新型コロナウイルスの流行を契機に、多くの3DCGスタジオがリモートワークを導入した。しかし、5年が経過した現在、出社型へと回帰する企業も少なくない。そうした中、いち早く全社フルリモートワークへと舵を切り、現在もほぼすべてのデザイナーが自宅から制作を行う環境を維持し続けているのがGEMBAだ。
同社が5年以上にわたり、リモートデスクトップツールとして「Parsec」を採用し続け、さらには自社データセンターの構築まで成し遂げた理由は何か。本稿では、Parsec導入の経緯から他ツールとの徹底比較検証、そしてフルリモートがもたらす未来の会社運営にいたるまで、詳しく話を伺った。
撮影:WeWork にて実施
在籍スタッフ約70名、ほぼ全員がフルリモートワーク
―― まずは現在のGEMBAのリモートワーク実施状況から教えてください。
中野哲也氏(以下、中野):現在、当社には70名以上の社員が在籍していますが、普段の出社人数は平均して3〜4人以下、ほぼ全員がフルリモートワークです。何かあったときに出社するためのヘッドオフィスのスペースとして、「WeWork」のオフィスを活用しています。
中野哲也
株式会社GEMBA 取締役
GEMBAの設立メンバーの1人であり、当初は3DCGデザイナー(アニメーター、セットアップ)として活躍。PC自作の経験を活かして社内インフラの構築を兼任。会社の規模拡大に伴いシステム部を組織化し、現在はクリエイティブディレクションや画づくりの現場に軸足を戻しつつ、経営とインフラの橋渡し役を担う。
―― 完全移行に至るまでの経緯をお聞かせください。
中野:やはりコロナ禍が大きな引き金になりました。移行が決まったときは本当に急ピッチでした。自宅に作業環境がないスタッフもいましたので、会社にあるワークステーションやモニターを「タクシーに乗せてでもいいからとにかく全部持って帰って!」と。
若林大樹氏(以下、若林):当時、システム部には私ひとりでしたが、コロナ以前からトラブル対策として、ノートPCと一般的なリモートツールで自宅から社内サーバを操作する実地検証を行なっていました。ただ、それはデザイナーが3DCG制作でガシガシ動かすには到底耐えられないパフォーマンスだったんです。そこで、2019年12月からリモートデスクトップツールを調べて、比較検証を始めました。
若林大樹
株式会社GEMBA システム部 マネージャー
前職は業務用アプリケーションのオーダーメイド開発やWebポータル作成等を手がけるプログラマー。Linuxサーバーやネットワーク構築を行なっていた経験を活かし、データセンター業務などを経て2015年にGEMBAへ入社。以来、社内サーバー、ネットワークインフラの構築、独自の自社データセンター立ち上げ、そしてParsecの全社導入など、同社のIT基盤のすべてを統括している。
―― 検証を経てParsecを選ばれたのですね。
若林:2020年3月にParsecを見つけてテストしてみたところ、「これはすごいぞ」と。操作遅延がほぼ気にならないレベルでした。そして何より、システム側の「手離れの良さ」が抜群でした。一度インストールしてしまえば、あとはシステム部が面倒を見る必要がほとんどありませんから。まずは5〜6人でテストを始めて、4月から本格的に切り替えるながれになりました。
―― 移行においてはどういった課題がありましたか?
中野:スタッフの自宅環境は千差万別です。それら全てをシステム部が把握してチューニングするのは物理的に不可能でした。
川口大聖氏(以下、川口):Parsecなら、接続側の環境に合わせて自動で解像度を最適化してくれますし、ユーザーが手動で解像度を変更した際も瞬時に画面に反映されます。他社ツールのように「変更後、反映までに数分待つ」状況の発生や「再接続が必要」といった煩わしさが一切ないので、ヘルプデスクの観点からも本当に助かりました。
川口大聖
株式会社GEMBA システム部 エンジニア
他業種からエンジニアへと転身し、1年ほどの経験を積んだ後、2025年2月にGEMBAに入社。現在は、Parsecをはじめとする各種システムの運用・管理業務や、全社スタッフを支えるヘルプデスク業務のメイン担当として、現場の円滑な業務遂行を最前線で支えている。
若林:あとは回線の帯域問題も深刻でしたね。あるスタッフはケーブルテレビ回線の契約で、上下とも50Mbps程度しか出ないような環境だったんです。
Parsecは、最低10Mbpsの帯域さえあれば非常に安定して動作します。この「要求される回線スペックの低さ」も、Parsecを選定した決定的な理由のひとつです。
ベンチマークが証明したParsecの低リソース・高パフォーマンス
―― GEMBAで現在稼働している、デザイナー用PCのスペックを教えてください。
若林:当社では、特定の用途(モデリング用、アニメーション用など)に特化したマシンの買い方はしていません。どのマシンに誰がアクセスしても、すべてのジョブが均一に過不足なく回るように、汎用的なハイエンドスペックで統一しています。
株式会社GEMBA クリエイター用PCスペック構成
- CPU
Intel Core Ultra 9 285k
- GPU
NVIDIA Quadro RTX Pro 4000 Blackwell SFF
- メモリ
128GB DDR5-5600
- ストレージ
1TB NVMe SSD + 2TB NVMe SSD
- OS
Windows 11
―― 直近で改めて他のリモートデスクトップツールとの比較検証を行われたそうですね。
中野:当初は「Parsec for Teams」というライセンスで運用していたのですが、ヘッドオフィスを移転した後、移転先のネットワークの要件により、通信不可となる事象が発生しました。どうすれば解決できるか探ったところ、Parsecの「HPR(High Performance Relay)」を使った通信が必要だと分かりまして。そこで急遽、HPRが使える上位プランである「Parsec for Enterprise」にアップグレードして乗り切ることになりました。
移転当時はデータセンターの設計や移転準備を短期間で実施する必要があり、プラン変更によるコスト変動について検討する時間を割くことができなかったのですが、移転から1年がたち、運用も落ち着いてきたタイミングで、改めて比較検証を行うことにしました。
若林:世の中を見てもリモートワークが一巡し、各社ツールの機能向上が進んでいる時期でしたから、他のツールのパフォーマンスを見極めたいという意図もありました。
―― テストを経て、皆さんの反応はいかがでしたか。
中野:他のツールを検証した際、一部の環境で「ものすごく画面がカクつく」というケースが出てきてしまいました。
川口:まさにそこが環境依存の恐ろしさですね。Parsecであれば全員の環境で一律して問題なく動いていたものが、他のツールに変えた途端に特定の人だけパフォーマンスが著しく低下してしまったんです。
若林:挙動の思想そのものにも大きなちがいを感じました。Parsecは、ネットワーク回線が不安定になった際、無理に画面を動かそうとせず、その場で一瞬「止まる」ような挙動をします。これがクリエイターにとってはありがたい。画面が止まれば「あ、いま回線が瞬断したな」とわかり、操作を一時待機できますから。検証した他のツールでは、何とか画面を動かし続けようとするため、マウスカーソルが大きく遅延しながら動くような状態が確認されました。
川口:カーソルが遅延して遅れてついてくるような状態だと、クリエイターが意図しないボタンを誤ってクリックしてしまう原因になります。場合によっては、誤操作で発生してしまった処理を止めるためにさらに何十秒もロスする、といった手戻りが発生してしまいます。Parsecの「不安定な状況下では潔く止まる」という仕様は、結果的に作業の巻き戻りを防いでくれます。
―― ベンチマークテストの具体的な数値についても伺っていきます。
Blender Cyclesでのレンダリング検証
※GPUレンダリング検証においては、GEMBAのクリエイター用PC標準構成からGPUのみGeForce RTX 5080に差し替えた機材を使用
若林:Parsecは非常に少ないリソースで画面転送と操作の同期を行なっているため、デザイナーがリアルタイムレンダリングなどでGPUやCPU、メモリを限界までゴリゴリに使用している極限状態であっても、リモートツール側の負荷が制作作業を圧迫しません。
―― 利用中の「Parsec for Enterprise」、機能面でのメリットはいかがですか。
若林:豊富な機能の恩恵を感じています。例えば、詳細な接続ログが取得できるため、普段と違うIPアドレスや異なるロケーションからの不審なアクセスを即座に検知できます。また、導入当時はTeamsプランになかった、SAMLによるシングルサインオン認証でGoogle Workspaceとアカウントを統合できた点も強みです。それと、Enterpriseプランには「ハイパフォーマンスリレーサーバー」が付属しています。これを活用することで、接続の安定性はより強固なものになっています。
——Parsecのセッション共有機能については、活用されていますか?
若林:このセッション共有機能は下位プランでも利用可能ですが、GEMBAでは社内サポートや制作時のコミュニケーションを円滑にするうえで役立っています。
社内サポート時によく活用するタイミングとしては、「デザイナーがログインしているプロファイル上で、管理者権限が必要なインストールや各種設定を行う」場面ですね。管理者が直接そのセッションに入り込んで操作できるため、手間がかかりません。
また、オンラインミーティングの画面共有と口頭での説明だけでは伝えづらい「演出意図」も、セッション共有を介して代わりに手を動かして見せることで、的確かつ瞬時に意図を伝えることが可能です。
5年かけて最適化した、「新人がドロップアウトしない」リモート育成術
―― GEMBAの、会社としての展望やシステム部としてのビジョンについて伺います。
中野:世の中の多くの企業が出社体制に戻りつつありますが、当社はあえて「メインはフルリモートワークで」という働き方にこだわっていくつもりです。ただ、完全リモートワークの環境に新卒や未経験の新人さんを放り込んでしまうと、やはり苦労するケースが多いです。これはリモート移行初期の段階で私たちが直面した大きな課題でした。
―― 現在はどのようなアプローチを?
中野:5年ほどかけて、リモートに適応するためのステップを徹底的にチューニングしてきました。まず、新卒入社のスタッフは最初の2ヶ月間は必ずヘッドオフィスへ出社して研修を受けます。実務のながれやコミュニケーションの取り方が十分に掴めた3ヶ月目から、自宅からのリモートワークへと段階的に移行していきます。今後も、「モノづくりに対する熱量」が高い方の採用を強化していくつもりです。
―― インフラや設備面での展望はいかがでしょう。
中野:フルリモートワークが完全に機能しているおかげで、ヘッドオフィスは最小限の規模で済みます。その代わりに私たちは、全ワークステーションを集約して24時間しっかり冷やして稼働させる、独自のデータセンターに投資しています。
若林:現在約200台ほどのワークステーションやレンダーノード、各種サーバやNASが稼働していますね。
―― まさに会社の心臓部ですね。
若林:今後は、大阪や福岡など別の地方都市にも小規模な分散型データセンターを立ち上げたいと考えています。首都直下型地震などの大震災に対するリスクヘッジとなる強固なシステムを構築するのが、システム部としての大きな目標です。
川口:データセンターの分散化とParsecによるリモート環境がより洗練されていけば、世界中どこからでもアクセスして仕事ができるようになります。現状に満足せず、クラウド環境の積極的な利用も含めて、随時最新のテクノロジーを検証し、アップデートし続けていきたいです。
導入のお問い合わせはこちらTEXT__kagaya(ハリんち)
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)
PHOTO_Mitsuru Hirota/弘田 充