コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が主催する「コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス2023」(以下、CEDEC2023)が、8月23日(水)から25日(金)の3日間にわたって開催された。
4年ぶりとなるリアル会場のパシフィコ横浜ノースと、オンライン会場のハイブリッドで開催された同イベントは、従来のCEDECが担っていた技術交流の要素を復活させる意味を込めて「Resurrection in a New World.(新しい世界での復活)」をテーマに掲げた。
本記事では、8月24日(木)に行われたパネルディスカッション「Video Game Technology in the West: The Panel/欧米のゲームテクノロジー:パネルディスカッション」の内容を、CGWORLDアドバイザリーボードの榊原 寛氏がレポートする。
はじめに
CGWORLDでアドバイザリーボードを務めさせていただいている榊原 寛です。
この度、CGWORLD編集部のご厚意でCEDECの取材と記事執筆の機会をいただいたので、いくつかのセッションをレポートさせていただきます。
榊原 寛氏
CGWORLDアドバイザリーボード(ゲーム開発技術/海外ゲーム担当)
個人ゲーム開発者/ゲームエンバイロンメントアーティスト
X(旧Twitter):@SakakibaraEnv
実は私、ゲーム業界歴も十数年になるというのに、CEDECは今回が初参加です。業界に入ってまだ数年程度の経験の浅い頃に海外に転職してしまったため、海外のゲーム開発者会議には複数国で度々参加していましたが、CEDECにはこれまで参加する機会がありませんでした。
会場の雰囲気はどういう感じなのか、何がホットなトピックになっているのか、ワクワクしながら参加させていただきました。
それでは、早速セッションの内容に移りましょう。
海外にルーツをもつ6名の開発者
本セッションでは、バンダイナムコスタジオのジュリアン・マーセロン/Julien Merceron氏がモデレータを務め、国内外の著名スタジオから集まった5名の開発者がパネリストとして参加した。海外にルーツをもつ6名が議論する本セッションは、全て英語で行われたため、会場では同時通訳が流れるイヤホンが貸し出された。
前半はマーセロン氏が提示するトピックに各パネリストが応答・議論し、後半は会場からの質問に回答していく形式で進行した。
導入として、マーセロン氏から本セッションの趣旨が述べられた。
日本と欧米では、ゲームテクノロジーに対する姿勢にちがいが見られるという。例えば、AIやレイトレーシング、ツールなどの各種テクノロジーへの投資額、新機能への優先順位、クランチに対する姿勢、意思決定などが異なっている。
これらの差異について様々なバックグラウンドをもつ開発者たちが議論するのが、本セッションの趣旨であった。
パネルディスカッションの性質上、会場からの質問を含め、類似したトピックが複数回にわたって議題となることもあった。そのため本記事では、トピックを「コロナ以降の勤務方針」、「各自が注目する生成AIの活用」、「生成AIの今後の課題と可能性」の3点に整理して記述していく。
コロナ以降の勤務方針
コロナ禍がほぼ終わろうとしている今、各パネリストのスタジオではどのような在宅・オフィス勤務方針がとられているのか、というトピックが議題に挙がった。
吉野氏によると、マイクロソフトは「ハイパーワーク」と呼ばれる勤務方針を採っているという。ネットワークに接続してチームの活動に参加できれば、山の上からでも働いて良いという自由度の高い方針だ。中にはハイブリッドな勤務形態を採って週2〜3日だけオフィスに出社している人もいる。吉野氏はオフィスに行く方が好きなので、オフィス出社の日数が多めなのだそうだ。
一方でカスバート氏が京都に設立したQ-Gamesは、事情がある場合は在宅勤務も可能だが、基本的にはオフィスに出社してほしい、という方針だ。ゲームをつくる上では、コロナ禍で失われてしまっていた、対面での密なコミュニケーションがやはり不可欠だと考えたため、この方針を採っているという。
ロモフ氏が所属しているUbisoftは、会社全体としてハイブリッド勤務を採用している。スタジオごとにやや方針がちがったりもするが、モントリオールの研究開発部門であるUbisoft La Forgeは週2日はオフィス出社、3日は在宅勤務という方針だ。在宅勤務では自発的な議論やフィードバックを行うのが難しいが、家庭で子供の面倒を見ながら仕事がしたいという人もいるため、ハイブリッド勤務がちょうど良いバランスなのだという。
南氏は、Unityも現在ハイブリッド勤務だが、やはり対面の方がコミュニケーションの質が良いと感じていることを述べた。
このように、コロナを経てハイブリッド勤務や在宅勤務を採用するスタジオが多くなっているが、オフィス出社時に可能となる対面のコミュニケーションを重視する意見もあった。
そのバランスの取り方においては、各スタジオや個々人で価値観の差異が見られる。どちらを重視するのかは、会社の規模や、ゲーム開発において主に担当する分野やプロセス、業務内容も影響しているのかもしれない。
各自が注目する生成AIの活用
CEDEC2023でも、やはり最近ホットなトピックである生成AIを扱ったセッションが散見された。本セッションでもマーセロン氏が「最近注目しているクールなトピックは何ですか?」と聞くやいなや、全パネリストが口をそろえて「生成AI」と答えたほどだ。
しかし各パネリストの専門や関心によって、注目する切り口は異なっていた。
カスバート氏によると、ChatGPTのような生成AIを使えば、短時間でテキストベースのアドベンチャーゲームを自分のプロンプトに合わせて自在に生成することができる。すでに様々な人がコンセプトアートやアイデア出しの段階で生成AIを活用しており、誰もが使うべきツールと言っても過言ではないと同氏は語った。
南氏はUnityが近年アナウンスした、アセットやテクスチャ制作に生成AIを活用する事例について言及している。
生成AIを学術分野で専攻し、博士号をもつというロモフ氏は、Botを活用した研究と、実際のゲーム開発への応用を行なっているという。例えば、様々なプレイヤーの操作パターンを学習させたBotをつくり、深夜に走らせて自動的にゲームビルドをプレイさせ、バグの発見に活かす、というような内容だ。これはそれほど難しいことではなく、今後のゲーム開発のプロセスにおいて重要になってくる技術であると、ロモフ氏はくり返し説明した。
またUbisoftでは、プログラムをコミットした際にビルドが壊れたりしないかのチェックや、アニメーションの最適化など、多様な分野で生成AIを活用している事例があるという。
Rendered VCのダジー氏は、あまりAIのトピックとしては取り上げられていない、開発ツールのドキュメンテーション支援としてのAI活用に言及した。新規ツールの使用法や仕様などを記したドキュメントの作成に生成AIを活用することで、迅速化を図り、ツールを利用するアーティストや開発者の助けとなる支援を活発化させることを語っていたと思われる。
マイクロソフトはゲーム部門に限らず、会社全体で非常に生成AIに力を入れていると吉野氏は述べた。ゲーム開発でも、例えば異言語間のコミュニケーションを円滑にする翻訳用途としても、生成AIは役立つだろうと考えているという。
マーセロン氏によると、レベルデザインなどの分野でも生成AIを活用する事例があるそうだ。すでに生成AIが様々な分野で必須の技術となっており、またそのように人々からも認識されている、という現状が窺えた。
生成AIの今後の課題と可能性
生成AIがわれわれにとって不可欠の技術となっている現状をふまえた上で、今後の課題や可能性についても議論が交わされた。
最初に大きな課題として提起されたのは、IP侵害の問題だ。生成AI関連にはすでに多くの資金が流れていて、多数の人が今後の展望にワクワクしている。だが現状として、コンセプトアートやアイデア出しの段階では活用しやすいが、実際のゲーム内データの作成に取り入れるには、まだまだ多くの課題やステップが残っているとダジー氏は語った。
会場からの質問では、「そのうち生成AIが人間の作成したデータではなく、AIが生成したデータを学習するようになったとき、どんどん生成結果が劣化していくのではないか」という懸念点が提起された。
ロモフ氏はこれに対し、「生成AIは単純で、良いデータを食わせれば良い結果が出て、悪いデータを食わせれば悪い結果が出ます」と回答した。適切なフィードバック、フィルタリング、複数のデータの競合など、適切なチューニングを重ねることで解決できることであるため、AIが生成したデータを再びAIが学習すること自体はそれほど大きな問題ではないと、ほかのパネリストからも同意を示す回答があった。
そのほか、今後のAIの発展がもたらすものとして、「ゲームコンテンツ制作の民主化」が挙げられた。ここでの「民主化」とは、「特権的」なプロ開発者だけでなく、専門知識をあまりもち合わせていないアマチュアのチームやユーザーまでもが、ゲームコンテンツを制作し、ゲーム全体に少しずつ貢献していくことを意味している。
AIと直接的な関係はないが、誰でもEpic Gamesの『フォートナイト』上でコンテンツを開発・公開できるようにした「Unreal Editor For Fortnite」も、民主化の良い例だろう。
吉野氏が例に挙げたのは、プロンプトを入力するだけでAIがコードを書いてくれる「GitHub Copilot」だった。これまでは専門的なプログラミングのスキルがないとコーディングはできなかったが、このツールを使えば、デザイナーやアーティストのような非専門の人でも、複雑なスキルの習得なしに、プロトタイピングなどでコーディングができるようになる。
このようなAIの発展に伴う「ゲームコンテンツ制作の民主化」の進展と同時に、「生成AIがこれまでのプロの人材を置き換えてしまうのではないか」という懸念も論題になった。
しかし多くのパネリストは、「生成AIは人材を置き換えるのではなく、クリエイターがクリエイティブな作業により集中できる環境を補佐するもの」という考えを述べた。
例えばダジー氏は、生成AIの導入によって一部の予算を削減できることが予想されるが、これは同時に、その分ほかのクリエイティブな部分に予算が使えることを意味するのだと語った。
南氏は、そもそもこの業界は慢性的に人手不足であるため、生成AIが不足している部分を補佐してくれる可能性と、それに対する期待を表明した。
吉野氏曰く、「GitHub Copilot」(※copilot=「副操縦士」の意)という名前は、生成AIが担う範囲を上手く表しているという。生成AIはあくまで副操縦士で、創造性をリードする機長は人間なのだ。副操縦士は機長と共に作業しながら、時間のかかるタスクなどを支援するのがその役割であると、同氏は語った。
日本の開発者に向けたアドバイス
最後にマーセロン氏は、各パネリストが日本の開発者にオススメしたいことや、アドバイスしたいことについて質問した。以下、各者から出たアドバイスをお伝えする。
「ライフワークバランスが充実していれば、仕事のパフォーマンスも良くなるので、ぜひプライベートも大事にしてほしい」(南氏)、「すぐに賛同するという意味ではなく、様々な文化や価値観、やり方を、日々の業務で受け入れていくという意識が大事」(吉野氏)、「ゲームが発売された後、プレイヤーのデータを分析して次に活かしていく姿勢」(ダジー氏)、「本業の作業と別に、時々ゲームジャムに行って新しい刺激を得ること」(ロモフ氏)など、様々なアドバイスが提供された。
おわりに
筆者の印象としては、やはりホットなトピックだけあって、生成AIに関する話題の比重が大きかったように感じた。日本と欧米の比較というテーマを真正面から議論したわけではなかったが、在宅勤務に対する柔軟かつ多様な考え方や、生成AIのような新しい技術に対する各スタジオの取り組み方などから、刺激を受けた方も多いのではないだろうか。
北米や欧州のゲーム開発者会議では、各国の開発者がお互いに発表をし、交流するというのが通例だ。ぜひともCEDECでも、海外との交流や、お互いを刺激しあえる機会がさらに増えれば良いなと、個人的に願っている。本記事を通して参考になる情報を得られた方がいれば幸いだ。
TEXT_榊原 寛/Hiroshi Sakakibara
EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)、小村仁美/Hitomi Komura(CGWORLD)