近年、コストパフォーマンスの高さで注目を集め、大きくシェアを伸ばしているAMD製CPU。CGクリエイターの利用も増えており、CGWORLDが実施したCGプロダクションの製作環境調査でも、AMD製CPUのシェアは着実に広まっている。なかでも、ハイエンドデスクトップPC向けのCPU「AMD Ryzen™ Threadripper™ プロセッサー」シリーズは、2022年3月に最新の最上位モデル「AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WX」シリーズが登場。最新アーキテクチャの採用で既存モデルの性能を大きく上回るなど、そのハイスペックぶりが業界を驚かせており、注目度がさらに上がっている状況だ。
このような流れにあって、多くのクリエイターがAMD Ryzen Threadripper プロセッサーを選ぶ理由は何なのか。x10studioの松本篤史氏に導入の経緯やメリットを聞くとともに、AMDの関根正人氏との対談から最新モデルの魅力や活用法を探っていく。
松本篤史氏
x10studio 代表取締役社長。大阪芸術大学の映像学科でフィルム映画制作を学んだ後、IMAGICAのCGディレクターなどを経て、2012年にx10studioを設立。エンターテインメントをメインとするCGコンテンツの制作や企画、演出などを手掛ける一方で、現在は大阪芸術大学の客員准教授も務めている。
関根正人氏
日本AMD コマーシャル営業本部 セールスエンジニアリング担当 マネージャー。企業向けプロセッサーを搭載した製品の販売支援並びに技術サポートを担当。AMDが有するテクノロジーの良さをユーザーに伝えるとともに、AMD製品を搭載するサーバーやクライアントPCの購入を支援する。
レンダリングスピードが3~4倍に向上し、高負荷な作業とZoomの同時利用も可能に
CGWORLD(以下、CGW):最新モデルのAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズについて語る前に、まずはx10studioの概要について教えてください。
松本篤史氏(以下、松本):x10studioは、各国のさまざまな外部クリエイターと連携してコンテンツ制作に取り組む映像制作会社です。実写とCG、アニメーションを合成したテレビCMやWeb CM、商品やアーティストのプロモーションビデオ、ゲーム、アニメなどに加えて、展示会やテーマパークのアトラクション映像、さらにはプロジェクションマッピングやVRまで、エンターテインメントを中心に幅広いコンテンツを手掛けています。
CGW:種類が豊富でスケール感も異なる映像を制作しているわけですが、使用しているDCCツールやPC環境はどのような感じでしょうか。
松本:メインのDCCツールは、3ds MaxとレンダラーのV-Rayです。また、3ds Max用プラグインのThinking Particles、流体力学シミュレーション用ソフトウェアのPhoenix FDも利用。そのほか、案件に応じてUnityやBlackmagic DesignのDaVinci Resolve、Fusionなども使っています。
現在のPC環境は2020年3月に導入した自作機で、CPUは「AMD Ryzen Threadripper 3970X プロセッサー」、マザーボードはASUSのPRIME TRX40-PRO、メモリは128GB、ストレージは計3TB(1TB+2TB)のSSD、GPUはNVIDIA GeForce RTX2080となります。あと、ネットワークカードに10GBASE-T対応のIntel X550T2を載せています。
また、制作期間はプロジェクトによって異なりますが、尺の長いもので約2ヵ月、コマーシャルなどでは約3週間といったイメージでしょうか。そのため、作業にはかなりのスピード感が必要ですね。
CGW:PC環境では、AMD Ryzen Threadripper 3970X プロセッサーが大きなポイントの1つだと思いますが、AMD Ryzen Threadripper プロセッサーを導入した理由は?
松本:PCの更新を計画していた2019~2020年頃はちょうど「GPUレンダリング」が出始めていたころで、「GPUとCPUのどちらを優先すべきか」についてかなり悩んでいました。そこでいろいろと調べてみると、GPUレンダリングはGPUに搭載されているメモリ容量の影響が大きく、大規模なレンダリングをやろうとすると「高額なハイエンドGPUが必要」ということが見えてきました。
しかし、GPUは実用期間がそれほど長くないので、そこにコストをかけ過ぎると「システム全体のバランスが悪い」と感じたため、「1度CPUに比重を振ってみよう」と考えたわけです。さらに、当時の自作PC界隈ではAMDのマルチコアCPUの評価が高まりつつあったので、「32コア64スレッドや64コア128スレッドは夢がある!」と感じてAMD Ryzen Threadripper プロセッサーを試してみたのがきっかけでした。
CGW:32コアや64コアのCPUに夢を感じるのは、何となくわかる気がします。それほかに、何か気に入った点などはありましたか?
松本:ポイントは、「拡張カード」と「PCIeレーン数」ですね。元々、自分は作業中にCG制作と合成を同時に進めることもあるのですが、合成ではネットワークレンダリングを使っていました。さらに、CGの素材などはすべてThunderbolt搭載のNASに保存しているため、レスポンスを良くするためにはThunderbolt拡張カードも必要でした。
しかし、GPUに加えてネットワークカードとThunderbolt拡張カードを搭載するとなると、インテルのCPUではPCIeレーン数が足りなくなる可能性がありました。一方で、AMD Ryzen Threadripper プロセッサーは128レーンも備えていたので、何の心配もありませんでした。
CGW:確かに、そういった理由があれば、AMD Ryzen Threadripper プロセッサーの導入も頷けますね。では、導入後のメリットにはどのようなことが挙げられますか。
松本:そもそも、以前のPCは8コア16スレッドのCPUでプレビューレンダリングのスピードがかなり遅かったため、効率性を考えてネットワークレンダリングを採用したという背景がありました。具体的には、レンダリングしたい画面の一部をネットワーク上のマシンに少しずつ投げて処理するV-Rayの「ディストリビュートレンダリング」を利用していた感じです。
しかし、32コア64スレッドのAMD Ryzen Threadripper 3970X プロセッサーの導入によって、自分のマシンだけでもかなりスピーディーなプレビューレンダリングが可能になり、ディストリビュートレンダリングの必要性はほぼなくなりました。以前のPCと比較してコア数の差や4倍ですが、パフォーマンスで3~4倍ほど速くなったのはとても大きかったですね。
CGW:それは非常に大きなメリットですね。そのほかにも何か効果はあったでしょうか?
松本:マルチコアの観点で「複数タスクの処理性能」も上がったと感じています。例えば、昨今はZoomなどを使ったオンラインでのミーティングが増えましたが、最近だと私が行っている映像編集や合成、レンダリングなどの作業をZoom経由でクライアントが閲覧するなど、作業と打ち合わせを同時に進めるようなケースもありました。当然、これはAMD Ryzen Threadripper 3970X プロセッサーを搭載したPCのみで行ったわけですが、こういった使い方が可能なのは、ネットワークカードの性能ももちろん重要ですが、CPU性能の恩恵はかなり大きいと思います。処理スピードに加えて作業効率の向上も実現できる点は、AMD Ryzen Threadripper プロセッサーを選んで良かったと感じたポイントでした。
初代モデルと比較してV-Rayでは最大2倍高速に、グラフィックスやストレージのパフォーマンスも向上
CGW:松本さんからはとても興味深い話が聞けましたが、松本さんのようなケースはAMDの想定に合致するのでしょうか。
関根正人氏(以下、関根):AMD Ryzen Threadripper プロセッサーのケーススタディはワールドワイドで豊富にありますが、その中でも群を抜いて多いのがCG業界です。さらに、処理スピードの向上によって作業効率を上げているという意味では、まさに合致するところだと思います。
一方で、オンラインミーティングをしながらレンダリングをするなど、複数タスクの処理性能に焦点を当て、ワークフローさえも改善してしまうような使い方はなかなか聞きません。それだけに、そういった活用例を聞けたのはとても新鮮でした。ただ、そのような使い方を単体のPCで実現するためには、かなりのコア数が必要なはずです。それを踏まえると、AMD Ryzen Threadripper プロセッサーがなければ不可能だったわけですら、その観点でいくと、そのような例も合致した使われ方と言えるかもしれませんね。
CGW:AMD Ryzen Threadripper プロセッサーは、どのようなユーザーや用途が多いのでしょうか。
関根:メインとしては、3Dを含むCGやアニメーション、さらに建築などの業界が挙げられます。また、AMD Ryzen Threadripper プロセッサーやAMD Ryzen Threadripper PRO プロセッサーは元々、「AMD EPYC™」と呼ばれるサーバー向けのハイパフォーマンスCPUがベースとなっているため、サーバー用途を踏まえた物理演算(衝突シミュレーションなど)や工業製品の制作、薬品の開発なども主なユースケースとなります。
CGW:そういったユーザーや用途を踏まえ、最新モデルのAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズが登場しました。その概要やパフォーマンスの向上などについて教えてください。
関根:AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズは、2020年に登場した初代モデルのAMD Ryzen Threadripper PRO 3000 WXシリーズの後継にあたる第2世代モデルになります。重要な進化点の1つは、CPUコアのマイクロアーキテクチャーがZen 2ベースからZen 3ベースにグレードアップしたこと。コア/スレッド数やPCIeレーン数などはそのままですが、同周波数で性能を比較すると、AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズはAMD Ryzen Threadripper PRO 3000 WXシリーズよりも20%近くアップしています。また、最大ブースト周波数は最大4.3GHzから最大4.5GHzに向上しているので、同コア数であれば20%以上のパフォーマンスアップが期待できる製品になっています。
関根:また、DCCツールとしてよく使われるAfter EffectsやV-Ray、Mayaの処理速度も、AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズの方がより高いパフォーマンスを発揮。V-Rayでは最大2倍高速になってますが、このようなソフトウェアは単純なCPUの性能だけでなく、CPUのメモリ帯域なども含むトータル性能が大きく影響してくるため、そのような形で性能向上に貢献している点は重要だと考えます。さらに、インテルCPUのXeonシリーズと比較した場合でも、AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズはMayaでのグラフィックス性能やストレージのパフォーマンスにおいて、大きなアドバンテージを生み出すことが可能です。
松本:CPUの性能は、レンダリングやシミュレーションの処理スピードだけにフォーカスしがちですが、いま説明いただいたように、総合的なパフォーマンス向上が見込める点は、非常に見逃せないと感じました。なぜなら、自分としてもレンダリングの速さだけでなく「全体的なレスポンスの速さ」は、とても大事しているポイントだからです。例えば、最近では流体シミュレーションの結果を再生しながら調整することもあるのですが、そのようなケースではCPUとメモリ間の転送速度といった「足腰の強さ」みたいな性能が意外と重要だったりします。高い瞬発力を発揮するだけでなく、安定的な処理スピードを保てることも大事になるだけに、そういった面にも期待が持てると感じました。
2022年後半にAMD EPYCの新モデルをリリース、DDR5メモリやPCI Gen 5への対応も見据える
CGW:AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズの魅力が良くわかりました。松本さんは、どのようなケースで活用できると考えますか?
松本:先ほどのユースケースの話で建築がありましたが、知り合いの建築家に聞いた話によると、「Neos VR」というバーチャルSNSの中に建築模型のデジタルモデルを持ち込み、バーチャル空間でそれを見ながら参加者がミーティングなどを行うという先進的な取り組みがあるそうです。さらに、最近ではNeos VRの中で作品を制作することもあるとのことでした。
これを応用して、自分の場合はバーチャル空間に実際とまったく同じスタジオセットを組み、そこにどういったものが入るのかなどを検討することも可能ではないかと夢見てしまいます。そして、その実現にはこれまで以上に高負荷な複数タスクを同時処理できるCPUが必要となるでしょう。当然、AMD Ryzen Threadripper PRO プロセッサーに期待する部分は大きいと感じます。
またCGのエフェクト界隈では最近、パーティクルで任意の空間にCGを作るOpenVDBなどの利用が増えているのですが、このようなツールがないと「昨今のVFXはもう成り立たない」とも言われるほどです。そして、そういったツールは基本的にGPUが得意とする処理が多いのですが、CPUのマルチコアに対応するケースも増えているため、そのようなツールの効率化にもAMD Ryzen Threadripper PRO プロセッサーを大いに活用できるのではないかと考えます。
例えば、これまでのCGは、柔らかいものを切るような表現をかなり苦手でした。というのも、中身の詰まった塊を刃物で切る場合、その塊は膨大な点群データで表現されるのですが、それを2つに分けるとなると、その点群を分割するとともに“新しい面”を表現する計算も必要となるからです。そのため、計算量が膨大になってしまい、それを処理するには従来だとかなり厳しい状況でした。そのため、以前は事前に分割したものを用意し、あたかも割ったかのように見せかけて対応していたわけです。しかし、そういったことも新しいAMD Ryzen Threadripper PRO プロセッサーであれば、苦も無く処理してくれるかもしれませんね。
CGW:松本さんの意見も含めて幅広い活用が期待されるところですが、最後にAMDとして、今後の製品ロードマップや展望などを教えてください。
関根:CPUの進化という点において、例えばさらなるコア数の増加やDDR5メモリ、PCI Gen 5への対応などは、まずはサーバー用のAMD EPYCから実現していくことになるでしょう。AMD EPYCについては、2022年後半には新モデルをリリースする予定ですので、これまでの流れでいけば、その性能に準じたAMD Ryzen Threadripper PRO プロセッサーやAMD Ryzen Threadripper プロセッサーが近い将来登場することになるでしょう。そうなった暁には、これまで以上に多くの作業を1台のPCで実現できるようになるので、新しい使い方を幅広く提案できるようにしていきたいと考えています。
Lenovo ThinkStation P620
松本氏のPCは自作機となるため、市販モデルとしてはレノボがAMD Ryzen Threadripper PRO プロセッサー搭載のメーカーモデルをラインナップ。パフォーマンスを追求し、効率的な冷却機構を兼ね備えたデスクトップワークステーションとなる。
対象搭載プロセッサー
AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 5995WX
AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 5975WX
AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 5965WX
AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 5955WX
AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 5945WX
TEXT_近藤寿成(スプール)