2022年7月8日(金)、2021年春から4度目の開催となるオンラインカンファレンスイベント「CGWORLD デザインビズカンファレンス 2022夏」が行われた。5時間30分にわたるイベントでは、建築・製造・アパレルなど各業界をリードする企業が登壇し、その活用法をはじめとするデザインビズの“今”を伝えた。

本記事では、全16セッションのうちの1セッション、株式会社日南による「プロダクトデザイナーへの道!」をレポートする。

記事の目次

    イベント概要

    CGWORLDデザインビズカンファレンス2022夏

    開催日:2022年7月8日(金)
    時間:13:00~18:30
    場所:オンライン配信
    参加費:無料 ※事前登録制
    cgworld.jp/special/cgwviz2022/summer/

    プラモデルに囲まれて育ち、日産へ

    登壇したのは、株式会社日南 CDO 取締役 デザインデビジョン/エンジニアリングデビジョン統括責任者の猿渡義市(えんど・ぎいち)氏。日南は、2022年で創業53年目を迎える“開発総合支援企業”だ。プロダクトデザイン、自動車、ロボティクス、プロトタイピング、GUI・インタラクション、UIデザイン、ワークフロー開発などを手がけ、グループ会社を含めて全国に10拠点を展開する。

    ▲猿渡氏の著書や、執筆に携わった書籍。左から「Fusion 360 Masters」(ソーテック社)、「Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced」(ボーンデジタル)、「Fusion 360 実践ガイドブック」(マイナビ出版)

    冒頭は、猿渡氏がプロダクトデザイナーを経て現在に至るまでの道のりが語られた。

    実家がプラモデル店を経営しており、タミヤ(世界有数の模型メーカー)の製品に囲まれて育った猿渡氏。中学時代は音楽、高校時代は野球・クルマ・バイクに夢中で、勉強は好きではなかったという。

    高校卒業後は空調整備の仕事に就くが、20歳を迎えて将来を見据えた際、モノづくりに興味をもった。デザイン事務所に勤める友人に、セルラーフォンやパーソナル無線をデザインしている事務所を紹介してもらい、入社試験を受けた。

    試験では、タミヤの「YZR500 ケニー・ロバーツ」を、ケント紙にポスターカラーで描いた。それが高評価を受けて内定をもらい、基礎知識ゼロで、プロダクトデザイナーへの道を歩み始めた。

    ▲デザイン事務所では京商のプロポ(送受信機)やフィルムカメラもデザイン

    プロダクトデザインのスキルを身につけると、今度は「クルマをデザインしたい」と思い始めた。事務所を退社し、専門学校アーバンデザインカレッジのカーデザイン科へ社会人入学。2年学んだのち、1990年に日産自動車株式会社に入社した。

    猿渡氏のキャリアデザイン

    日産でキャリアを積む一方、「早く自分個人の作品を出して、海外へ行きたい」という思いもあった。「大手企業で、自分の案を採用してもらうのは大変なこと。プロジェクトは常にコンペティティブであり、競争心は人一倍強かったと思います」(猿渡氏)。

    転機は、2006年の日産デザインヨーロッパ(ロンドン)への赴任だった。プライベートに重きを置きながら働くロンドンの人々をみて、「これで経済が回っているんだ」と関心した。「若い人たちにはぜひ海外に出て、多様性を肌で感じてほしい」と話した。

    2009年に帰国した猿渡氏は、高級車ブランド「日産インフィニティ」のデザインスタジオに所属し、エクステリアデザインを主に手がけた。一方、会社の方針と自分のやりたいことが合わず、悩んだ時期もあったという。

    「考え方が変わったのは、あるプロジェクトで、自動車のインテリアやカラー、プロモーションまでを全て任されたことです。それまではエクステリアデザインばかりやっていたので、不眠不休で頑張りましたが、個人の力では量的にも視野的にも限界があると気づきました。以降は、周囲に任せることを意識したところ、ものすごく良いものができた。ここで、マネジメントの基礎を学びました」(猿渡氏)。

    2013年、原宿にある日産のサテライトスタジオ「creative box」に出向。猿渡氏いわく、大手企業の場合、世に出回る新しいツールをすぐに使うことができない。導入にあたってはベンチマーキングやトライアルなどの過程を踏む必要があり、採用されたとしても、実践で使えるようになるまでタイムラグが発生してしまう。セキュリティの観点から無料アプリケーションや安定性が不確かなソフトウェアをタイムレスに触れる環境ではなかった。

    しかし、creative boxでは、アドバンスデザインの視点からデジタルデザインのワークフロー開発に従事。日産デザイン本体から業務委託というかたちで、オートデスクが2015年にローンチした3Dモデリング・ソフト「Alias SpeedForm」のデザイナーのトレーニングなどにも携わった。

    2015年、「クルマとは別のものをデザインしたい」という思いから、日産を退社。独立を考えていたが、日南から声がかかり、「新しいモノづくりのスキームを構築して、スピーディに新しい価値の創造をしたい」(猿渡氏)と考え入社した。同年、日南にクリエイティブスタジオを創設し、デザインディレクターに就任した。

    新ソフトウェアで挑む「ワークフローの最適化」

    日南では、Alias SpeedFormや3Dプリントなどの新しいソフトウェアをいち早く取り入れ、PR活動に帯同するなどし、事例を積み上げた。

    ▲「ワークフローの最適化」のために常に試行錯誤

    「Sketch(スケッチ)〜Concept modeling(コンセプトモデリング)をクイックにできれば、データをすぐに3Dプリントで出力することができます。データがあると、設計シミュレーションやレイアウトの段階でデザイナーがプロジェクトをリードできるし、マーケティング活動でユーザーの意見を聞いたり、より具体的な提案ができたりと、コミュニケーションツールとしても機能します」(猿渡氏)。

    ▲「今の会社は、データを流せば3Dプリンタですぐにモノができる環境」(猿渡氏)
    ▲「データがあれば、雪景色の中にいるクルマを描いたり、カラーや車高を変えたりなどイメージを具現化できる。これを手描きでやるのは大変」(猿渡氏)

    大学機関やスタートアップの開発支援にも力を入れてきた。2017年には、アメリカの航空宇宙メーカー「スペースX」のコンペティションに挑戦した慶應アルファチーム(慶應大学大学院SDM研究科)の、PODシェルのデザインや制作、CG、アニメーションをサポート。慶應アルファチームは、アジアで唯一ファイナリストに選ばれた。

    ▲イーロン・マスク氏から直々に高評価を受けた慶應アルファチーム
    ▲2017年8月には、進化版のPODで2回目のコンペティションに参加。ボディのデザインは慶應アルファチーム、モノづくりは日南が担当。”スペースX内のチューブを自力で完走した世界初のPOD”という称号を得た

    3Dプリントで“設計思想”まで変わる

    2018年、日南クリエイティブベースデザイン部 部長に就任した猿渡氏。デザインビズによる開発支援のなかでも、WOTA株式会社の「自律分散型水循環システム」の開発は「衝撃的だった」と語った。

    猿渡氏いわく、「一般的に開発は、企画や見積もり、決済などの手順を踏んでスタートするが、本案件はアイデアが素晴らしく、話を聞いた時点でデザインが完成した」という。

    「すでに、契約前にプロジェクトが動き出していました。試作の時点で『コロナ対策で導入したい』という声を多くいただいていたため、開発の時間も短かった。でも理想は追求したいので、誰もがあきらめず、寝食を忘れて没頭しました。その結果、『アースショット』という環境賞に、日本で唯一選ばれたんです。現在は、SDGsの“水循環”分野で代表的な存在です」(猿渡氏)。

    ▲自律分散型水循環システムのVR。「モノをつくる前に、必ずバーチャルでプロトタイピングします」(猿渡氏)
    ▲殺菌効果の高い「30秒間の石鹸洗い」とスマホの殺菌を、バーチャルで体験できるVR
    ▲ドラム缶の色やロゴ、天板のグラフィックなどを全てVRで決定。短期間、かつ手戻りなしの開発に成功

    もともと、Sketch(絵)からConcept modeling(モデリング)までが得意だったという猿渡氏。そのデータにVRやARを応用すれば、UXデザインができ、モデルレスでリアルな体験を得られる。一般的にお金のかかるモノづくりも、この方法なら、仮説を立てて検証することに費用をかけなくて済む。

    「3Dプリントは、単にデータを再現するだけじゃなく、設計思想まで変わる」と猿渡氏は語った。例えば、あるモノを「金型(素材を流し込むための型)」でつくろうとすると、必ず“できない形”があるが、3Dプリントには制約がほぼない。

    ▲左:市販のフィルタキャップ。20パーツからなる。右:3DCGでデザインし、3Dプリントで具現化したフィルタキャップ。わずか1パーツ

    「こうしたワークフローは今後増えると思います。むしろ、新しいものをどんどん使っていかないと、新たな発見も生まれません。新ソフトウェアやツールの導入でつまずいている公共施設や企業は多いと思いますが、それを支援して、最適化の動きを加速できればと考えています」(猿渡氏)。

    クリエイターが活躍する社会は確実にくる

    猿渡氏は現在、日南本社に隣接するモノづくり拠点・日南クリエイティブベースで、設計とデザインの両方を統括している。デザインスタジオの内容も整理し、プロダクトデザインはもちろん、それを3Dプリントで具現化するCMFデザインも行う。

    「今まではプロダクトをデザインしてレンダリングして、プレゼンテーションをするのが一般的でしたが、最近はどのようなシーンでどう使われるかまでを3DCGでお見せするのが主流です」(猿渡氏)。

    「私たちが使っているプロフェッショナル向けの、かつ高価なソフトウェアに対して、最近はBlenderやUnreal Engine、Unityといったソフトが出てきていますよね。ゲームエンジンは映像が綺麗だし、Blenderは何でもできる。これらがほぼフリーなのは恐ろしいこと。学生さんや企業の皆さんも、セキュリティの面で難しい側面もあるかもしれませんが、こうしたソフトは“最適化”の本質を突いていることが多いので、ぜひ積極的に使ってみてほしいです」(猿渡氏)。

    「YouTubeの同時翻訳がその代表であるように、ボーダーレスで境(さかい)のない時代が来ています。働き方もライフスタイルも、選択の自由が広まった今、会社に属さなくても個々でプロジェクトを進めることができる、自立分散型の社会になるでしょう。

    クリエイターが活躍できる社会は確実に来る、と僕らは感じています。それを今やるか、やらないかです。新しいソフトを覚えるのは大変ですし、私ももう手を動かすのがしんどくなってきましたが、やはりその先が見たいので、後輩のYouTubeを観て勉強しています(笑)。勉強の仕方はいろいろあるので、ぜひ合うものを見つけてみてください」(猿渡氏)。

    最後に、SNSで自分を表現することも推奨した猿渡氏。楽しみながらやっていると、世界から反響がある。そのなかで、やりたいことのきっかけが掴めるのではないか? と締めくくった。

    TEXT_原 由希奈/Yukina Hara(@yukina_0402