メディアアーティスト山本信一氏が、新たな活動に取り組み始めた。2023年4月、長岡造形大学デザイン学科教授に着任したのを機に、これまでに山本氏が取り組んできたモーショングラフィックス、インスタレーションアート、さらには電子音楽とデジタルアートを融合させたライブパフォーマンスといったデジタル・クリエイティブの可能性を探る場を確立させようとしているのだ。
本稿では、11月1日(金)に催されたオーディオビジュアルライブパフォーマンス「Immersive Cube Live」をレポートすると同時に、山本氏が目指すところを紹介する。

記事の目次

    映像の空間的拡張と社会実装の探求

    リアルタイムCGの技術進化は目覚ましいものがある。その恩恵を受けるかたちで、メディアアートやライブエンターテインメントにおけるビジュアル表現も「イマーシブ(immersive:没入型)」という言葉に象徴されるように、従来の枠を超えた作品が次々と生まれている。

    山本信一氏は、1990年代からメディアアーティスト、クリエイティブ・ディレクターとして、様々なビデオアートに取り組んできた。いわゆる映画制作の手法とは異なる「エレクトリック音楽の延長としての映像」というアプローチで、CIやVIといったブランディングや展示映像、劇場作品のタイトルバックなどで数多くの実績を重ねており、現在も第一線で活躍中だ。

    最近では、オムニバス・ジャパンのエグゼクティブクリエイティブディレクターとして、都市空間での映像展開、公共常設作品やアートフェスティバルのキュレーション、AR・XRの企画やサイエンティストとプラネタリウムの科学作品の演出などのプロジェクトを手がけている。

    山本氏は、テクノロジスト・サイエンティスト・音楽家・伝統文化の芸術家などと水平的なコラボレーションを行う「superSymmetry」を主宰し、既存の映像フィールドを拡張する活動にも取り組んでいる

    長岡市との共同プロジェクト「VideoListening」第2弾として、イマーシブなライブと上映会を開催

    山本氏がデザイン学科教授に着任した長岡造形大学は、2024年に創立30周年を迎えた。そして同校は、先端的なデジタル機器を備えたプロトタイピングルームや、デジタルデザインアトリエ、映像やオーディオの編集室などが1つの棟にまとまり、全学生が使用できる新たなモノづくりの拠点として「第4アトリエ棟」をオープンさせた。

    この新棟の中でも確かな個性を放っているのが「映像スタジオB」である。白ホリのスタジオには3面投射が可能なプロジェクタが設置されており、イマーシブな映像表現にとって最適な空間になっているのだ。

    2024年9月に完成した「第4アトリエ棟」外観
    3面投射が可能な「映像スタジオB」

    山本氏は長岡造形大学で教鞭を執るのと並行して、「VideoListening(ビデオリスニング)」というプロジェクトを立ち上げ、10月19日(土)と20日(日)の2日にわたりモーショングラフィックやメディアアート作品を集めたスクリーニングとトークイベントを実施した。

    トークイベントでは、アーティストの古澤 龍氏、映像作家の五島一浩氏を招聘して「映像と時間」をテーマにコアなトークイベントを行なった(詳細はこちらを参照)。

    続く第2弾として、国内外の電子音楽やデジタルアートの分野で活躍する3組のアーティストによるオーディオビジュアルライブ「Immersive Cube Live」と、映像スタジオBのために学生が制作した作品を上映する「Immersive Cube Theater」が開催された。

    「Immersive Cube Live」ティザー

    ジェネラティブやビジュアルプログラミングを駆使した、圧巻のライブパフォーマンス

    ここからは11月1日(金)夜に催された「Immersive Cube Live」の模様をお届けしよう。

    今回は3組のアーティストが各々30分ほどのオーディオビジュアルライブを披露した。1組目は、山本氏と共にsuperSymmetryとしても活動するデジタルアーティスト瀬賀誠一氏と、音楽家・ビジュアルアーティスト・デザイナーとして活躍中のMasayuki Azegami氏によるパフォーマンス。

    両氏は様々なイベントでコラボレーションしているが、今回も息の合ったプレイを披露。瀬賀氏が得意とするジェネラティブ、物理シミュレーションを取り入れたハイエンドな3Dのモーショングラフィックスを駆使した映像が強烈な印象を残した。

    瀬賀氏と畔上氏のパフォーマンスより。JAXAの人工衛星から得られた高精細な地形データを組み合わせたモーショングラフィックスが印象的だった

    2組目は、scuyことHiroki Okamoto氏。デザインコレクティブv0id(ヴォイド)の中核メンバーとして映像制作、インスタレーション展示、インテリアデザイン、ファッションデザイン等領域を横断する活動しており、今回も自身を取り巻く環境、空間からインスピレーションを得たオーディオビジュアルで来場者を魅了した。

    東京と沖縄の2拠点をベースに活動しているscuy氏。今回のパフォーマンスでは、老朽化により移転・解体が決まっている名護市庁舎をモチーフに採用。自身でNeRF(Neural Radiance Fields)作業を行なった同市庁舎の3Dモデルに破壊表現を施すという、scuy氏ならではの表現も披露した

    そして3組目は、Intercity-Expressだ。2014年に始動した、音楽家・大野哲二氏によるサウンド / ビジュアルプロジェクトであり、ハウス・テクノ・ノイズ・エレクトロニカを通過してきたサウンドと、直感的なジェネラティブデザインやカラーパターンを軸としたビジュアルがシンクロしたライブパフォーマンスが魅力である。

    Intercity-Expressのパフォーマンスより

    「Immersive Cube Live」は、長岡造形大学創立30周年を記念した目玉イベントとして開催された。第一線で活躍するアーティストたちのパフォーマンスを無料で体験できたことは、学生たちにとってはもちろんのこと、イベントに訪れた近隣に暮らす人たちにとって格別の思い出になったはずだ。

    なお、scuy氏は11月22日(金)に東京・渋谷で開催予定の『MUTEK.JP 2024 Edition 9 [Nocturne 1]』でのパフォーマンスが決まっているので、そちらもぜひ。

    瀬賀氏と畔上氏のパフォーマンスより。3組ともTouchDesignerを活用することで、オーディオとビジュアルをリアルタイムで同期させていたが、瀬賀氏とscuy氏はデスクトップPCを持ち込んでいたことも印象的だった(相応に高負荷の3Dデータを利用していたはず)

    世界中から一目される、デジタル・クリエイティブの活動拠点を目指して

    ここで改めて、山本氏の足跡を紹介したい。

    CIやVIの主な出先はテレビを始めとする平面ディスプレイだろう。しかし山本氏は、そうしたスクリーンメディアだけでなく、カナダ発の電子音楽とデジタルアートの祭典『MUTEK』等におけるオーディオビジュアルパフォーマンスや都市回遊型XR、公共空間でのインスタレーションなど、映像を都市や空間に拡張する作品を精力的に手がけている。

    2021年に手がけた『新宿東口の猫』は、国内のみならず海外からも多くの反響をあつめた。

     新宿東口の猫『ねこ&エコー編』 
    新宿東口の新名所、クロス新宿ビジョンのメインコンテンツ『新宿東口の猫』を、現地で撮影した動画

    そんな山本氏は今、長岡造形大学を拠点にどのような取り組みをし始めているのか、率直に語ってもらった。

    山本信一/Synichi Yamamoto

    メディアアーティスト、クリエイティブ・ディレクター。
    アーティストとして国内外のフェスティバルなどに作品を発表しながら、一方で、日本有数のデジタルプロダクションであるオムニバス・ジャパン所属のモーショングラフィックアーティストとして、ブランディングや、EXPO、劇場作品のタイトルバックなどで数多くの実績、受賞歴をもつ。現在は同社のエグゼクティブクリエイティブディレクターとして、都市空間での映像展開、公共常設作品やアートフェスティバルのキュレーション、AR・XRの企画やサイエンティストとプラネタリウムの科学作品の演出などのプロジェクトを手がけている。テクノロジスト・サイエンティスト・音楽家・伝統文化の芸術家などと水平的なコラボレーションを行うsuperSymmetryを主宰し、既存の映像フィールドを拡張する活動をしている。
    2023年4月、長岡造形大学デザイン学科教授に着任。専門分野は、映像・メディアアート。
    https://www.nagaoka-id.ac.jp/about/teacher/list/yamamoto_synichi/

    ——まずは、長岡造形大学デザイン学科の教授に着任された経緯を教えてください。

    山本信一(以下、山本):
    何か格別の思いがあってということではなく、ご縁があって参加させていただきました。

    僕は、プロダクションに所属して商業シーンを中心に映像制作に取り組んできたのですが、少し上の世代の方々はアカデミックな場を拠点にメディアアートに取り組まれる人が多い印象があります。その意味では、以前からアカデミックな場だからできることがあるはずと思っています。

    ——そして長岡造形大学では、第4アトリエ棟を新設してイマーシブな映像表現にも対応できる映像スタジオBを建設していたわけですね。現在、どのような活動に取り組まれているのでしょうか?

    山本:
    向こう6年ぐらいをひとつの節目として、僕がこれまで取り組んできたメディアアートなどの創り手が、世界中からここにやって来て、新たな作品を創作したり、発表の場として確立させられないかと思っています。

    僕自身が現役のクリエイターとしてオムニバス・ジャパンに籍を置いて活動を続けているので、長岡造形大学という教育の現場と映像をはじめとするデジタルコンテンツ制作現場を掛け合わせることで、どちらも盛り上げていければと思って活動しています。その最初の一歩として取り組んだのが『VideoListening』でした。

    ——今年10月に実施された『VideoListening』#01は、ミライエ長岡が会場でした。長岡の地域創生や産業振興も視野に入れられてますか?

    山本:
    そうした面もありますが、僕としてはもっとシンプルに考えています。

    デジタル技術の発展に伴って、映像表現や制作手法が多様化しています。ここは大学ですし、広い視点からデザイン思考の人たちを育てていければと思っています。

    僕自身が、演出も担当させていただきながら自分でモーショングラフィックス作業を行うといった感じで横断的に活動してきましたし、映像関連のテクノロジーも進化をし続けていますから。

    『軌跡~The Movements』
    「人間の活動と地球観の変遷」をテーマに、日本科学未来館の地球ディスプレイ「Geo-Cosmos」のために作られた球体映像作品。本編(8分40秒)のダイジェスト版
    ディレクター:山本信一/音楽:ICE [Intercity-Express]/映像技術:今村和宏/プロデューサー:貞原能文、小椋勇介/制作:株式会社オムニバス・ジャパン/制作協力:遠藤誠一(Gopha inc.)/サウンドシステムデザイン:株式会社ゴーズ/データ提供:中央大学 鳥海研究室、神戸市立博物館、Northern Arizona University, University of Oxford,VMapLevel0 2004,TOKYO CARTOGRAPHIC CO.,LTD./データ制作協力:AuthaGraph株式会社/企画・製作・著作:日本科学未来館

    ——ここ(長岡造形大学)には3面投射が可能なスタジオがあるので、斬新なアイデアを実践する場としても良いですね。当面の目標を教えてください。

    山本:
    1年目にあれをやったから、2年目はこれを……といった明確なマイルストーンはあえて決めないようにしています。その時々でやれることに全力で取り組みたいという(笑)

    今回の『Immersive Cube Live』では、superSymmetryとして一緒に活動してきた瀬賀くんや大野さんにパフォーマンスをお願いしましたが、scuyさんとはこれまでにインスタレーションなどのギャラリーで2〜3回会ったことがあっただけで一緒に活動をしたことはありませんでした。

    だけど、scuyさんの作品が良いなと思っていたのでお声がけしたところ、快諾してもらえました。こんな感じで、イマーシブなどの斬新でユニークな表現に取り組んでいる人たちにどんどん来てもらって、ここをみんなの活動拠点にできないかなと思っています。

    ——新たな才能も輩出できると面白いですね。

    山本:
    東京にあるものと同じものや縮小版をやるのではなくて、ここだからできるものを東京や海外から観に来てもらうことを目指したいですね。

    「ここだからできる」というのは、特別な設備や機材があるからという意味ではありません。あくまでもクリエイターの作家性や活動内容にこだわっていきたい。

    ——プロダクションに所属されて、コマーシャルやポップアートの案件を通じて、映像制作に取り組まれてきた山本さんだからこそ実践できる、新たなデジタル・クリエイティブの活動拠点に今後も注目しています!

    デジタルネイティブならではのアナログへの関心

    20年以上にわたって国内外の映像をはじめとするデジタルコンテンツの制作現場を取材してきた身として改めて感じていることがある。
    これからの時代、CGか実写か、デジタルかアナログかといった区分けはよりいっそうナンセンスになるだろう。
    その意味では、山本氏の柔軟な発想と、自身の活動領域を限定しないスタイルに魅力を感じた。

    最後に今回の取材で出会ったふたりの若者を紹介したい。長岡造形大学4年生の江渡大輔(えとだいすけ)氏と、大藤夏美(おおふじなつみ)氏だ。
    現在、山本氏のゼミ生として卒業制作に取り組んでいる両氏に、山本氏との交流から感じていることを等身大で語ってもらった。

    ——まずは自己紹介からお願いします。

    江渡大輔氏:
    高校は普通科で、その頃はちょっと絵を描くぐらいでした。ですが、高3の文化祭で映像を作る機会があって、映像制作をしっかり学びたいと思って長岡造形大学に進学しました。

    最初は実写に興味があったのですが、授業や演習を通じて、今はCGアニメーションに取り組んでいます。

    大藤夏美氏:
    私も普通科の高校出身で、当時は油絵を描いていました。ですが、デザインに興味を抱き長岡造形大学に進学しました。

    2年生のときに履修したアニメーションの授業を通じて、映像の面白さに気づいて映像に転向しました。

    今はインスタレーションとしての映像制作をメインでやっていて、ブラウン管テレビなどのアナログ機器に興味をもっています。

    ——おふたりとも3年生から山本先生の指導を受けているそうですね?

    大藤氏:
    新しく着任されるタイミングでしたので、ゼミの紹介文に書かれていた電子音楽やポップカルチャー関連の映像表現ということに興味をもってゼミに応募しました。

    ですが、実際に履修してこうした映像の面白さに夢中になって、そのまま研究室に所属しています。

    江渡氏:
    僕も似たような感じですが、サークル活動でDJをやっていてエレクトロ系の音楽が好きなことが大きかったですね。

    そうしたジャンルの映像について専門的に学べるなら行くしかないぞと。

    ——山本先生の印象を聞かせてください、PR記事ではないので率直に(笑)

    江渡氏:
    山本先生のプロフィール写真(※上に載せたデュッセルドルフ駅で撮られたもの)がアーティスト然とされていたので、厳しい先生なのではと最初は緊張していました(笑)

    ですが、とても穏やかなお人柄でゼミで紹介される事例も魅力的で研究室に入って良かったと改めて思います。

    大藤氏:
    山本先生のご指導で印象的なのは、いつもレスポンスが早くて、その内容も明確なことですね

    自分たちが未熟なこともあって、指摘された内容が多いと迷ってしまうのですが、山本先生のフィードバックはいつも適量で、現役のプロフェッショナルの方なんだと実感します。

    授業の形態も自由です。ひとりひとりの学生がやりたいことに合わせて、臨機応変に指導してくださっています。

    ——なるほど。具体的なエピソードがあれば知りたいです。

    大藤氏:
    私はインスタレーションがやりたかったのですが、指導していただける先生がなかなか見つけられずにいました。

    そうしたところに山本先生が着任されて、第一線でやっていらっしゃる方ならではの具体的なアドバイスをしていただけています。

    就職活動では、イベントの展示ブースを手がけているプロダクションの映像デザイナーとして内定をいただくことができたのですが、その会社も山本先生に教えていただいたところです。

    ——それはすごいですね。かなり専門性の高い企業かつ職種だと思うので、求人を見つけること自体が大変だと思うので。

    大藤氏:
    そう思います。教えていただけなかったら、路頭に迷っていたかもしれません(笑)

    江渡氏:
    僕は、プロジェクションマッピングなど大型の展示映像を手がけているプロダクションから内定をいただくことができました。

    ——最後に、ものすごく唐突ですけど、これからの映像クリエイターって、どうなっていくと思いますか?

    江渡氏:
    イラストレーターみたいに、ひとりひとりのクリエイターがもっと注目されていく気がしています。

    YouTubeとかでMVを観ていると、スタッフクレジットが明記されている作品が増えていますし、「この人の映像が観たい」的なニーズをすぐに満たしてくれるサービスとかが出てくるんじゃないかと思っています。

    大藤氏:
    活躍の場がさらに広がっていくと思います。

    私自身がインスタレーションに取り組んでいることもありますが、サイネージなどがさらに増えていくと思うので。

    テレビなどの画角が一定のフォーマット向けの映像だけではなく、街中に溶け込んでいるとか、空間を意識した映像制作が求められていくのかな、なんて。

    ——いかがだろうか? この記事が、映像表現の新たな可能性を実感する機会になれば嬉しく思う。

    TEXT_NUMAKURA Arihito