初音ミクをはじめとする「ピアプロキャラクターズ」と一緒にエクササイズを楽しむことができる本作。キャラクターのイメージを保ちながらボクシングの動きに映えるためのモデルづくりやそのほか様々な工夫について、ヘキサドライブに聞いた。

記事の目次

    「ミクといっしょにエクササイズ」及び「ミクササイズ」はクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の登録商標です。
    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 316(2024年12月号)からの転載となります。

    Unityの既存アセットと内製ツールを併用

    イマジニアが開発したNintendo Switchの『Fit Boxing』シリーズは、名前の通りボクシングのエクササイズを自宅で手軽にできるゲームとしてスマッシュヒットを記録している。2022年には『北斗の拳』とコラボレーションした『Fit Boxing 北斗の拳 ~お前はもう痩せている~』(©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983 版権許諾証EB-212)が登場し、2作目のコラボレーションとして初音ミクを起用したのが今回のタイトルだ。

    『Fit Boxing feat. 初音ミク -ミクといっしょにエクササイズ』
    発売:イマジニア
    開発:ヘキサドライブ
    リリース:発売中
    価格:6,980円
    Platform:Nintendo Switch
    ジャンル:フィットボクシング
    fitboxing.net/hatsunemiku

    本作の開発はヘキサドライブが担当。『Fit Boxing』としての遊び心地を踏襲しながら、初音ミクをはじめとしたピアプロキャラクターズたちの「可愛い」のためにトレーニングの大変さをのりきることができるような構成を意識し、キャラクター表現をイチから模索。開発はおよそ1年かけて行われた。

    「ピアプロキャラクターズに求められる表現をとことん追求したい、と同時に開発のスピード感は落とさないよう適宜アセットを利用しつつ、ルックデヴにおいては公式デザインの表現に立ち返ってリスペクトすべき点を洗い出し、イチから構築していきました」と語るのは、テクニカルアーティストの岡本鯉太郎氏。

    ▲写真左から 三鴨有紀氏(プロジェクトマネージャー)、森 和宏氏(ディレクター)、岡本 鯉太郎氏(テクニカルアーティスト)、脇川裕介氏(プログラマー)、渡邊千絵氏(キャラクターモデルアーティスト) 以上、ヘキサドライブ

    公式らしさや親しみやすさ、ボクシングの動きをする上での動かしやすさを考慮してキャラクターモデルの造形を細かく検討した。本作はUnityをベースに、lilToonシェーダやClothシミュレーションのMagicaCloth2、フェイシャルやリップシンクの制作にuLipSyncなどのアセットを活用。

    一方でモーションキャプチャデータをmGearで生成されたリグに乗せるモーションリターゲットツールのほか、Unity上のClothシミュレーションデータをMayaで扱えるようにするベイクツールに加え、揺れものアニメーションをMayaで容易に編集できるツール群などを社内で新規開発した。

    エクササイズに適したキャラクターのルックデヴ

    「公式らしさ」「親しみやすさ」「動きやすさ」を意識したデザイン

    キャラクターモデルの制作にあたっては、大きく「公式らしさ」「親しみやすさ」「動きやすさ」の3つが重視された。

    「初音ミクのルックデヴの出発点は、KEI氏による公式イラストです。このイラストを基準にしつつ、他の既存作品からも要素を少しずつ織り込んで『公式らしさ』を形成していきました」(岡本氏)。

    そこで、数多の作品を分析し、初音ミクらしさを形成するポイントを「長くボリュームのあるツインテール」「スレンダーなシルエット」「肩幅と骨盤の比率」の3つに絞り込み、それらをモデルに盛り込んだ。

    また、エクササイズゲームゆえに「幅広い層のユーザーが、キャラクターを見て愛着をもてるようにすること」(岡本氏)もポイントだった。気軽にゲームに取り組めるよう複雑なシェーディングを避け、重い印象にならないよう、髪にハイライトや逆光を加え、まつ毛の端に赤みをもたせるなど、全体的にトゥーン調でありながら立体感を感じられるルックを構築した。

    さらに、本作ではキャラクターがプレイヤーのお手本としてボクシングの激しい動作を行う。そのため、アームカバーやスカートの丈、ツインテールの傾きなど、ポーズの見やすさやアニメーターの作業のしやすさを優先しつつ、キャラクターデザインの印象を変えない範囲でモデルに調整を加えている。

