduct Configuratorをテストしたのは、ユニットハウスなどを手がける三協フロンテアが2024年4月にリニューアルオープンした「MOPAQ柏 柏総合展示場」のデータ。複数の建物からなるミニマルなデザインの展示場で、敷地内には野菜の直売所やレンタルスペースなどもある。これらのデータのうち、3階建ての頑丈な構造のオフィスモデル「MS WORK」のデータを中心に検証を行なった。
建物のオリジナルデータはSketchUpで制作したもので、これを三協フロンテアに3Dモデル構成ツールを提供している伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)がOmniverse ConnectorでOpenUSDに出力した。「やっぱりメーカーさんが持っている、きちんとしたルールの下につくられているデータを題材にしたいなという思いで、是非にとお願いしました。データと実物を見比べてみると、かなり再現度は高いです」(高橋氏)。
バリアントセットアップに必要な下準備作業
高橋氏が受け取ったUSDはしっかりと綺麗につくられた“肉厚”なデータだった。ただしフラットに展開された状態だったため、共通パーツをリファレンス(References、オブジェクトの参照)やペイロード(Payloads、同じくオブジェクトの参照だがReferencesよりも弱い)にして一元化し、取り扱いがしやすい構造のUSDファイルに再変換した。この作業はバリアントのセットアップに必要な下準備となる。
メインの建物のデータは1階、2階、3階で分け、同じ材質のパーツはリファレンスで別のUSDファイルを読みに行くように設定し、データ効率を良くしている。また、オリジナルデータにはインテリアライトが仕込まれていなかったため、別のUSDファイルとして用意。その他、展示場周辺の建物は簡素なつくりにし、別のUSDファイルとして独立させた。
「このデータの整備がとても重要で、しかもいちばん時間がかかるところです。今回は記事用なので部分的なコンフィギュレーションの検証としてSketchUpデータから加工しましたが、本来ならばオリジナルの部材やコンフィグパーツをひとつひとつUSDで丁寧に構築して、バリアントを組んでいくという手順になると思います」(高橋氏)。
検証1:ライティング
フィジカルセットアップとExposureでの調整を併用
高橋氏は工場のデジタルツイン制作案件などでは、照明機器のメーカーや型番に沿って正しいルーメン(lm)値やルクス(lx)値を設定する。また、配光がある場合はIESデータ(照明器具の配光特性を三次元のフォトメトリックデータとして記録したもの)をダウンロードしてセットアップするという。
今回、検証用データのライティングは屋外・室内共にNVIDIAのフィジカルセットアップを利用しながらも、Exposure(露出)値を使用して見た目合わせで調整を行なった。
室内についても、フィジカルセットアップを利用して中を見たところ、インテリアライトのルクス値が物理特性と上手く合致しなかったため、こちらも見た目合わせでExposure値を調整。「屋外・室内共に、物理的に正しいライティングのセットアップ方法はまだ探っている途中です。とはいえ、Omniverseはレンダリングの待ち時間がありませんから、調整もあまり苦になりません」(高橋氏)。ちなみに、夜景のシーンなどではAuto Exposure(自動露出)が活躍するという。雰囲気のある、良い感じの画を出してくれるそうだ。
なお、Omniverseのカメラには、ポスプロによるTone Mappingの設定が多数用意されており、カメラの基礎知識があれば、かなり物理特性に近い結果を得ることができる。ISO感度、シャッタースピード、F値、ホワイトポイントなどがセットアップでき、リアルタイムで値の変更をビューポートに反映できるため、見た目合わせはスムーズかつ強力に実施できる。
「実写撮影やカメラの知識があるデザイナーにはかなりのアドバンテージになると思います。例えば、晴れの日の屋外で写真を撮ったらどれくらいの明るさになるか、建物がどういった見た目になるかを比較できたりしますから」と高橋氏。
検証2:生成AIによる360°背景
NVIDIA Edifyで生成した、HDRI素材が建物の背景にマッチ
NVIDIAは、NVIDIA EdifyベースのAPIを使用した商用サービスをすでに開始しているGetty Imagesおよび Shutterstock と共同で、ビジュアル生成AI技術「NVIDIA Edify」を開発しています。今回は、NVIDIA Edifyを搭載したShutterstock 360 HDRi ジェネレーターを使用して、検証用の360° 背景 HDRI素材を準備しました。
Omniverseであれば、ライティングに合わせて背景を切り替えるといったこともできる。そしてそれはやはりバリアントのセットアップで対応する。設定は、背景のバリアントを組むためのUSDを用意して、Edifyで生成したHDRIを貼り付けるだけ。やり方さえ押さえておけば比較的簡単だ。
「USDのデータ構築ルールを決めてバリアントを組むというのがOmniverseでの作業の基本であり肝です。映像でもコンテンツでも同じですね。逆にそこからは早いですよ。そういう部分もOpenUSDとOmniverseのすごいところです」(高橋氏)。
なお、NVIDIAは7月末に開催されたSIGGRAPH 2024で今後のNVIDIA Edifyについて、「コントローラブルな背景やモデルの生成に向かって進化を進める」と話している。具体的にはOmniverseのビューポート内、つまり3D空間の具体的な場所を指定して、「ここに何がほしい」とプロンプトを書くことで、その場に3Dのプロップを生成できるようになる、ということ。これが現実になる日は遠くないようだ。
検証3:Product Configuratorの設定
CGデザイナーがノーコードでコンフィグを設計・実装できる
Product ConfiguratorはOmniverseのエクステンション(Product Configurator Viewer - Panel、Product Configurator Viewer - Utilitiesのふたつ)として提供されており、導入は非常に簡単だ。
では、コンフィグ設計のながれを追ってみよう。まず、エクステンションをインストールする。Omniverseのインストール時にデフォルトで用意されるData Structureフォルダ内にconfigurator_empty.usdというデータセットファイルをプロジェクトにコピーする。このファイルを開いてConfigurable_Assetsの中にバリアントを組み上げたUSDファイルをペイロードにて読み込み、マスターデータを組み上げてゆく。
そこまで済めばあとは簡単だ。USD ComposerのToolメニュー→「Product Configurator」→「Utilities」→「Create Data Structure」を実行すると、コンフィグの仕組み(ストラクチャ)、コンフィグのメニューが自動で生成され、Configurator Panelタブの中に並んで完成だ。コンフィグの利用はパネルから、背景の切り替えやインテリアライトのオンオフ、窓のルーバー種などを選んで切り替えるだけ。「バリアントがメニューとして整理されて、パネルのUIを使ってスムーズに切り替えできるようになります。バリアント設定が済んでしまえば、それ以降の作業が高速化するんです」と高橋氏。
さらに、USD ComposerのToolメニュー →「Product Configurator」→「Utilities」→ 「Create Nocode UI」を使えば、Omniverseのビューポート上にConfigurator Panelと同じ機能のUI (OmniUI)を構築できる。USDを独立したアプリとしてローンチする際に、操作UIとして実装できるという、便利な機能だ。「やってみたらとても簡単で驚きました。コンフィグの実装がデザイナーひとりでほぼ完結できてしまう、画期的な機能ですね」(高橋氏)。
なお、Webアプリとして運用する際には、NVIDIA Omniverse Cloudの一部であるGraphics Delivery Network(GDN)によるデータストリーミングが利用できる。WebデザインとしてUIを設計し、Omniverseからのストリーミングデータをページにはめ込むというかたちで、高品質な3Dコンフィギュレータを外部に提供できる。
まとめ
OpenUSDとOmniverse、そしてProduct Configuratorで “開発”が変わる
今回の検証をふり返るにあたって、高橋氏は改めてOpenUSDフォーマットの懐の深さを感じた。「OpenUSDはあらゆる分野のどんな映像に対しても最適解が出せる自由度をもつフォーマット。ただ、その自由度が逆に難しさにも繋がっているのも事実です。映像制作、自動車メーカー、デジタルツインとそれぞれで最適なレイヤー構造体がちがうので、100社100様の構造になる。だからまずはUSDのルールを腹落ちするまで理解することをお勧めします」。
そしてProduct Configuratorについては、従来のコンフィギュレーターが抱えていた問題、構築と開発の工数の高さを打開する一手になり得ると高橋氏は考える。「これがあれば開発コストや開発期間はかなり圧縮できますし、カラーバリエーション程度ならデザイナーひとりでも実装できることが今回わかりました。ゲームエンジンでのコンフィグ開発と比較しても、Omniverseのほうが簡単。『何も考えずにパッとできちゃう』イメージです。今後、より幅広い商品に対して3Dコンフィギュレータの需要が高まってくると思います」。
そしてOmniverseによるコンフィギュレーターを開発ワークフローからBtoB、BtoCまで広くサポートする装置として、先に述べたGDNによるデータストリーミングの存在は大きい。
「このGDNがある種のゴールになっていると思います。デザイン作業からCAD、USDでのデータ運用、バリアントのセットアップを経て、社内でのレビュー、カスタマーへのコンフィギュレーションのWeb展開、国際展開。ここまで一気通貫、ノンストップでいけるのは、Omniverseとデータ送信を下支えするGDNがあってこそ。まだこのことに気付いていない企業は多いと思います。つくり手としても、Omniverseのおかげで、長年培ってきた広告映像制作の技術が思わぬ形で製造業に活かせています。まさに理想的なソリューションです」と高橋氏は締めくくった。
提供:エヌビディア合同会社
www.nvidia.com/ja-jp
TEXT_kagaya(ハリんち)