6月16日(火)、「バックオフィス×AI活用の最前線を体感」をテーマにしたリアルイベント「freee 統合ワールド2026」が開催された。
本記事では、セッション「映画「KILLTUBE」制作の裏側 ── これからの創作と組織のあり方を考える」における対談をレポート。KASSEN Inc. CEOの太田貴寛氏、CHOCOLATE Inc. CCO(チーフコンテンツオフィサー) 栗林和明氏による、映画『KILLTUBE』の制作を通して築き上げる創作論と組織論についてお届けする。
プロフィール
太田 貴寛 氏
株式会社KASSEN CEO
株式会社KASSEN代表。VFXスーパーバイザー/ディレクターとして、CM、MV、映画、配信作品など幅広い映像制作を手がける。企画から仕上げまでを横断する統合的なワークフロー設計を得意とし、CGと実写を融合した高品質な映像表現で国内外のプロジェクトに参加。近年は制作プロダクション機能も拡張し、作品の制作体制設計そのものにも取り組んでいる。
栗林 和明 氏
CHOCOLATE Inc. CCO
CHOCOLATE Inc. CCO / クリエイティブディレクター。JAAAクリエイターオブザイヤー最年少メダリスト。カンヌライオンズ、スパイクスアジア、メディア芸術祭、ACCなど、国内外のアワードで、60以上の受賞。様々なエンターテイメントの知恵を越境・融合させ、新しいつくり方を実践している。『KILLTUBE』企画・監督。
佐野 誠 氏
フリー株式会社 映像制作業界DX推進責任者
異分野からクリエイターが大集合して制作中
佐野 誠 氏(以下、佐野):まずは、『KILLTUBE』という作品について教えてください。
栗林 和明 氏(以下、栗林):江戸時代、巌流島における宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘から妄想を広げた、劇場アニメ作品です。もしこの戦いが現代で起こっていたら、見物人たちがスマホで撮影するだろうし、その動画はYouTubeにアップされて人気になっていたはずだ……と想像は膨らんでいき、「現代まで江戸時代が続いた世界」「決闘を配信して盛り上がる侍の世界」をテーマに制作を開始しました。
この時代に劇場オリジナルアニメは無謀中の無謀と評されることもあったのですが、実写やCGといった異なる手法を融合させれば絶対にいける、という確信があってチャレンジしています。
栗林:太田さんやKASSENとは以前にサントリーさんの『GEKIAWA THE STRONG』のプロモーションでご一緒し、その際に本当に手ごたえがあったので、再び組むかたちで今回の制作に至っています。アニメのプロデューサーから小説家、ゲームのコンセプトアーティスト、実写映画の監督まで大集合して制作中なのですが、第50回アヌシー国際アニメーション映画祭の「Work in Progress」部門で選出されるなど、確実に手ごたえを感じています。
「翻訳」できる人が、ものづくりを変える
佐野:お二方はそれぞれ異なる業界から本作の制作に参加されていますが、それぞれの業界で築いてきたものを本作ではどのように発展させたいですか?
栗林:僕はCHOCOLATEの前に広告会社で約7年ほど働いていたのですが、そこで感じた広告という仕事の良いところが2つあるんです。
ひとつは、みんなでアイデアを出し合うブレスト文化。「これは自分のアイデアだ」と主張せず、とにかくアイデアを出しては良いものを取り入れつつスクラップ・アンド・ビルドしていくんですが、これが他業界では意外と当たり前ではない文化だなと感じています。
もうひとつは、「届ける」ことが人を救うということ。当たり前ではあるんですが、届けることをちゃんとやればヒットを出せて、関わった人を幸せにできる。これをやれるのは、広告業界の強みかな、と。ただ、広告は企画の熟練度が強みである一方、制作領域のプロフェッショナルの力を借りて正しく制作の解像度を高めなければならないと思っています。
太田 貴寛 氏(以下、太田):栗林さんに初めてお会いした日の印象は、数々のバズった広告を手がけた「広告代理店のすごい企画の人」。制作現場でのヒエラルキーの最上位レイヤーの人、というある種の先入観というか。社会人になりたての頃にCM制作会社の制作部で働いていた経験から、企画発注主と制作側という関係性に当時は強い上下関係がある印象を持っていました。ただ、近年の広告業界においては従来の営業色の強い接待文化から「良いものをつくった人が正しく評価され、求められる」風潮に変わりつつあることを感じていて、そんなときに栗林さんから直接お声がけいただいて手掛けることになったのがあのサントリーさんの映像でした。そこで初めて栗林さんとご一緒させていただいて、栗林さんとなら新しいやり方で一緒に作品制作に向き合えるかもしれないと強く感じました。
栗林:『KILLTUBE』で既存の枠組みから一歩踏み出してみて分かったんですけど、プロジェクトの「上流・下流」の意識は様々なところで根付いているんですよね。受託側はストレスを抱えていても強くは言わないし、発注する側が無意識にマウントを取ってしまうこともある。それを意識的にひとつひとつなくしていかないと、本当に良いものはつくれないと痛感しました。
太田:業界の役割分担がはっきりしているからこそ、守られている部分も確かにあるんです。ただ、その分壁を超えることは難しい。壁を越えて「越境」するためには、自分達の領域以外のことにも積極的に心を開いて受け入れ、理解する努力が必要だと思います。僕も企画のお仕事に参加させていただく経験をするまでは企画が制作現場に降りてくるまでにどれほど試行錯誤されているかを、あまり理解していなかったですしね。「現場の気も知らないで無邪気なことを言いやがって!」みたいな(笑)。相手を理解しようとし続けることが大切だと思います。
栗林:CHOCOLATEでも、広告のプランナーだけでなく脚本家も監督も作曲家もアニメーターも肩を並べて話すことを大事にしているんですが、そのときにどれだけお互いの「言語」がちがうかが分かるんです。逆に、それぞれの分野を「翻訳」できると、やらなくていいことをやらずに済むし、クオリティアップに集中できる。
太田:想いの翻訳者の存在は本当に重要ですね。例えば広告のお仕事では、クライアントさんの想いを「企画」にする人がいて、企画から映像制作のワークフローに落とし込む人がいて、その表現手法にCGが必要であればCG制作会社に発注がくる。クライアントさんがCG制作そのものを直接求めているわけではないので、間に翻訳者が存在するからこそ現場は制作に集中できるという側面もあると思うんです。商品の売れ行きを気にしながらCG制作をすることは難しいですからね。
でも、クライアントさんの言葉を受け取ってそのまま二層も三層も一人で翻訳できるような、バイリンガル、トリリンガルのような人材の需要が今後一層高まっていくのではないかと、AIの発展を横目に思います。
「『できない』と断言できる理由は一つもない」
佐野:主人公のセリフに「『できない』理由は一つもない」という象徴的な言葉があります。この作品づくりにも通じる考え方なのでしょうか。
栗林:あれは僕自身の心情でもあるんです。『KILLTUBE』はまだ世に出ていない段階で、ものすごく大きな勝負をしている。初めてのアニメ監督で、日本トップクラスのヒットを目指して、ようやく採算が取れるほど無謀で、原作もなく、制作にはアニメが初めての人が多数。傍から見たらうまくいくわけがないはずなんです。でも、いけると思ってやっています。なぜかというと、全フェーズで全員がとことん知恵を出し合っているから。3人の脚本家がクラシックな脚本原理に則ってきっちりつくった脚本に、20人の声優や演出家がこれでもかとアイデアを詰め込む。当然カオスになるんですが、それをまたプロが整えて面白くする。これを延々と繰り返す。キャラクター開発もサウンド設計も色づくりも、ほぼ全フェーズで同じことをやっている。途方もなく時間はかかるけれど、見たことのないクオリティになっていく。知恵を出し合えば、できないことはなくなっていくんです。
太田:栗林さんと打ち合わせをしていて、「今このタイミングでムサシ(主人公)のあのセリフを言いそうだな……」と感じることがあります(笑)。でも確かに、挑戦する前に最初から「できない」と決めつけることはよくないですよね!
栗林:「不可能であることを証明するのもまた不可能」、という。
太田:失敗したときにその理由を後から振り返れば、その時々で色々とあるかもしれない。でも、考える前に「絶対にできない」と断言できることはない。全員に強制はしないけれど、私はそういうマインドで生きていきたいと思っています。
佐野:最近、壁にぶつかって突破した具体的なエピソードはありますか。
栗林:本当に直近でもあった話なんですが、作品のルックではよく壁にぶつかります。この作品はオーソドックスなアニメのルックからは逸脱していて、未知ゆえにどうつくればいいか分からないんです。ただ、そういうときは撮影チームに助けてもらって、ルック開発をトライ&エラーしてもらう。それを繰り返して、だんだん答えに近づいていくように制作をしています。
太田:栗林さんの目となり、手となりつつ、自分なりにこの作品の世界観の具体化に貢献できればと思っています。本当に大勢の人がこの作品に関わっていて、自分一人の力は微力ではありますが、自分も頑張りたいですし応援したい気持ちです。
栗林:太田さんに限らず、本作では何かを形にして前に進むたびに、必ず助けてくれる人が現れてきました。例えば、このプロジェクトの制作費も、本来無謀な数字なんです。でも、達成することができた。なぜできたかというと、60秒のパイロットフィルムをかたちにしたからなんです。パイロットフィルムをつくって公開したら、クリエイターと会社合わせて200件くらいのご連絡をいただけた。ひとつかたちを見せると、人が応えてくれる。それを信じることでここまで進んでこられたなと思います。
佐野:最後に、このセッションを聞きに来た方へのメッセージをお願いします。
太田:「壁を壊して越境し、新しいものづくり体制に挑んでいく」。大切にしたい考え方ですが、同時に、全ての人にとってそれが当たり前であるように押しつけてはいけないという認識を持ち続けることは大事だと思っています。従来のワークフローや進め方は様々な経験や試行錯誤に基づいて培われてきたものなので、自分たちの要望が人に受け入れられなかった時に「やり方が古い」「柔軟性がない」とただ言い放つようなことがあってはならない。リスペクトを欠かさず、しかしアップデートできるチャンスがあれば果敢に挑戦していきたいと思っています。そのときに躊躇してしまう人がいたら、「やってみようよ!」と勇気を与える存在でありたいです。温故知新の精神で世の中を少しずつアップデートしていきましょう!
栗林:改めて伝えたいことは2つあります。まずは、「業界同士の壁をぶっ壊した方がいい」ということ。業界ごとに、ものすごい知恵が眠っている。広告にはアイデアを融合させる知恵があり、VFX業界には驚くほどの才能がある。制作業界の人たちは「どこからアクセスしていいか分からない」と思われがちだけれど、一度つながると、お互いにつくれるものの幅が一気に広がる。だからとにかく、何かを一緒につくってみるのがいいと思います。
もうひとつは、「何でもやってみた方がいい」。僕らは劇場アニメづくりを完全な初心者から始めましたが、それぞれの分野の強みを最大限に濃縮した原液としてとことん突き詰めてみると、思ってもみない反応が返ってくることを実感しています。この2つの視点をぜひ皆さんに伝えたいです。
佐野:本日は貴重なお話をありがとうございました。作品のことだけでなく、制作に関わる組織のあり方そのものに、大きな示唆をいただけたと思います。
お二方がお話しされていた、「それぞれの分野の言語を翻訳することがクオリティアップにつながる」という視点は、制作現場と経営の関係においても非常に重要です。私たちfreeeは、フロント側である現場と、バックオフィス側である経営を自動で“翻訳”するような制作業界向けの経営プラットフォームの構築を目指し、「freee for 制作」をたち上げました。制作業界の皆さまが、より持続的に挑戦を続けられる環境を支援してまいります。今後の開発にも、ぜひご期待ください。
TEXT_稲庭淳
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)
PHOTO_Mitsuru Hirota/弘田 充