    フェイシャルについては、ブレンドシェイプは使わず、UnityのAnimation Layerで制御している。リップシンクにはuLipSyncというプラグインを使用。キャラクター表示画面ではセリフの音声で口パクをし、表情を変える設定にしている。また、顔全体の表情や目の開閉、全体のモーションはスクリプトで制御することで、キャラクターの繊細な印象をつくり上げた。

    ゲームに合わせたキャラクター制作

    • ▲KEI氏がデザインした、初音ミクの公式イラスト
    • ▲本作での初音ミクのモデル。ボクシングが映えるように、ディテールに変更が加えられている。例えばアームカバーは公式イラストより短くし、エクササイズのときに手首や手元が見えるようにした。スカートの丈はインナーが見えない長さにし、ベルトはモデルが身体に干渉しないように短くしている。また、髪の色も明るくなっている。これは印象を重くしないようにするためだけではなく、ゲームプレイ中に視線が誘導されないようにする意図がある
    • ▲公式イラストに準拠したツインテールの形状
    • ▲本作では、ツインテールを後ろになびく形状に調整。エクササイズによる腕や肩の大きな動きに髪が干渉しないようにするためだ
    • ▲親しみやすい印象を生み出すために、髪にはくっきりしたハイライトや逆光を入れ、まつ毛には赤みが加えられている。瞳は水色をベースに明度と彩度を調整し、ハイライトを抑えた。全体的なブルームと顔周りのグロー的なぼかしにより柔らかな印象に
    • ▲髪のハイライトや全体のブルーム設定をOFFにした状態
    • ▲鏡音リンも公式イラストのデザインを基に調整。リンは特にトレードマークのリボンを立てたシルエットが堅持された
    • ▲鏡音レンのモデル
    ▲巡音ルカのモデル。特にスリットの入ったロングスカートは印象が変わらないようこだわって制作された

    オリジナル衣装の制作

    フィットネスがテーマなので、公式イラストの服装だけではなくスポーツスタイルの衣装も用意された。ポーズのわかりやすいシルエットや、運動に適しかつ健全なデザインが目指された。

    • ▲初音ミクのスポーツスタイル
    • ▲鏡音リンのスポーツスタイル。公式イラストのリボンのシルエットは崩さないようにしつつ、アニメーションではフードの紐を揺れものにすることでフィットネスらしさを演出
    • ▲鏡音レンのスポーツスタイル。動きやすさを意識してデザインされた。リンとお揃いのリストバンドを着用
    • ▲ 巡音ルカのスポーツスタイル。片足だけが素足になっているという特殊なデザインは、公式衣装の印象に合わせたかたちだ

    lilToonによる質感設定

    本作では、イラストらしさと立体感を両立したルックを実現するため、lilToonを採用。このシェーダはBOOTHで無料公開されており、主にVRChatのアバターなどに活用されている。

    ▲影境界部分に黄色を指定することで、境界がぼやけすぎず、落ち影の粗さをカバー
    • ▲首周りの肌の陰影
    • ▲お腹周りの肌の陰影
    • ▲リムライトの設定画面
    • ▲衣装のシェーダ設定画面。ノーマルマップのほか、光沢やマットキャップ、輪郭線など細かに設定可能。今回はスペキュラとマットキャップでライトのようなハイライトを入れることにより、リッチな印象も感じられるトゥーン的なルックとなった
    • ▲髪は逆光ライト風の強いハイライトやマットキャップによるくっきりした前髪のハイライトなどで、馴染みのある髪の質感を表現。マットキャップを手描きで作成することによって、3D感を抑制している
    • ▲瞳の設定画面。瞳はエミッシブを弱めに設定し、顔全体が影になっても、瞳の色が落ちないようにしている。まつ毛にはマットキャップを使い、カメラの角度によって薄くハイライトが映り込むように設定

    フェイシャル

    ▲フェイシャルは、主にUnityのAnimation LayerとuLipSyncによるリップシンクで制御されている
    • ▲「喜び」の表情。こちらの表情は2パターン作成し、感情の強さで差別化している
    • ▲「驚き」の表情
    • ▲記号的な目を閉じた表情。この目のみモデルの切り替えで実装している
    • ▲Animation Layerでのパーツ制御の例。両目と口を閉じた状態の顔(Close)
    • ▲左目を閉じた顔(WinkL)。左右の目のパーツを使い分けることで、こうした顔も見せる
    • ▲右目を閉じた顔(WinkR)
    ▲母音「あ」の口
    • ▲母音「い」の口
    • ▲母音「う」の口
    • ▲母音「え」の口
    • ▲母音「お」の口。uLipSyncではセリフの音声を口パクするほか、スクリプトで顔全体の表情や目の開閉、全体のモーションを制御している

    キャラクターらしさを活かすモーション

    ボクシングと可愛い動き2種類のアニメーションに対応

    本作ではモーションにおいても徹底して可愛さを演出している。ボクシングのアクションはもちろん、そこに移る前の待機モーションについても、公式イラストのシルエットがそのまま動き出すようなイメージで手を抜かずに制作されている。

    基本のリグにはmGearを用いている。mGearはガイドで要素を組み立てたのちビルドしてリグを構築するため、キャラクターリグの複製や編集が容易であり、衣装ごとの細かい調整にもすぐに対応することができることが利点であるという。

    また、キャラクターによっては別途カスタムしたリグも部分的に実装。例えば鏡音リンの腰のベルト部分がそうだ。こちらは、脚の角度に応じて自動的に動くように制御されている。

    モーション制作においては、イマジニア提供のボクシングモーションのカスタムリグデータに加え、可愛さを表現するための新規モーションのモーションキャプチャデータの両方に対応する必要があった。そのため、それらを一度に扱うためのしくみとして、モーションリターゲットツールを独自開発している。

    さらに、エクササイズ中の揺れものの動きにも気が配られた。例えば初音ミクは大きなツインテールはもちろん、ネクタイやスカートなど揺れる部分は数多い。これらの表現にはUnityの有料ClothシミュレーションツールMagicaCloth2を利用し、意図しない挙動が起こらないよう全てベイクで対応。Unity側とMaya側の双方に内製ツールを用意しベイクモーションをFBXで出力できるようにした。

    これらのモーションをUnityに実装する際には、ベースとなるボーンアニメーションと揺れものとで別のAnimaton Layerで処理している。

    mGearとカスタムリグを併用

    ▲mGearによるリグ編集画面。モデル全体のリギングのほかに、フェイシャル用のGUIもmGearのAnim Pickerを使って作成している
    • ▲初音ミクのリグ
    • ▲鏡音リンのリグ
    • ▲鏡音レンのリグ
    • ▲巡音ルカのリグ
    ▲カスタムリグの編集画面。主にベルトなどの小物に使われた

    モーションリターゲットツール

    本作のモーションには、イマジニアから提供された『Fit Boxing』シリーズの既存のボクシングアクションのアニメーションと、ヘキサドライブ側で新規にモーションキャプチャを行なったアニメーションの2種類があり、前者はカスタムリグのアニメーション、後者はMotionBuilderのバイナリのアニメーションとなる。これらを1つのツールで扱うため、両方のデータを受け渡すしくみをもつ中間ファイルをキャラクターごとに用意して対応。バッチ処理で大量のモーションファイルを一括処理できる。

    ▲モーションリターゲットツールの画面
    • ▲『Fit Boxing』シリーズ既存のボクシングモーション
    • ▲新規に開発されたモーション

    MagicaCloth2を活用した揺れもの

    • ▲MagicaCloth2による揺れものの設定画面。初音ミクの場合、ツインテールとネクタイ、スカートに適用されている
    • ▲横から見た状態
    • ▲Unity側の内製の揺れものベイクツール。リスト内のモーションを、ループ再生が可能なアニメーションに処理してFBXに出力する
    • ▲Mayaの内製ループモーション作成ツール。【左画像】で出力したFBXをMaya上で1ループ分のファイルに変換
    • ▲鏡音リンの揺れもの設定
    • ▲鏡音レンの揺れもの設定
    ▲巡音ルカの揺れもの設定
    ▲ベイクした揺れものアニメーションに対して修正・追加が必要になった場合に対応するため、Maya側で揺れものアニメーションを編集できるツールを用意。キャラクターとその動作を選択して揺れものアニメーションを同時に読み込み、揺れもの部位ごとにSETとアニメーションレイヤーを作成する

    Unityでのアニメーション実装

    本作のアニメーションは、ベースとなる基幹骨アニメーションと揺れものアニメーションをUnity上の異なるAnimation Layerで処理している。

    • ▲Unityのアニメーション実装画面。左側がキャラクター共通の基幹骨アニメーション、右側が衣装ごとの揺れものアニメーションのAnimation Layer
    • ▲本作では、キャラクターの基幹骨アニメーションをHumanoid、揺れものアニメーションをGenericで動かしている。FBXファイルをドロップすると、それぞれのAnimation Layerに自動で追加される
    ▲Maya側でFBXを書き出すツール。基幹骨用FBXは、Hips以外は回転値のアニメーションのみ出力、揺れもの用FBXは、全ての移動と回転値のアニメーションを出力する

    サイバー感を演出するステージ&エフェクト

    エクササイズを邪魔しないシンプルでリッチな画づくり

    エクササイズ時の背景は、『Fit Boxing』シリーズらしいエクササイズルームのトーンももちつつ、初音ミクならではのサイバー感を意識して制作されている。アイデアは開発の早い段階からイメージボードなどで構想されており、ラウンジ、電脳空間、ミュージックボックス、空というイメージから「レクチャールーム」、「サイバースペース」、「ミュージックポップ」、「ラグーン」の4種類の背景を用意。

    ルーム自体はシンプルなつくりだが、レクチャールームではリフレクションプローブによる反射表現、サイバースペースではVFXGraphによるランダムパーティクル、ミュージックポップでは曲のテンポや展開に合わせた背景の色変化や音符が飛び出す演出、ラグーンでは朝、昼、夕方、夜といった時間帯に応じた背景変化など、それぞれの個性に合わせて細やかな工夫が施されている。

    また、エフェクトはサイバー的な雰囲気と、先述してきた初音ミクたちの可愛らしさが感じられるものになった。キャラクター選択時には、選択したキャラクターの色に合わせたエフェクトが表示される。これはエフェクトとしては1つのVFX Graphだが、キャラクターごとに設定しているグラデーションの色設定を参照して表現している。

    リフレクションプローブを活用したレクチャールーム

    ▲レクチャールームの背景
    • ▲シンプルな印象のレクチャールームだが、リフレクションプローブで地面の反射表現を加え、リッチさを演出。リフレクションプローブは、使用するUnityファイルごとにベイク作業をする必要があり、ゲーム中に表示される壁モデルではなく、プローブ専用のオブジェクトを表示させてベイクしている。画像はリフレクションプローブONの状態
    • ▲リフレクションプローブOFF
    • ▲ゲーム中に表示される背景モデル
    • ▲プローブ専用のオブジェクトを配置した背景。この背景シーンで[GameObject→Light→Reflection Probe]にリフレクションをベイクしてデータを保存。その後プローブ専用のオブジェクトを削除し、保存したデータをリフレクションプローブに設定することで、反射表現のある背景を実現した
    • ▲レクチャールームから他のシーンへ移行する際の演出
    • ▲床からワイヤーフレームが全体に描かれていく表現が印象的
    ▲背景遷移エフェクト用UV。遷移の演出は、2つのUVセットを活用することで実現している。2個目のUVセットをスクロールすることで、床がワイヤーフレームのように変わる演出にしている。UVを設定した方向に演出がながれるようにすることで、サイバーな演出にした

    キャラクター選択エフェクト

    ▲初音ミク選択時のエフェクト
    ▲選択エフェクトのVFX Graph。グラデーションの色設定で設定した色を参照し、選択したキャラクターごとに異なる色のエフェクトを表示する
    • ▲鏡音リンの選択エフェクト。オレンジのカラーリングで、キャラクターの快活な性格を感じられる
    • ▲鏡音レンの選択エフェクト。黄色の明るい印象を伝える
    ▲巡音ルカの選択エフェクト。紫~ピンクのグラデーションで、大人っぽさや妖艶さを演出

    CGWORLD 2024年12月号 vol.316

    特集:ガンダムCGの変遷と最前線
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年11月9日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_葛西 祝
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota