世界最大級のCGの祭典SIGGRAPH 2023が8月6日(日)から10日(木)までアメリカ・ロサンゼルスとオンラインのハイブリッドで開催された。本稿では、世界中から応募された選りすぐりのCG作品が上映されるElectronic Theater(エレクトロニック・シアター)の今年の傾向と、全22作品について紹介する。
今年のエレクトロニック・シアターの傾向
SIGGRAPHに参加したら、とりあえず外せないのがElectronic Theater(エレクトロニック・シアター)である。ここでは、世界中から応募された膨大な作品の中から、審査員によって選び抜かれた作品だけが一挙上映される。まさに全世界のVFX/ゲーム/アニメーション分野における「過去1年間のハイライト作品」が楽しめる場でもあるのだ。
エレクトロニック・シアターは、アカデミー賞でお馴染み米国映画芸術科学アカデミーより「アカデミー賞 短編アニメーション部門 ノミネート作品の選考対象となるフィルム・フェスティバルの1つ」として認可されており、1999年以降、このエレクトロニック・シアターで上映された数々の作品が、アカデミー賞の短編アニメーション部門でノミネート、もしくは受賞を果たしている。
それではさっそく、今年のエレクトロニック・シアターの傾向を、筆者独自の視点から解析してみる事にしよう。
主催者によれば、今年は世界中から300本以上もの作品の応募があり、審査員によってエレクトロニック・シアターでの上映作品が選定された。そして、今年は昨年の上映作品数よりも3本少ない、全22本が上映された。
今年の入選作品を国別に見てみると、以下の通り。
- 国名
作品数 ※()内は昨年
- アメリカ
11(7)
- フランス
5(8)
- ドイツ
2(2)
- ニュージーランド
2(0)
- オーストリア
1(0)
- オランダ
1(0)
今年はアメリカが11本で第1位である。ちなみに昨年の1位は僅差でフランスであった。日本からの入選は、昨年は2年ぶりに1本入選していたが、今年は残念ながら0本であった。また来年に期待したいものである。
そして、入選作品をジャンル別に比較してみると、今年の傾向が見てとれる。
- ジャンル
作品数 ※()内は昨年
- 短編アニメーション(学生作品)
8(9)
- サイエンティフィック・ビジュアライゼーション
3(2)
- コマーシャル
3(0)
- 短編アニメーション(リアルタイム)
2(1)
- ハリウッド映画VFX
2(2)
- 長編アニメーション
1(2)
- ゲーム・シネマティック/トレイラー
2(1)
- 短編アニメーション
1(6)
エレクトロニック・シアターは、冒頭でも紹介した性格上、短編アニメーション作品の比率が多い。今年は、昨年の15本より4本少ない11本の短編が上映された。うち学生作品が8本と大半を占め、しかもフランスの学生作品が多い。学生作品はSIGGRAPH常連校からの出展が目立つ。昨年入選した短編作品は、何かを訴えかけるようなテーマ性の高い作品が多かったが、今年はコミカルな作品が中心であった。
ハリウッド映画のVFXリールからの入選は、昨年と同じ2本。しかも、どちらも映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』からの出展であった。VFX屋の筆者としては、あと2本くらい別のVFX作品のリールも見てみたかったところ。
また、ここ数年、TVコマーシャルは入選が0本であったが、今年は3本が入選していたのが嬉しい。長編アニメーションは、昨年は2本が入選していたが、今年は1本のみであった。
ゲームエンジンによるリアルタイムの短編は、昨年は1本だったが、今年は2本。サイエンティフィック・ビジュアライゼーションは、昨年の2本から3本に増えていた。
以上の観点から、今年のエレクトロニック・シアターのラインナップは、なかなかバランスの取れた構成で、様々なジャンルの作品を楽しむことができた。あくまでも筆者の私見だが、このバランスは、審査員の所属先や、エレクトロニック・シアターの冠スポンサーなどが多少なりとも影響しているように感じる。
今年の審査員の所属先はDeluxe Animation Studios、Blizzard Entertainment、Imaginary Institute、Unity、 DreamWorks Animation、NASA Goddard Space Flight Center、BUCK DESIGN、Hornet、Industrial Light & Magicなどで、この顔ぶれの構成が功を奏し、今年のラインナップはほどよいバランスになったと推察できる。
特別賞
エレクトロニック・シアターには特別賞が設けられている。最優秀作品に贈られる「Best in Show Award」、審査員特別賞の「Jury's Choice Award」、優れた学生作品に贈られる「Best Student Project Award」、そして観客のオンライン投票によって選出される「Audience Choice Award」がある。
今年の珍事として、「Jury's Choice Award」で審査の結果2本が同点となり、同賞が2作品に贈られるかたちとなった。
Best in Show Award(最優秀作品賞)
『La Diplomatie de L’éclipse』
Jury's Choice Award(審査員特別賞)
『Overwatch: Kiriko』
『The Voice in the Hollow』
※審査が同点となり、2本が受賞した。
Best Student Project Award(最優秀学生作品賞)
『Swing to the Moon』
Audience Choice Award(観客賞)
『Boom』
なお、エレクトロニック・シアターのディレクターを務めたカリーナ・ボルトキエヴィチ氏によれば、今年はSIGGRAPH史上初めて、4Kプロジェクタによる上映が行われたのだという。
今年の上映作品紹介
では、今年のエレクトロニック・シアターの上映作品を、筆者のひとことコメントを添えて紹介していこう。
『The Voice in the Hollow』Half M.T Studios(アメリカ)【審査員特別賞】
LAのHalf M.T Studiosで制作された短編作品で、Unreal Engine 5でレンダリングされた。アフリカの寓話をベースにした作品で、古代の悪、姉妹関係、そして羨望を描いたストーリー。
『Roald』Julie Chene/ESMA(フランス)
ESMAの学生作品。人生を何でも「キュートでカラフル」にフィルタをかけて認識してしまう陽気なヒキガエル。彼の誕生パーティにやって来た偏執的なハエと出会ったことで、パーティは思いもよらぬ方向へ…… というコメディである。
『Town Hall Square』Christian Kaufmann/Filmakademie Baden-Württemberg(ドイツ)
SIGGRAPH常連校、ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州立フィルムアカデミーの学生作品。地下鉄駅員のバーナード氏の平穏な仕事場は、駅構内に現れた生意気な小さなトラの予期せぬ訪問によって一変する。さてその顛末は……という、ほのぼのムードが漂うお話。
『Tear Off』Supinfocom Rubika(フランス)
SIGGRAPH常連、フランスのSupinfocom Rubikaの学生作品。
巣に侵入してきたスズメバチに立ち向かう、若いミツバチの姿を描いた作品。一見すると平穏に見えるミツバチのコロニーの、暗い一面を垣間見ることができるストーリーである。
『What is GitHub? Brand Film』BUCK DESIGN(アメリカ)
今年2本のコマーシャルが入選しているBUCK DESIGNの作品で、その1本目。世界中で多くのデベロッパーに愛されているGitHubのブランドフィルム。
『Overwatch: Kiriko』Blizzard Entertainment(アメリカ)【審査員特別賞】
ハイエンドなゲーム・シネマティックで有名なBlizzard Entertainmentの作品で、ゲーム『Overwatch: Kiriko』から。母親からの深い愛情を一身に受ける娘という立場と、勇敢な守護者という2つの側面をもつ少女「キリコ」のストーリー。
……余談だが、「ボッコボコタイム」の字幕が出たときに爆笑したのは、会場にいた日本人と、日頃の鍛錬が効いてカタカナが理解できるAnime Okakuの方だけだったような気がする(笑)
『DNA replication of the lagging strand』Nanographics(オーストリア)
2021年にも入選を果たしている、オーストリアのNanographicsによるサイエンティフィック・ビジュアライゼーション。生化学における最先端の研究の成果により、顕微鏡では見ることのできないDNA複製(DNA replication)の分子機構を、視覚化映像によって知ることができる。
『BreakBug』Michael Ralla(アメリカ)
LAでVFXスーパーバイザーとして活躍するMichael Ralla氏が、5週間のEpic Unreal Engine Fellowship プログラムに参加し、Unreal Engine 4.26とLenovo P53 Laptopで制作したリアルタイム短編映像。
年老いたロボットが、生涯を費やしてブレイクダンスを続けた後、自分の若さを取り戻すためのマシンを何時間も費やして作り上げた。しかし、彼がほんの一瞬気を取られ、後ろに注意を払わなかったとき、物語は意外な方向へ……というお話である。
『Avatar: The Way of Water』WetaFX(ニュージーランド)
映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の本編から、VFXリール。
『Creating the Way of Water』WetaFX(ニュージーランド)
同じく映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』より、VFXメイキング映像。
『A Calling. From the Desert. To the Sea』Filmakademie Baden-Württemberg GmbH(ドイツ)
SIGGRAPH常連校、ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州立フィルムアカデミーの学生作品。実写にVFX取り入れた意欲的な学生映画で、ドローン撮影、デジタルによるエンバイロンメント構築、筋肉や皮膚のシミュレーション、モーションキャプチャの活用、そして高度なコンポジットなど、プロ並みの仕上がりとなっている。
『Malacabra』ESMA(フランス)
SIGGRAPH常連校フランスのESMA学生作品。「もし、ヤギがマヤ文明を終わらせたらどうなるでしょうか?」というドタバタ・コメディである。
アニメーションが上手い。この学校は、ハリウッド・スタイルのアニメーションや、キャラクターのリグなどの教育に力を入れていることが推察できる。
『Changing the Way We Look at Cells』Microverse Studios(アメリカ)
メディカルアニメーションやMOA(Mechanism of Action)アニメーションを専門とする、アメリカのMicroverse Studiosによる、サイエンティフィック・ビジュアライゼーション。
細胞アッセイ/セルベースアッセイの非破壊電気化学イメージングを、最先端のテクノロジーで視覚化した映像だそう。
関連リンク:https://dl.acm.org/doi/abs/10.1145/3577024.3588740
『Charge』Blender Studio(オランダ)
今年のSIGGRAPHの機器展でもブースを構えていたBlenderを駆使した、視覚的インパクトとアクション満載の3分間のアニメーション作品。
Blender Studioの14作目となるムービーで、ゲーム・シネマティックスやリアルタイム・デモなどにインスピレーションを得て制作された。また、このプロジェクトの目標として、Blender とクリエイティブ・チームがリアリズムを追求し、Blender のインタラクティブPBRワークフローの可能性を広げることを目指したという。
『Airbnb Aircover』BUCK DESIGN(アメリカ)
今年2本のコマーシャルが入選しているBUCK DESIGNの作品で、その2本目である。
Airbnbの新サービスAircoverのコマーシャル。登場人物たちがミニチュア風の夢の国を旅しながら、ストレスのない休暇を楽しみ、Airbnbが旅の良き思い出として心に残ることをアピール。
関連リンク:https://buck.co/work/airbnb-aircover
『Puss in Boots: The Last Wish』DreamWorks Animation(アメリカ)
長編アニメーション映画『長ぐつをはいたネコと9つの命』から、ハイライトシーン。
『Boom』Miyu Distribution(フランス)【観客賞】
フランスのENSIの学生作品。 クレジットされているMiyu Distributionは、学生作品を含む短編映画の海外配給を手がけるフランスの会社である。
おバカな鳥たちが、火山の噴火から卵を守るために奮闘するドタバタ・コメディ。観客による人気投票でNO.1に輝いた作品である。
関連リンク:https://www.miyu.fr/distribution/en/boom-2/
『TriSalus: SD-101 and SmartValve Technology』Cognition Studio(アメリカ)
医療企業TriSalusが研究している治療法SD-101の可視化映像。肝臓および膵臓内の免疫系の活性化を含むアプローチ、より良い患者転帰をサポートする治療価値などを、サイエンティフィック・ビジュアライゼーションによってアピール。
『La Diplomatie de L'éclipse』Ecole MoPA(フランス)【最優秀作品賞】
フランスのEcole MoPAの学生作品。
「皆既日食の一致の瞬間、人類は消滅する」、これが太陽と月から送られたメッセージだった。世界評議会は世界の終末を阻止するために、最良の交渉人を派遣することを決定した、というお話である。
『Today's Holiday Moments are Tomorrow's Memories』Hornet(アメリカ)
アメリカのスーパーマーケット・チェーンKrogerの、2022年クリスマス・ホリデー・シーズンキャンペーン用のコマーシャルで、心温まるストーリーである。
Kroger - 2022 Holiday Campaign from Hornet on Vimeo.
『Period Drama』Ringling College of Art and Design(アメリカ)
SIGGRAPH常連校、アメリカのRingling College of Art and Designの学生作品。
11歳になる少女ジョージアナ・クリムズワースは、毎晩遅くまで本を読み、想像力が非常に豊か。ある日、自分のシーツに血が付いているのを見つけ、自分が死んでしまうのではないかと恐怖に陥り、あらゆる想像を巡らせ……というコメディである。
Period Drama from Ringling Computer Animation on Vimeo.
『Swing to the Moon』ESMA(フランス)【最優秀学生作品賞】
SIGGRAPH常連校ESMAの学生作品で、今年のBest Student Project Awardを受賞した作品である。
森に住む小さな蜘蛛のテミは、糸を放って、いつか空に浮かぶ月を捕まえることを夢見ていた。ある日、ひょんな事から大冒険が始まり……という、ほのぼのストーリーである。
以上、今年上映された全22作品を駆け足で紹介したが、いかがだっただろうか。本記事で、エレクトロニック・シアターの楽しさや雰囲気を、少しでも感じ取っていただければ幸いである。
TEXT&PHOTO_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)