リリースから1.5周年を記念して、ストーリーイベントにて3Dライブムービー『さよならの速度』が実装された『ヘブンバーンズレッド(以下、ヘブバン)』。第四章前編のシネマティクスから始まったライトフライヤースタジオとグラフィニカの協業による挑戦の道のりを紐解く。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 304(2023年12月号)掲載記事を再編集したものです。
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『ヘブバン』のシネマティクスが3Dライブに結実するまで
「Google Play ベスト オブ 2022」でベストゲーム2022を受賞した『ヘブバン』は2022年2月にリリースされた大ヒットRPGゲームだ。「最上の、切なさを。」をテーマにライトフライヤースタジオとKeyが企画制作し、原案・メインシナリオの麻枝 准氏が描く情緒あふれるストーリーを体験できる。
企画・制作・開発:ライトフライヤースタジオ × Key
リリース:好評配信中
価格:基本料金無料(アプリ内課金あり)
対応プラットフォーム:iOS、Android、PC(Steam)
ジャンル:RPG
heaven-burns-red.com
©WFS Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS ©VISUAL ARTS/Key
ゲーム内のシネマティクスはそのままプレイヤーの感動体験に直結するため、様々な感情や情景を想起できるようにこだわって制作されている。
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左から 竹俣太樹氏(シネマティックディレクター)、上野 亮氏(アートディレクター(2D))、菊池景伍氏(アートディレクター(3D))、畑中敏宏氏(シネマティクスチームマネージャー)
シネマティクスはリアルタイムレンダリングとプリレンダリングのハイブリッドでつくられ、リアルタイムレンダリングは主にキャラクターの感情の振り幅が大きいドラマ、プリレンダリングは強大な敵のスケール感や情景のスペクタクルを表現する際に使われている。
メインストーリーは現在第四章後編まで配信されており、第三章では6シーンだったシネマティクスは第四章前編では10シーン前後、後編では17シーンと大幅に増え、ライトフライヤースタジオ内の限られたリソースでの量産化に苦労したという。
第四章後編では、課題となっていたスケール感の表現に挑むため、VFXのエフェクトワークに定評のあるステルスワークスに制作を依頼。琵琶湖を舞台にした大スペクタクルシーンが展開された。
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左から 堀内 隆氏(制作部 第一ディレクション 演出)、小宮彬広氏(京都スタジオ 代表/RTR開発室 室長/技術開発プロジェクト 本部長)、佐々木 達朗氏(京都スタジオ CGディレクター)
また、第四章からはモーションキャプチャを採用。
「ドラマ的な演技をつくるのに、手付けでは限界があります。感情の起伏を丁寧に演じる生の芝居の方が“エモい”ものができると思い、モーションキャプチャを提案しました」とライトフライヤースタジオのシネマティックディレクター・竹俣太樹氏は導入の経緯を語る。
モーションキャプチャスタジオの収録風景を誰でも見ることができるように社内とオンラインでつないだことにより、普段モーションキャプチャに触れないスタッフの理解度の向上や、生の芝居によるキャラクター性などのキャッチアップにつながったという。
そしてリリース1.5周年のタイミングで、キャラクターも含めてプリレンダーでつくられた3Dハイエンドライブが制作された。それまでのライブムービーは2Dイラストにエフェクトやアニメーションを付けて映像化されてきたが、ハイエンドライブでは全編3DCGで制作されている。
そのためにシネマティクスチームはグラフィニカの協力のもと、3Dでのルックデヴを通してプリレンダ用のキャラクターをつくり上げ、初となるフル3Dのハイエンドライブムービー『さよならの速度』を実装するにいたったという。
シネマティクス:第四章後編で表現にさらなる進化
本作のシネマティクスは、多様な表現に対応できるようにリアルタイムとプリレンダのハイブリッドでつくられている。PVやCMにも多く使われるため、作品を代表するルックを提示しているという。
シネマティクスチームはゲームローンチ後にライトフライヤースタジオ内で発足したが、時間と人員が限られる中でゲームのテーマである「最上の、切なさを。」をかたちにするため、最小手で最大限のドラマチック表現をするという目標を掲げて、少ない手数で感動体験を届けることを徹底したそうだ。制作にあたって、やりたいことは山のようにあったが、時間や人員が限られる中で『ヘブバン』にとって重要なものを取捨選択していったという。
技術的な話だけではなく組織としての対策も考えることで、クオリティを保ちながら量産することが可能になった。第四章から導入されたモーションキャプチャも、感情表現の底上げに加えて、手付けアニメよりもスピーディにアニメーションの制作が可能になり、工数を減らすことにも貢献した。
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また、第四章後編では涙の表現がブラッシュアップされ大きく進化している。作品のテーマである「切なさ」を表現する際に涙は欠かせない要素であるため、ビジュアルアーツからもクオリティアップが求められた部分だったという。
さらに、第四章後編のクライマックスにあたるシネマティクスは、VFXで名高いステルスワークスが制作を担当。両社をつなげたのはライトフライヤースタジオのシネマティクスチーム マネージャー・畑中敏宏氏だ。
「ステルスワークス様は日本の映像会社の中でも際立った存在で、第四章後編のクライマックスの制作に協力いただければ映像表現を一段上に引き上げてくれそうな憧れと期待感がありました」と依頼した経緯を語った。
代表の米岡 馨氏が『ヘブバン』のファンだったこともこのコラボレーションの後押しとなった。このシネマティクスの終盤に登場する巨大な氷柱は、竹俣氏とアートディレクター(3D)の菊池景伍氏が2人でデザイン。第四章後編を象徴するものとするために、美大でファインアートを学んできた2人だからこその感性で彫刻をつくるように説得力と緊張感のあるシルエットにこだわってデザインした。
繊細な感情を描き出す涙の表現
「切なさ」をテーマとしている『ヘブバン』だからこそ、涙の表現にもこだわりがあった。第四章前編での試行錯誤を経て、後編では涙の表現をブラッシュアップして大きく進化させた。
エフェクトに頼らずポリゴンのモデルを仕込み、涙が目頭や目尻に溜まって零れ落ちるなど感情の機微に合わせた繊細な表現をすることでクオリティを大幅にアップさせている。
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ステルスワークス参加のクライマックス
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▲ステルスワークスが担当した第四章後編のクライマックスシーン。琵琶湖の両端から攻撃と迎撃がぶつかり合うスケールの大きいシーンを見事に描ききっている -
▲光線が凍結されて氷柱になっていくエフェクトの質感もスマホゲームとは思えないクオリティだ
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ルックデヴ:『ヘブバン』イラストの空気感を3Dで再現するための道のり
「全編3Dのライブムービーを制作するにあたり、ストーリーRPGに特化した組織である当社のみでバンドの演奏を3Dでつくりきるのは現実的ではないと感じていました」(竹俣氏)。
そんな折、絶妙なタイミングで手を挙げたのがグラフィニカだったという。技術開発を担当した小宮彬広氏(グラフィニカ 京都スタジオ代表)は「グラフィニカは様々な表現の開発をしており、その中でイラスト表現を使ったムービーを開発しようと考え、ライトフライヤースタジオさんに提案しました」と参加した経緯を語る。
ルックデヴは、まずは第四章前編で主人公の茅森月歌がギターを弾くシーンを3Dで映像化してみるところから始まった。そのためには、ゆーげん氏のイラストの要素を分解して理解することが必要だったという。
ライトフライヤースタジオの2Dアートディレクター・上野 亮氏は「ゆーげん氏のイラストは3Dとは対照的に、ラフさを味として許容した、ケレン味のある絵柄です。それを3Dとして標準化するために時間をかけて解析をしていきました」とふり返る。
グラフィニカでは、まずはインゲームのモデルを使ってルックを探ったが思うようなものにならず、試行錯誤を重ねた。イラストから感じられる「儚さ」をいかに表現するかを念頭に置き、上野氏の細やかなフィードバックを受けてモデルの調整を重ねつつ、2Dイラストのレイヤー構造を分解して要素を整理し、髪のハイライトや影の制御、ゆーげん氏のイラストの世界観をポスプロで再現する「儚いフィルタ」の開発など、チャレンジをくり返した。
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第四章後編では世界観を含めたルックデヴの一環として、バスに乗る逢川めぐみのシネマティクスが3Dで制作された。担当した菊池氏は「このシーンは美術を新しく描き起こして、反射の表現、揺れ、バスの表現がどこまでできるかなど、アニメの美術的なCGを探っていったシーンでした」と話す。
竹俣氏いわく、第四章前編のルックデヴがキャラクター中心とするなら、後編では世界観やシーン全体のアプローチを模索し、よりリリカルな表現でセリフのないシーンを通して『へブバン』らしい表現を追求することで、1.5周年ライブに向けて方針を固めていったとのこと。
ゆーげん氏のイラストの要素を分解
3Dのルックを開発するにあたって、ゆーげん氏のイラストの特徴が徹底的に検証された。
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完成したルック
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髪のハイライトの手描き感表現
キャラクターのルックデヴにおいて、髪の毛は大きくこだわったところのひとつだ。手描きのハイライトの印象を保ったまま3Dで動かすために、テクスチャをスライドさせている。
その際、視差オクルージョンマッピングを使い、擬似的な奥行き感を出すようにシェーダをOSLで開発した。さらに毛の束のエッジ部分のハイライトを伸ばすことで、よりイラストの表現に近づけている。
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影のコントロール
アニメ作品では、顔に落ちる影をアニメのルックに近づけるため、コンポジット時にマスクで影を調整することが多いが、今回は試行錯誤の末、影の画像を数枚ブレンドして1枚のテクスチャで影を表現する「ディスタンスフィールド補間」というしくみから着想を得た「2Dモーフ・ディスタンスフィールド補間」を開発・採用した。
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アウトライン
アウトラインの描画にはPencil+を使っているが、ゆーげん氏のラフなタッチのかすれ具合を出すためにマスクを入れたり、コンポジット時に周囲の近似色を適用して馴染ませたりしている。
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第四章前編でのルックデヴ
第四章前編では、茅森月歌がアコースティックギターを弾くシーンの、キャラクターの顔や表情とギターをメインとしたルックデヴが行われた。最終的なシェーダではなく、どうしたら3Dへ落とし込めるかを考え、必要なものを検討して洗い出した。
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第四章後編でのルックデヴ
第四章後編では、環境まで含めてルックが検討された。
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ライブ演出編に続く。
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CGWORLD 2023年12月号 vol.304
特集:限界に挑む! 最新モバイルゲームグラフィックス
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年11月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT _石井勇夫(ねぎデ)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada