一般社団法人 日本アニメーター・演出協会(JAniCA)による「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)」が、3月12日(土)・13日(日)の2日間開催された。昨年に続き2022年も、東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)実行委員会主催の下、「ACTF2022 in TAAF」と題して、制作プロダクションによる事例紹介やソフトベンダーによる技術プレゼン、運用事例の紹介などが行われた。本記事では12日に行われたパネルディスカッション「アニメ制作におけるシステム管理とR&Dの必要性について」の模様をレポートする。

記事の目次

    コロナ禍によって増すシステム管理の意義

    パネルディスカッション「アニメ制作におけるシステム管理とR&Dの必要性について」には旭プロダクション システム班の本田拓望氏、リトルビット代表の若狭 隆氏が登壇。モデレーターはACTF事務局の轟木保弘氏が務めた。

    写真左から 轟木保弘氏(ACTF事務局)、本田拓望氏(旭プロダクション)、若狭 隆氏(リトルビット)

    まずは議論の前段階として、アニメ産業市場の現状についての情報共有から始まった。一般社団法人 日本動画協会(AJA)の「アニメ産業レポート2021」によると、アニメ市場は2013年頃から右肩上がりとなり、2019年には歴代最高の収益を記録。2020年は新型コロナウイルスの流行によって売上は減少したが、それでも減少幅は3.5%程度に収まっており、他分野に比べると需要は底堅い。

    データ引用元:日本動画協会アニメ産業レポート2021 https://aja.gr.jp/info/1873

    海外市場の売上も2015年を境に急上昇しているが、これは海外配信のプラットフォーマーの進出によってアニメが世界中で視聴可能な環境が整ったことが大きい。新型コロナウイルスの影響が制作現場を直撃した2020年でさえ海外売上は伸びており、参入案件や投資が増えている状況にある。

    これを踏まえて、最初に制作現場が新型コロナウイルスにどう対応してきたのかをふり返った。若狭氏は2020年2月から夏頃まではリモートワークの実現に向けてVPNサーバの立ち上げなどの依頼に奔走したとコメント。本田氏もコロナ禍以前から旭プロダクションはリモートワークを導入していたが在宅勤務率を増やしたそうだ。

    ただしデータを安全に取り扱うためにはセキュリティを上げなければならず、それに応じて回線速度は落ちてしまう。若狭氏はアニメ制作会社特有の問題として「他業種と比べて取り扱うデータ量が多く、関連企業や業務委託者など外部への受け渡しも頻発する」ことを挙げ、スタジオの課題をきちんとリサーチし、投資が過剰ないし不足にならないように注意を払ったという。最終的に帯域の問題に関しては、NURO回線を複数導入することで解決を図った。

    続くディスカッションではJAniCAが行なったデジタル化のアンケート調査が公開された。新型コロナウイルスによってデジタル化/テレワークの進展に影響があったという回答が半分以上を占めるという結果だった。

    使用ツールはCLIP STUDIO PAINTが34%でトップ。続いてPhotoshopが16%、After Effectsが10%と続いた。その中で登壇陣が驚いたのはBlenderが8%と存在感を増していることだった。若狭氏はその理由について、有償ソフトを維持するためのコストに触れて、それがBlenderなどのツールの置き換えに繋がっているのではないかと推測する。

    ただツールの選択肢は増えているものの安易な変更は現場に負担がかかってしまう。また日本のアニメ制作では独特な仕様を必要とする場合も多く、メーカーがどれだけサポートしてくれるのかという不安もある。それゆえにツールの選択は、過去のノウハウや資産を天秤にかけて、システム面でどのような下支えができるのかを考慮した上で検討しなければならないのだ。

    その話題に関連して、本田氏はライセンス管理の複雑さについて言及。近年では認証システムがWebに移行したため、機材、人、ライセンスが紐付いており、管理が杜撰になると即ライセンス違反に繋がる危険性があるのだという。

    システム管理者は現場がより快適に作業ができるようにする一方で、財務、人事、労務、機材などもトータルで見る、いわゆる何でも屋の側面をもつ。デジタル化が進む中で重要性と負担が増していることが伝わる一幕となった。

    システム管理とR&Dによってスタジオの生産性は向上する

    後半ではアニメ制作フローを参照しながら課題について迫った。アニメ制作ではセクションごとに異なるツールが使われているため全体を俯瞰することが難しく、データの受け渡しひとつとっても作業者によって考え方が違うことが多い。

    本田氏は社内でデジタルに強いスタッフが独自にアプリなどを作って処理をしている場合もあるが、それは属人化に繋がり、その人物が抜けると業務がストップしてしまうリスクが出てくるとコメント。若狭氏も社内の少し詳しいスタッフに「ついでにやってくれ」と済ませる方法では、その人の知識の限界がスタジオのITの限界になってしまうし、どういったスキルをもつ人をアサインするのかという判断が間違っている可能性すらあると問題点を指摘する。

    轟木氏はゲーム業界でもテクニカルアーティストが不足しているという現状を語り、今後はシステムの知識をもつ人たちを正しく職業化して、スタッフとしてクリエイティブを支えていく必要があるのではないかと提言。制作フロー全体を見通せる知識をもち、どのセクションでどのツールを使うのかが適切なのかを判断する人材を育成する必要性を説く。若狭氏はそれに同意し、そういった課題にいち早く気付けるかどうかで、スタジオのもつ生産性は変わってくるだろうと見解を示した。

    アニメ制作の変化や運用にR&D(研究開発)をどう役立てていくのかというトピックに関して、若狭氏は「R&DのResearchで失敗してしまうことが多い」と話す。何でも叶えられる魔法のようなシステムを求められることもあるが、まずは現場が困っていることを伝えて、それをひとつずつ解決する小さな成功体験を積み重ねていくのが大切だという。

    本田氏も現場へのヒアリングは欠かせないと断言。最初に何を求めているのかを調査・研究して、その解決方法を含めて洗い出していく。それから開発に入って事業化するというサイクルをくり返し、自分たちのスタジオに何が合っているのかを見極めることが、R&Dにおいては最も重要になる。現場とシステムが円滑なコミュニケーションを取ることで、R&Dは初めて上手く回り始めるのだ。

    引用元:OLM Open tools https://olm.co.jp/rd/technology/tools/

    現場の不満点を正しくリサーチしてクリエイターのために役立つツールを提供する取り組みの良い例として、セッションではアニメ制作会社のオー・エル・エム・デジタルが提供するツール「OLM Smoother」を紹介した。このツールは2値化したデータの線を滑らかにするもので、ソフトウェアのバージョンアップにも対応している。

    登壇陣はOLM Smootherについて、現場の「どうすれば良い画面が作れるのか」という要望を真剣にリサーチしてソフトに落とし込んだ点を絶賛。もしこのツールがなかったら個人の作業負担は膨大になるため、若狭氏は「金額価値にしてものすごい生産性の向上を生んでいて、ツールが現場を助けている理想例」だと評し、「こういったものがどんどん出てくるような業界になれば、システムと現場の良い関係性が作れると思います」と語った。

    引用元:CLIP STUDIO PAINT&東映デジタルタイムシート https://www.clipstudio.net/ja/dl/toeianimation//Tool:Q https://studio-q.co.jp/toolsq/

    こういった流れは他にも見られ、例えばCLIP STUDIO PAINTは東映アニメーションと共同でデジタルタイムシートを開発しており、アニメ制作会社プロジェクトスタジオQはBlender財団に要望を出し、欲しい機能の実装に繋げているなど、様々なケースがある。アニメ業界は映像産業として注目度が高いため、臆すことなく意見を言ったり協業を申し出たりすれば、新たな道が開けることもあるだろう。

    最後に「システム管理やR&Dがスタジオに定着するためにはどうすればいいのか?」という質問が出た。本田氏は「システム管理はバックオフィスゆえに情報があまり表に出てこない」という問題があり、まずは経営者などの上層部がシステムという仕事を認識して、その良さが口コミで広がっていくのが理想だと語る。

    若狭氏も認知してもらうことが第一だと同意し、トラブルが起きたときに解決してくれるだけ存在ではなく「上手く活用すれば自分たちの生産性を上げてくれる人たちだと評価と認識してもらえようになれば」と希望を伝えた。

    さらに本田氏は「認知してもらった後は、学生さんにも知ってもらうことが重要」だという考えも明かす。それは専門学校などで講演をする中で、アニメを仕事にしたいけれどどう関わっていいのか悩んでいる学生が多いことを目の当たりにしてきたからだという。そういった人たちにシステム管理という道もあるのだと伝えたいという気持ちがあり、今回のディスカッションに登壇したのも、それが大きな動機だったと胸の内を明かす。

    若狭氏も人材の流動性を高めて、幅広い分野の人たちに仕事に定着してもらうことは重要だとコメント。それゆえにアニメ業界として外部にアピールをする取り組みも重要になってくると展望を述べて、セッションは幕を閉じた。

    TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada