スマートフォンゲームの開発、およびスマートフォンゲームなどの各種情報提供サービスで知られる株式会社アプリボットが、自社初となるフリーリグ「アプリボットリグ」を今年1月に公開した。リグ開発にあたったのは同社の3Dモーションチームだ。今回はその開発メンバーを取材。リグにかける熱い思いを聞いた。

記事の目次

    3Dアニメーターの育成にも貢献するフリーリグを開発

    アプリボット社はモバイル向けゲーム開発をはじめクリエイティブ集団SSS by applibotを展開するなど、様々なエンターテインメント分野で活躍している。そんな同社が2023年1月に配布開始した「アプリボットリグ」は、初級・中級向けの二種が用意されたMaya用フリーアセットだ。

    アプリボットリグ
    www.applibot.co.jp/recruit/3dadopt/3drig

    今回、話を聞くことができたのは開発に携わったチーフ3Dアニメーター T・K氏、リード3Dアニメーター H・I氏、3Dアニメーター R・N氏の三氏だ。主に制作を担当したR・N氏は元モデラー志望の現職アニメーターで、リグも組めるというスキルセットの持ち主。期待の新人として本作へ合流したという。「モーション以外もできるメンバーということで、このスキルをどう活かしていくかということを常々考えていました。そこへ兼ねてから構想していたフリーリグというのと、入社のタイミングがうまく噛み合った感じです」(T・K氏)。

    そもそもの構想は、CyberAgentグループが2022年に開催した学生向けイベント「3D Academy」(※リンク先は2023年開催時のもの)がきっかけだという。「レクチャーのためのアセットを用意するのですが、準備していたものがIPの都合でテクスチャを剥がして利用せざるを得ませんでした。それでは表情もわからないし、来年も使うには厳しいね……と」(T・K氏)。

    そこで、今後も継続的に、かつ自由に使えるアセットが必要だという課題が立ち上がった。当初は社内用として進めつつも、社外展開も念頭に置きつつ広く目に触れるリグとして完成度を高めていったという。

    他方、イベントでの出来事と並行して新卒採用のアニメーションリールをチェックしていたT・K氏は、現在フリーで配布されているリグを使ったものの多さに着目した。「比べてみると、リグごとに当然使い勝手が異なっており、それがちがうと少なからず影響が出ると感じ、それをなんとか解決できないかなという思いがありました」(T・K氏)。そこで、学生の方でも導入しやすいことを大前提に、できるだけ完成度の高いアセットをフリーで提供することとなった。

    開発は22年夏にスタートし、約2ヶ月で大枠が完成した。そこから公開に向けてバグ対応など細かい調整を経て、23年1月の公開となった。「当初は三人で開発していましたが、途中からテクニカル面での助けを得るためにチームのチーフテクニカルスタッフ、H・H氏にも加わってもらいました」(H・I氏)。

    アプリボットでは専門のリガー職を配さず、アニメーターが必要なリグを組むという進め方を採用してきた。また、R・N氏も学生時代に自作品をつくる中でスキルを磨いてきたためリギングについても独学していた。そのため、配布するリグとしての細かい設計や命名規則などは後手に回りがちだったが、そこにH・H氏が合流し、徐々にリグとしての完成度だけでなくデータとしても整っていったという。

    「まずは好きにつくらせてもらっていたので我流の部分が多かったのですが、そこから命名規則などデータ的な綺麗さを担保する作業を進めていきました。自分としては大変な部分もありましたが、新鮮でした」(R・N氏)。

    アプリボットでは事業として取り組む通常業務とは別に、組織への貢献にも重きを置くという文化があるという。このフリーリグはその一例であり、かつフリーで公開されたことから組織だけではなく3Dアニメーター育成に広く貢献したと言えそうだ。

    初級者向けリグ「エイビー」

    初級者向けリグ「エイビー」には、背景や剣が付属するほか、揺れものアニメーションを付けるための尻尾も備わっている。「初級者向けということで、このリグを使ってアニメーションを学んでいくということを前提に、揺れものや武器を付けたり、そこから動かしやすい体型はなにか、といったことを考えて仕上げています」(T・K氏)
    エイビーのコントローラ

    中級者向けリグ「スイレン」

    中級者向けリグ「スイレン」には、道場風の背景や多彩な武器が付属する。揺れものが増えフェイシャルリグが追加されるなど、中級者向けにより凝った表現が可能となっている
    フェイシャルを省略するためのお面も用意されるほか、各要素は表示/非表示切り替え可能
    スイレンのコントローラ

    頭上のコントローラでのIKFKの切り替え

    手足のIKFK切り替えは頭上のコントローラで一括して管理する。エイビーは剣・尻尾、スイレンは後ろ髪やお面など、装備品・揺れものの表示/非表示もここで切り替える。触るコントローラを絞ることで操作を簡便にするという配慮からこの仕様となっているが、この辺りは分けた方が良いかもしれないとの検討もあったといい、細かくは絶対的な正解がないリグの奥深さが感じられる。

    IKFKスイッチの様子

    破綻が起きにくい肩の動き

    肩の制御はこだわって調整されており、腕を耳に着くくらい上げてもシルエットの破綻が起きないようになっている。「ウェイトが崩れてしまって、これ以上は上げられないという例も見かけますが、そういうことが起きづらいように調整しています」(R・N氏)。

    また、肩は回転だけでなくトランスレートも動かせるようになっており、カットごとに肩幅を調整するような作画アニメ的アプローチも可能だ。このしくみは脚の付け根にもあり、単純な回転変形のみではシルエットが貧相になるようなポーズ(体育座りなど)にも対応できる。

    様々な演出ができる武器

    • エイビーの武器は伸縮ギミックが用意されている。こちらは短い状態
    • 長い状態
    背面へ背負えるようにもなっており、その場合はより短い納刀状態の剣となる
    多様な武器が付属するスイレンだが、特に槍に注目したい。「槍を含むアニメーションであれば、槍はしなる必要があるのではないか?」との議論があり、しなるしくみが追加された
    槍や剣にはいわゆるお化けブラーを表現するための「ゴースト機能」も追加し、見栄えのある演出が可能となっている

    自由な発想で進められた開発

    初級・中級両リグは、大元のデザインをT・K氏が考案した。中級に関しては、2Dアートに起こす段階からR・N氏が担当している。つまり、中級の制作は概ねR・N氏に委ねられるかたちで進められた。「プレッシャーなどはありませんでしたが、新卒に与える機会としては大きなもののはずで、こうした機会は滅多にあることではないと思ったので、チャンスをもらったからにはやってやろうと。問題がありツッコミが入ったらやり直そうという気持ちで、自由度高く進めさせていただきました」(R・N氏)。

    IKFK切り替えコントローラの集約や肩の制御方法の工夫、また各種武器や背景の付属は、R・N氏に高い裁量を割り振って制作が進められた結果だ。

    特に背景については制作予定に含まれておらず、もともとモデラー志望だったR・N氏の意向が反映されている。R・N氏はかねてから、アセットの見栄えで勝負するモデラーとはちがい、アニメーターのデモ動画は簡素なモデルやグレーモデルであることも多いことに着目しており、「単純に見てて面白いものをつくっていこうといいますか、このリグを使うことで、見てて楽しめるものをつくれるという状態を担保したかったんです。デモ動画を観る側も、グレーモデルを何百と見ることになるのは大変だとます」と語る。「そこで、まずは背景素材をつくってしまい、『こんなのつくったんですけど、載せていいですか?』と相談しました」(R・N氏)。「こうした動きはなんとも学生の方に近い考えというか、自分にとっても非常に新鮮でした」とT・K氏。

    武器についても、前述のようにリグやしなり、お化けブラーなどのしくみがあらかじめ組み込まれたものが付属している。アニメーターが「武器を持ったモーションを付けたい」と考えたときに、モデルを用意するだけではなく、コントローラや演出的な変形のためのデフォーマーを設けるなど、リギングも行う必要がある。アプリボットリグはそれらを経た状態で配布されているため、そうした仕込みに割くリソースを省くことができる。

    また、揺れものの表現(あるいは練習)に取り組めるようにという意図で、初級、中級とも揺れものが設けられている。エイビーは尻尾、スイレンはおさげと尻尾風アクセサリーとなっており、いずれも非表示状態に切り替えることも可能だ。

    さらに、モデルの見た目自体も学習的な意図が込められてデザインされている。「どんな動きをしそうかわかりやすい見た目だと良いのではないかと話し合いました。“モデルから動きが連想される”ものであれば資料も集めやすく仕上がりもイメージしやすいと思います。エイビーであればサイバーな感じ、スイレンは中華風の服を着ているし、どのような動きをつくっていきたいか、まとめやすいのではないかと思います」(T・K氏)。

    スイレンは服装から動きがイメージしやすいだけでなく、青龍刀・槍・棍といった多彩な武器が付属するのも違和感がない。「モデルに情報量がないと、付けたアニメーションについてもなにを想定しているかの説明が必要になってしまいます。仕上がったアニメーションを見て直感的に伝わるという状態を意識しました」(R・N氏)。

    動きをイメージしやすい背景アセット

    アプリボットリグには、背景アセットも含まれている。

    エイビーに付属する背景アセット。SF風装飾が施された、六角形のホール状の建物となっている
    スイレンに付属する背景アセット。中国様式の道場風の建物
    武器や背景など一揃い備わっていることで、アニメーションリールでもグレーモデルや白背景だけではない構成に仕上げやすい

    リグ使用の際の注意点<1>:仮面のめり込み

    フェイシャルアニメーションが苦手という人のために、スイレンにはお面が用意されている。「これでエイビーと同じようにフェイシャルアニメーション作業を省くことができ、真顔でモーションしてしまうのを避けられます」(T・K氏)。

    実際、顔が見えているのであれば、表情の芝居が一切ついていない違和感は大きく、評価としては不利になるのを避けられない。一方でスイレンのフェイシャルは「中級者向け」だけあってある程度複雑なものとなっており、使いこなすには習熟が必要だろう。そこでお面の出番となる。

    ちなみにお面は有効にしただけでは前髪、頬と干渉してしまう。頭部形状をお面有効時に最適化するためのパラメータも用意されているので、併せて活用が求められる。

    • お面を被せるパラメータ有効状態。しかし、ただ有効にしただけでは前髪や頬が干渉してしまう
    • 調整した状態。前髪、頬がお面を被るのにあった形状となる

    リグ使用の際の注意点<2>:スカート裏側

    スイレンのスカート(胴着の裾)裏は、何もしない状態だと明るく描画されてしまうが、一般的には暗くなる部分であり、白く映っていると目立ってしまう。

    これはビューポートのLightingメニューにある[Two Sided Lighting]を有効にすることで正常に描画される。「こちらも、ユーザーの制作物の中に白くなってしまっている例を見かけるので、この設定で正常になることが広まると嬉しいです」(T・K氏)

    • 明るく描画され、エラーになった状態
    • 正常な状態

    ARSピッカーの採用

    ピッカーとしてはARSピッカーを採用。これは株式会社ABCアニメーションの宮本浩史氏が制作しているピッカーで、これまで面識はないながらも使用について打診してみたところ、快く了承されたという。「フリーリグということで海外からもダウンロードされますが、やはり日本製をアピールしたいという気持ちもあり、日本で開発されているARSピッカーを選びました」(T・K氏)。

    アプリボットリグのピッカー

    予想を上回る反応を得て、新しいプロジェクトへの挑戦も

    広くアニメーターに使われることを前提として配布されているアプリボットリグだが、より具体的にはどういったユーザー・使用方法を想定しているのだろうか。「基本的には、基礎を学習していただく上で広く学生の方に使っていただきたい、というのが前提にあります。ただ、中級のスイレンでも各種コントローラを仕込んで自由度高く仕上げておりますので、学生の方に限らず、すでに現場に出ている方にも使っていただきたいですね」(H・I氏)。

    利用規約によると“改造可”とされており、各教育機関でそれぞれの工夫を施されるのも楽しみにしている、とのことだ。

    また、配布ページには意見・感想を投稿するためのご意見箱「ApplibotRigアンケート」へのリンクもあり、メンバーへリグについての感想を届けることが可能となっている。国内と海外でおよそ半々ほどアンケートが届いているといい、感想や質問のほかに要望も届いているという。ただ、リグの更新によってすでに作成したアニメーションシーンが破綻してしまうケースも考えられるため、要望を組み入れるかについては検討の余地があるとしている。

    通常業務の合間に進められた組織貢献的な同プロジェクトをふり返って、T・K氏は改めて会社の文化を感じることができたという。

    「まずはフリーリグを自由につくらせてもらった上長、挑戦を認めてくれるアプリボットの文化、人と文化の良さに恵まれました。一般に配布されているリグにはそれぞれ使い勝手があり、リグの選定もセンスが問われる部分だと思っています。今年の採用の中で、応募資料として送られてくるデモリールのかなりの割合がスイレン、エイビーを使ってくれていると聞いて、とても嬉しかったですね。日本のリグとして知名度を上げつつ他の企業もフリーリグをつくる動きになってくれば様々なリグを学生の方が選べる幅も増えて、ますます活気が出てくるのではないかと思います」。

    また、H・I氏は今後の制作フローについて考える材料を得たという。「背景やエフェクトなどとの連携について、ながれがフワッとしている部分を減らすなど、より円滑に進められるような何かがありそうだと感じました。ツールかもしれないし、コミュニケーションに関するものかもしれませんが、3Dモーションとしてなにができるのか考えていきたいと思います」(H・I氏)。

    リリースして半年が経過した両リグだが、制作側の予想を上回る反応が得られているという。引き続き様々な調整を行いながら、さらに浸透を目指していく構えだ。今後の展開についても、“学生の皆さまが必要だと感じているもの”を準備中だという。まだアイデアを温めている段階でリリース日は未定とのことだが、楽しみに待ちたい。

    Information

    アプリボットのチーフエフェクトアーティスト・邑上貴洋氏によるリアルタイムゲームエフェクトワークショップ開催! 


    3日間で『現場で使えるエフェクト』の作り方を学べるコースです。エフェクトの基本であるUnity ParticleSystemと多機能Shaderの「NovaShader」を組み合わせて、リアリティのある表現を実現していきます。


    参加費:44,000 円(税込)


    開催日2023/9/16(土)、18(月・祝)、9/23(土・祝)10:00 - 19:00

    会場:オンライン(Gather Town)

    お申し込み、および詳細はこちらから。


    TEXT_ks
    取材協力_Lee
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)