業界屈指の技術力とこだわりで数々の傑作を世に送り出すアニメーション制作スタジオMAPPAの背景美術チームが、プロのアーティスト向けの描画デバイスを生み出すメーカー・センスラボ テクノロジーズの4K有機EL液晶ペンタブレット「Xencelabs ペンディスプレイ 16」をレビュー。
MAPPAの背景美術におけるこだわりと、制作環境に求める要件についてたっぷり伺った。
MAPPA CGI部 背景美術チームの仕事
CGWORLD編集部(以下、CGW):本日はMAPPAの背景美術を担うCGI部・背景美術チームのおふたりにお話を伺います。おふたりは普段、どのような作業をされていますか?
高田尚輝氏(以下、高田):アニメ作品の背景美術を描いたり、3Dモデルに貼り込むテクスチャを描いたり、美術設定を起こしたりといった背景制作の作業全般を担当しています。
高田尚輝氏
MAPPA CGI部
坂本春菜氏(以下、坂本):私は昨年MAPPAに入社したのですが、普段は背景の作業の他に、スタッフのBGあがりのチェックや、作品によってはボード作成なども担当しています。
坂本春菜氏
MAPPA CGI部
CGW:CGI部の中の背景美術チームということですが、何名くらいの方が所属されているのでしょうか?
坂本:CGI部全体では150名が在籍しており、そのうち背景美術チームのメンバーは約20名程度です。だいたい1作品に5~6名の背景美術スタッフが参加します。大規模な作品だと、10~15名ほど携わることもありますね。
CGW:改めて、"背景美術"の仕事とはどんなものなのか教えてください。
坂本:ひと言で言うと、美術監督の方が描いた美術ボードに沿って、Photoshopで背景画を作成する。これが基本的な仕事ですね。
CGW:皆さん基本的にはPhotoshopだけで作業をされているのでしょうか?
坂本:私は基本的にPhotoshopで作業しています。設定の線画を中心に担当するスタッフには、CLIP STUDIO PAINTを使う人もいます。
高田:私はSubstance 3D Painterを使って3Dモデルに貼り込むテクスチャを描くこともあります。あとは、Blenderで背景のモデルを組んで、レイアウトの切り出し作業をしてから背景を描くという人もいます。
作品における背景美術の役割と、つくり手としてのこだわり
CGW:ここからは、おふたりが携わった作品の背景美術におけるこだわりについて紹介していただきます。
アニメーションCM 『MARO17「泡沫(ウタカタ)feat.TETSU」篇』
CGW:坂本さんは『MARO17「泡沫(ウタカタ)feat.TETSU」篇』で美術監督を務められたのですね。
坂本:はい、MAPPAに入社してすぐに携わらせていただいた案件です。私は以前、背景制作会社に勤めており、美術監督の経験もあったことが参加するきっかけになりました。佐藤監督(佐藤 威監督)のイメージに沿った美術設定に基づいて、色付け・塗り方・見せ方といった表現をまとめていきました。
CGW:美術監督としてこだわったポイントを教えてください。
坂本:まずは冒頭の、メインのキャラクターであるテツが車で寝ているシーンです。画の方向性をつくり込むために、キャラの基本色として基本ボードをつくりました。
坂本:それと、佐藤監督から「キャラクターの動作に合わせて、ライティングも全部変えていきたい」と要望があったラストシーン。1カットなのにライティングごとのBGをつくるという、なかなか大変な作業でした。でも、仕上がりを見たら撮影のライトだけではつくれない画になっていて、「美術でも作業して良かったな」と思いました。
CGW:作品全体の色遣いが洗練されていますよね。
坂本:「スタイリッシュ、かっこよさ、キザだけどコミカル、遊び心」などのディレクションがあったので、線を派手な色にしたり、ハイライトを思い切りギラつかせたり、背景が悪目立ちしてしまうため普段のBG作業だとあまりやらないような魅せ方にこだわりました。背景美術の仕事でここまでチャレンジしたのは初めてだったので、とても楽しかったですね。
CGW:坂本さんにとって、背景美術という仕事の魅力や楽しさはどういったところにありますか?
坂本:同じ原図でも、色や塗り方を変えることで時間や季節、雰囲気も変わりますから、そういう技術を駆使して監督・演出・クライアントの皆さんの希望にどれだけ寄せられるか、個人的にはそこに面白みを感じています。もしかすると「100%自由に絵を描きたい」っていう人には向かないかもしれないですね。ある程度条件や縛りがあって、その中で表現を模索することを楽しめる人に向いている仕事かもしれません。
『アリスとテレスのまぼろし工場』
CGW:では、続いて高田さんの手がけた作品についても教えてください。
高田:昨年公開された劇場アニメーション作品『アリスとテレスのまぼろし工場』では、美術設定から始まり原図整理、レイアウト、列車のテクスチャ作業、背景作業などを一通り担当しました。レイアウト工程では、作画工程では難しいカットを正確なパース感で描いたり、ブラッシュアップしたりするような作業を行いました。
CGW:特に思い入れがあるシーンはありますか?
高田:この作品では、物語の中盤以降、空間にひび割れができて"こちら側"と"向こう側"のふたつの世界が登場します。そのシーンでは1枚のBGに2枚の背景が必要で、その2枚の差をどう出すか、苦労しました。時代考証も必要だったので、その都度調べながら作業していました。制作期間中には地元に帰る機会もあったので、地元の古い建物のつくりを観察して、制作に反映したりもしました。
CGW:ストーリー上、転換点となる部分の美術を手がけられたのですね。
高田:はい、やりがいがありました。他にも、作中に登場する列車のテクスチャなどは、実物の電車のサビの質感を徹底的に観察して、何度もリテイクを重ねつつつくり上げていきました。
CGW:背景美術のお仕事は、どういうところに魅力や楽しさがありますか?
高田:背景美術は、自分がこれまで見てきたものや経験が活きる仕事です。例えば「中学校の教室の雰囲気ってこんな感じだったよな」みたいな、記憶を頼りに空気感を画に落とし込む技術じゃないかと思うんですよ。これが上手くできたら、写真よりも"リアル"な画になると思っています。作品を見た人に「この景色、見たことあるような気がする」と感じてもらえたら嬉しいです。
Xencelabs ペンディスプレイ 16をアニメ制作現場の最前線でテスト
CGW:普段の制作で使用しているペンタブレットについて教えてください。
坂本:MAPPAの背景美術スタッフは全員、ミディアムサイズ(幅338×高さ219mm)の板型ペンタブレット(以下、板タブ)を使っています。
チェックの精度を支える、マスモニに匹敵する10億7000万色の色再現を誇る4K有機ELディスプレイ
CGW:普段は板タブで作業しているおふたりに、「Xencelabs ペンディスプレイ 16」を使ってみていただきました。どのような作業で使用いただきましたか?
高田:僕は主に草木や雲など、自然物の描画作業をしていました。
坂本:私は主にBGチェックの作業に使っていました。色のチェックが中心だったのですが、有機ELディスプレイの表現力をかなり感じました。最近、隣の席のスタッフが良いスペックのマスモニ(マスターモニタ)に変えたんですが、Xencelabs ペンディスプレイ 16で見た画と印象が近かったです。
例えば、夕日が差し込む画では、ピンクやオレンジのような細かい色の階調までしっかり識別できました。これ、欲しいですね(笑)。
高田:欲しい(笑)。影の中の微妙な色や、暗闇の中の色もちゃんと見えたので、安心して作業をすることができました。
アナログのような上質な描き心地と素早いレスポンスが、快適な作業を実現
高田:それから今回、久しぶりに液晶ペンタブレットで作業したんですが、思っていた以上にアナログっぽい描き味で良かったです。筆圧やペン先の傾斜にもしっかり反応してくれて、僕は板タブよりも好きです。
坂本:私は主にフェルトのペン先を使っていました。最初はちょっと柔らかすぎるかも……?と思ったのですが、使っていくうちに、普段使っているペンよりも手描き感があり、柔らかいタッチで上手く強弱が表現できることに気付きました。私は手の速いタイプなんですが、線もきちんと付いてきて、思った通りの線を出してくれました。
バーチャルタブレットモードで作業空間を拡張
CGW:16インチというサイズ感はいかがでしたか?
高田:背景美術制作用として常に据え置きで使う前提で考えると、16インチは作業スペースとして少し狭いかもしれません。
坂本:私も、据え置きで作業をするなら24インチは欲しいですね。背景は大きなサイズの画が多いので、画面が小さいと作業がしにくいからです。ただ、リモートワークなどで席を移動したり持ち運びしたりする場合には、この16インチが最適だと思います。薄くて軽いので。
また、Xencelabs ペンディスプレイ 16には「バーチャルタブレットモード※」があるので、この機能を使えば、据え置きでの背景作業でも不便なくできそうです。
坂本:参考画像をたくさん開いた状態で描くことが本当に多いので、見る画像を切り替える際、いちいちマウスに持ち変えずに作業できるのは効率的でした。以前から欲しいと思っていた機能だったのですが、使ってみたらやっぱり快適でした。
2種類の付属ペンとショートカット登録デバイス「クイッキーズ」
坂本:ペンは2本付属していましたが、私はガシガシ描いていくときの安定性や手への馴染み具合を考えると太めの「Xencelabs 3ボタンペン」の方が好きでした。ラフスケッチや軽い塗り作業にはスリムペンの方が向いているかもしれないですね。
高田:全く同じ意見です。僕も3ボタンペンをメインで使っていましたが、線画作業ならスリムペンが良いかなと。
坂本:3ボタンペンはボタンが3つあるのが便利なんですよね。私の場合、「拡大」と「縮小」と「右クリック」に設定して、手元だけで画面の拡大縮小をしつつ、コンテキストメニューを出して使っていました。
CGW:「クイッキーズ※」はいかがでしたか?
坂本:ダイアルと8つのボタンがあって、それぞれデバイス上に文字が表示されるので、使いこなしたらかなり便利だなと思いました。
CGW:最後に、Xencelabs ペンディスプレイ 16はどのようなクリエイターにおすすめできますか?
高田:"手描き感"が魅力だと感じたので、デジタルで描くのが苦手な人、アナログで描いている感じが好きな人、そういう人に試してみてほしいです。僕も昔は手描きをやっていたので、そういう人の気持ちがわかります。
坂本:そうですね。塗りの感覚をより直感的に感じられるので、手描き感を好ましく思う人に合うデバイスだと思いますね。実際、社内でも手描きで作業をしている設定や線画のスタッフが「ちょっと試してみたい」と集まってきました。
それと、鮮やかな色も深い黒もしっかり再現されるので、作業上色を重要視するポジションの人にもおすすめです。
CGW:ありがとうございました。
Xencelabs ペンディスプレイ 16
Xencelabs ペンディスプレイ 16 バンドル:199,800円(税込)
※Xencelabs 公式ウェブサイト価格
Xencelabs ペンディスプレイ16 エッセンシャル:159,800円(税込)
※Xencelabs 公式ウェブサイト価格
- 画面サイズ
15.6インチ(39.6cm)
- アクティブエリア
344.2 x 193.6 mm(13.55インチ x 7.6インチ)
- ディスプレイ技術
有機EL 4K
- ディスプレイ解像度
4K UHD 3840 x 2160 ピクセル
- 応答速度
1ms
- 表示可能色数(最大)
10億7000万色
- 色域カバー率
Adobe RGB 98%/P3-D65 98%/sRGB 99%/REC 709 99%/REC 2020 82%
- 筆圧レベル
8192レベル(微調整された筆圧曲線)
- ディスプレイ表面
Super-AG etching™によるエッジ・トゥ・エッジ強化ガラス
TEXT__kagaya(ハリんち)harinchi.com
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota