ごく普通の日常風景を題材にしながら、どこか「不気味さ」を感じさせるCGを生み出す、たいらかける氏。これまでの作品から、制作の秘訣や本人のバックグラウンドなどを探るとともに、現在制作で用いているマウスコンピューターのクリエイター向けノートPC「DAIV 5N」のパフォーマンスや使い勝手を伺った。
重視しているのは、腑に落ちない感覚
CGWORLD(以下、CGW):3DCGを始めて1年ちょっととのことですが、アートに関する経歴はどのような感じでしょうか。
たいらかける氏(以下、たいら):2020年に、まずは点描画やイラストなどの創作活動からスタートしました。その後、2021年の12月頃からはBlenderによるCG制作にも取り組み始め、現在は3DCGメインで画像や動画をSNSに投稿しています。また、3DCGでは誰もが一度は目にしたことがあるような日常生活のひとコマを題材にしながら、その中で何らかの気配やストーリー性などを感じさせる「不気味さ」みたいなものをテーマにしています。
今年作った
— たいら かける (@taira__kakeru) December 30, 2022
少し不気味な空間を
46秒にまとめました#2022年を振り返る #blender #b3d pic.twitter.com/n6GNaOp1fW
CGW:Blenderを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
たいら:じつは、イラストを描いていたときはコンセプトがまったく定まっておらず、迷走している期間が長くありました。そんなときに、漫画家の浅野いにお先生が「3DCGを使って背景を制作している」と知ったのがターニングポイントでした。
浅野先生の作品には中学生の頃から興味があったので、Blenderを習得すれば「浅野先生の近くでいつか仕事ができるかも!?」という単純な発想でBlenderを始めたわけです。いまにして思えば、恐れ多い話ですよね笑
CGW:「不気味さ」を表現するにあたり、日常的な風景を選んだ理由は?
たいら:自分は作品の中では「包丁が落ちている」や「お化けが映っている」など、見ている人の恐怖の感情を確定してしまうような表現は避けています。正解をダイレクトに表現しないことで、見ている人には「これはいったい何なのか?」といった腑に落ちない感覚を抱いてもらうことが大事だと思っています。そのうえで、日常的な風景をテーマとすれば、多くの人が関心を寄せてくれると考えてのテーマ設定をしています。
CGW:画づくりにおけるポイントはどんなところですか?
たいら:大きく分けて3つあると思います。1つ目は「不確定要素」。考える余地が多ければ多いほど人の感情は揺れ動くので、見ている人の想像をかきたてるようなモノを配置することが、不気味さにつながるのかなと思います。
2つ目はテクニック的な部分で、ライティングや色味、レンズによる「異空間風の見せ方」。
そして3つ目は、人の存在を感じさせる「生活感」みたいなものです。自分の作品の中には人間や生き物がまったく登場しませんが、モノの乱れや汚れなどから、そこにいる人物の性格や生活習慣などを想像することが可能です。そういったところから、見ている人に「人がいないのに“いるような感覚”」をもってもらいたいと考えています。
たいらかける氏
2021年12月頃からはBlenderを使用した3DCG作品づくりを開始。リアルな日常風景に不気味さを漂わせた独自の作風で注目を集める。なお、CG系の専門学校や企業などに在籍した経験はなく、DCCツールの使い方やテクニックなどはすべて独学だという。
Instagram:taira_kakeru
Twitter:@taira__kakeru
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場末のコインランドリー
CGW:では、これまでに制作してきた作品について、順を追ってご紹介をお願いします。
たいら:まずは、2022年2月に制作した「場末のコインランドリー」になります。Blenderを始めてから約3ヵ月の頃につくったもので、作品としては3作品目になるのですが、初めて多くの人に注目してもらえた作品です。
CGW:小道具として使われている、謎の趣味の絵画や昭和風の壁がけ時計がいい味を出してます。
昭和風のアイテムを引っ張り出して「ノスタルジー」を狙った作品は多いですが、「不気味さ」の演出に使用する作品は珍しいですよね。こういった作品スタイルは当初から決めていたのですか?
たいら:じつはこの作品をつくるまで、方向性みたいなものはとくに決まってなかったんですよ。SNSでの反響がよかったので、「こっちで行ってみようかな」と思うようになりました。
CGW:画角やレンズの歪みも特徴的ですよね。何か参考にされたものはあるんですか?
たいら:とくに参考にしたものはなく、試行錯誤の末にたどり着きました。 魚眼レンズによる監視カメラのような歪みも自分の狙った違和感が引き出せるなと思い決めました。あと、画に不穏な緊張感を与えるために、全体的に緑の色味をかけています。
残業終わりの更衣室
たいら:次は「残業終わりの更衣室」で、これはコインランドリーから1ヶ月後の2022年3月頭に制作した作品です。コインランドリーと同じような構図にはしたくなかったので、真ん中に視点を置いた一点透視図法をもちいた構図を採用。画面の奥に吸い込まれてしまうような感覚になってもらうことを目指しました。
細かい設定があるわけではないですが、まだ利用されているものの、すでに活気がなくなっている更衣室をイメージしています。床に散乱しているのはVHSのビデオテープで、床にテープが落ちていても「誰も気に留めないぐらい寂れている」という感じです。
CGW:1ヵ月程度で1作品を作るというのはかなりハイペースかと思います。スケジュール感はどんな感じでしょうか。
たいら:最初に、1週間ほどかけて作品の構想を練ります。そこから、作品づくりに必要なオブジェクトなどをメモ帳に書き出し、3週間ほどかけて実作業を行います。
あとは、調整作業やブラッシュアップなどで3日~1週間程度かけるので、全体としては1ヶ月~1.5ヶ月というイメージでしょうか。ただこれは、自分の好きなように作品を作れる自主制作だからこそのスピード感だと思います。また、1日のうちCG制作に充てている時間はだいたい9~10時間で、複数の作品を同時に手掛けることはないです。
CGW:この作品に対する評価やコメントはどうでしたか?
たいら:じつは、この作品で初めて、間違いを指摘するコメントをいただきました。現在はすでに修正済みなのですが、最初の状態では天井部分にまったく境目がなく、一枚板のような状態でした。
SNSで作品を見てくれた天井に詳しい方から「これはパネルだから、分割されていないとおかしい」というコメントをいただき修正しました。細かいところまでしっかり見てくれており、自分としては「とてもありがたい」と感じています。
とあるアパートの廊下
たいら:3つ目にご紹介するのは「とあるアパートの廊下」です。これは2022年3月末に制作した作品で、自分が前に住んでいたアパートの風景を参考にしました。それなりに掃除はしていますが、ゴミ袋や洗い物は溜めがちな様子を描くことで、この部屋の住人の性格を表現しています。
CGW:割りとズボラな一人暮らしの男性(?)の日常風景のように見えます。日常風景なのに不穏な空気があるので、逆にどこか変なところが無いのかじっくりみてしまいますよね。
で、じっくり見てみると、あんなところに、たいらさんのアイコンを見つけてしまいました。 結構こういう“いたずら心”みたいな工夫が細部にちりばめられてますよね。
たいら:見つけていただいてありがとうございます。商品名とか細かいところで遊んでいたりします。
CGW:ところで、そもそもこの作品を作ろうと思った理由はなんだったんですか?
たいら:この作品をアップした時期が、ちょうど4月あたりで、入学や入社で一人暮らしを始める方が増えるタイミングということもあったので、これまでの作品よりもより身近な、アパートというテーマを選びました。
日常を選ぶことで、「私の部屋も見られているのでは?」と感じさせたいなと思ったんです。
CGW:それはちょっと、いたずら心というより、大分怖い発想ですね 笑
駅構内のコインロッカー
たいら:4つ目は2022年4月末の作品で、東京・池袋駅の地下に実際にあるコインロッカーの写真画像を参考にした「駅構内のコインロッカー」です。狭い空間に密集しながら、整然と並ぶコインロッカーは曲線を多く表現でき、魚眼の画角をより効果的に見せられるので、この構図を選びました。
この作品では「写真通りに3DCG化する」ことを初めてコンセプトに据えたので、ロッカーの配置や監視カメラの位置などは、元の写真画像をほぼ忠実に再現しています。
CGW:どういった意図でそのコンセプトにしたのですか。
たいら:純粋にスキルアップが目的です。たとえば「テクスチャワークのスキル向上」といったことを目指しました。これまでの作品では、テクスチャ素材は無料で利用できる海外の素材サイト「Texture.com」からダウンロードし、それを編集して利用していました。
しかし、この作品ではコインロッカーの精算機や床に落ちているレシートなどのテクスチャを自分で制作しました。そういったテクスチャは、1度作っておけば今後の制作にもいろいろ活用できますし、自分の力にもなると考えたからです。
アパートの共用廊下
たいら:5つ目は、2022年5月下旬に制作した「アパートの共用廊下」です。住んでいる人がいるけれども「ポストに入れられたチラシが回収されない」や「共用のゴミ箱が倒れたまま放置されている」といった描写で、住人の人間性を表現したつもりです。
CGW:住人達の生活やパーソナリティが伺えますね。こちらも、テクスチャは自作しているのですか?
たいら:この作品では、無料で利用できるものを活用しました。例えば、左手前の掲示板に貼ってある「ぐんまバスツアー」のチラシなどは、Texture.comからダウンロードした素材を使っています。ただ、出来ればこういったものも自作できる方が良いとは思っているので、最近の作品では可能な範囲で自作するようにしています。
とある昭和アパート
たいら:6つ目は「とある昭和アパート」で、これは2022年6月中旬の作品です。3つ目に紹介した「とあるアパートの廊下」と題材は近しいですが、こちらは築年数の古い昭和風の部屋をイメージしました。ちなみに、キッチンにある調味料などは同じアセットを使っています。
CGW:この作品には、どんな背景設定などがあるのでしょうか。
たいら:テーブルの上をよく見ると、スマートフォンが2つ置いてあることがわかります。そこから、「もしかしたら2人の人物がいるのかな」と想像してもらえればという思いはあります。また、椅子についてもそれぞれに男女が座っていて、「中央のオレンジ色の椅子には女性が座っていたが、どこかに行ってしまった」という設定です。だから、テーブルから少し引いた場所にオレンジ色の椅子がレイアウトされています。
デパートのキッズフロア
たいら:7つ目は、2022年7月中旬に制作した「デパートのキッズフロア」です。海外では、普段から見慣れたショッピングモールやプール、学校、通路などであっても、人の気配がない夜などでは何故か不安な感覚になるような場所を「リミナルスペース(境界に位置する場所)」と言います。この作品は、そのリミナルスペースを「日本風にやったらどんな感じになるか」をコンセプトに制作しました。
個人的なポイントは、右手前の「キッズコーナー」です。キッズコーナー特有の怖さというか、本来は子どもが楽しく安心して遊べる場所なのだけれども、そこが無人になることで生まれる、寂寥感を表現したいなと思いました。
CGW:初期作品のコインランドリーと比べると「色味」に大きな違いを感じます。
たいら:おっしゃる通り、初期のコインランドリーや更衣室では不気味さを「色味で表現しよう」と考え、色味を強く主張していました。しかし、それだけに固執してしまうとワンパターンな印象になってしまうので、「色味以外でも不穏な空気を表現したい」と考え、光の強弱のコントロールを目指しました。
CGW:光の強弱を決める基準などはあるのでしょうか。
たいら:明確な基準などはとくにないです。ただ、自分の中では「見たときのインパクトやコントラストが強い方が記憶に残りやすい」というイメージがあるので、この作品ではそこを意識し、手前の明るさと奥の薄暗さを調整しています。
営業後の下町銭湯
たいら:8つ目は2022年8月中旬に制作した「営業後の下町銭湯」。コインランドリー以前の2021年12月に銭湯を題材にした作品を作っていたので、改めて作ったのがこの作品です。こちらもスキルアップが目的の1つで、Blenderのボリュームシェーダーで煙の表現に挑戦しました。
CGW:これまでの作品と比べると、不気味さが抑えられていて清潔なイメージを感じます。
たいら:確かに、これまでのような不気味さの表現は抑えられていると、自分でも思います。ただ、中央にあるドアを少し開けることで「隙間から何か出てくるのではないか・・・」みたいな不安をあおる工夫はしています。あと、掃除に使うホースを奥に向かってつなげることで、無意識に目で追ってしまうような視線誘導も意識しました。
20代前半の男性が一人暮らししていそうなアパート
たいら:最後は、2022年11月下旬に制作した「20代前半の男性が一人暮らししていそうなアパート」です。
これまでの作品とは違い、監視者の存在をより強く感じさせる作品にしました。
3つ目の「とあるアパートの廊下」と同様に、この作品も以前住んでいたアパートの家具や物の配置などを参考にしています。
CGW:初めての動画作品ですが、動画にした理由は?
たいら:じつは、1つ前の「営業後の下町銭湯」を制作した2022年8月に、新しいPCとして「DAIV 5N」を購入したのが、最大の理由です。それまではGPUを搭載しない超格安ノートPCを使っていたのですが、そのPCではスペック不足でとても動画に手を出せる状況ではありませんでした。
しかし、DAIV 5Nであれば、CPUはインテル Core i7-12700H プロセッサー、グラフィックボードとしてGeForce RTX 3060 Laptop GPU、そしてメモリも32GBを搭載しており、動画制作も難なくこなせるスペックなので、表現の幅を広げるためにも動画にチャレンジしました。
DAIV 5Nで表現の幅が広がった! サポート体制や日本製も魅力
CGW:作品づくりにおいて、DCCツールは何を使われているのでしょうか。
たいら:基本はBlenderのみで作業しています。レンダリングにはCyclesを使用。そのほか、動画編集にはDaVinci Resolveを、テクスチャの作成にはイラスト制作で使っていたCLIP STUDIO PAINTを用いています。
CGW:2022年8月に「DAIV 5N」を購入したとのことですが、数あるPCの中からマウスコンピューター製品を選んだ理由は?
たいら:前提として、3DCGを制作するためには、それなりのスペックを備えたPCが必要になります。当然、安い買い物ではないので、まず挙げられるのはやはり「コストパフォーマンスが高い」という点でしょう。これに加えて、「しっかりとしたサポート体制」や「日本製」といった点も魅力に感じて選びました。
CGW:DAIV 5Nを使ってみた感想や、気に入っているポイントなどがあれば教えてください。
たいら:以前に使っていたPCは約3万円のGPU非搭載ノートPCだったので、作業中に動作が遅くなることがあるだけでなく、ときにはBlenderのデータが消えてしまうこともありました。それに対して、DAIV 5Nは動作がとてもスムーズで、予期せぬハプニングもまったくありません。作業中のストレスが皆無になった点は、非常に満足しています。
CGW:3DCG制作時、負荷のかかりやすい作業は何でしょうか?
たいら:物理演算の作業時は高負荷がかかるイメージです。例えば、カーテンや布団、ハンガーにかかっている服など、布製品を滑らかに表現しようとすると必然的にポリゴン数が多くなるので、それらをシミュレーションさせる際には負荷がかかってしまいますね。しかし、DAIV 5Nであればそういった作業も問題なくこなせるので、表現の幅が広がったと感じています。
たいらかける氏が購入した「DAIV 5N」のポイント
DAIV 5Nは、15.6型液晶ディスプレイを搭載するクリエイター向けの高性能ノートPC。たいら氏のモデルは、インテルのモバイル向けCPU「インテル Core i7-12700H プロセッサー」とノート版のミドルクラスGPU「GeForce RTX 3060 Laptop GPU」を搭載するほか、32GBのメモリを備えており、3DCGの制作を十分に行える構成となっている。
DAIV 5N
- 価格
約23万円
- CPU
インテル Core i7-12700H プロセッサー(14 Cores (6 P-cores 8 E-cores)コア / 20スレッド / 2.30GHz(P-cores) 1.70GHz(E-cores) / TB時最大4.70GHz(P-cores) 3.50GHz(E-cores) / 24MBスマートキャッシュ )
- GPU
GeForce RTX 3060 Laptop GPU
- メモリ
32GB(16GB×2)
- ストレージ
512GB (NVMe)
- OS
Windows 11 Home 64ビット
問い合わせ
株式会社マウスコンピューター
TEL(法人):03-6636-4323(平日:9~12時/13時~18時、土日祝:9~20時)
TEL(個人):03-6636-4321(9時~20時)
https://www.mouse-jp.co.jp/store/brand/daiv/
TEXT_近藤寿成(スプール)、EDIT_小倉理生