週刊少年ジャンプの人気漫画『呪術廻戦』の前日譚を映画化した『劇場版 呪術廻戦 0』。TVシリーズに続き、劇場版においてもアニメーション制作をリードしたのは、CGと作画の融合というビジョンを掲げ、多くの人気作品を手がけるMAPPAだ。ここでは3DBGに続き、フルCGで制作された呪霊の制作技法を紹介する。
※本記事はCGWORLD283号(2022年3月号)の記事を一部再編集したものです
『劇場版 呪術廻戦 0』
原作:芥見下々
監督:朴 性厚
脚本:瀬古浩司
キャラクターデザイン:平松禎史
副監督:梅本 唯
制作:MAPPA
製作:東宝/集英社/MAPPA/サムザップ/MBS
配給:東宝
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© 2021「劇場版 呪術廻戦 0」製作委員会 ©芥見下々/集英社
監督の想定を超えたハイクオリティの呪霊制作
“CGならではの表現”で確かな存在感を発揮する
TVシリーズでは全て作画で描画していた呪霊も、本作ではCG側が一部担当している。劇場版ということもあり多くの呪霊が登場するが、その中でもムカデの呪霊(以降、ムカデ)と魚の呪霊(以降、魚)がCG側で制作したものだ。ストーリー上でも大切な役割を担う呪霊で、どちらも「数の多さ」が重要なポイントとなっているため、かなりの物量が要求される。そこで作画ではなく3Dが採用された。さらに「ひとつひとつの個体の形状をはっきりと見せたい」という演出上のねらいもあったという。「ムカデも魚も、登場するカット数自体は正直多くないんです。それでもCGならではの表現をしたいからCGを使いたい、というのが監督からのオーダーでしたね」(CGIプロデューサー・淡輪雄介氏)。
淡輪雄介氏
CGIプロデューサー
MAPPA
ムカデについては、モデリングとリギングをYostar Picturesへ依頼。1カット内に大量のモデルが登場する前提のため、ポリゴン数やセットアップ内容にはかなり制限があった。しかし、それを感じさせない高い完成度のモデルに制作陣も驚きだったようだ。そのモデルを使用して3DCGディレクターの木村謙太郎氏が全体の指針となるテストカットを制作。結果的に作画置き換えで想定されていたアップショットについても3Dで完結することになった。
木村謙太郎氏
3DCGディレクター
MAPPA
一方で、魚については木村氏がモデリングからテストカット制作まで一連の作業を担当している。基本的に3ds Maxをメインツールと使用していた本作の中で、魚の制作においてはtyFlowにも挑戦。手探りからのスタートだったためその点も苦労しながら進めたそうだが、竜巻状から球状へと変化していく魚群の流れるような動きを表現した。
また、今回のCG制作全体を通して木村氏が強く感じたというのが、話し合いの重要性だ。監督や副監督、演出スタッフ、作画スタッフ、制作スタッフなど、内外問わず多くのスタッフと何度も話し合いを重ね、表現の方向性や落としどころを納得して決めていけたことが本作のクオリティにつながっているという。「本作では作品を全員でつくっているということを改めて実感できるような体制でした。そのおかげでグレーモブや呪霊といった表現面での新たな挑戦もできましたし、個人的には全てやりきったなと思っています。呪霊が登場するシーンやカメラマップのカットは、CGらしい表現で迫力を出せたと思いますので注目していただけると嬉しいです」と木村氏。一丸となって力を出しきり、自信のある作品となったようだ。
ポリゴン数制限の壁を超えた驚きのモデリング
軽く、そして使いやすいセットアップ
当初、アップのカットについては作画置き換えを予定したこともあり、主な使いどころは大量に登場するカットという想定で進んでいた。そこで、リグ構造についてはカット制作時に動作が重くならないことが条件だったが、そんな条件下であっても作業者の使いやすさが考慮され、2種類のリグが用意された
根気強く目指した“セルアニメの動き”
呪霊のアニメーションでは、作画の動きに近づけるために工夫を重ねたという。まずはじめに着手したのがCパートの夏油とムカデのカットだ。3体のムカデが地面から飛び出してくるインパクトのあるシーンだが、こちらは木村氏が作成。その木村氏のカットを指標に、他のカットはラークスエンタテインメントが担当した。木村氏は「タイミング感を詰めたり、延ばしたりしながら、調整していただきました。何回もリテイクを重ねたので、根気強く付き合っていただけたラークスさんにはとても感謝しています」と制作時をふり返る
作画レイアウトの意図を汲み取るCGアニメーション制作
シンプルな造形で魚らしさを表現したモデリング
魚はムカデと異なり、全てを作画にするか、CGを使用するか、という検討から始まったという。そこで、ルックテストを兼ねてテストカットを作成。「渦巻状の魚群と球状の魚群の2つをテストカットとして用意したところ監督さんから『いいね!』と言っていただけて、嬉しいことにCGで担当できることになりました」(木村氏)。その際に木村氏がモデリングしたものが最後までモデルとして使われている
tyFlowを使用してつくる“生きた魚群”
魚群が渦巻き状から球状へと変化する一連のカットはtyFlowで作成。それぞれの魚はランダムで配置されているわけではなく、マトリョーシカのようにいくつもの層となって重なることでこの魚群を形成している。中心の層は速く、その次の層は遅くといった具合で、層ごとに泳ぐ速度や魚の数が異なっているとのこと。全体としては一定の方向に回っているように見せつつも、一番外側の層はばらつきのある軌道をとらせるなど、魚群としてのリアリティも表現した。「魚群は奥が見えてはいけないという制約もあったんですが、その上で魚群の中心にある暗い空間を見せなくてはいけないこともあって、かなり考えながらつくりましたね」(木村氏)
試行錯誤の末にたどり着いた“作画のような気持ち良さ”
こちらでは魚群の形態変化の流れを連番画像でご紹介。「全体として『作画の気持ち良さ』が大きな比重をもっている作品ではあるので、CGもそこに近づけていきたいという思いでつくっています。ただ、パーティクルはガッと勢いよく動くのがあんまり得意ではないんですよね。そこをどうやってアプローチしていくかは気を配ったポイントです」と木村氏。演出スタッフからの要望を再現できるようにと調整を重ねた。
CGチームと撮影チームの連携が生んだ完成度
この魚に関しては、CGセクションと撮影セクションが、特に強く連携して作業にあたった箇所だ。例えば、魚の鱗テクスチャについては他の呪霊同様、撮影側に依頼をしようと考えていたそうだが、撮影監督の伊藤哲平氏よりCG側で作成するように提案されたという。「私からやってみてほしいとお願いしました。木村さんの作業を見て、綿密にやり取りをしながら鱗のテストをしていきました」と伊藤氏。逆に、CG側でつくろうと考えていた、魚群表面を流れるきらめきについては、撮影側で制作することに。撮影後の状態を最も理解している撮影監督と共につくることで、完成時に最も効果的となるルックを構築できたようだ
TEXT_ 野澤 慧
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada