都内アニメ制作スタジオの挑戦:世界最大のアニメーション見本市『MIFA』を通じた新たな一歩
2023年6月13日から6月16日にかけてフランス・アヌシーで開催された世界最大規模のアニメーション国際見本市、MIFA 2023。このイベントには、東京都が実施する「海外進出ステップアッププログラム」に参加した都内のアニメ制作スタジオ8社が出展し、海外アニメーション見本市という舞台を経験した。本記事では、MIFAでの彼らの挑戦と成果に迫る。
世界のアニメ市場を支える国際交流の場・MIFAとは?
世界で最も長い歴史を持つアニメーション映画祭・アヌシー国際アニメーション映画祭に併設され開催されるアニメーション国際見本市、MIFA。映画祭及びMIFA開催期間中には数多くのアニメーション関係者がアヌシーを訪れる。
フランス東部の都市アヌシーはかの有名な印象派画家セザンヌが皮肉を込めて「美し過ぎて退屈だ」という表現をしたほどに風光明媚な都市である。世界中からアーティストが集う場所としてこれ以上の舞台はない。
MIFAを形容するとすれば、アニメーションの万国博覧会といったところだろう。国や都市、企業単位でブースが設けられ、アニメーション業界のプロフェッショナル達によってプレゼンテーション、商談や情報共有が行われる。
業界の活性化・人材育成という面もあり、ディズニーやドリームワークスといった世界に名だたる企業によるリクルーティングも行われる。未来に向けてのアニメーションの成長と展開をサポートし、業界全体の地位向上に寄与している。
40年以上にも渡りアニメーション業界の国際交流の場として重宝され、毎年参加している人も多いとのこと。今年もアヌシーに行かなければ!と思わせるほどの魅力がそこにはある。かく言う筆者もすでにその虜の一人だ。
MIFAではアニメーション業界の最新のトレンドや技術動向に関する情報が共有され、セミナーやパネルディスカッションを通じて、制作技術や映像制作のアイデアに関する議論が行われる。さらには業界関係者同士のネットワーキングの場としても機能し、アニメーション制作者、監督、プロデューサー、配給会社、プログラマーなどが交流し、新たなコラボレーションやビジネスチャンスを模索している。
MIFAの真価はこれだけではない。
期間中、MIFAの展示会場では朝から夕方まで各ブースで商談が盛んに行われる。しかし夜になり19時を過ぎた頃、会場はもぬけの殻となる。舞台を移し、アヌシーの街へと繰り出した彼らはそこから怒涛のパーティ三昧。アヌシーの夜は長い。
町中のありとあらゆるレストランでは貸切のパーティーが開かれ、グラスを片手にアニメーションの話で人々が夜な夜な盛り上がっている。
「いま、○○を主人公にした▲▲みたいなアニメの脚本を書いててさ!」
「面白いね!その話、一枚オレも噛ませてくれよ!」
耳を傾けてみると、どこもこんな調子。
迸る暑苦しいほどのエネルギー。混じりっけない純度100%の情熱を目にした。
世界のアニメーター達がこの様に交流を深めていると誰が想像するだろうか。
東京都によるアニメーション業界の海外進出支援プログラム
2017年から東京都はアニメーション業界の拡大を目的とした「海外進出ステップアッププログラム」を展開しており、その一環としてMIFAにも出展している。
本プログラムは国際的な展望を持つ東京のアニメ制作スタジオに新たなビジネスチャンスを追求する機会を提供し、海外市場への展開をサポートする包括的な取り組みとなる。
●「海外進出ステップアッププログラム」について
海外へのビジネス展開を志す都内のアニメーション制作会社等を対象に、海外へのビジネス展開において重要となる海外市場のニーズや商習慣等に関するセミナー・ワークショップを実施するとともに、ピッチに挑戦する機会としてピッチコンテスト(「東京アニメピッチグランプリ」)を開催している。
https://anime-tokyo.com/program/#grandprix
入賞者のうち、最優秀賞及び優秀賞の合計 5 組程度を対象として、海外へのビジネス展開において重要となる商習慣等に関するサポートプログラムを実施するとともに、海外アニメーション見本市への出展支援やプロデューサー等来場者への PR 活動・ビジネスマッチング等を実施を行い、都内アニメーション産業の振興と海外展開の促進を図る。
https://anime-tokyo.com/program/
MIFA出展企業が感じた確かな手ごたえ
MIFA2023には、コロナの影響もありMIFA2022への出展が叶わなかった2021年度東京アニメピッチグランプリの受賞者4社も2022年度の受賞者と共に参加し、合計8社での出展となった。
MIFA2023にて海外スタジオ・配給会社との商談及び作品のピッチを行った出展企業担当者に現地で体感した、MIFA出展の難しさ、「Tokyoブランド」の強み、日本と世界のアニメ制作の違い等、リアルな声を伺った。
<MIFA2023出展企業紹介>
ゼリコフィルム
出展作品:アムリタの饗宴
https://www.zelicofilm.com/
うるまでるび
出展作品:ザザムシ
https://urumadelvi.com/
StudioGOONEYS
出展作品:CHAT FOOD
https://gooneys.co.jp/
MoonFaceAnimation
出展作品:Yatchi(>.<)Mattaaa!
https://www.moonfaceanimation.com/
StudioSelfish
出展作品:Sunny Side Ups
http://studio-selfish.jp/WP/
アートワークス
出展作品:こわがりムームー
https://www.rika-asakawa.art/
エクラアニマル
出展作品:幕末陰陽師・花
https://anime.or.jp/
カナバングラフィックス
出展作品:迷子のバイザウェイ
https://www.kanaban.com/
Q. 商談を行った海外バイヤー、スタジオの印象は?
東京都による事前のレクチャー等で説明が行われたこともあり、日本でのアニメーション制作と他国のそれとでは様々な相違点があると各社認識していたが、やはり実際MIFAという場で商談を行うと新たな発見があったという。
『企画を売り込む際の商談において日本では予算や座組みといった、いわゆるコンテンツ制作における枠組みの話が議題として先行しがちです。しかしそれとは対照的に、MIFAでの商談では何よりもまず作品・企画について判断されるという事を強く感じました。』(StudioSelfish)
なぜこの作品を作るのか、どういったメッセージを作品に込めているかといったコンテンツドリブンな会話が中心であり、「創り手」としてクリエイターを尊重する姿勢を商談相手から感じ取ったという。買い手、売り手や受注者、発注者といったビジネスにおけるラベルに囚われない商談のスタイルが彼らには新鮮に映った。
Q. MIFAで印象に残った出会いやエピソードは?
MIFAの開催時期は通常13万人の人口の都市アヌシーに1万6千人超ものアニメーション業界従事者が世界各地から訪れる。文字通り、石を投げればアニメーション業界人に当たるといった状態であり、その期間のアヌシーは「アニメーション」という共通言語さえ持っていればみな友達となる。
『MIFA期間中は、商談で話が盛り上がったから、互いの作品を気に入ったからといった偶発的な理由で食事やお酒の場が設けられます。その中で交わされるラフな会話が次第に共同制作や出資といった形に昇華されることも稀ではないという事実を聞いて、日本との違いにとても驚きました。』(StudioGOONEYS)
『パーティで会ったイギリスの方が翌日私に会いにブースまで来てくださって、現地の業界事情について山ほど情報を下さりました。』(アートワークス)
見ず知らず同士にも関わらず、会話を交わすとひとりひとりと心が繋がったような感覚を覚えさせるMIFA。アニメーション業界人にとってこれほど居心地の良い場所があるだろうか。MIFAが長年にわたって開催される理由もここにある。
Q. MIFAで得た経験を今後どのように活かす?
参加企業各々が日本と世界のアニメーション制作の違いを目の当たりにした。
『MIFAを経験すると自分たちの置かれている立場がいかに後進的で閉鎖的か理解できます。世界には非常に優れたアニメーション作家が多数存在し、それらがMIFA等を通じて、気軽に情報共有していることは、日本にいては全く想像ができない世界であり大きな刺激となりました。自身にとって、海外との共同制作やアニメ作品の輸出等の選択肢があるという事実を知れたことにとても価値があったと思います。』(ゼリコフィルム)
というコメントからはMIFAで得た成果が強く伝わってくる。日本のアニメ文化は世界で圧倒的な地位を築いた。しかし独自のカルチャーと市場を確立した反動からか、企画プロデュース・制作体制もややドメスティックな色が強くなりがちだ。MIFAに参加したことで日本で活動する自身を省みる機会になったと語る。それに加えて、世界の舞台を経験し見聞が広がったことで創作にも影響があったという。
『デザインやストーリーを作る際には海外のレギュレーションも意識するようになり、何より、企画を作るときの視点、起点が変わったかもしれません。』(StudioSelfish)
「観る人」にどんな時間を届けたいかを考える。アニメーション制作者なら誰もが念頭にあることだろう。ただ、この「観る人」を指すものが変わるだけでガラリと変わるというのがクリエイティブの面白さだ。グローバルな視点を得た彼らの今後の創作に期待したい。
Q. MIFAへの出展を通じて得られたビジネスの機会は?
MIFA開催期間中の4日間、休みなくひっきりなしに商談を重ねていた各社。比較するわけではないが、他国のブースと比べてもその盛況ぶりは目を見張るものであった。
『MIFAへの出展で、多くのバイヤーの方に興味を持っていただいたり、共同制作のお誘いがあったことは大きな収穫でした。多くの企業と繋がりを持てたので、フォローアップし彼らとの繋がりを維持していければよいなと思っています。』(カナバングラフィックス)
世界からの熱いラブコールがあった一方で、厳しい現実にも直面した。
『共同制作のお誘いなど沢山のビジネスチャンスが舞い込んできたのは事実です。しかしアニメーション制作というのは性質上どうしてもお金がかかるものです。お金の話になると相手もシビアになるので、助成金や予算の持ち分を交渉したりといった点では多くの課題が残りました。』(エクラアニマル)
トントン拍子に話が進まないのは万国共通。助成金や契約に関してはさらなる勉強と経験が必要であると痛感した。MIFAはあくまで入口であり、今回蒔いたビジネスチャンスという種を咲かせられるかは今後の立ち回り次第なのだ。
Q. MIFA出展の経験を通じて感じたアニメーション業界のトレンドや未来は?
政治や宗教といった創作におけるある種のしがらみに縛られないストーリーテリングが日本アニメのユニークさであるとMIFAに訪れていた世界のアニメーション関係者は口を揃えて語っていた。しかし、日本から世界にアニメを展開するとなると話は逆転する。
『ダイバーシティへの配慮、既存コンテンツのリブート、VR、 SNSショートなどプラットフォームの多様化、YA(ヤングアダルト)向けの需要増加などといった移ろいゆく社会に合わせたコンテンツ作りをしなければならないということを学びました。』(StudioSelfish)
世界進出にあたっては、人種・文化の違いに配慮しつつ、マスに好まれる作品を作る、そして、多様化するターゲットやプラットフォームに合わせた適切なコンテンツのチューニングを図る、といった新たな対応も求められそうだ。
一方で、エンターテイメントの根本という今も昔も変わらない普遍的要素も存在する。
『「おもしろさ」の力は時代に関係なく強いと思います。おもしろいストーリーは、国籍、人種、文化をある程度のところまで飛び越えることができます。自分が作品を作る際、つい「正しいこと」や「誰も不快にならないこと」に囚われがちで、ついつい消極的な表現になりがちですが、人が惹かれるのは元来おもしろい話なのであるということを海外の方とお話していても感じました。』(アートワークス)
レギュレーション対策やマーケティング戦略を如何に試行錯誤しても、「良い体験」かどうかというエンターテイメントとしての絶対的評価が核にあるのは間違いない。
Q. 東京都のサポートを受けた際に最も役立ったアドバイスや支援は?
東京都によるMIFA出展企業へのサポートはMIFAでの商談やプレゼンテーション対策を目的としたセミナーやワークショップ、商談先とのスケジュール調整、現地での通訳サポート等、多岐に渡る。出展企業は東京都のサポートをこう振り返る。
『なんと言っても「Tokyo」のブースという信頼感は大きいですね。東京都という看板があるだけで商談の申し込みが一定数担保されます。各社約30件ものアポイントメントが東京都の方の手配で組まれており、スケジューリングの面などで非常に助かりました。事前にレクチャーされるセールスの方法からノベルティグッズ、ピッチのフォローといった多岐にわたる講習は現地でも参考になりました。』(StudioGOONEYS)
『実質、東京都のブースが「オススメ」してくれているわけですから、これ以上の作品への援護射撃はないと言えます。それに加えてスタッフの皆様も親身に相談に乗ってくれ、売り込みの適切なアドバイスをしてくれます。』(ゼリコフィルム)
東京都による万全のサポートを受けて、MIFAで行われた「Tokyo Pitch」ではTokyoブース出展企業8社が海外のアニメーション従事者を前に、英語で堂々とした見事なプレゼンテーションを行った。会場に用意された席では数が足らず、床に座りながらでもプレゼンテーションを見たいという観客も大勢見られ、結果大盛況に終わった。
Q. 来年以降のMIFAへの出展を検討しているスタジオに対してアドバイスは?
来年以降のMIFAへの出展を検討しているスタジオに対して、各社からはより効果的にMIFAに望むための実践的なアドバイスが集まった。
『企画を進めていくのは時間がかかるので、それなりに心構えとプランが必要です。実際にMIFAに出展するとなると、やるべきことが山のようにあります。』(MoonFaceAnimation)
『バイブルやピッチ作成、海外企業との商談など、様々なタスクをこなすことは確かに多くの時間と労力が必要で大変です。しかし、その過程で学べることは非常に多いと感じました。』(StudioSelfish)
MIFA出展にあたっての具体的なアドバイスがあった一方で、MIFAを経て得たポジティブな経験を振り返るコメントもあった。
『アヌシーでは楽しい交流もたくさんあります。MIFAに参加するということは、自身のスタジオにとって、かけがえのない経験となり、後々の様々な局面で役立つと思います。』(ゼリコフィルム)
『商談の中で作品に対する生のフィードバックをたくさん伺うことが出来ます。作品を作るにあたって、客観的な意見を様々な国の方から頂けるというのはこの上ない贅沢な経験です!参加を是非おすすめしたいですね』(エクラアニマル)
東京都支援プログラムへの参加方法と本年度の概要
▼プログラム概要
東京都は、海外へのビジネス展開を志す都内のアニメーション制作会社等を対象に、「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」を開催する。本プログラムは「セミナー」、「ワークショップ」、「ピッチグランプリ」の3つからなり、海外アニメーションビジネスの最前線で活躍する有名講師陣が、海外進出に関する不安を解消するために本当に知っておいてほしいノウハウを解説し、実践的なスキルの習得をお手伝いする。
セミナーは、実に4年ぶりとなるリアル開催(セミナーA・B)に加えて、海外在住講師によるオンライン開催(セミナーC・D)の全4回。ワークショップは対面式のグループワークショップが1回、個別にフィードバックをもらえるオンラインワークショップ1回の全2回。
セミナーA(リアル開催):10月6日(金)
「アニメーション映画祭・海外マーケットについて学ぶ」
セミナーB(リアル開催):10月17日(火)
「海外に作品を展開するための手法を学ぶ」
セミナーC(オンライン開催):10月31日(火)
「ピッチから企画の骨格を考える」
セミナーD(オンライン開催):11月7日(火)
「ピッチとバイブルのスキルアップを考える」
ワークショップ①(リアル開催):11月21日(火)
「ピッチ・バイブルを作りこむグループワークショップ」
ワークショップ②(オンライン開催):11月30日(木)
「企画案を作りこむ個別相談ワークショップ」
▼東京アニメピッチグランプリ
上記セミナー6回のうち1回以上参加した方を対象に、習得したスキル等を競うために開催されるのが「東京アニメピッチグランプリ」だ。最大100万円の賞金や、世界最大級の海外見本市「MIFA2024」(フランス・アヌシー)への出展支援(英語ピッチ指導、商談設定、出展作品の広告、アフターフォロー他)、海外に向けた作品の宣伝等、東京都から海外展開に向けたサポートを得ることができる。
▼セミナー・ワークショップ参加条件・申込み
●参加条件
・都内に登記がある中小企業者
・都内税務署へ開業届出をしている個人事業主
・将来、都内にて創業を検討されている、都内在住/在勤/在学の方
●参加費用
・無料
●参加申し込み
各回2営業日前16:00まで
詳細はこちら
TEXT_宮澤開吾(CGWORLD)