国産ホラーゲームの金字塔とも言えるKONAMIの「SILENT HILL」シリーズ。昨年10月、その完全新作となる『SILENT HILL f』が約2分のティザー映像と共に発表された。1960年代の日本を舞台としたこの映像を、丁寧な時代考証を基に構築した白組の制作チームに話を聞いた。
Information
『SILENT HILL f』
発売:KONAMI
開発:NeoBards Entertainment
リリース:未定
www.konami.com/games/silenthill/jp/ja/
© Konami Digital Entertainment
白組の本気度100%映像! 目が離せない恐怖の2分間
日本のみならず世界各国から支持されるホラーゲーム「SILENT HILL」シリーズ。1999年の初代発売以降、続編リリースのたびに話題を呼ぶ人気タイトルである。
実は本シリーズ、日本時間2013年2月を最後に動きがなかったが、2022年10月20日(木)の配信番組で『SILENT HILL f』を含む3タイトルのゲームなどの発表が行われた。
『SILENT HILL f』は、1960年代の日本を舞台にした完全新作。YouTubeに公開されたトレイラー映像は「美しいがゆえにおぞましい」をテーマにした約2分間の4KフルCG映像である。
再生回数は24万回超え、Twitterでも1.6万いいね以上と大きな話題を呼んでいる。本トレイラーを制作したのは、ハイクオリティなCG・VFX作品を数多く手がけてきた白組だ。
KONAMIのプロデューサー岡本 基氏は、 企画当初をこうふり返った。
「ティザー映像をつくることはゲーム開発の初期から決めていました。日本が舞台のタイトルなので日本のCGプロダクションに制作をお願いしたいと考え、以前KONAMIの作品でもお世話になった白組さんが最も適しているだろうということでオファーしたというながれです」。
海外では、恐ろしいものといえば何かとグロテスクに描かれがちだが、本作は日本ならではの「美しさ×ホラー」を模索。作品の世界観を魅力的に表現するため、1960年当時の時代考証から始まり、画づくりからディテールまでこだわり抜いた。
「「SILENT HILL」シリーズのティザー映像と聞いて、やるしかないと。限られた資料を基に、岡本さんと打ち合わせながらトレイラー用のシナリオとビジュアルを詰めていきました。結果として、 われわれの技術とスペックをフルに活かした画ができたと思います」と本作の監督とVFXを担当した白組・ディレクターの小森啓裕氏。
では、その繊細で美しいビジュアルの内側に迫っていこう。
アジャイル型を組み込んだ制作フロー
方向性を見据えながら作業する、新ワークフローの課題とメリット
本映像の制作ワークフローには、従来のウォーターフォール型(各工程を上流から下流まで順番に進める手法)の中に、アジャイル型(各工程を短いスパンでくり返す手法)を組み込んでいる。
ウォーターフォール型、アジャイル型ともにメリット/デメリットはあるが、今回はそれぞれのメリットを抽出したハイブリッドな仕様になっている。具体的には、アニメーションからエフェクト、ライティングまでの工程の作業データを自動的にまとめてレンダーするシステムをつくることで、各工程の並列作業を可能にしている。
従来方式ではなかなか最終的な画が見えてこないという問題があるが、新しい方式では短いスパンで最終的な画を常に確認・共有しながら作業することができたという。
「この手法は管理や情報共有が複雑になります。今回も途中でデータが重すぎてレンダリングがかからない等といったトラブルも多々ありました。並列作業を行いながらも最終的な画に近いものがビジュアルとしてわかることは、作業者間の情報共有、またクオリティアップの面においても大きなメリットです」とテクニカルスーパーバイザーの初鹿雄太氏は話してくれた。
データの重さは、最適化を行なったことや、社内の他部署のレンダーリソースを借りることでしのぐことができたが、最適化については今後も課題になるという。
丁寧につくり込んだ少女のアセット
微細なディテールにいたるまで、リッチかつリアルに造形する
「CGに見えないクオリティ」を目標に、細部のディテールまで徹底的にこだわり抜いてつくられた少女の実在感は、本トレイラーの注目ポイントのひとつ。アセットは東宝スタジオ内にある3Dスキャンスタジオ“iris”で撮影したフォトグラメトリーデータをベースに、kera氏のデザイン画に寄せる方向で調整し、磨き上げられている。
「スキャンと絵の良いとこ取りをしました。スキャンモデルの骨格の歪みなどはあえて残しつつ、腕の長さや手の大きさ、身幅などのバランスを、自然に見える範囲でデザイン画に近づけています」とモデリングスーパーバイザーの小倉大河氏はふり返る。
本トレイラーでは、リッチな表現を目指すため、制作過程ではノーマルとバンプは使用していない。ZBrushによるスカルプトをディスプレイスとして出力し3ds Maxにアサイン、ディスプレイスで再現しきれなかった細部はV-Rayの自動変換による処理でノーマルとして表現している。アップショットにも耐えられるように、細かな肌のシワや手のささくれ、膝裏の絶妙な造形まで、非常に丁寧につくり込んでいる。
また、リグを仕込む際には、モーフターゲットを作成してアシンメトリーにしたり、着太りして見える箇所を潰す処理を行なっている。小倉氏は「例えば足が自重で潰れる様子の再現だとか、服やソックスの圧力による体型の変化や皮膚の沈下をモーフで表現しています」と語っており、そこまでやるかというレベルのこだわりである。
髪の造形にはヘア生成プラグインOrnatrix 3dsMaxが用いられた。「keraさんにかなり細かくご指摘いただいて、毛束感やパーツごとの自然な癖っ毛の表現などを入れ込みました」(小倉氏)。アニメーションは部位ごとに分けてガイドをつくってからHairシミュレーションを実行している。
テクスチャ作成には基本的にUDIMがより軽く扱えるMariを使用しており、靴など一部の小物にはSubstance 3D Painterを使っている。
「スキャンデータのアルベドをベースに、ZBrushのキャビティ(凹凸)に基づいたマスクなどを利用して描いていきました。顔が剥がれ落ちた後の造形部分については、グロテスクになりすぎないようにしながら、既視感があるような臓器っぽさを目指しました」(小倉氏)。
レンダリングはV-RayのSSS(サブサーフェス・スキャタリング)を利用して行われ、6パターンのチェックライト環境でルックデヴしながら精度を上げていったという。
フォトグラメトリーとデザイン画の良いとこ取りをしたモデル
少女は本トレイラーの主役であり、体型から細かいディテールにいたるまで、緻密に造形されている。
髪の表現
髪は、kera氏監修の下、3ds Max用のヘアプラグインOrnatrixを用いて制作された。
剥がれ落ちた顔面の奥
顔がめくれ落ちて現れる頭の内部は、グロテスクにしすぎないように気を配りつつも、どこかで見たことがあるような臓器らしさを目指してデザインした。
時代の空気感を大切にした背景アセット制作
丁寧な時代考証で描き出す1960年代の日本
本トレイラーの舞台設定は古き良き日本。1960年代の6月ごろ、田植えの時期だ。リアルで没入感のある背景デザインを目指すため、丁寧な時代考証が行われている。
「小倉さん主導で東京中の図書館を回り、設定にマッチする当時の写真をたくさん集めました。参考にした書籍は35冊以上で、その中からトタンの種類、パイプや鳥居のデザイン、窓枠や家具のフチのデザインまで、かなり細かく考証していきました」(小森氏)。
また、古い街並みが残る地域でのフォトグラメトリー・リファレンス撮影のロケも行われた。「フォトグラメトリーデータは基本的に、モデルを切り貼りして現実のスケール感と精度の検証のために使いました。一部のスキャンデータはそのままプロップのベース素材として使いました」と語るのは、本作のライティングスーパーバイザー兼、背景制作も担当した田仲森太郎氏。
本作は4Kレンダリングのため、フォトグラメトリーのテクスチャでは解像度が足りない。そのため、一部のテクスチャにはAIのアップコンバートツール、Cupscaleを活用した。「使ってみて、人工物のアップコンバートはやや苦手な印象でしたが、植物や石などの自然物はかなり自然に解像度を上げてくれました」(田仲氏)。
田んぼのカットにはスキャタリング(大量のオブジェクトの配置)プラグインのForest Packを使用したが、日本らしい情景にするため、試行錯誤が必要だったという。
「ほしかったのはなるべく手が付けられていない、6月の日本らしい鬱蒼とした雰囲気。でも、標準プリセットだけでは人が整備した庭のようになってしまいました。そのため、プリセットを自作してそれらしい雰囲気が出るようにしました」(田仲氏)。
また、空と遠景の山のマット画生成にはUnrealEngine 4(以降、UE4)を活用。空は有料アセットのUltra Dynamic Skyを使用した。「このワークフローはトライ&エラーがしやすいのが良いですね。全天球リニアの連番で出して、動きのあるHDRI兼マット画としても使えます」(小森氏)。
一方で苦労もあった。生成した画像からCGっぽさが抜けず、色味も足りなかったのだ。そこで、UE4+UltraDynamic Skyで出力した画像にNUKEで実写の空素材を合成。これによって画のクオリティを上げることに成功した。
大量の資料から1960年代を丁寧に考証
1960年代という設定に説得力を与えるため、丁寧に考証が行われた。絵コンテに沿って、カットごとに大量の資料を集めている。
Forest Packを活用した田んぼの表現
6月の鬱蒼とした日本の田園風景を再現するために、Forest Packをカスタマイズして利用している。
フォトグラメトリーをリファレンスにした背景モデル
古い街並みをフォトグラメトリーし、切り貼りすることで立体的なリファレンスとしている。
フォトグラメトリーによるプロップ制作
プロップは、フォトグラメトリモデルがそのままシーン制作に利用された。
UE4でつくり上げる空と遠景の山
空と遠景の山は、UE4を活用したマット画で表現している。
Houdiniやボリュームを活用したエフェクト表現
おぞましさと美しさをプロシージャルでリアルに描く
「SILENT HILL」シリーズにおいて「霧」は重要な要素だ。通常、フルCG作品での「霧」は、深度パスを用いてコンポジットで表現することが多いが、本トレイラーではボリュームを用いた正攻法で表現している。
「深度パスも試したのですが、色が鈍く煙っている感じになってしまったのと、反射の中に霧が反映されなかったのです。そこで、レンダリングは重くなりますが、ボリュームフォグを採用しました」(ライティングスーパーバイザー・田仲森太郎氏)。
結果として、霧が濃いシーンでもライティングが綺麗に見えており、奥に行けば行くほどハイライトが消えて輪郭が朧げになるという、かなりリアルな表現となった。ただし、V-RayのEnvironment FogではMultiMatteElementをはじめとする各種エレメントもフォグの影響を受けてしまうため、フォグ用と各種エレメント用の2回レンダリングする必要があったという。
粘菌からヒントを得たという侵食表現はHoudiniで制作。エフェクトアーティストの藤本 拓氏は「背景モデルに合わせて大量の侵食エフェクトを発生させる必要があったので、プロシージャルのアプローチとしてHoudiniを採用しました」と話す。
この侵食システムは、プロパティで侵食の量や速度、基点を自由に制御できるように設計されているという。「シーンを一連のながれで見たときに一定のスピード感で見えるように、カットごとに侵食エフェクトの動きをカメラの方向に応じてコントロールしています(藤本氏)。
謎の生物による侵食エフェクト
侵食エフェクトはHoudiniを利用してプロシージャルに作成している。
リッチなフォグの表現
『SILENT HILL』に欠かせない「霧」にはボリュームフォグを活用している。
身体から次々と咲く花々
強いインパクトを与える、皮膚の穴から次々と花が咲く表現はtyFlowによるものだ。
CGWORLD vol.294(2023年2月号)
特集:映画『すずめの戸締まり』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年1月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_三宅智之 / Tomoyuki Miyake(38912 DIGITAL)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura