本年1月1日にYouTubeにて公開されたVaundyのMV『ZERO』。実際のライブ映像から始まり、ステージや観客が目まぐるしく変化していくこの映像は、ボリュメトリックキャプチャとBlenderを駆使して制作された。CG制作を手がけたNANON CREATIVEに、制作の裏側について聞いた。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 308(2024年4月号)からの転載となります。

    ボリュメトリックを活用して様々な世界線でのライブを表現

    NANON CREATIVEは、実写やアニメーション、VFXまで幅広い表現でスタイリッシュなアウトプットを続けているmino氏を中心に、グラフィック、モーショングラフィックス、3DCGの3チーム9名からなる20代の若手アーティストたちで構成されたクリエイティブ集団である。

    Vaundy『ZERO』
    Director:Takuya Oyama(VANLI)、CG Director:mino(NANON CREATIVE)、CG Designer:mino / Menega / LYO / Sumorume / Yuta.M(NANON CREATIVE)、FX Artist:Yoshiya Ikeda(TICKET:)、CG Line Producer:Masayuki Hata(NANON CREATIVE/TICKET:)、CG Producer:Keita Suga(Cyran)CG&VFX Production:NANON CREATIVE、Producer:Yuki Wakisaka(isai)、Production:isai Inc.
    ©Vaundy_ART Work Studio

    「minoがBlenderを駆使して個人でも作品を手がけているうちに、のちに現在のメンバーとなるデザイナーやプロデューサーが彼の作家性に惹かれ集まってきた。それがNANON CREATIVEとしての始まりです。手がける作品が大きくなる中で人数も増え、本作はNANON CREATIVEの集大成と言える映像になりました」とCGラインプロデューサーを務めたハタ氏は語る。

    これまでにもVaundy氏のVJ映像などの制作に参加しており、今回のMV制作は監督のTakuya Oyama氏からのオファーによるものだ。

    NANON CREATIVE

    CGラインプロデューサー:ハタ氏
    CGディレクター:mino氏
    X(Twitter):@nanonoff

    MVの映像コンセプトとしては、企画段階からボリュメトリックビデオ技術を駆使した映像に仕上げることをオーダーされており、実際のライブ映像から回り込むカメラワークに沿って世界全体が様々なスタイルに変化していく新しい映像体験を目指した。

    「『マルチバース』を根幹に、どの世界線でも人々の心を掴んでいるVaundyを表現しようと、世界観のデザインやCG表現の提案からNANON CREATIVEで担当させていただきました」(ハタ氏)。

    全体の制作期間は3ヶ月ほど。最初の1ヶ月はプリプロとして、ライブ撮影やステージモデルの制作、ボリュメトリック撮影を進めつつ、コンセプトの開発やプリビズ制作にあてられた。その後一気に実作業に入り、2ヶ月程度で完成にいたっている。通常のMV等の作品は3週間程度で制作するNANON CREATIVEとしては、やや長めの制作期間になったという。

    では具体的な内容をみていこう。

    <1>ボリュメトリックキャプチャの活用

    ボリュメトリックキャプチャの特性に合わせた工夫

    本作のボリュメトリック撮影は、様々な作品への協力実績をもつ「キヤノン ボリュメトリックビデオスタジオ-川崎」で実施。Vaundy氏とバックバンドのメンバーを含め、4名でのパフォーマンスを撮影した。

    ボリュメトリックビデオスタジオ-川崎は撮影を行いながらリアルタイムでメッシュの生成結果をプレビューできるため、撮影自体はスムーズに進行、1日もかからずに終えられたという。

    ただ、撮影後にメッシュに変換する都合上、極端に厚さがないものや反射率の高いものに関しては上手く処理できないケースがあり、工夫は必要ではあった。

    撮影精度としては2mm程度の厚さがあればモデル化は可能とのことで、衣装の紐等の細かい部分をしまってもらったり、マイクスタンドを黒く塗るなど事前にモデル化をスムーズにするための準備を行なって撮影に臨んだ。ドラムセットなど、一部形状が破綻した部分についてはBlender上でモデリングし直している。

    「メガネなど処理しづらいものもありますが、服の揺れなどは3DCGでシミュレーションをかけるより、比較的手軽に正確な生っぽい動きが短時間で収録できるのがボリュメトリックキャプチャの強みだと思います」と、mino氏は語る。

    「とても効率的な撮影だったので、想定していたよりも巻いて撮影が終わり、『もう少し遊んだデータも撮影してみよう』というラフな温度感で予定になかった演技を追加で撮影することができました。その中で生まれた、『ジャンプして地面を割るようなヒーローの動き』は、実際にMVの中で使用させていただき、ラスサビ前のブレイクを彩る印象的なシーンをつくり上げることができました」。

    ボリュメトリックキャプチャ収録

    • ▲キヤノン ボリュメトリックビデオスタジオ-川崎での実際の撮影風景。四方をグリーンバックで囲まれた撮影スペースは8m×8m×3.5mの範囲で複数人の同時撮影が可能になっている
    • ▲撮影しながら、その場でリアルタイムにプレビューを確認できる。そのため、演者1人あたりの撮影時間は20~30分程度で済んだとのこと
    ▲撮影したボリュメトリックデータから生成されたメッシュ。こうして一連のパフォーマンスを3Dデータ化することで、後から背景やルックを切り替えたり、自由なカメラワークを付けたりと映像の自由度が広がる

    メッシュの修正

    オブジェクトとして細い物体、反射率の高い質感の物体などはどうしてもメッシュが崩れてしまうことがあるため、ドラムセットなどは改めてモデリングしたアセットに置き換えている。得手不得手はあるものの、人物の部分はほぼキャプチャができているため、本作ではケースバイケースで対応した。

    • ▲テクスチャあり
    • ▲テクスチャなし。左が作成し直したモデル、右がボリュメトリックメッシュ
    • ▲背面
    • ▲上面。左がボリュメトリックメッシュ、右が作成し直したモデル。シンバルの形状などを見るとちがいがわかりやすい

    2Dレンダリングによるテクスチャの貼り込み

    ボリュメトリックデータから生成したモデルに対するテクスチャの貼り込みには2つの手法がある。

    • ▲ひとつはボリュメトリックキャプチャ時に取得した色情報をUVマップで全身に貼り込む手法で、360度どこから見ても成立するのがメリット
    • ▲もうひとつは、指定したカメラからの画像をカメラマップでそのまま投影して貼り込む方法だ。本作では、カメラのFBXデータをスタジオに提出し、カメラ視点の2Dレンダリングデータを用意してもらい使用している。「早い段階でプリビズを作成しカメラワークをFIXしたおかげで、この方法を採用することができました」(ハタ氏)
    ▲カメラをずらすと、カメラマップの範囲から漏れた部分はテクスチャが伸びているのがわかる

    シェーダによるブラッシュアップ

    ボリュメトリックデータはそのままだと細かい凹凸がありアニメーション再生するとノイズになるため、Blender内でのシェーダでブラッシュアップをしている。

    • ▲ボリュメトリックデータそのままのシェーダ
    • ▲テクスチャで暗い部分のスペキュラを落とす
    ▲ボリュメトリックデータの法線マップ
    ▲ベベルをかけて元の法線をスムースにし、投影したテクスチャをバンプマップとして適用して影のディテールを表現
    ▲最終的にSSS処理を加えたシェーダを組むことで、変化していくライティングにも細かく対応させている。なお、Vaundy氏のボリューム感のあるフワフワな髪の毛の質感を再現には苦労したが、その甲斐あってリアルな表現に仕上がっている

    <2>3DCGで表現する多彩な世界線

    マルチバースな世界観を表現するためのワークフロー

    本作は「一連のパフォーマンスを長回しのカメラワークで捉えて、その中で世界観(背景)がスイッチングしていくことで、Vaundy氏を含むバンドメンバーがマルチバース的に様々な世界線を跨いで活躍していく様子を表現する」という演出意図の下、構造もルックも異なる様々なステージが用意された。

    MV冒頭の「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2023 in EZO」のステージから派生させたステージが9種類、その他にソロのシーン、ビル街のシーン、クライマックスの巨大スタジアムを加えるとロケーションとしては12種類が登場する。

    まず前述のプリプロ期間に「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2023 in EZO」にてmino氏が現場に立ち会い、リファレンスを含む一部撮影を担当。それを基にステージの3Dモデルを制作し、その後にボリュメトリックキャプチャを実施。

    それらのデータを用いてmino氏がプリビズを作成し、この段階でカメラワークを7割ほど固める。そこから各世界線のコンセプトアートを描いて監督に提案し、GOサインが出たらチーム内の各アーティストに制作を依頼した。各世界線のルックは、担当アーティストの作家性を活かした仕上がりになっている。

    また、ライブの観客の配置・制御にはBlenderの群集制作アドオン「Procedural Crowds」を採用。サイバーパンク的なロボット、古代の鎧を着た人間など各世界線の設定に合わせた群衆のベースモデルを準備し、アドオン上でカラーバリエーションや動きを設定することで、かなり少ない手順で群衆シーンを作成できたという。

    これらの全ての工程をBlenderで統一することで、mino氏がカメラワークを設定した基本的なシーンデータを配布・共有しつつ、各アーティストが仕上げてきたシーンデータを再びmino氏が収集してブラッシュアップするというフローで効率良く制作を進めることができたという。少数精鋭チームならではの運用実績と言えよう。

    「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2023 in EZO」のステージモデル

    ▲昨年8月に行われた「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2023 in EZO」のステージ
    ▲ステージを再現した3Dモデル。ベースとなるこのモデルが初期段階からあったことで、それぞれの世界線のステージセットのスケール感の統一やカメラワークの設計が効率的に行えたのもメリットのひとつだった

    様々なスタイルのステージ

    各アーティストが制作したステージの一例。ここからmino氏によるブラッシュアップを経て完成となる。

    • ▲サイバーパンク風ステージ(LYO氏担当)
    • ▲古代神殿ステージ(mino氏担当)
    • ▲海底遺跡ステージ(mino氏担当)
    • ▲モノクロの仮想空間ステージ(Menega64氏担当)
    • ▲雷が迸り雨が降るステージ(LYO氏担当)
    • ▲アメコミ風ステージ(すもるめ氏担当)
    • ▲ミニチュア風ステージ(すもるめ氏担当)
    • ▲昭和スチームパンク風ステージ(Menega64氏担当)。なお、RISING SUNのステージとドラムセットのモデル制作はYuta.M(Nzn3D)氏が手がけた

    ステージによって異なるシェーダ

    本作では世界線によってルック自体も変化させているのがもうひとつのチャレンジと言えよう。

    • ▲各シェーダ適用前
    • ▲アメコミ風ステージの表現。Blender内でハッチングシェーダの質感に変換しつつ、アウトライン生成を加えてコミック風のNPR表現を行なっている
    • ▲ミニチュア風ステージの表現
    • ▲仮想空間ステージの表現。メンバーのシェーディングもボリュームメッシュワイヤーのような雰囲気。実写に合わせたリアルな質感からNPR風の質感まで多彩な表現がなされたが、リアリティのあるシーンではBlender 4.0から搭載されたAgx(主に明るい部分や露出部分に対するカラーマネジメント機能)を使用することで効率的に進められたという

    Procedural Crowdsによる群集作成

    • ▲サイバーパンク風ステージのロボット
    • ▲古代神殿ステージの甲冑騎士
    • ▲海底遺跡ステージの兵士
    • ▲スタジアムの観客。それぞれにベースモデルを用意し、多彩な世界観に合わせた表現を可能にしている。比較的難しくない操作でアニメーションが付いた状態の群衆を配置可能
    ▲オブジェクト情報ノードによってランダムに色を替えることもできる

    Houdiniとの連携

    一部のパーティクル表現にはHoudiniが使用された。

    ▲暗がりの中スポットライトを浴びたVaundy氏の無数の影分身が細かい粒子になって飛散するシーン。Houdiniでのシミュレーション
    • ▲Blenderで出力した画像
    • ▲Houdiniで書き出した影を合成
    • ▲Houdiniで書き出した粒子を合成
    • ▲カラーを調整
    • ▲Vaundy氏の身体がブロック状に分解されるシーン
    • ▲暗いビル街で一人歌うVaundy氏の周囲に漂う煙にも活用。HoudiniとBlenderの連携に関してはパーティクルなどのデータはAlembic、煙はVBDでやりとりを行なった

    <3>各シーンのケレン味を追求したコンポジット

    効率的なレンダリング×ケレン味のあるコンポ

    Blenderのレンダリング工程ではクラウドのレンダーファーム「GarageFarm.NET」を採用、Blenderから直接「Render Beamer」で必要なデータをまとめて転送してレンダリングを行なっている。

    「クラウドサービスなのでチャットサポートも24時間対応してもらえて、トラブルにも強かったです。今回タイトなVFXの仕上げの時間の中で、リモートワークのスタッフが多いこともあり、社内でレンダリングサーバを立てるよりも費用対効果が良く、プロデューサー的にも助かりました」とハタ氏はふり返る。

    本作では制作期間の関係もあり、なるべくBlender上で画づくりを完結し必要最低限のAOV出力で制作。After Effectsにて最終ルック調整のみを行う、シンプルなワークフローを採用。VFXスタッフから提出されたBlenderデータを再びmino氏の下に収集してコンポジット作業を施した。

    とはいえ、雨のシーンでは実写の雨素材を追加したり、海のシーンではレンズの効果を加えるためにディストーションでカメラからの視界を歪ませたり、スタジアムのシーンでは「未来のVaundy」をコンセプトに本物のライブを意識してライティングも調整していたりと、各シーンでケレン味のあるコンポジットになるように仕上げている。

    本作では企画のコンセプトから最終のコンポジットまでトータルで映像の方向性を紡ぎ出したmino氏は「本作は少数精鋭ながら、企画全体の総合的な観点からCG演出を提案できたことにも手応えを感じています。今後はCGだけでなく、様々な分野のアーティストが集まったチームだからこそつくれるような作品、ディレクション領域にもチャレンジしきたいと思います」と今後の抱負を語ってくれた。

    雨のステージ

    • ▲Blenderからのレンダリング映像
    • ▲カメラのレンズに付いた雨粒
    • ▲降り注ぐ雨。これらをコンポジット工程で実写の素材も織り交ぜて合成することでリアルなケレン味を追求した
    • ▲その上でグローとハレーションとビネットの調整を施す
    ▲最終的に画面全体のトーンを調整している。細かい部分では降り注ぐ雨だけでなくカメラ手前の水滴も追加し、よりリアルな表現を目指したとのこと

    クライマックスのライブシーン

    MVのクライマックスである「巨大スタジアムでのライブ」のシーンでは様々なレジェンド級のアーティストの過去のライブステージ映像を参考にしつつ、その空気感や雰囲気まで表現できるようコンポジットが施された。

    ▲Blenderから出力されたEXRのビューティ素材
    ▲上の画像を基にAfter Effectsによってグロー効果やハレーション、ビネットを調整
    ▲最後にカラコレを行うことで伝説にふさわしいリスペクトを込めた映像に仕上げている

    CGWORLD 2024年4月号 vol.308

    特集:アニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ』
    判型:A4ワイド
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    発売日:2024年3月8日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_峯沢琢也 / Takuya Minezawa
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada