初音ミクをはじめとする「ピアプロキャラクターズ」と一緒にエクササイズを楽しむことができる本作。キャラクターのイメージを保ちながらボクシングの動きに映えるためのモデルづくりやそのほか様々な工夫について、ヘキサドライブに聞いた。
Unityの既存アセットと内製ツールを併用
イマジニアが開発したNintendo Switchの『Fit Boxing』シリーズは、名前の通りボクシングのエクササイズを自宅で手軽にできるゲームとしてスマッシュヒットを記録している。2022年には『北斗の拳』とコラボレーションした『Fit Boxing 北斗の拳 ~お前はもう痩せている~』(©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983 版権許諾証EB-212)が登場し、2作目のコラボレーションとして初音ミクを起用したのが今回のタイトルだ。
本作の開発はヘキサドライブが担当。『Fit Boxing』としての遊び心地を踏襲しながら、初音ミクをはじめとしたピアプロキャラクターズたちの「可愛い」のためにトレーニングの大変さをのりきることができるような構成を意識し、キャラクター表現をイチから模索。開発はおよそ1年かけて行われた。
「ピアプロキャラクターズに求められる表現をとことん追求したい、と同時に開発のスピード感は落とさないよう適宜アセットを利用しつつ、ルックデヴにおいては公式デザインの表現に立ち返ってリスペクトすべき点を洗い出し、イチから構築していきました」と語るのは、テクニカルアーティストの岡本鯉太郎氏。
公式らしさや親しみやすさ、ボクシングの動きをする上での動かしやすさを考慮してキャラクターモデルの造形を細かく検討した。本作はUnityをベースに、lilToonシェーダやClothシミュレーションのMagicaCloth2、フェイシャルやリップシンクの制作にuLipSyncなどのアセットを活用。
一方でモーションキャプチャデータをmGearで生成されたリグに乗せるモーションリターゲットツールのほか、Unity上のClothシミュレーションデータをMayaで扱えるようにするベイクツールに加え、揺れものアニメーションをMayaで容易に編集できるツール群などを社内で新規開発した。
エクササイズに適したキャラクターのルックデヴ
「公式らしさ」「親しみやすさ」「動きやすさ」を意識したデザイン
キャラクターモデルの制作にあたっては、大きく「公式らしさ」「親しみやすさ」「動きやすさ」の3つが重視された。
「初音ミクのルックデヴの出発点は、KEI氏による公式イラストです。このイラストを基準にしつつ、他の既存作品からも要素を少しずつ織り込んで『公式らしさ』を形成していきました」(岡本氏)。
そこで、数多の作品を分析し、初音ミクらしさを形成するポイントを「長くボリュームのあるツインテール」「スレンダーなシルエット」「肩幅と骨盤の比率」の3つに絞り込み、それらをモデルに盛り込んだ。
また、エクササイズゲームゆえに「幅広い層のユーザーが、キャラクターを見て愛着をもてるようにすること」(岡本氏)もポイントだった。気軽にゲームに取り組めるよう複雑なシェーディングを避け、重い印象にならないよう、髪にハイライトや逆光を加え、まつ毛の端に赤みをもたせるなど、全体的にトゥーン調でありながら立体感を感じられるルックを構築した。
さらに、本作ではキャラクターがプレイヤーのお手本としてボクシングの激しい動作を行う。そのため、アームカバーやスカートの丈、ツインテールの傾きなど、ポーズの見やすさやアニメーターの作業のしやすさを優先しつつ、キャラクターデザインの印象を変えない範囲でモデルに調整を加えている。
フェイシャルについては、ブレンドシェイプは使わず、UnityのAnimation Layerで制御している。リップシンクにはuLipSyncというプラグインを使用。キャラクター表示画面ではセリフの音声で口パクをし、表情を変える設定にしている。また、顔全体の表情や目の開閉、全体のモーションはスクリプトで制御することで、キャラクターの繊細な印象をつくり上げた。
ゲームに合わせたキャラクター制作
オリジナル衣装の制作
フィットネスがテーマなので、公式イラストの服装だけではなくスポーツスタイルの衣装も用意された。ポーズのわかりやすいシルエットや、運動に適しかつ健全なデザインが目指された。
lilToonによる質感設定
本作では、イラストらしさと立体感を両立したルックを実現するため、lilToonを採用。このシェーダはBOOTHで無料公開されており、主にVRChatのアバターなどに活用されている。
フェイシャル
キャラクターらしさを活かすモーション
ボクシングと可愛い動き2種類のアニメーションに対応
本作ではモーションにおいても徹底して可愛さを演出している。ボクシングのアクションはもちろん、そこに移る前の待機モーションについても、公式イラストのシルエットがそのまま動き出すようなイメージで手を抜かずに制作されている。
基本のリグにはmGearを用いている。mGearはガイドで要素を組み立てたのちビルドしてリグを構築するため、キャラクターリグの複製や編集が容易であり、衣装ごとの細かい調整にもすぐに対応することができることが利点であるという。
また、キャラクターによっては別途カスタムしたリグも部分的に実装。例えば鏡音リンの腰のベルト部分がそうだ。こちらは、脚の角度に応じて自動的に動くように制御されている。
モーション制作においては、イマジニア提供のボクシングモーションのカスタムリグデータに加え、可愛さを表現するための新規モーションのモーションキャプチャデータの両方に対応する必要があった。そのため、それらを一度に扱うためのしくみとして、モーションリターゲットツールを独自開発している。
さらに、エクササイズ中の揺れものの動きにも気が配られた。例えば初音ミクは大きなツインテールはもちろん、ネクタイやスカートなど揺れる部分は数多い。これらの表現にはUnityの有料ClothシミュレーションツールMagicaCloth2を利用し、意図しない挙動が起こらないよう全てベイクで対応。Unity側とMaya側の双方に内製ツールを用意しベイクモーションをFBXで出力できるようにした。
これらのモーションをUnityに実装する際には、ベースとなるボーンアニメーションと揺れものとで別のAnimaton Layerで処理している。
mGearとカスタムリグを併用
モーションリターゲットツール
本作のモーションには、イマジニアから提供された『Fit Boxing』シリーズの既存のボクシングアクションのアニメーションと、ヘキサドライブ側で新規にモーションキャプチャを行なったアニメーションの2種類があり、前者はカスタムリグのアニメーション、後者はMotionBuilderのバイナリのアニメーションとなる。これらを1つのツールで扱うため、両方のデータを受け渡すしくみをもつ中間ファイルをキャラクターごとに用意して対応。バッチ処理で大量のモーションファイルを一括処理できる。
MagicaCloth2を活用した揺れもの
Unityでのアニメーション実装
本作のアニメーションは、ベースとなる基幹骨アニメーションと揺れものアニメーションをUnity上の異なるAnimation Layerで処理している。
サイバー感を演出するステージ&エフェクト
エクササイズを邪魔しないシンプルでリッチな画づくり
エクササイズ時の背景は、『Fit Boxing』シリーズらしいエクササイズルームのトーンももちつつ、初音ミクならではのサイバー感を意識して制作されている。アイデアは開発の早い段階からイメージボードなどで構想されており、ラウンジ、電脳空間、ミュージックボックス、空というイメージから「レクチャールーム」、「サイバースペース」、「ミュージックポップ」、「ラグーン」の4種類の背景を用意。
ルーム自体はシンプルなつくりだが、レクチャールームではリフレクションプローブによる反射表現、サイバースペースではVFXGraphによるランダムパーティクル、ミュージックポップでは曲のテンポや展開に合わせた背景の色変化や音符が飛び出す演出、ラグーンでは朝、昼、夕方、夜といった時間帯に応じた背景変化など、それぞれの個性に合わせて細やかな工夫が施されている。
また、エフェクトはサイバー的な雰囲気と、先述してきた初音ミクたちの可愛らしさが感じられるものになった。キャラクター選択時には、選択したキャラクターの色に合わせたエフェクトが表示される。これはエフェクトとしては1つのVFX Graphだが、キャラクターごとに設定しているグラデーションの色設定を参照して表現している。
リフレクションプローブを活用したレクチャールーム
キャラクター選択エフェクト
CGWORLD 2024年12月号 vol.316
特集:ガンダムCGの変遷と最前線
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年11月9日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_葛西 祝
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota