ハイパーリアルなデジタルポートレート作家、イアン・スプリグス氏が語る技術と思想「A look into Portraiture(肖像画へのまなざし)」~Autodesk Day 2023(2)
CGWORLDとオートデスクの協賛によるオンラインフェス「AutodeskDay 2023」が2023年8月4日に開催された。数多くの著名クリエイターが登壇し、自身のクリエイティブ活動や経験について語っていただくことを通じて、Mayaや3ds Maxなど、多くのクリエイターに支持されるオートデスク製品についての理解を深めることができるイベントとなった。本記事では「AutodeskDay 2023」において行われた数々のセッションから、デジタルポートレートアーティストのIan Spriggs (イアン・スプリグス)氏による「肖像画へのまなざし」セッションを紹介する。
イベント概要
Autodesk Day 2023
日時:2023年8月4日(金)
時間:11:00〜19:00
参加対象:3DCG制作に携わる方、これから目指す方など
参加費:無料 ※事前登録制
会場:オンライン配信
cgworld.jp/special/autodeskday2023/
Mudboxを使ったポーズ先行のスカルプト
本セッションに登壇いただいたのは、デジタルポートレートアーティストのイアン・スプリグス氏だ。同氏はカナダ在住のアーティストであり、ハイパーリアルな肖像画を通して、現実味のあるデジタルヒューマンをつくり出すことを目指しているという。
「肖像画は被写体のアイデンティティを明らかにするものだと私は考えています。被写体の考えていることや内面を、彼らの外見を通して見せるための手段です。人間の中身を外見で見せることはとても難しいのですが、肖像画は被写体の内面を最大限に映し出すことを可能にしてくれます」とスプリグス氏は語りながら、自らが制作したポリゴン・ピクチュアズ代表取締役・塩田周三氏の肖像画を紹介した。
スプリグス氏は肖像画を制作するにあたって、Mudbox、Mayaなど、オートデスク製品を中心に使用しているという。
「よく、なぜZBrushではなくMudboxを使っているのかと聞かれますが、単に私がシンプルな構成が好きだからです。Mudboxはわかりやすくて、簡単に学べて、必要なツールが全て揃っています。特に、MayaとMudboxで簡単に同期できること、カメラを利用できることが気に入っています。それに、ロードシステムも使いやすいです」。
その後、Scott Eaton(スコット・イートン)氏の肖像画のメイキング動画を用いて、テクニカル面での解説が始まった。
まずはMayaで作業を始め、1フレームつくるのにだいたい1日かけている。通常はリグのついたベースメッシュを用意してトポロジーを整え、UVマップを用意。UVに関しては全キャラクター同じなので、流用できる部分は可能な限り流用することにしているそうだ。
「加えて、通常は360度から被写体の写真撮影も行なっています。まずは90度から始めて、15度ずつ写真を撮っていきます。その後、スティックライトを用意して、スティックライトを数度ずつ動かしながら写真を360度撮ることにより、被写体の皮膚のディテールがどのように光に反応しているかということも見ていきます。つくり方としては、一番小さい要素まで分解していって、そこからつくり上げていく手法ですね。絵の最終形を見ると複雑に見えますが、基本的にレゴを組み立てるときのように、小さい要素からどんどん積み重ねていくイメージです」。
続いての作業はポージングとなる。スプリグス氏のつくり方の特徴は、ポーズを先に決めてからスカルプトを始めるところだ。
「私は通常、ポーズを付けた後にスカルプトを行います。Tポーズでスカルプトを行うアーティストが多いかと思うのですが、私は最初にポーズを決めてそこからスカルプトする方が速いと感じています。また、この段階でカメラもロックします。ポーズとカメラに関してはもう基本的にはもうこれ以降変更しません。そしてそこからMudboxに移ります。データをMayaから全て移行し、まったく同じカメラアングル、まったく同じポーズで作業を進めていきます」。
ここで重要となるのが、骨格や筋肉構造をはじめとした人体解剖学の知識だという。筋肉がどう生成され、腱がどこにあって、体の構造がどうなっているのかを理解することによって、より現実味のあるCGモデルをつくり出すことが可能になる。撮影した写真だけではわからない部分も、解剖学の知識さえあれば穴埋めすることができるからだ。
最も重要なのはディテールではない
ここからは、実際のMudboxの画面を見ながら、どのような作業を進めていくかの解説が始まった。前述のポーズ決めまでの過程で制作された、椅子に座って髑髏を両手で持つイートン氏のモデルの、その細部が形づくられていく。
「Mudboxでは大きいエリアから作業をして、そこからどんどん小さいエリアへと移行していきます。大きい形状をまず決めて、プロポーションを合わせて、最終的にディテールを詰めていくのですが、一番重要なのはディテールではありません。ディテールは現実味をもたせてくれますが、出しすぎてしまうと悪目立ちして逆効果になります。肖像画の目的というのはアーティストの努力を見せびらかすためではなく、あくまでも被写体の人物像を見せることなんです」。
また、作業時の心構えとしてスプリグス氏が推奨するのが、捨てる勇気をもつということだ。もったいない精神は捨てて、付加価値のない要素は潔く消去してしまうことを勧めている。
「私も被写体の手を顔の近くに置いたり、何らかのポーズをさせたりすることがあるのですが、何週間も費やしたにも関わらず、どうしても納得できずに最終的には取り除いてしまったことが何度もあります。100%満足できる要素以外は残しておく価値がありません」。
続いて、使ったMudboxのレイヤーの一部が画面で紹介された。
スプリグス氏は、ひとつひとつのシェイプが何をしているのかテストできるようにレイヤーで作業するのが好きだという。それによってMayaでテストレンダーをして確認した際に、間違いを見つけたらそのレイヤーだけを消去できるからだ。テクスチャも通常はPhotoshopとMudboxを併用しており、Photoshopでシームレスなマップを作成してボックスに取り込み、その上にペイントしていく。
「撮影した写真を投影する場合は、スペキュラや影は取り除くようにしています。撮影した写真をテクスチャとして使うと上手くいく場合もありますが、50%くらいは手付けで仕上げています。手付けでテクスチャを描く理由としては、写真を使うとかなりのクリーンナップが必要になるからです。そのため、ベースのレベルにだけ投影して、その上にペイントしていくのが50%ぐらいになります」。
XYZマップのテクスチャも用意しておくと便利だという。通常、スプリグス氏自身がつくったステンシルと組み合わせて使っており、ベースマップとして使うこともあるそうだ。ほっぺたや唇、耳やまぶたなどをやり直さないといけないこともあるが、いいスタート地点にはなるのだという。
これらのテクスチャをMudboxからMayaに取り込んで作業を進めていく。
「通常は、ハイレゾのOBJをそのままディスプレイスメントマップとしてレンダーしています。アニメーションを付けないので、手を加えておく必要はありません。XGenも使っていて、いい感じの髪の毛を素早くつくるのに適しています。特にガイドは時間をかけてつくっていますね」。
ここからは、ルックデヴの作業の解説に入る。モデルとテクスチャの作業時間は比較的短く、ほとんどの時間をルックデヴに費やしているという。
「シェーダーネットワークは極めてシンプルにしています。経験上、複雑にしすぎてしまうと修正する方法を突き止めるのがかなり難しくなってしまいます。集団内のマップの数もノードの数も限られていれば、何が問題なのか突き止めやすいですし、修正すべき点もピンポイントで見つけられます。この時点ではGPUレンダリングを使います、その方がだいぶ速いからです」。
メイキングの締めくくりとして、スプリグス氏は自身が肖像画をつくるにあたって注意している点や具体的なテクニックについて語ってくれた。
「肖像画をつくる際には、主にライティング、構図、ポーズに注目するようにしています。Photoshopでは2階調化することで明度を確認できるので、目線がどこにいくのかがだいたいわかります」。
「画面外や見てほしくないエリアに目線がいくのは理想ではないので、顔をフォーカスポイントにしておきたい。イートンさんの場合は、まずは顔を見てから骸骨を見てほしかったので、目線は顔から腕を辿って下にいき、骸骨を見てから上がって顔に戻り、円を描く構図になっています。構造として1つのループをつくり出したことで、目線をフレーム内に収めるようにしています」。
もう1つのテクニックはカンバスを反転することだ。一種の頭のリセット方法であり、新しい視点から見ることで、おかしなところが浮き立って見えるのだという。以上がイートン氏の肖像画のメイキングとなる。
裏に隠された心情まで映し出すハイパーリアリズム
続いて、スプリグス氏の肖像画に対する思いや考え方が語られた。スプリグス氏は肖像画を制作する際、基本的に知っている人の肖像画しかつくらないという。スプリグス氏が出会い、対象の人物に惹かれて制作してきた肖像画と、そのメイキング動画が紹介されていった。
肖像画のモデルになったのは、アーティストのキム・ジョンギ氏、キム・ヒョンジン氏、ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役・塩田周三氏をはじめとして、スプリグス氏の友人、家族、同僚ら、自分の人生に意味ある経験や影響を与えてくれた人々だという。
また、スプリグス氏の制作する肖像画は、過去の美術の巨匠たちの絵画の構図を参考にしてつくられているそうだ。
「全ての肖像画には歴史があり、作られた理由があり、人物像があります。コレクションとして見ることによって、私の人物像も見えてきます。また、私の作品の多くは、巨匠たちにインスピレーションを受けています」(スプリグス氏)
しかしスプリグス氏の作品はデジタルアートゆえに、“調整を加えたただの写真だろう”という批判を受けることもあったという。写真ではないということを証明するために、制作過程を見せなければいけないところまできてしまった、とスプリグス氏は言う。
「私は写真をつくろうとしているわけではないですし、写真と同じ目的を果たそうというわけでもありません。写真以上のものを表現しようとしています。例えば、iPhoneで夕日の写真を撮ったとします。そのままの写真を見ても、あまり良く見えないですよね。目の前の夕日はその写真に確かに映ってはいるものの、実物には到底かないません。でもiPhoneでその写真の明度、彩度、コントラストを変えて調整すると、その写真の裏に隠された心情も誇張されます。それがハイパーリアリズムというものなんです。肖像画の色を変えるだけでもいいですし、少し青みを追加してみるだけでもいいのです」。
続いて、スプリグス氏に影響を与えたアーティストとして、ロン・ミュエク、チャック・クロース、エヴァン・ペニーといった現代美術家の作品が紹介されていった。さらに、「肖像画とは何か」という問いを立て、人の顔に見える無機物の写真が紹介された。パレイドリアという心理現象によって、人間の脳は無機物にも顔を見出すが、スプリグス氏によればそれらもまた肖像画の一種であるという。
さらにスプリグス氏の兄の作品が紹介された。ガムやヘアブラシ、カメラや小銭やヘッドホンなど、特定の個人にまつわるアイテムを使ってその人を表現したその作品も、肖像画であるという。
また、肖像画の役割として「対象の地位を表す」ものがあるといい、ルネサンス期の画家ボッティチェリの「東方三博士の礼拝」が紹介された。
「絵の中に描かれたボッティチェリ自身は、キリストの誕生に立ち合うという最高の地位を獲得しているだけでなく、絵を見ているあなたにも視線を向けるという、全知の立場にあるということが表現されています。ボッティチェリは、自分自身にこれ以上ない地位を与えたわけです」。
ほかにもゴヤやカラヴァッジオなど、過去の巨匠の描いた肖像画について、そこに込められたとされる画家の意図が紹介されていった。それらの様々な作品紹介に続いて、スプリグス氏が制作した母親の肖像画が紹介された。
「これは私の母親です。注意深く見てみると、私が母親の肖像画を制作している様子が母親の眼球に映し出されています。つまり、これは私の母親の肖像画というよりも、私自身の肖像画です。私が何をつくり出せるのか、私の作品はどういうものなのかというのを見せていて、この構図のモデルを母親にするのが一番適切だと思いました。私は母親から生まれたので、私はこういう人物で、ここから生まれて、こういうことをしています、ということを表しているんです」(スプリグス氏)。
続いて、肖像画の下から筋肉や血管が透けて見えるスプリグス氏の作品が紹介された。
「肖像画とは何なのかという話をしてきましたが、いろいろな要素があるので、それらを組み合わせて新しい方向性を模索しようと思ったんです。デジタルツールという新しい媒体があり、ハイパーリアリズムを使ってフォトリアリズムを超えるものもつくれる。肖像画とは何なのかという問いもある。この3つの要素をかけあわせて、人間の表面だけではなく、骨まで掘り下げて見せるというアイデアを考えつきました」。
最後に、レンブラントやジェリコーらの作品を解説しながら、肖像画における構図についてのアドバイスが語られた。
「肖像画において一番重要なのは、目線を引くことです。絵を見ている人に見てほしい部分を見てもらうことです。色を使うと、人の注意を引けます。彩度を変えたり、明度を変えたり、ディテールで注意を引いたり、リズムを変えるのも1つの手です。パターンを崩すのもありですね。空間をつくり出すことによって注意を引けます。最終手段として、これを見てくれと言わんばかりに、矢印で指すのもありです。皆さんもこれらの要素を全て考慮して自分の作品に取り組み始めたら、格段に良くなったものをつくり出せるようになります」。
ハイパーリアルな肖像画を描くためのテクニカルな話に留まらず、表現に対する思想的な部分にいたるまでが語られた本セッション。アーティストの胸に響くものがあったのではないだろうか。
TEXT_オムライス駆
EDIT_武田かおり / Kaori Takeda(CGWORLD)