好評を博したTVアニメ『宝石の国』により、さらに存在感を増したオレンジ。同社で主にエフェクトを担当する山本健介氏は、20年以上のキャリアをもつCGアーティストだ。その傍ら、バンタンゲームアカデミーでは3DCGの講師を務め、AREA Japanでは「はじめての人でも怖くない!!3DCGの世界」を連載している。本記事では、そんな山本氏が実施するアニメーションの授業を通して、アニメーションのトレーニング方法をお伝えする。
山本健介氏
1994年、高校時代の同級生らと共にアクワイアを設立。同社にてゲームのCG制作に携わった後、1998年からフリーランスとなる。『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(1999)を皮切りに、主に映画のVFX制作を行う。『ローレライ』(2005)以降、樋口真嗣監督作に多数参加。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』(2015)を最後に足場を変え、現在は有限会社オレンジにて『宝石の国』(2017)などの制作に参加。アニメのCG表現(主にエフェクト)を研究中。本業と平行してバンタンゲームアカデミーで3ds MaxやAfter Effectsでの映像表現の講師なども務める。AREA Japanにて「はじめての人でも怖くない!!3DCGの世界」を連載中。
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一番多いのはモデラー、次いでアニメーター。撮影の志望者はほとんどいない
CGWORLD(以降、CGW):手はじめに、山本さんがバンタンゲームアカデミーで講師をするようになった経緯を教えていただけますか?
山本健介氏(以降、山本):2003年の春からバンタン電脳情報学院(現:バンタンゲームアカデミー)が3ds Maxのコースを開講することになり、講師を探していたときに声をかけていただきました。当時は雑誌『CGWORLD』で記事を書いたり、3ds Maxの書籍を書いたりしていたので、それらを見て私を知ったのだと思います。当初はゲーム分野のコースで3DCG全般を教えていましたが、現在はアニメ・イラスト学部で3ds Maxによるアニメーション制作と、After Effectsによる映像制作を教えています。
CGW:After Effectsによる映像制作は、アニメ業界の「撮影」(※1)だと思っていいでしょうか?
山本:はい。学校の方針で、アニメ業界寄りの映像制作を教えています。私の授業を受ける学生の多くはアニメ業界志望ですが、フォトリアルなCGをつくりたい人や、VFXに興味がある人などもいます。
CGW:志望職種の傾向はいかがですか?
山本:一番多いのはモデラー、次いでアニメーターですね。撮影を志望する人はほとんどいないです。経験を積んで画づくりの楽しさがわかってくれば、撮影も面白くなると思うのですが、多くの学生はそこまでたどり着かないですね。モデリングで満足する人が多いように感じます。
「重力と慣性を意識しましょう」というのが、授業中の決まり文句
CGW:授業内容について、具体的に教えていただけますか?
山本:バンタンゲームアカデミーでは1年次の前期からアニメーションを教えています。今年の1年生は優秀で、3DCGを始めて間もないにも関わらず、必須課題以外の動きに挑戦する人もいます。最初の課題はボックス(立方体)のバウンドで、それが終わったら人体のアニメーション課題に移行します。バンタンゲームアカデミーのオリジナルキャラクターの3DモデルにBiped(※2)を入れたデータを使い、段階的に難しいアニメーションに挑戦していきます。最初は「椅子に座った状態でふり向く」、2番目は「立ち上がる」、3番目は「ジャンプ」といった具合です。
CGW:徐々に動かす関節を増やしていくわけですね?
山本:そうです。「椅子に座った状態でふり向く」場合は、頭がどう動くか、それによって上半身がどう動くかを理解し、表現してもらいます。「立ち上がる」場合は、重心がどう移動するかを理解することが大切ですね。なお、前期の必須課題は「ジャンプ」までとし、あえて「歩く」「走る」といった足の移動が伴う動きは扱いませんでした。中には自主的にがんばってつくる人もいましたが、授業の課題として出すのは後期からにしました。
CGW:歩いたり走ったりすると、ほぼ全部の関節を動かす必要があり、初心者には手に負えないからでしょうか?
山本:はい。たいていの場合、ふわふわした重力の感じられない動きになります。スケーティングのように滑ったり、上から吊されて移動しているような動きになったりしますね。「重力と慣性(※3)を意識しましょう」というのが、授業中の決まり文句になっています。例えば人が止まるとき、唐突にピタッと止まるのは不自然です。止まるためには自分で力を加える必要があり、力を入れたとしてもすぐには止まりません。
CGW:課題用の絵コンテは、すごく楽しくて勉強にもなりますね。
山本:前期課題の多くはこのような絵コンテを用意していますが、後期の「歩く」「走る」課題は絵コンテがありません。その代わり、学生たちに2チームに分かれてもらい、片方のチームが実際に歩き、もう片方のチームがそれを観察し、携帯電話などで撮影もします。何人かでやれば複数方向から撮影できるため、いいリファレンスになるのです。「歩く」「走る」課題が終わったら、その動きに何らかのシチュエーションを追加してもらいます。キャラクターの感情、年齢、体格、状況などが伝わる動きを付け、それが見る人にも伝わるかを確認します。学生たちには「クラス全員に見てもらい、80%以上の人がシチュエーションを言い当てられないようであれば伝わっていないということです」と話してあります。
CGW:実際の仕事で付けるアニメーションは、必ず何らかのシチュエーションが設定されていると思っていいでしょうか?
山本:はい。「ただ歩く」ような動きはモブの動きであり、できて当たり前のことです。もちろんクリアすることは必要ですが、その先に進まなければ見る人は「すごい!」と思いませんし、就職活動の場で大して評価してもらえません。
技術よりも現象そのものを理解してもらうことが大事
CGW:山本さんは2年次以降の授業も担当なさっているのでしょうか?
山本:2年制と3年制のコースがあり、そこで学ぶ2年生と3年生向けの授業も担当しています。個人作品やチーム作品用のアニメーション制作と、映像制作の両方を教えていますね。繰り返し作品をつくることで、どこまで3ds Maxでつくり、どこからAfter Effectsでつくるかを見極めるための勘どころを学んでもらいます。3年制コースはじっくり教えられますが、時として学生のモチベーションが中だるみすることもあります。2年制コースは急いで就職活動用の作品を仕上げる必要があるため、教える側にもあまり余裕がありません。
山本:1年次はアニメーションのつくり方を教え、2年次以降はそれを見せる術を教えます。カッコ良い3Dモデルやアニメーションをつくるだけで満足せず、それらをカッコ良く見せる術も知らないと勿体ないですからね。そのためにCGや映像制作と並行して、絵コンテの読み方、ライティング、フレーミングなども教えます。そこまで理解しないと、画のクオリティは上がりません。
CGW:こちらの教材も、課題用の絵コンテと同じく楽しいですね。
山本:授業では教材に加え、実演も交えて解説しています。例えばライティングの場合は教室を真っ暗にして、1灯の懐中電灯やランプの光だけを使い、ものがどう見えるかを観察してもらいます。「天井を照らせば皆の顔が見える。なぜだと思う?」といった調子です。
CGW:「光が天井で反射するから」でしょうか?
山本:そうです。そこから、CGにおける光のふるまいの計算の解説につなげたりします。基本的にCGの技術は現象の模倣ですから、技術よりも現象そのものを理解してもらうことが大事だと思っています。とはいえ1回言っただけでは学生はすぐに忘れてしまうので、何度も繰り返し伝えるようにしています。「どうせ忘れるから細かいことは忘れていいです。『こういうことを習った』という大枠さえ覚えていれば、後で聞いたり調べたりできます。何回か繰り返していれば自然と覚えるし、理解できるようにもなります」と言っていますね。実際、卒業生が就職し、何年か経った後に「やっと理解できました!」と言いにきてくれることがあるのです。
CGW:仕事をする中で、学んだことの意味や大切さが理解できるようになったわけですね。
山本:特にライティングやフレーミングの話は、学生のうちはピンとこないことが多いようです。無理もないので、いずれわかればいいと思っています。
CGW:CG制作の仕事も忙しいでしょうに、授業内容を熟考し、15年近くも続けてきたのはどうしてなのか、最後に教えていただけますか?
山本:中学の頃、美術部で後輩に絵を教えたことが原体験になっていると思います。なかなか描けるようにならなかった後輩が描けるようになったときには、お互いに喜びました。今でも、苦労していた学生たちが開眼していく姿を見ると嬉しくなります。確かにCGの仕事をしながら講師を続けることは大変ですが、いい気分転換になっています。感覚的にやってきたことを言語化して人に伝えていると自分の勉強にもなるので、続けてこれたのだと思います。
TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充