過去、CGWORLD本誌でもインタビューをさせていただいたテクニカルアーティストの成田裕明 氏が、クリエイターなら誰もが憧れるピクサーから、Aurora Innovationという自動運転のテクノロジーカンパニーにキャリアチェンジ!
今回のインタビューでは、なぜ成田氏がまったく違う業界に身を移したのか?今後の展望は??ということはもちろん、シリコンバレーの技術革新とそれに伴うCGクリエイターの需要の拡大についてや、転職活動のあれこれについてもお伺いしました!
Artist's Profile
成田裕明 氏
アメリカ在住のテクニカル・アーティスト。
Academy of Art University MFA 修了。テクニカル・ディレクター、エフェクト・アーティストとしてエンターテイメント建築デザインをはじめ、実写映画のVFX、ディズニー/ピクサーの長編アニメーション映画の制作などに携わる。ピクサーでリード・エフェクト・テクニカルディレクターを務めた後、現在のAurora Innovationへ移籍。シニア・テクニカル・アーティストとして無人自動走行車の開発に携わっている。
ピクサー作品「ソウルフル・ワールド」でアニー賞・最優秀エフェクト賞を受賞。
Houdini をメインツールとし、ツール開発には主にPythonを使用。
◆Aurora Innovation (オーロラ イノベーション)とはどんな会社?
CGW:早速ですが、Aurora Innovationについて教えてください。
成田:Aurora Innovationは2017年に設立された現在6年目の会社です。
小規模なスタートアップから始まって、今はかなり大規模なベンチャーへと成長しています。何をしてるかというと、無人での自動走行車の開発を行っている会社で、基本的にはソフトウェアからハードウェア、それらを統括するシステムを全部開発している会社です。
Aurora Innovationの主力事業は、大型運送トラックを対象とした自動運転システムの開発です。例えばVOLVO(ボルボ) やPACCAR(パッカー)のような世界有数のトラックメーカーの開発パートナーとして、弊社の自動運転システムのAurora Driver(オーロラ ドライバー)を提供しています。
すでにAurora Driverを搭載したトラックは実地でテスト走行をしていますが、開発段階なので現在は有人での走行テスト中です。2024年の末には無人で道路を走る予定になってます。
Aurora Innovationは世界で最も大規模な配車サービスを提供する Uber とも共同開発を行っています。また現在はトヨタ自動車と乗用車の自動運転の開発も行っています。
https://www.instagram.com/p/CbcqU4tLfds/?hl=en
https://www.instagram.com/p/CV3G1-lvZcA/?hl=en
Think of the sheer volume and variety of experiences a vehicle can have on the road. To rapidly develop the #AuroraDriver, we bring the real world to simulation.
— Aurora (@aurora_inno) November 22, 2022
See how running millions of simulations every day enables us to make fast progress safely. pic.twitter.com/glQIn3AGtI
CGW:Aurora Driverはどのように情報を収集しているのでしょうか?
成田:Aurora Driverはカメラ、レーダー、Lidar(Light Detection And Ranging)の3つのセンサーを使ってデータを収集しています。
この3つの中でもLidarの技術がとても重要で、そのLidarから得られるポイントクラウドデータを仮想世界でも同じように得られるかがひとつのキーポイントになります。Aurora InnovationはLidarも自社開発しているので、カメラのレンズの仕様やノイズ処理の仕方、センサーの回転速度や検知範囲などの細かい内部動作を仮想世界でも再現が可能になります。
https://blog.aurora.tech/progress/the-power-of-fmcw-lidar-and-scale-acquiring
こうしたLidarのデータ等を仮想世界で再現するために私達の部署では独自のレンダラーを使用しています。市販のゲームエンジンや汎用性の高いレンダリングエンジンを使用するのと違い、ハードウェアとインハウスのレンダラーとで細部の設定を共有し、それを再現できるのはAurora Innovationの強味でもあります。
◆現在取り組んでいる仕事内容や挑戦
CGW:自動運転技術の開発にCGはどのように関わっているのでしょうか?
成田:まず、実地での試験走行でいろいろな事象を収集し、解析するというのがワークフローのひとつなんですが、実地で起こり得ることは限られていますし、実地でテストできることも限られています。そこで、実地で得たデータを元にCGで同じ条件をつくりだし、仮想現実世界に置き換えて、テストをするんです。
CGの世界でも、テスト走行と同じシステムで走らせてみて、どのように周囲を感知・認識しているのか、なぜ認知して処理できない現象があったのか、というのを検証します。そこからさらにバリエーションを増やし、様々なシーンのパターンをつくっていきます。一つ一つのケースに対して無限のバリエーションをつくり、AIに学習させ、またそれがテスト走行に反映されていくサイクルを繰り返して自動運転の精度を上げいくことで様々な事象に即時に対応できるようになっていきます。
CGW:今後、どんな挑戦をしていくのでしょうか?
成田:運転を自動化するのが会社の大きな挑戦なんですけど、自分の挑戦としては自分のやっていることを自動化することです。
違う部署から、こういう問題があった、こういうテストがしたいなどのシナリオ、シーンづくりの要望が来た際に、できるだけ自分が手を加えなくてもそれが再現できるような自動化や多彩なバリエーションを効率的に行える仕組みをつくれるよう毎日試行錯誤しています。
CGW:どのように自動化をしていくのですか?
成田:プロシージャルなセットアップができて、カスタマイズもしやすいので、Houdiniを使って自動化を進めています。大量にデータをつくるとか、そういった仕組みが一旦できてしまえば、システムのアップデートにもそのまま移行できるので。
CGW:成田さんのこれまでのエフェクト制作スキルはAurora Innovationでどのように活かされていますか?
成田:映画のエフェクト制作でもプロシージャルな発想でセットアップをつくってきたのでそのスキルは今でも活かせています。自動運転のための仮想現実世界と聞くと、地形制作や道路のセットアップなどを思い浮かばれる方も多いと思いますが、私たちは収集したデータに地形やマップ情報が含まれているので、道路周辺で起こっている事象の再現にフォーカスしているのも、エフェクト制作でレイアウトからシーンのモデルを受け取ってその上にエフェクトを加えていくのに似た部分があります。
エフェクトの制作ではシミュレーションが多用されるんですが、今の仕事でも自動車の動きなどのシミュレーションがあり、それを行うための前準備をする工程も同じスキルを活かせていると思います。
あと、CGのパイプラインがUSD(Universal Scene Description)をベースとしているのでピクサー時代から触れてきて、仕組みを理解できている点は今でも役立っています。
◆映画CG制作から自動運転技術の開発へと転職した経緯や理由は?
CGW:皆さんビックリすると思うんですが、ずばり!なぜピクサーを辞めたんですか?
成田:ディズニーやピクサーにいて、なぜこちらの業界に移ってきたのかって、こちらの人にも必ず聞かれます 笑) クリエイターとしてはピクサーのような大きいスタジオでやれるっていうのは夢を達成したみたいなところがありますよね。今でも映画づくりや映像づくりはすごく好きですし、働いてきたスタジオも大好きなんです。けれど、せっかくサンフランシスコに住んでいて、シリコンバレーが近くにあって...未来の生活を変えるようなテクノロジーを開発している一部に携われるというチャンスがあるんだったら挑戦しない手はないかなと思いました。やっぱりシリコンバレーのベンチャーを一度は経験したかったですし、元々そういう新しいテクノロジーとかイノベーション的なものが好きだったというのもあります。
CGW:転職のきっかけはお誘いの声をかけられたということですが、最初に話がきたときに、すぐに「面白そうだなっ!やってみたいな!」って感じだったのでしょうか?
成田:面白そうだな、という思いが半分。それに対して、捨てなければならないものを名残惜しく感じる気持ちが半分でした。たとえば、映画制作だと自分のつくった映像がみんなに観てもらえて自分の貢献したものがはっきりしとした形で残せたり、アーティスティックな表現を作品に反映させることができますが、自動運転の開発ではそれに代わるものは何かといろいろ考えましたね。
今回は、自分を必要としてくれていること、自分が興味のあること、現状にある程度の達成感を感じてたこと、全く新しい環境に入って自分を成長させられる可能性など、ポジティブな点がより多いと考えました。
今まではスクリーンの中で夢と魔法をつくってきたけれど、やっぱり現実世界で未来をつくるっていうのも憧れだったし、一度の人生で憧れが2つできるっていうのも凄く素晴らしいことだな、と。それで今回の転職を決めました。
CGW:映像業界からIT業界に移るのが米国では流行っているんですか??!
成田:ITをどこで区切るかという部分もあると思うんですけど、例えばVRとかARもMetaのような会社に属してたらITの一部じゃないですか。あちらのフィールドはエンターテイメントに結構近い部分があるので、転職先としては人気なフィールドですね。
だけど自動運転の開発はかなり離れた業界で、しかも実際に働いている人が周りにいない限りどういう用途でCGを使っているか分からない部分が多いので転職のハードルは少し高いかもしれません。
CGW:同じ部署で働いてる人たちはどういったバックグラウンドをお持ちですか?
成田:いろいろな背景の人達がいますけど、私のいるCGの部署(Synthetic World & Sensor Simulation)では、私のようにピクサーだったり、ILMやソニー・ピクチャーズ・イメージワークスなど、メジャースタジオ出身の人間も多いです。共通点としてはみんな映画制作の傍ら、どうやったらより良いワークフローをつくれるか、とか、作業の効率を向上できるか、など、制作手法そのものを開発してきた人達なので、仕事への姿勢が凄く能動的なんですよね。スキルとしては、それぞれが自分のアイディアを実現できる程度のPythonまたはC++等のプログラミングスキルを持ち合わせています。
サンフランシスコの転職の仕方はどういうのが一般的?
CGW:こちらでの転職活動は今回の成田さんのように紹介が多いのでしょうか?
成田:そうですね。うちみたいなスタートアップは人数が限られているので、採用してみてどうかっていう判断をするよりも、予め保証されている人の方がいいというのがあって、人からの紹介と引き抜きみたいなのが多いんですよね。あとはLinkedInとかにもポストしてるので、そこからの応募っていうのもあります。
ピクサーとかも仕事の繋がりでの紹介も多いですね。でも、紹介にしても応募にしても試験や面接はあるので、つながりがあるから入れるわけじゃないです。求められている能力に合っている人材なのか、というところは紹介も応募も同じだと思います。もう一度一緒に働きたいと思えるようなソフトスキルや協調性を兼ね備えた人が多いのも紹介の特徴ですね。
CGW:転職情報を探すうえで、今の主流はLinkedInの活用が多いのでしょうか?
成田:そうですね。情報を集めるのはやっぱりLinkedInなどのSNSサービスが便利かと思います。私も声をかけられた時に、業界の雰囲気や欲している人の傾向を見たりしました。
あとは自分が今Aurora Innovationへ行くのが正しいのか、それとも他にもチョイスがあるのか俯瞰してみるためにも活用しました。
そのチョイスをちゃんと自分で理解して、自分の能力と転職先で何を得ようと思っているのか、というのをはっきりさせないまま、ただ声を掛けられて条件がいいというだけの理由で行ってしまうと、後で後悔してしまうのかもしれないですよね。人生で何回も転職できるわけではないし、大事なことだと思います。
CGW:成田さんは何を得ようと思って今回の転職をされたんですか?
成田:やっぱり経験が大きいと思います。今までの仕事からしたら未知の領域じゃないですか。未知の場所で働くっていうのと、初期の段階からそれに携われるっていうのはとても貴重な経験だと思っています。
あとは、違う業界に行ったからといって、またエンターテインメント業界に戻れないってことはないし、むしろ歓迎されるかもしれないですよね。だから映像業界やエンターテインメント業界とはもう縁を切る、というようなことではなく、ここで得たものを持って、戻りたければ戻れるし、っていう気持ちです。
◆成田氏の今後のビジョン、展望
CGW:今後のビジョンや展望について教えていただけますか。
成田:2024年末までに自動運転を現実化させて世に出す、というのがAurora Innovationの一つの大きなゴールと願いなので、それに向けて自分の持っている能力でどれだけ貢献ができるのか、前例の少ない中でどう試行錯誤して最適な仕組みを迅速かつ的確につくり上げていけるか、というのが自分確認の意味も含めて取り組んでいるところです。
それが落ち着いたら、その経験や知識をもとに今度は個人的に自分でも自分たちの生活をよりよくするCGの活用法を考えて発信していければと思います。
でも、やっぱり映画も時々恋しくなりますよね。つくりたいなって。あの雰囲気が好きだな、とか、エンドクレジットを見た時の感動とかも忘れられない。だから、そこは肩肘張らず「映画制作はもう卒業!」っていうのではなくて、独立も考えるし、やりたければいつでも映画制作に戻って、自分のプロジェクトを客観的に見直すのもいいと思います。そこは自分のキャリアを活かして柔軟にやっていこうと考えてます。
CGW:将来的には独立も視野にあるんですね!
成田:それがビジネスになるかどうかはまた別だと思うんですけど、やはり集大成というか、積み重ねたものを自分で表すものとして何かの形にはしたいなとは思います。
やっぱり自分の動く原動力って、その時に何が面白いか、何が楽しいと思うかなので。その原動力がないと、「新しいことをやるぞ!」だけじゃ続かないと思うし、苦しい時に多分倒れてしまうと思います。だから日頃から興味の惹かれるものや楽しめるものと自分のスキルがどうリンクするのかを考えながら、自分の中でアンテナを立てています。
転職を考える時とかも、やはり人それぞれ基準が必要だと思うんですけど、私の基準は、その選択がエンターテイメントとして面白いかどうかなんですよね。例えば自分の人生が小説や物語だったとして、主人公がこういう動きをしたら物語として面白くなっていくんじゃないか、というのが基準になる。それを自分自身で客観的に見て、自分をエンターテインできるような方向を選んでいきたいなっていう。それが大まかですけど、今の展望です。
◆CGアーティストの新たな活躍の場
CGW:CGア-ティストの活躍の場は今後広がっていくのでしょうか?
成田:今までCG=映像、というのがあったじゃないですか。でもこれからはCGは2次元 (映像) の世界だけではなくて、人が住むのに密接してくるものになると思うし、仮想現実なんですけど、より多くの部分でリンクしてくるものだと思います。なので、活動の幅は広がっていくと思います。
CGW:なるほど〜!楽しみですね!それを踏まえてCGア-ティストの方にメッセージをお願いいたします。
成田:CGア-ティスト側も、育ってきたのが映像やエンターテインメントの世界だということに捕らわれず、いろいろな発想やビジョンを持ってやってみたらいいと思います。そうやって活躍の場を広げていけばいいと思います。
もちろん、映像制作が好きで、とことん突き詰めるのも素晴らしいことです。それが自分の基準にぴったりとハマっているのなら無理して別の可能性を探す必要はないと思います。
あくまで私の経験からの話ですが、新しい分野や環境に自分を置くことで、新しい見方や成長のきっかけを得られるので、それを目的とした転職は十分にやってみる価値があることだと思います。
CGW:貴重なお話をありがとうございました!
成田:ありがとうございます。
TEXT_天野愛子 (CGWORLD)