2023年3月31日(金)、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)からローンチムービーとともにデビューが発表されたデジタルヒューマンアーティスト「ANNA」。現在、SMEが運営する小説投稿サイト 「monogatary.com」上で彼女の“人生”となる物語を募集中だ。
本記事では、monogatary.comの運営チームで本企画を起ち上げたSMEの正田宗大氏と、ANNAの制作を手がけたデジタル・フロンティア 企画室の小樋山 青蓮氏に、ANNAが生まれるまでの経緯やこれからの活動について聞いた。
Profile
Information
現在、ANNAの人生となる物語を募集中!
1人の人間の人生を創るプロジェクト。デジタルヒューマンアーティスト「ANNA」の人生を募集します。
monogatary.com/notification/notice/397324
▶お題 「世界の広さ・美しさを知る」
※本人の名前は「杏那」としてください。
応募URL : monogatary.com/theme/395812
▶文字数制限 指定ございません。
▶募集期間 2023年6月9日(金)12:00 ~2023年7月16日(日)23:59
▶結果発表 2023年8月中旬
リアルな人生を生きるデジタルヒューマンをいかに生み出すか
CGWORLD編集部(以下、CGW):この ANNAプロジェクトはいつ、どういったきっかけで起ち上がったものなのでしょうか?
正田宗大氏(以下、正田):スタートは2022年の4月頃ですね。同年の9月頃あたりにデジタル・フロンティア(以下、DF)さんへ打診しまして、11月頃に企画が固まりました。
正田宗大氏
ソニー・ミュージックエンタテインメント
デジタルコンテンツ本部 / GSチーム
正田:昨今、画像生成AIを使って多くのキャラクターが生み出されています。そんなキャラクターたちにいかにリアルな人生を生きさせることができるか、いかに心を込めて歌わせることができるか、ということが、自分の中でテーマとしてずっとありました。
例えばアニメ作品なら、キャラクターの人生は脚本で一方向的につくっていきますが、人生とは、他者と交流して偶発的に紡がれていくものでもあります。そこで、monogatary.com上で ユーザーから“人生”を投稿してもらうことで、 UGC(ユーザー生成コンテンツ)として他者との交わりや偶発性が生まれ、よりリアルな人生をデジタル上の存在として生きてゆけるのではないかと考えました。
さらに、リアルな人生をつくるのであれば、歌声も見た目もリアルなものにしたいということで、AIによる音声合成技術とデジタルヒューマンという3DCG技術を用いたリアルなインターフェイスの制作にいたりました。これによって、VTuberやVOCALOIDとは異なる体験価値を生み出せるのではと感じています。
CGW:monogatary.comは小説投稿サイトですが、そこで彼女の人生を募集し、楽曲に反映していくという試みのねらいはなんでしょうか?
正田:通常、小説投稿サイトから何か世に出すものをつくる場合はコミカライズやノベライズが多いと思いますが、ソニーミュージックグループは総合エンタテインメントカンパニーなので、そこにこだわる必要がありませんでした。YOASOBIの事例のように音楽はもちろん、映画を制作したこともあります。
最近では、商品のストーリーブランディングを手がけることも増え、香水を作ったり、パンを作ったりもしています。「これまでにやってないことはなんだろう?」と考えたときに、他者の人生というものを作ったことがないなと思いいたり、作ってみたくなったというのも背景にあります。
このプロジェクトで想定しているねらいとしては2つあります。ひとつは、2次元にしか存在しない人格に心を込めて歌ってもらうという体験を通じて、デジタル上の存在に愛・親近感をもってもらいたいというものです。その愛や親近感に没入してもらいたいからこそ、声帯や身体もしっかりと開発して全部をデザインしていくことにしました。
もうひとつは、従来のアーティストと異なる方向性のエンゲージメントを用意できるということです。例えば、ファンが自身と彼女で過ごす物語をmonogatary.comに投稿すれば、それが彼女の人生になるかもしれないし、その人生を想いながら歌ってくれるかもしれません。こういった、今までになかったエンゲージメントを用意することで、より楽しいプロジェクトになるのではないかと考えています。
CGW:制作パートナーとしてDFさんを選んだ理由を教えてください。
正田:DFさんが開発した女性デジタルヒューマンの「窓子(そうこ)」を見せてもらったとき、完璧な美人ではない可愛さがあって非常に印象が良かったんです。完璧な美しさの例としてスーパーモデルを挙げますと、彼女たちは非現実的なほど美しいからこそ現実に存在するのが価値のひとつだと思っています。
一方で、デジタルヒューマンとして実在しないものに価値を出すためには、“どこかにいそうな顔”ということが重要だったんですね。そういった観点で見たときに「窓子」はまさにこのプロジェクトに合っていると思いました。
CGW:DFさんはこのプロジェクトのお話を聞いていかがでしたか?
小樋山 青蓮氏(以下、小樋山):実は、お話をいただいたとき、「窓子」は開発してから少し年数が経っていました。「窓子」は『座頭市 0』(2017)に続くDFのデジタルヒューマン開発(後述)の第3フェーズとして若い女性の制作に取り組んだプロジェクトですが、彼女を女優として活躍させたいという思いでつくったものの、タレント性を与えてマネジメントするノウハウがありませんでした。
そんな折に正田さんのチームからいただいたお話がDFとしての「窓子」のキャラクター性ともマッチングする内容で、渡りに船ということで引き受けました。
小樋山 青蓮 氏
デジタル・フロンティア 企画室 制作進行
Column:DFのデジタルヒューマン開発の歴史
DFでは2014年にデジタルヒューマンのプロジェクトが発足された。静止画ではなく動画として不気味の谷を越え、3DCGの俳優が実際の俳優と同等の演技を可能にすることを目標とするものだ。
第1フェーズでは、人間の表現として俳優・勝 新太郎氏の再現、第2フェーズでは、勝 新太郎氏扮する座頭市と対峙するクリーチャー表現の開発を行なった。それらの集大成として、座頭市がならず者と殺陣を行う「ならず者編」と、座頭市がクリーチャーと対峙する「クリーチャー編」を合わせた短篇『座頭市 0』を2017年冬に公開。
そして、ここで開発した技術を発展させることとなったのが映画『いぬやしき』(2018)の制作であった。
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CGW:現在テクノスピーチさんでANNAの声帯を作成していらっしゃるそうですが、どういった特徴をもっているのでしょうか?
正田:このプロジェクトでの声帯とは、最新のAI技術を用い、人間の歌声や歌い方の癖、歌唱表現をリアルに再現する音声合成ソフトウェアのことです。イメージとしてはVOCALOIDが近いですね。テクノスピーチさんでは、音声合成ソフトウェアの「CeVIO AI」に使われている技術です。今回のプロジェクトでは専用のソフトを開発し、これを作曲家さんに使用してもらうことで、楽曲を制作していきます。
CGW:ANNAの声を作るに当たって、テクノスピーチさんの技術を選択した理由はなんだったのでしょうか?
正田:リアルな歌声を用意したいというのと、ANNAは100%デジタルで制作したものでやりたいという思いからです。デジタルを演出的な設定で使うのではなく、クリエイティブなものとして使いたいんですよね。最初は人の声を使ったらという意見もありましたが、それをしてしまうと企画のコンセプトからずれてしまうので、声の作成にはこだわりました。
「デジタルだけど心がこもっている」 未体験の揺らぎを提供する存在に
CGW:デビューの発表からこれまでの反響はいかがでしたか?
正田:ローンチムービーは、制作チームの尽力のおかげでクオリティの高いものができ、好評をいただいています。
小樋山:動画のコメントが面白かったですね。CGかそうでないかというコメントよりも「誰それに似てる」というコメントが多く、そういった感想が出てくるのはリアルなものをつくれたからこそかなと思うので、開発の苦心が報われる思いです。「実写でしょ」みたいな意見をもらえるとなおのこと達成感があります。デジタルヒューマンと謳っているにもかかわらず、「CGっぽい」という意見が少なかったのも興味深かったです。
今回は、そもそも技術デモをつくりたかったわけではなく、彼女を実在する女の子としてデビューさせたかったので、そういった部分での反響が多いのは嬉しかったですね。
CGW:今後は、どのような活動を予定されていますか?
正田:現在monogatary.comで物語を募集中で、その大賞が決まり次第、楽曲やMVの制作に取りかかれたらと思っています。ただ、それまで少し間が空いてしまうので、既存の曲の“歌ってみた”などの動画を出してみるというのはあるかもしれません。
CGW:最後に、ANNAとして目指すものは何でしょうか?
正田:大きく2つあります。ひとつ目は、「デジタルなんだけど心がこもっている」という、アンビバレントな存在をいろんな会社さんのお力を借りてデザインし、提供すること。ユーザーに「デジタルとリアルのどっちなのか?」という感じたことのない揺らぎを体験してもらい、それによってデジタルアーティストとしての地位を確立させていければと思っています。
もうひとつは、シンプルに多くの人々に響く楽曲を生み出していくこと。デジタルの存在が人間の心を救う可能性を追求していきたいと考えています。
小樋山:DFとしてはYouTubeの『THE FIRST TAKE』にいつか出演させてみたいというのがありますね。実現するのは大変なので頑張らねばと思っています。
正田:『THE FIRST TAKE』に限らず、緊張感のあるメディアに出れば、よりリアルとデジタルの境目の曖昧さがもたらす揺らぎ、魅力が伝わるのではないかと思っているのでひとつの目標ではありますね。
小樋山:文楽のように、人間の似姿に感情や人間性を見出していくコンテンツは大昔からあります。ANNAはそういったものの現代版になっていく可能性を、制作中から強く感じていました。
ランダムさや揺らぎを残したリアルな存在を人工的につくるというのは本当に難しくて、普通に存在する人間というもののすごさを改めて感じましたね。
正田:全てをデジタルで、というのはひとつの目的ではありますが、人間とAIやデジタルとの交流を通して、見る人が自分自身の人間としての魅力を再発見してほしいという思いもあります。
今回、monogatary.comではユーザーと、楽曲では作曲家との交流ができていますが、そういった交流の部分を今後もデザインしていけるともっと発展が見込めるのかなと思っています。
後編では、デジタル・フロンティアによるANNAとローンチムービー制作の裏側について紹介します。
TEXT_最上真杜
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota